座談会: システムの上書きから作品性は生まれるか?

[ 201802 特集:建築批評 吉村靖孝《フクマスベース/福増幼稚園新館》]吉村靖孝・ 和田隆介・ 川勝真一・辻琢磨・水谷晃啓・吉本憲生・ 川井操/ Quality of architectural work created by overwriting system?

川井操
建築討論
28 min readJan 31, 2018

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日時:2017年10月28日(土)
場所:日本建築学会会館
ゲスト:吉村靖孝
司会:和田隆介
レビュアー:川勝真一・辻琢磨・水谷晃啓・吉本憲生
記録・編集:川井操・和田隆介

和田隆介(以下和田):フクマスベースは地方の幼児教育を軸にした拠点創出の試みとして評価されるべき作品である一方で、既製品のテントを転用する発想など、建築のつくられ方自体が非常に独特です。こうした建築のつくられ方が、吉村さんより一世代若い建築家にどのように映るのか興味があり、今回、推薦させていただきました。建築の生産や設計の方法論といった観点を軸に議論を深めていけたらと思います。まずは吉村さんから作品の解説をお願いします。

[作品解説]

設計過程のトレーサビリティを確保する

吉村靖孝(以下吉村): フクマスベースは福増幼稚園(学校法人三和学園)に隣接する子育て支援施設です。理事長の宮田元さん(以下、宮田理事長)から最初に「遊具を与えるのではなく、子ども達が自分たちで遊び方を考えられるような施設がほしい」と要望がありました。そこでまず思い浮かんだのは、去年ハワイ大学のワークショップに参加した時に見たワンシーンでした。空調の効いた教室からふと外を見ると、気持ちよさそうに木陰で過ごしているグループがいたんです。何が気持ちよさそうなのか探るつもりで良く見てみると、奥の人は木陰の中に完全に入っているし、手前の人は陽を浴びながら本を読んでいて、その環境は決して一様ではない。環境工学的な意味では、数値化不可能なのです。そのとき、気持ちよさそうに見える原因は、彼らがみずからの意思でこの場所を選択した主体性そのものなのではないか、と思いました。これが設計のヒントになりそうだと思ったのです。そこに訪れる人たちの自由を奪わずに済むような設計は何か。建築家が場所の使い方を決定して、それに従って子どもたちが使うのではなく、子どもたち自身がその場所の使い方を考える、そうした主体性を育む建築を考えたいと思いました。設計する主体である建築家側からすれば、「無計画さを計画すること」ができるかという難題がテーマとなったのです。
そういった課題に対応する設計手法はいろいろあると思うけれど、ここでは「設計過程のトレーサビリティ(追跡可能性)」を確保してみようと思いました。通常の設計過程では進んだり戻ったりを繰り返しながら精度を上げていきます。今回は、その失敗や、変更、そうしたものの痕跡をできるだけ包み隠さず定着させてしまう。その空間を訪れる人にとっては、一見意味不明な要素がそこかしこにあるわけです。そういった要素が、子供達が何かを考えるきっかけになるんじゃないかと考えました。あまりきれいに設計しすぎないというか、遡ってミスを消去しにかからないことをあえてやってみたんです。

既存倉庫を既製品テントに置き換える

フクマスベースは、千葉県市原市の市街地からは遠く離れていています。周辺には清掃工場や資材置き場や墓地があり、郊外特有の綻びが起こっているエリアで、最初に訪れた時は、正直そんなに気持ちのいい環境だとは感じませんでした。くわえて、当初園側が想定したのは「既存の倉庫があるから、そこにコンテナを入れれば施設になるんじゃないか」という程度のものでした。それを日比野設計という幼稚園設計のエキスパートに依頼したのです。 しかし、日比野さんが扱う施工単価や設計期間には合わないとなって、他の設計者を紹介することになり、僕たちに白羽の矢が立った。日比野さんから、ある日突然連絡がきて「ローコストだけどできますか?」と依頼がありました。そうした経緯もあって、当初の計画をそのまま引き継いで、既存倉庫にコンテナを入れた案からスタディを始めました。当たり前のことですが、それらのコンテナにはぞれぞれ「職員室」「倉庫」「保育室」と名前がつきます。ですが、ある時それは、子どもたちがその部屋の使い方を自分たちで考えるという課題に応えたことにならないのではないか、と思い始めたんです。そこで部屋を閉じたようなプランを捨てて、壁が蛇行して壁穴から表と裏を行き来するようなプランに変えました。コーナーだけがあって、その周辺に機能らしきものが生まれる、どこまでがその機能なのかはっきりしないプランを目指しました。そこまで思いついた段階で徐々に明らかになってきたのが、既存の倉庫にどうやら問題があるということでした。図面が残っていなかったり、敷地境界に近いため防火構造にしなければならなかったり、いろいろ手を加える必要が出てきました。曳家してみようとか、壁を新たにつくってみようとか、あらゆる方法を検討しましたが、理事長ともよく話した結果、お金のかかる既存の倉庫を残して設計するのではなくて、この際新しいものを建てたほうがいいのではないかという結論にいたりました。その時に、ゼロから設計をし直すということも可能だったのですが、既存の倉庫を置き換えるかたちで既製品のテント倉庫にすることになりました。地方によくあるテント倉庫なのですが、調べてみると意外に優れものでした。二重膜仕様にすれば冷蔵倉庫もつくれるなど、性能を調べてみても面白い。しかもコストでいうと坪単価150,000円程度。天井高8mもある空間がそんなに安価につくれることに驚きました。鉄骨テント倉庫と木造蛇行壁は基礎から完全に縁を切っています。したがって確認申請では、混構造ではあるけども、適合性判定に回らずに済みました。

吉村靖孝氏

蛇行壁とアドホックな火打梁

テント膜は透光性があるため、昼間は照明を点けなくても充分明るいです。実は閉じ切ることができる部屋もつくっていて、空調も効くようにしています。その他の部分はバッファーという位置づけで、暑かったり寒かったりということが起きます。子育て支援施設の来訪者は、着衣の状況も違い、運動量もばらばらなので、館内の環境を一様にするのではなく、積極的にムラをつくるという考え方です。ハワイ大学での経験がそのまま投影された環境計画で、自分で快適な居場所を探してください、とお願いする感じ。宮田理事長は「夏暑くて冬寒いのは当然。子どもたちがそれを知らずに育つことの方が問題だ。」とおっしゃってくださいました。実際には夏でもそこまで暑くないです。屋根部分のみ二重膜としチャンバーにして空気を上部で抜いていますが、チャンバー内の空気が先に暖められるため、けっこう空気が動きます。案外快適なのです。
壁に斜めにかかっている大きな線材は、火打梁と呼んでいるれっきとした構造部材です。2階では薄い壁が天井の高さに反応しながら高くなったり低くなったりして、一階への視線のつながりをつくったり、壁の中をくぐるという体験を生み出しています(写真1)。しかし高くした部分では、強度が不足して変形が大きくなってしまいます。普通は壁を厚くしたり、背後の間柱を増やしたりして変形を止めますが、ここではあえて第三の要素を足して変形を止めることを試みました。失敗の可視化です。これが思いの外大変で、斜めの壁に斜めの角度で掛かるので、ジョイントの角度が全箇所バラバラになってしまうのです。そこで富山県にある「ストローグ」という金物屋さんにお願いして、新しいジョイント金物を開発しました(写真2)。自由角度でピン・ジョイントできる優れものです。実際、火打梁を付ける前は壁がぐらついていたけれど、火打梁を付けた後はしっかりと固定された状態になりました。もちろん構造的に利いているのは壁と壁の間だけですが、わざと両端を少し延長しています。それも利用者が使い方を考える手がかりになるといいなと考えています。一部の火打梁にブランコが取り付けられていますが、これは僕が考えたわけではなく、誰かが勝手につくってくれたものです。大人は頭がぶつかる高さになりますが、子どもたちはこれを使って楽しそうに遊んでいます。

写真1:2階フロアの様子(撮影:吉村靖孝)
写真2: 新たに開発されたジョイント金物(吉本憲生撮影)

2階は走り回れる大きなワンルームですが、園庭側のスペースでは、階段教室と図書コーナーを一体化したような場所を設計しました。階段の上部三段が本棚なのです。これも用途を一義的に決定しないための工夫でしたが、子どもたちの創造力は、僕たちの想像を越えていて、本棚に潜り込んで「人間棚」として使っています。このテーブルはD.I.Yで増殖していけるような簡易な家具をこちらでデザインして、上に黄色いビニールシートを置いていました。そうしたら、後で職員さんたちも自分たちで同じビニールシートを買って別の机にも使ってくれました。あるいは絵を掛ける時も、換気扇のバラバラの並びに合わせてバラバラに掛けてくれたりしています。この換気扇のバラバラは、実は施工時のミスがきっかけなのです。最初は3つ並びのデザインだったけど、直さずに取り入れることにしたのです。こちらが間違いを包み隠さず定着させたことで、そこに勝手に便乗して場所づくりに参加するような状況が起き始めています。
設計者がどこまでコントロールするのか、どこまでオープンにしておけるのか、ということはいろんな場面で課題になっています。今回、設計の思考過程を反芻可能な状態にしておくことで、ユーザーたちが、後からその過程を遡って空間づくりに参加しやすくなる、という確信を得ることができました。設計者とユーザーをスムースにつなぐ方法として一定の評価はできるのではないかと思います。既存倉庫をテント倉庫に置き換えるという偶然から始まったことではあるけれど、今後もこうした設計手法を試してみたいと思っています。

[座談会]

アドホシズムによるシステムの上書き

和田:吉村さん、ありがとうございました。それでは委員の方から率直な意見や感想をいただけければと思います。

水谷晃啓(以下水谷): 非常に不思議な部分がいっぱいあるなと思いながら拝見させていただきました。既製品テント倉庫がそのまま活用されていると思ったら、蛇行壁は通常根太として使われる材が手すりに用いられたり、あるいは火打梁はスパンによって部材断面を変えられていた。つまり「わかりやすい」という部分と「なんでなんだろう」という部分がごちゃ混ぜになっている印象を受けました。そうしたルール設定が曖昧な中で全体を構成させていて、不思議な建築だと感じました。

吉村:最近、『SD 2017』(鹿島出版会、2017)の第2特集「Adohocism in Architecture」のゲスト編集をしました。アドホックには「場当たり的」「即興的」という意味がありますが、もともとは60年代70年代に好んで使われた言葉です。特集記事では、そのような視点でつくられている最新の建築にフォーカスを当て、私自身そうした建築の可能性について考えてみました。たとえばメタボリズムは、永続性が至上命題のヨーロッパの建築に比べると、更新可能性が際立っていて、それがある種の自由さを感じさせていたわけだけども、その実、コアは微動だにしないわけです。つまりシステムの上書きができないようになっている。伊勢神宮と同じで、ただひたすら繰り返すだけなのです。アドホックの良さはシステム自体を上書きできることなので、メタボリズムはアドホックではない。途中からまったく別のシステムに乗り換えることができれば、バラックのようなしぶとさを獲得できると感じています。だから最近は、あまり筋が通りすぎたものではなくて、どこかで優柔不断さがあるものに可能性を感じています。もちろん設計過程ではその都度合理的な判断をしているつもりですが、あまり一本筋を通すことにこだわり過ぎない事が重要なのではないかと考え始めています。

辻琢磨(以下辻): 既存倉庫のリノベーションから新築の倉庫を購入してその履歴を引き継いだのは、筋を通したのかそれともアドホックに対応したのか、どちらでしょうか?

吉村:局所的な合理性はアドホックだと僕は思う。新築になることが決まった瞬間に、新築として最善のものを目指してゼロからやり直す方が全体としては筋が通ったものができるはずです。でも今回は、設計期間を最短にするという局所的な判断をして、そのまま履歴を引き継いだわけです。後から見たら、この場所になんでテントが半分だけ使われているのか全然意味が分からないはずだけど、話を聞けばそれはそれで許容可能なんじゃないかな。

座談会の様子

設計者自身が「遊び」を持ってつくる

吉本憲生(以下吉本):テントの覆と中の構造物という構成や、平面の形式性などから、見学に行く前はわりと明快な建築だと思っていたのですが、訪れてみると形式的な印象というよりは、「遊び」の部分が大きいように感じました。二階の各ブースの勾配、換気扇の位置、小さな窓の配置などが、全体のルールに基づくのではなく、個々の場所で無造作になされていて、部分部分で全体の構成を崩しながら空間がつくられている。これらの操作は、前述のアドホックなど、設計・作品創出上のコンセプトや思想に基づくものなのでしょうか?

吉村:クリアランスとしての「遊び」の量が多いだけじゃなくて、本当に「遊び」ながらつくっているような部分もある。宮田理事長の考え方に影響受けている部分も大きいです。世間には子どもに媚を売るような遊具がたくさんあって、パステルカラーなど、子どもが好きだろうと大人が勝手に思い込んだデザインにしてしまいがちだけど、そういう事は避けたいと最初に宮田さんから言われて、とても共感していました。子どもの目線に合わせることを必ずしも良しとしない。子どもが少しずつ大人に近づいて行けるような施設であって欲しいという思想に支えられています。そこで開き直ったんですね。たとえば昇降口に石の乱張りのようなグレーの人工芝が複数敷いてありますが、人工芝の既製品のサイズからボロノイ分割して解体したものです。まとめると1枚に戻るんだけど、そんな話は誰も聞かないし、子どもたちも気にしない。だけど、設計者自身が勝手に遊んでいる。そういう仕掛けがいくつもある。ふつうに見ていたら気がつかない隠れキャラがちりばめられています(写真3)。

写真3:園児たちが走り回る様子(撮影:吉村靖孝)

和田: なるほど。そうした「遊び」の部分がフクマスベースの作品性や吉村さんの作家性に影響しているのでしょうか。外観だけ見れば既製品のテントそのままなわけですが、それが作品になると感じた手ごたえはありましたか?

吉村:作品とは何なんでしょう? 建築作品小委員会では作品をどういう風に定義しているんですか?

:作品性を揺れ動かすようなものを選定していますね。いわゆるこれまでの建築家作品とは違うように見えているもの。まだ論理的に構築仕切れていないというところが現状で、むしろそういった部分を言葉にしていこうという試みなのかもしれません。

和田: システムだけでは建築にならないというのはよく言われることですが、この建築はシステムだけなのかというとそうでもないと思います。そのあたりが現代において作品性を考えるときに重要なのかもしれません。

吉村:面白いですね。学会がなんで作品なのか……。再現可能なものが科学になり学問になる。つまりシステムです。そこからこぼれ落ちるものが作品なのだとしたら、それを学問化することが可能なのかどうか。
もしかしたら「ジャンプ」と呼ばれた部分が、作品の生まれる瞬間かもしれない。あてずっぽうのジャンプじゃなくて、ジャンプの高さや方向やタイミングをじっくり観察し、定義していく必要があるのでしょうね。今回の既製テント倉庫の使い方は、テント倉庫の正式な用法とはいろいろな意味で異なります。つまり転用しているわけです。転用という方法が今も価値を持ち得ているとすれば作品と呼んでも良いかもしれません。

大きなシステムにハッキングする

川勝:2014年の「MAKE HOUSE」展で発表された「アプリの家」[https://youtu.be/cgjy18eRBFk]は、システムを設計され、それが作品として展示されていたと思うんですけど、吉村さんの中でシステム自体が作品だと言う感覚はあるのでしょうか。あるとすればフクマスベースとの差異はどこにあるのでしょうか?

2014年の「MAKE HOUSE」展で発表された「アプリの家」

吉村: もうひとつ作品を定義するものが、作家としての継続性ですよね。作品性は断絶によって生まれ、作家性は継続によって生まれる。こちらは学問と馴染みが良い。たしかに僕は、建築家がひとりで扱える領域の外にあるシステムに興味を抱き続けています。先日、昔僕が設計した山形の「亀や旅館」というところで、ゼネコン・組織設計事務所の10年目の人たち20人と泊まりこみで議論する会に呼ばれました。翌日に「U35」という大阪のイベントにも呼ばれていたので、2日連続で若い世代の建築家たち(片方は大手、片方はアトリエ)に接する機会がありました。アトリエの人々の奔放さに比べて、ゼネコン・組織の人たちはそういうシステム思考に慣れていて、テーマがセットされた瞬間から、答えを明確に導く出すための、熱量も努力もすごい。優秀だなと思いました。だから、僕がシステムを考える時には、彼らと同じことをやってもかなわないという思いがあります。小さな組織や小さな主体が扱い得るシステムとは何か。そういう問いの再設定が根幹にあります。ゼネコンや組織やハウスメーカーがやっていることは、僕にとってのアイデア・ソースだと言えるかもしれません。「アプリの家」でも、それがそのままマスに乗って、普遍化して普及するとは考えていないのです。あれは、機能を絞ったことに意味があって、いわば不自由なツールなんです。実際、ハウスメーカーなんかはもっと自由度の高い設計支援ツールを使っているはずです。でも、機能を絞れば一般の人が扱えるようになる。子どもの参加を促すフクマスベースとも近いですよね。

吉本: それに付随することかもしれませんが、吉村さんは「ポストファブリケーション」ということをおっしゃっていて、それは、完成されない建築、常に人が手を加えていく、設計者以外が入り込んでいく、そういう意味だと思うんですけど、なぜそれを建築家である吉村さんがテーマにしているのでしょうか?

吉村:作品がそれだけで自律するかどうかには常々疑問があって、「ファンズワース邸」も背景に「シーグラムビル」や「レイクショアドライブ」があるから面白いんだと思うんです。関係を結ぶ対象が、歴史だったり、都市だったり、環境だったりしてきたわけですが、今はユーザーもその対象です。単純に仕事を明け渡しているとは思っていません。
あと、僕のある種の思考の癖みたいなものかもしれないけど、大きなシステムにパラサイトしたりハッキングしたりするという態度に惹かれます。アドホックの文脈のなかで大きなキーワードにレディーメード(既製品)があります。既製品を使えばなんでもアドホックかというとそうではなくて、本来建具であったものを机に転用するとか、必ずハッキング的な操作が必要。ハッキングする対象は経済やインフラなど大きければ大きいほど影響力も強まるし、それが普遍的であればあるほど一般的であればあるほど面白くなる可能性が高いと思う。ある意味ではユーザーもハッキングの対象かもしれないと思っています。

リノベーションと既存の範囲

和田:そもそも倉庫のリノベーションからスタートしていて、途中で既製品のテントに置き換えたこともあって、新築でありながらリノベーション的なつくり方をしているようにも見えます。

:新築なのかリノベーションなのか、という視点は、取っ掛かりとしてはわかりやすいと思います。吉村さんの視点には、いわゆるリノベーションにおいて既存と呼ばれているもののなかに、既製品までもが含まれている。たとえば「この既製品サッシュはここに耳があってこの方向からビスを打って固定する……」といったような高い解像度で既製品を捉えているということです。既製品はいわゆる既存と比較すると場所が固定されていないだけであって、ハッキングする対象やインストールする対象へもていねいに想像力が注ぎ込まれている。そのことによってジャンプするんだろうなと。さらにそれが発展して自分の設計履歴をも既存と捉えているようにも感じます。それを積み上げて最終的に作品として成立した、ということかもしれない。既存や既製品への向き合い方をお聞きしたい。

吉村:現代では新築と言っても、ほとんどのものは既製品のアッセンブルです。既製品が文脈として機能するという考え方は、そういった時代の必然ではないかと思うのです。その意味で、リノベーションなのか新築なのかはあまり区別していません。ただ、リノベーションとインテリアはちょっと違う。リノベーションがなぜインテリアと呼ばれないのか、それは既存に対するリスペクトがあるかどうか。状況に対する関心と、繊細さがあるかどうか。UFOが不時着したような「有名建築家」の新築「作品」がときにインテリアのように見えてしまうのは、周囲に対する無関心さゆえです。その意味で、いつもリノベーション的に設計したいと考えています。ハッキングする対象へのリテラシーを上げていくと、自分の自由度が増していくはずです。自分がうまくできているな、という認識はまだあまり無いですが。

:楽しいんだろうな、というのはすごく感じます。トメで納めるディテールだと逃げがないし、加工がずれて割れちゃうとか、ミスが嫌な見え方になってしまう。隠さずにぶつけてみて現れるディテールは、自分が想像しない現れになっていくし、それが「遊び」につながっていくと感じました。

吉村:僕だけの問題ではなくて、日本の建築には特に最近そういう傾向があるよね。震災の前は全然違ったという感覚がある。当時は「形式としての抽象度を高める」ことにみんな関心があって、それが作品と呼ばれた。ある時からそうした抽象性を求めることから解放された。建築家が関わる仕事が小さくなったこととも関係しているかもしれませんが、モノに対する解像度が上がって、なんでもかんでも捨象してゼロにすればいいというのとは違った状況になってきた。

川勝:作品性にある種の総量みたいなものがあるとすれば、一昔前は形式性なり全体のコンセプトとして大きく割り振られていたのが、解像度が上がって細分化されたことと、割り振るコンテクストの幅が広がっているのかなと思います。強度の総量が下がったとかそういうことではなく単に分布が変化したのではないか。

改めて、ダイアグラムの重要性

:プランにおけるダイアグラムの重要性が他方であると思うのですが、実際ボックスからリボンになった有効性をどういうところで感じたのでしょうか?

吉村:ボックスインボックスだとグラデーションナルな部分がなくなってしまうので、やっぱりそれだと経験を単純化してしまうような気がしたんです。そこを開けられたのは悪くなかったと思っています。あと、下からも上からもリボンの幅が拡がったり狭まったりしていて、つまりそこにいる人の背丈に応じて感じられる空間の拡がりが変わるように工夫していて、それも単純なダイアグラムとしての壁を崩しています。

:設計において、あのダイアグラムがどれぐらい重要度があるのか、というのは面白い議論になりそうですね。実際現地ではランダムさ、おおらかさが勝っていたと思うので、あの図式をプレゼンテーションする意義はどこにあるのか、もしなければ違う現れ方になると思います。

吉村:たしかに図式性を担保するために無理をしている部分もあるけれど、それを無くしていたら果たしてここまでできたかなと思う部分もある。「崩している」ということを明示するための「崩される対象」としてのリボンが必要だったと思うんです。テント倉庫で覆っておいてはみ出すとか、ほかの場所でも構築と逸脱を同時に行っています。

川勝:おおらかな図式性によってトレーサビリティーを感じられる部分もあったと思います。これがあるから次はこういうふうに決まって、それによって次はこうなったんだろうみたいな。表裏が反復するように決められているようなことは、体験を通して子どもにも感じられたはずです。その大きい空間のルールを身体化していくと、それからの逸脱の可能性も同時に生まれてくる。子どもが空間をハッキングする最初の相手として図式が立ち現れている。しかも、それは吉村さんによってすでにほころびがいろいろ用意されているわけです。そこがいわゆるダイアグラム建築とは違う。

水谷: 既製品のシステムを受け入れて、吉村さんがつくり上げた各エレメントに与えられたシステムがそれにぶつかっているのが面白いですよね。その調整のあり方に吉村さんの作家としてのスタンスをすごく感じました。手摺り、火打梁、金物ジョイント、そういった細部にも自律的なシステムがある。

建築家に対する批評

吉本:ハッキングという言葉がありましたが、たとえば坂本一成さんの住宅は、一般家屋の寸法のズレにある種の作品性というか、詩的な空間をつくり上げている。吉村さんが目指されているものも、そうした制度やシステムからのズレによる空間の詩学のようなものなのでしょうか?あるいはまた別のところにあるのでしょうか?

吉村:ハッキングする対象にウィルスが侵入して全体を変えてしまうというよりは、違うシステム同士を互いにぶつける操縦者のような感覚ですね。システムAとシステムBを勝手に戦わせていると、なにか違うものが生まれるのではないかという思惑があります。良く言えば大胆だけど、悪く言えば大ざっぱなやり方なので、坂本さんのような繊細さは獲得できてはいない気がします。僕がプロトコルと呼ぶものは、外交プロトコルとか通信プロトコルと同じで、ことなるもの同士を調整し得るような、より上位の規制力のことです。建築と○○のプロレスみたいなもの。プロトコルを操作するというのは、詩を徹底して排除することでもあるので、やはり少し違う気もします。

吉本: システムを並走させて意味を書き換えたりという行為・態度を、建築の問題として定義することが何につながっていくのか、あるいはなぜ今その問題が浮上してくるのか、僕個人としても面白いと思っています。ただ、その先に何があるのかをイメージするのは難しい。単純に生産システム、あるいはその背後にある資本や経済システムへの批評なのでしょうか?

吉村:逆じゃないかな。どちらかと言えば建築家に対する批評だと思う。社会を変えることよりは建築を変えることに興味がある。建築を変えたいと願うことが自閉だとは僕は思わないし、それによって結果的に社会が変わることもあると思う。今後も、建築をつくるという行為自体がなくなるとは思わないけど、今の状況を見ていると、古典的な意味での建築家という職能がなくなってしまうことは十分あり得ると感じます。そこらじゅうに管を差し込まれてかろうじて延命しているような状況じゃなく、どうにかこうにか健康なまま、なにか別のものに変わっていくために、自分自身に対し批評的でありたいと思います。

:システムや職能への態度から生まれる状況論への意識にももちろん共感できます。ただ、作品を考えたときに新しいなと思ったのは、周辺環境はもちろん、既製品も、自分の判断の履歴すらも既存にしてしまう点です。そのトレーサビリティの話になった時に、事前に演繹的に決めていくのではなく、時間的にも空間的にも判断の束がどんどん細分化され、かつひたすら積み重ねていくことを認める、というのが一番面白くて共感できる部分でした。逆説的に、ダイアグラムや構成といった事前に俯瞰して行為するに「設計」の重要性が浮かび上がってくるとも言えるのですけどね。いずれにせよ、リノベーションや新築に関係なく、コンテクストに対する向き合い方が一つの言葉にできる特徴であり、それが作品性と絡んでいくのではないでしょうか。

川勝:ハッキングというのは社会の既成に対して新たなプロトタイプを示すことでもあるのではないでしょうか。現状とは異なる仕組みや状況を局所的にでも実現しようとするときに、境界面で「摩擦」が生じると思います。それをそのまま提示するような建築プロジェクトに作品性を感じています。一方、それが完全に社会のシステムとしてリアライズされたときに、作品との関係のなかでどう扱うかという議論はあるように思います。

吉村: 僕自身は、新しいものに飛びつく感覚は希薄だと思っています。特に建築的な新しさには。「アドホシズム」はチャールズ・ジェンクスの言葉★1だし、「転用」はシチュアシオニストのアプローチ。完全に賞味期限切れです。でもその方法を解剖学的に研究するんじゃなくて、臨床医として実践してみたいという感覚はある。実践するなかで変容していくと思うんですよね。スティーブ・ジョブズの言葉で「真の芸術家は出荷する」というのがあって、共感します。たしかにクパチーノのガレージでつくられた最初のコンピュータはプロトタイプだったかもしれませんが、それだけではダメなんですよ、たぶん。大学に身を置く者としてアカデミックな蓄積には敬意を払いますが、一方で、やはり実現・実装することのヒリヒリするようなスリルを感じていたいと思います。


1)Charles Jencks and Nathan Silver, Adhocism: The Case for Improvisation, Doubleday, 1972[増補版 The MIT Press、2013]

吉村靖孝
1972年生まれ。建築家。早稲田大学大学院修士課程終了。吉村靖孝建築設計事務所主宰。作品《西光寺本堂》《Nowhere but Hayama》《ベイサイドマリーナホテル横浜》《中川政七商店新社屋》《エクスコンテナ》ほか。著書『超合法建築図鑑』『ビヘイヴィアとプロトコル』など。主な受賞に2014年日本建築学会作品選奨、2011年JCDデザインアワード大賞、2010年住宅建築賞金賞、2006年吉岡賞など多数。

和田隆介
1984年静岡県生まれ。編集者。明治大学理工学部建築学科卒業。千葉大学大学院工学研究科修士課程修了。2010–13年新建築社。13年よりフリーランスとして仕事を始める。13–14年東京大学学術支援専門職員。15–17年京都工芸繊維大学特任専門職員。

川勝真一
RADディレクター/リサーチャー。1983年兵庫県生まれ。2008年京都工芸繊維大学修士課程修了。2008年RAD開始。

辻琢磨
1986年静岡県生まれ。建築家。2010年横浜国立大学大学院建築都市スクールY-GSA 修了。2010年Urban Nouveau。2011年メディアプロジェクト・アンテナ企画運営。2011年403architecture [dajiba]設立。2015年大阪市立大学非常勤講師。2015年-滋賀県立大学非常勤講師。主な作品として《渥美の床》《海老塚の段差》など。《富塚の天井》にて第30回吉岡賞受賞。

水谷晃啓
1983年愛知県生まれ。建築家。博士(工学)。2013年芝浦工業大学大学院博士(後期)課程修了。2009年隈研吾建築都市設計事務所(プロジェクト契約)。2010年-14年SAITO ASSOCIATES。2013年芝浦工業大学 博士研究員。2014年豊橋技術科学大学助教、2017年−同大学講師。東京電機大学、芝浦工業大学非常勤講師。

吉本憲生
1985年大阪府生まれ。近現代都市史研究。2014年東京工業大学大学院人間環境システム専攻博士課程修了。同年博士(工学)取得。2014−2015年東京工業大学特別研究員。2014年−現在横浜国立大学大学院Y-GSA産学連携研究員。第5回ダイワハウスコンペティション優秀賞。2012年度日本建築学会関東支部若手研究報告賞。

川井操
1980年島根県生まれ。アジア都市研究・建築計画。2010年滋賀県立大学大学院博士後期課程修了。博士(環境科学)。2013年 東京理科大学工学部一部建築学科助教。2014年−滋賀県立大学環境科学部環境建築デザイン学科助教。

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川井操
建築討論

かわい・みさお/1980年島根県生まれ。アジア都市研究・建築設計・建築計画。滋賀県立大学環境科学部准教授。2005~2006年、2011~2013年に中国で建築設計実務に携わる。