家を繕う人々

令和元年東日本台風被災地区・長沼に見られる自主修繕の報告

宮西夏里武
建築討論
Jan 26, 2024

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2024年1月から3月にかけては「生きつづける建築への道 — 使い手の関わりが生み出す愛着と許容」をテーマに記事を掲載する。テーマ解説はこちら。

金継ぎ(きんつぎ)は金継ぎ師によって陶磁器の破損部分を漆を用いて修繕する技法であり、古来から行われる日本の伝統工芸の一つである。こうした、人の手によって「繕う」行為は大小さまざまだが、行為の発生には持ち主の「愛着」が大きく影響する。本稿では水害被災地の自主修繕行為に着目し「家を繕う」人々の活動を報告することで、繕うことと愛着の関係性を考察する。

令和元年東日本台風被災地区・長沼

令和元年東日本台風被災地区である長野市長沼地区では被災から3年が経過した2022年、公的な支援のみに頼らずセルフビルドによって住居の修繕を試みている世帯が散見される。こうした再建手法の背景には水害前から続く地縁や水害後に生まれた住民とボランティアとの交流を起因とした建材や道具などの流通が存在する。

自主修繕とは

本稿では令和元年東日本台風後「修繕」による住宅再建を選択した長沼地区の被災世帯のうち、特に再建に係る材料調達や作業の主体が住民の人間関係で賄われている世帯に着目し、こうした再建手法を「自主修繕」と定義する。各世帯の修繕プロセスをヒアリングし、修繕の操作を詳細に記録した。
これらのスケッチは被災から1年が経過した被災地で私が書き留めたもので、計120枚ほどに上る。きっかけは発災当初ボランティアとして被災地に関わりながらも、泥出ししかできない自分に無力さを感じた経験からだ。当初建築を専攻する大学生だった私は自分にしか出来ない方法で被災地を支援したいと考え、自分の目で見た復興しゆく街の姿を細々と記録していた。
被災一年目の街では「屋根代わりにブルーシートで覆う」といった、応急的な修繕が多く見られた。こうした小さな「繕い」はささやかだが、住民が再びこの地で生きることを決めた大きな覚悟の現れのように感じる。

被災一年目にスケッチした繕いの風景(一部抜粋)
自主修繕箇所の分析シート作成要領

自主修繕に至るきっかけ

詳細な自主修繕の記録を残すべく2022年4月-12月の期間で7世帯に対し複数回のヒアリングと実測調査を行った。水害後から現在のすまいに至るまでの修繕プロセスに加え、自主修繕箇所については個別に写真とスケッチで記録する。対象世帯は長沼地区で全壊若しくは大規模半壊の判定を受け自主修繕によって住宅再建を果たしている世帯の内、地区内の被災者支援団体の代表に斡旋を受け調査許可を得た7世帯とした。7世帯中6世帯は水害前の図面を水没等の理由で紛失していた為過去の地図データと住民の証言を頼りに図面化した。さらに平面図作成後に自主修繕箇所の聞き取り調査を行い該当部を区別した。 7世帯のヒアリングにより被災後の居住意志は、現住地への愛着など自発的なもの(№1,5,7)も見られるが、(№2,3,5,6)といったボランティアの介入や公費解体不認可という外在的な条件をきっかけに居住意志決定し自主修繕を選択する事例が見られた。

調査対象世帯位置図と被災後平面図
被災前後の変化
自主修繕に至るきっかけ

修繕箇所と修繕の目的

ヒアリングをもとに修繕の目的と操作を以下の3パタンに区分した。

① 復旧:材料や工法にこだわらない修繕(例:土壁破損部を金属板によって応急修繕した)
② 復元:水害前と同じ材料・工法による修繕(例:土壁破損部を土壁により塗り重ねた)
③ 新設:水害前にはなかった空間の付加(例:古材を組み合わせて既存の軒を延長した)

「復元を目的とした現状維持」の5カ所はいずれも土壁の損壊部が該当する。再生に係る材料費が高いことから、損壊部を石膏ボードなどの比較的安価な材料で暫定的に仕上げることで、将来復元することができる余地を残すといった工夫が見られた。
また驚くことに、全体の60%近くで(71カ所)古材の活用が見られた。中でも敷地外から古材を譲り受け、転用しているものが最も多く43カ所で見られた。内訳としては被災前からの知人家族等に由来するものが5カ所、被災後に生まれたボランティア等の繋がりによって流通したものが38カ所であった。
ここでは、必ずしも元の材料や施工方法にこだわらない、という自主修繕の特徴が伺えた。住民は災害を契機に顕在化した地域内の古材を多く用いて、被災前には無かった新たな空間や用途を付け加えている。そこに、元通りに戻すことに留まらず、改変を許容する自主修繕の特徴が伺える。

修繕工種と作業人数の傾向

修繕の中で、現場監督のような修繕全般にわたる段取り等の指示を出していた人物を「主たる作業者」として挙げる。結果として対象世帯の住民自身が施工時の中心となっている世帯は7件中5件、ボランティアなど水害後に知り合った人物が中心となっている世帯が2件であった。施工人数は延べ2–11名程度で、施工体制は多様で家族・親戚などだけで完結しているところ(№1,2,4,7)、ボランティアが大部分の施工を計画・実施しているところ(№6)、施工指示は住民が主体となり施工にはボランティアと住民が協働して行うところ(№5)の3タイプであった。また大工工事や電気設備工事などは専門知識を有するボランティアが担う事例が多く見られた。施工期間の傾向として、被災から現在に至るまで必要に応じて断続的に修繕作業を行う世帯が多く見られ、必ずしも期限を設定しない柔軟な施工形態が見られる。

繕うことと愛着

以上、長野市長沼地区で調査を行った7世帯においては自主修繕に至る多様な背景と工夫が見られた。これらの修繕は一見場当たり的な印象を持たれがちだが、私は住民による計画的な試行とも捉えている。それは、多くの住民が数年後・数十年後の将来構想を持ちながら、或いは次の災害を予期しながら段階的に修繕を試みているからだ。必要なものを見極め自発的に住いを再建する姿こそ、従来の資本主義復興からの脱却行為といえるだろう。

最後に私見ではあるが「繕い」と「愛着」の関係を以下に考察する。
実際の修繕を観測すると、改変(新たな空間を付加する修繕)の多さに驚いた。それは、ただ直すだけではなく、再びそこに住むことを豊かにするための一人一人の工夫と言える。また災害という特殊な状況下で生まれる古材や人間のネットワークの内部には、災害以前から育まれてきた集落内部の人間関係に加え、災害以後に生まれたボランティアとの交流なども深く影響している。誰かの自主修繕によって誰かが勇気づけられ、また新たな修繕へと波及していく。「繕い」にはそうした力が秘められている。

冒頭では「繕い」の発生要因=「愛着」という提示を行った。しかし実態を見て分かるように“現住地への愛着が深い人々が自主修繕に向かう”とは一概に言えない。
むしろ偶発的・外在的な要因から「繕い」が発生し、そのプロセスそのものに「愛着」を見出した住民が多いと感じる。「繕い」により愛着が深まり、「愛着」によりまた繕われる。民家の茅葺屋根を村人同士が協働し普請していた頃の様に。私たちが見てきた家づくりとは、本来そういうものなのだと思う。

本記事の執筆を行っている2024年1月1日。帰省先の石川で大規模な地震に見舞われました。幸い私の実家は被害に遭わず済みましたが、多くの人々や家屋が被害に遭われ、今尚辛い思いをされています。被災者の皆様には心よりお見舞いを申し上げるとともに一日も早いご再建をお祈りいたします。私も私ができることを考え、実行していきます。

注釈

・U30復興デザインコンペ2022 考繕学入門

参考

・トウキョウ建築コレクション2023 繕うことと建築
・宮西夏里武(竹中工務店)・寺内美紀子:自主修繕を活用した地域拠点再生計画 -令和元年東日本台風被災地区・長野市長沼を対象に-,2023年度日本建築学会大会建築デザイン発表会
・宮西夏里武(竹中工務店)・寺内美紀子・福田凱乃祐:2023年度日本建築学会大会(近畿)学術講演会

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みやにしかりぶ/専門:意匠設計 1998年生まれ。石川工業高等専門学校建築学科を卒業後、信州大学工学部建築学科/同大学大学院を卒業。現在は株式会社竹中工務店設計部に在籍。大学三回生の頃に令和元年東日本台風災害を経験し、修繕風景のスケッチ活動を開始する。隈研吾奨学財団第一期奨学生。