建設プロジェクトのビジネスインテリジェンス

連載:情報技術による建築生産の職能再編──発注、設計、施工、維持管理を俯瞰して──(その2)

石原隆裕
建築討論
Oct 15, 2023

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この連載では、BIMを切り口に、建築生産に関わる様々な立場を俯瞰して、全体として効率化された建築生産のあり方を考えたいと思う。

前回(第1回)はフロントローディングという魅力的な施策が、既知のものであるのに実践されにくい理由を見てきた。第2回目は発注者、維持管理者について考える。

発注者、発注者支援とはどのような職能か

発注者の役割を列挙してみる。

・発注元の組織内での合意形成(どんな建物が欲しいかの取りまとめ)
・業務仕様書など発注資料の整備
・ 設計者、施工者の選定
・予算の編成と管理
・事業全体のスケジュール作成と管理
・進行中の設計・施工への発注者視点での反応
・出来上がった建物の自主検査

こういった一連の活動は、総称して建設プロジェクトマネジメントと呼ばれる。たとえば麻布台ヒルズにおける森ビル★1を思い浮かべてほしい。

近年増えてきたパターンとして、自前でこのような業務を行わず、発注者支援業者と呼ばれる専門家を採用することがある。多くの場合、発注者支援業務はコンストラクションマネージャ(CMr)と呼ばれる人たちによって担われている★2。

建築プロジェクトを分析するためのデータマネジメント

発注元の内部にある専門部署やCMrが発注者の職能を担う場合、(前回の記事では不可能性を繰り返し述べた)フロントローディングを含め、建築生産の全体最適化の可能性が見えてくる。

フロントローディングの座組みについていえば、設計段階での施工性検証を発注者から要望できるし、ECI業務として専門工事業者やゼネコンに検証作業を発注したり、プロジェクト実施方式としてDBを選択したうえで、フロントローディングを発注条件とすることもできる。さらにいえば、発注者がフロントローディングの効果や制約を理解した上で主導することで、前回比較的難しいと指摘した、設計施工分離発注でのフロントローディングも実現可能だ。

それでも、効果のあるフロントローディングを実現するためには、発注者による適切な会議体の設定や監督行為が必要なのではあるが、設計・施工からの発案に比べ、予算や工程を適切に確保したリーダーシップが発揮しやすいはずだ。

役者がそろったところで、総監督としての発注者がメガホンをとることになる。

この際、多くの場合、グレイヘアコンサルティングの「マイクロマネジメント」(経験を根拠に熟練技術者が具体的行動を細かくチェックして助言すること)に発注者は頼っているのではないか、と筆者は見ている。そのような手法を全面的に否定するつもりはないが、全体最適化を目指すには、後述するようにいくつか懸念もある。

一方、一般に広まっていない手法として、情報技術を活用することで大局を読み取ってアプローチするという発想がある。そのような分析は、ビジネスインテリジェンス(以下BI)と呼ばれる。建設業ではBIを助けるのにBIM(Building Information Modeling)が役に立つ。

ここから先は、全体最適化を意図して発注者として建設プロジェクトマネジメントを行う手法を、一般的なものとBI/BIMを活用する場合で見比べていこう。

図面ではなく業務への分割(設計と製図との分離)

進捗を把握するに際して、人間がマイクロマネジメントする場合、図面や会議体などの単位があるが、BIを用いる場合には、マネジメントの単位が異なる。

一例として、発注者が建物全体の鉄骨のうち何%が検討完了の状態なのか知りたいとしよう。

発注者の立場で、図面から状況の読み取りをするのは至難の業だ。

一般的な手法では、定例会議などで設計者から進捗報告を受けつつ、最新図を見て発注者が概況を把握することになる。

これでは具体的な数値の把握はできないが、設計と並行して、進捗共有会議のたびに「全部材検討状況一覧」のような報告資料をいちいち求められたら、設計者は疲弊してしまうだろう。

数値的に把握できるものとして図面の枚数などを挙げることがあるが、適切な解像度かというとそうでもない。

たとえば、1階梁伏図のような単位では、プロジェクトのほとんどの期間が検討中であり、極論すると提出まで変更し続ける。つまり、ほとんどの期間で進捗が0になってしまう。

マネジメントの単位はもっと小さい個別の検討業務の単位にしなくてはならない。

・マネジメント対象として登録する
・法的与件の列挙
・設計荷重の設定
・…

などの作業があり、これらが出来ているか/いないか、ということをYES/NOの二択で把握出来たほうが良い。

ここで注意したいのは、図示があるだけでは進捗が把握できないことだ。検討中なのか、検討完了なのかは図示されない。つまり、図面に何かがあることは、必ずしも作業の完了を意味しない。

また逆に、図面に表示されていなくても完了している作業もある。たとえば、「位置が未確定だがこのあたりに壁が必要で、法的与件は把握できている、しかし与件に合わせた仕様を決められていない」という場合、一般的な図面では表しにくい。

このような「データに関するデータ」をメタデータと呼ぶことがあるが、図面にはメタデータが入れにくいのだ。しかし、BIMを利用することで設計のメタデータ(ステップごとの意思決定)と図面化(決定された仕様の表現)とを分離して管理することが容易になる。

作業の進捗を管理する方法として、発注者が課題リストをつくって、定例会議ごとに担当者を確認して期日を切り、課題解決を推進していくというのが一般的だが、人力で把握するのは、意外なほど手間がかかる。BIM上では、部材ごとに複数のメタデータを設定できるし、作業の完了状態を登録してあれば、業務の報告をまとめる作業は、市販のBIツールを使うことである程度自動化できる。人間が図面を読み取って進捗報告資料を作成する手間に比べると、BIMに作業進捗を入れることは手間数が少ない。

また、BIMであればコンピュータの支援を得ることができるので、高速に繰り返し状況を把握できるようになる。

状況の把握が経験に基づいた概況ではなく、実際の業務の計数となることで具体的に把握できるようになるのが、近年BI/BIMによって実現している変化といえる★3。

直線的時間軸(ウォーターフォール)から螺旋的時間軸(アジャイル)への転換

グレイヘアコンサルティングのマイクロマネジメントの二つ目の懸念は、時間軸の取り方、プロジェクトの不確定性への対応だ。

この議論をするために、プロジェクトマネジメントの類型である、ウォーターフォール型とアジャイル型を導入しておく必要がある。ここで注目したいのは、

・ウォーターフォール型:変更の少ない業務に対して、一度きりの作業を想定し、入念に計画し、計画から外れた場合は軌道修正を行う(直線的時間軸)
・アジャイル型:変更が多い業務に対して、繰り返される作業を想定し、サイクルのなかで修正や改善を行いながら成果を出す(螺旋的時間軸)

という想定される進行の時間軸の違いだ★4。

変化にとんだ業務には、繰り返しがあったほうがマネジメントがしやすい、ということを念頭に置こう。

グレイヘアコンサルティングの場合、業務の全体像がすでに見えていて、理想形がわかったうえで現状とのズレを埋めるために助言していくことになる。

この考え方はウォーターフォール型の発想で、全体最適化の目線でいうと最も効率の良い設計、最も効率の良い施工がすでにわかっていて、それを実行するということになる。

しかし、建設プロジェクトが始まった段階では与件は決まっておらず、基本設計を進めていく中で期待される性能が次第に明らかになっていく。

また、建築工事は設計内容だけでなく、発注する時期や場所でも条件が変わり、毎回同じ理想形には当てはまらない。

変化への対応だけではなく、全体最適化についても、繰り返しがあるかどうかは重要だ。

生産性向上論のベストセラーとして知られる書籍『ザ・ゴール』では、一連の工程のなかのボトルネック(瓶の首のように一番流れる量が少ない箇所)を探り、ボトルネックの稼働率を向上することが全体最適化への道であり、部分最適の積み上げでは全体最適は達成できないことが示されている。

構成要素は変わるわけではない、順番が変わることが本質なのだ★5。

このような順番の編集が可能なのは、『ザ・ゴール』の舞台が機械部品工場という、製品を反復的に生産するラインだからだ。すでに終わってしまった作業が不効率だったとしても、順番を入替ることはできないが、次のサイクルでは改善した順番で作業することが出来る。

ひるがえって、一品生産を旨とする建築業では、そのような全体最適化は不可能なのだろうか?

まず、前回の投稿で指摘したように、住宅系のプロジェクトでは、個別の物件ではなく群を生み出すシステムを設計することで、反復的な作業となりサイクルができている。

非住宅のプロジェクトでもそれを可能にするには、同じ建物を複数回建設すればよいわけだが、もちろんそんなことはできない。

かつてC・アレグザンダーが盈進学園のプロジェクトで、敷地でユーザーとのワークショップを行いながら設計したが、振り回された関係者の疲弊が記録されている★6。

そこで、仮想空間での建設という発想が出てくる。

しばしば、4Dシミュレーションと称して3Dモデルをもとに施工順序を加えた検証作業を行うことがある。

これは一つ有効な手法で、設計図上は上手くできているように見えるものも、取り付けの順序も考えると問題があり、設計を改善できるというようなことが起きる。

4Dシミュレーションのサイクル

ここまでは一般的な取り組みだが、全体最適化のためには、ここからさらに踏み込むことを提案したい。

ボトルネックをとらえるためには、設計事務所から元請けに図面を渡しただけでは不十分で、そこから各専門工事業者や建材メーカーに情報がわたり、施工図、製作図、建材の生産、輸送、ヤード、現場施工などの一連の業務が把握される必要がある。

かならずしも内訳が詳細であればよいというわけではないが、各種工事ごとの着手から完了を最低でも把握しなければ、プロジェクトの全体最適化はできない。

従来の図渡しを前提とした業務の流れでは、設計図書を何度も完成させるサイクルを構築することは難しいが、部分的に情報を伝えて仮想的に生産することをくりかえせば、アジャイル型のマネジメント(繰り返しの中で修正や改善を行いながら成果を出す)が可能になる。

図面がないなら何もできないよ、という声が聞こえてきそうだが、筆者の経験では概算の物量がわかるだけでも各種工事業者やメーカーは何らかの判断はできて、仮想建設に参加することが出来る(これを無償で委託するとメーカーが離れていくので何らかの契約が必要なことに注意したい)。

このような仮想建設の業務分析もBIが活用できる。

そのためにも、前段で触れたメタデータを含めたデータマネジメントが重要で、仮想建設を行うたびにゼネコンやサブコン、メーカーは搬入日や完工日を入力する、仮設や重機を予約する、というような実施工で必要な業務をデータ上でやり取りして分析ができるようにする必要がある★7。

このようなサイクルを繰り返しながら設計者から施工者に受け渡すデータの量を増やしていき、最終的には現実の施工が行われるというのがアジャイル型プロジェクトマネジメントだ。

仮想建設のサイクル

肝心なのは、全体としてみたときに効率的な生産方法はどんなものかを考える際に、

  1. 業務のメタデータをつくることで分析が可能になること
  2. サイクル(繰り返し)を構築して改善が行われること

という2点である。そして、実際の改善案を考えるのは設計者や施工者だが、複数の会社や部門をまたいでこのサイクルを作り、回していくのは発注者にしかできない。

3次元モデルを発注者はつくらないが…

仮想建設を前提とする場合、設計者、施工者に加えてメーカーなど多数の企業が関わることになる。

経験上、それぞれ2Dで作図していると、さも納まっているような図面が描かれて、現場に行くと成立していないことがあり、3D検証は必要である。

企業をまたいだやり取りには、無意味な重複作業が生じないようにガイドしたり、重ね合わせ検証を依頼したり、業者間の受け渡しの交通整理をすることが、発注者の役割として重要だ。ゼネコンに一括で委託している場合でも、設計部と現場、サブコンの間でのコミュニケーションがどのように行われるかの実施方針を求めるところまでは、発注者の役割となる。

維持管理者について

建物オーナー側という意味では維持管理者も発注者に同一視されることもあるが、部局が違うことも多い。総務部が協力会社に委託している場合、外注先もCMrではなくビル管理会社やFM(ファシリティマネジメント)という業種になるのも同様である。

維持管理者の業務は日常の点検・清掃などを含む維持保全と入退館管理などの運用管理がある。

維持管理は設計や施工に比べると、薄く長く続く業務であり、効率化や機械化による業務の改善が遅れる傾向にある。情報技術による変化として、業務そのものを変えるわけではなく、管理手法を改善するようなアプローチが挙げられる。ソフトウェアにはとりもなおさずデータベースが必要なのは、建設段階と変わらない。

しかし、BIMから維持管理用データベースが立ち上げられても、利用されないということも大いにありうる★8。

解決策として、ビルの清掃や整備を実行する管理会社とは別に、建物のソフトウェア面を外部委託などで担う職能も探るべき方向だろう。

今回のまとめ

発注者(もしくはその支援者)が全体最適化のキーパーソンであること、グレイヘアコンサルティングから情報技術による仮想建設への転換で、アジャイル型のマネジメントを実施することが最適化へのアプローチになりうることを示した。また、維持管理者でも建物のソフトウェア面に新しい職能の萌芽がある。

次回は、ここまで見たような情報技術による変化を踏まえ、職能の確立と人材育成について触れ、総括したいと思う。■

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★1:正確に言えば森ビルを含めた再開発組合が工事発注者になる。https://www.mori.co.jp/projects/toranomon_azabudai/
★2:発注者支援業務は独占資格がないので受託者は必ずしもCMrに限らない。また、実際にCMrが担当する範囲は個別の契約により異なるためコンストラクション・マネジメント協会『CMガイドブック』などを参照されたい。現状、国内市場でのCMrの実態として、どのような役割を果たしているのかは議論があるところだが、本論では発注者の社内にある専門部署やCMrが広範かつ十分に発注者としての役割を果たせるものとして論を進める。設計者や施工者の立場から見たCMr像として志手一哉・小菅健『現代の建築プロジェクト・マネジメント』も参考になる。
★3:建設分野でのダッシュボード事例はいくつか見られる。https://bim-design.com/infra/assets/file/seminar_bim_dx_database.pdf
★4:大いなる議論が存在するので、アジャイルとウォーターフォールの詳細の説明やその長短については深入りしない。業務内容が十分予想できる場合は、繰り返される作業であってもウォーターフォール型のマネジメントを採用しうるので、必ずしも時間軸に対して一対一対応ではないのだが、天下り的な理解で読んでみてほしい
★5:この説明はかなり端折っているので違和感を覚えるかもしれない。正確な理解のためにはエリヤフ・ゴールドラット『ザ・ゴール 企業の究極の目的とは何か』を参照されたい。
★6:難波和彦氏の記事に詳しい。https://db.10plus1.jp/backnumber/article/articleid/1378/
★7:設計のBIMとともに、現場の情報を電子化する取り組みも重要である。その一例、https://built.itmedia.co.jp/bt/articles/1804/18/news111.html
★8:一例だがこういった声を聞くことがある。https://www.archifuture-web.jp/magazine/611.html

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石原隆裕
建築討論

一級建築士、認定コンストラクションマネジャー。株式会社Vicc所属。組織事務所での意匠設計者を経てBIMや3Dモデルに関する仕事を生業とする。2014年東京大学大学院建築学専攻修了。1988年山梨県出身。