文化財建造物の「活用」を見据えた日々の「課題」

|070|2023.07–09|特集:建築の再生活用学

高橋知世
建築討論
Jul 31, 2023

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愛知県犬山市に所在する博物館明治村は、建築家谷口吉郎と名古屋鉄道株式会社副社長(当時)の土川元夫の構想から、失われようとしていた明治建築を移築展示するための野外博物館として昭和40年(1965)に開村した。山々に囲まれた約100万㎡という広大な敷地に、現在64件の建造物が移築され、保存展示されている。建造物のほかにも、約3万点の歴史資料や明治期の蒸気機関車等の動態展示物を収蔵している。

図1 博物館明治村全景

開村から約60年が経過する当館では、移築から50年前後が経過する展示建造物の劣化に伴う修理だけではなく、老朽化に伴うインフラ設備の更新や蒸気機関車のオーバーホール等、多くの課題を抱えている。

本稿では、博物館明治村専属の文化財建造物修理技術者の立場から、日常的に建物を活用していく中で見られる劣化と、これと向き合うことで生じる課題について紹介したい。

博物館明治村における修理技術者の役割

当館における文化財建造物の修理技術者の役割は多岐にわたる。主軸となるのは、①展示建造物の保存修理工事における工事発注および工事監理、②展示建造物の定常管理、③情報発信の3つの項目である。

①の保存修理工事における工事発注および工事監理は、半解体修理や樋の取替え、屋根葺替え修理を待つ状態にある展示建造物について、年間3件程度行っている。半解体修理等の大規模修理工事を行うことは、経年劣化によって弱まった建物の価値を再び高めるとともに、解体に伴って判明した新たな知見を収集する、修理技術者にとって重要な業務である。大規模修理は、建物を守るための終着点ではなく、文化財建造物を末永く残し伝えていくための定常管理方法を見据えた通過点と捉えて業務にあたっている。

図2 ・3 令和4年度より行っていた三重県庁舎車寄部分修理工事
修理前(左)、木部補修中(右)

②の定常管理は、日常的に建物を公開・使用し続けることによって起こる建物の損傷をいち早く発見することや、応急的な小修繕によって建物の劣化を抑制する役割がある。野外に常にさらされている展示建造物は、立地や日当たりにもよるが日々の劣化は避けられない。人が使用する建物という性質上、毎日の開け閉めを行う建具廻りや鍵廻りに摩耗等の劣化が特に起こりやすく、当館では応急復旧を含めた直営の維持修理を行って対応にあたっている。このような日常的におこる問題を確認し、応急的な修理の計画とその実施を行うことは、建物の劣化しやすい箇所を把握するとともに、大規模修理工事の際の改善箇所として修理方針に反映させることに繋がる、欠かせない仕事である。

また、応急復旧を行うことや定期的に建物を観察し続けることは、来館者や施設の職員の安全を守ることにも繋がる重要な使命である。

図4・5 応急修理で行った腐朽した床板の補修
修理前(左)、木部補修中(右)

③の情報発信で行っていることは、修理工事の中で判明した事実や、建物の新たな価値、特殊性のある文化財修理の様子をSNSや寄付者向けのメールマガジン、学識経験者および一般専門家向けの見学会等を通じて伝える普及啓発活動である。これらにより、修理技術の共有や新たなファンの獲得、明治村の取り組みに関して共感・共有の輪を広げ、明治村ひいては文化財という国民の財産を継承していくことの一助になると考えている。

定常管理で行っている取り組み

文化財建造物を日々公開することによって起る劣化の課題は、自然環境によるもの、経年によるもの、人的なものと様々見られる。日々建物に起こりうる現象に向き合うことによって、修理技術者は多角的な知見を得て独自の見識を持つことができるのではないだろうか。

ここではより具体的に、展示建造物で起こる不具合と定常管理として行っている取り組みについて紹介したい。

高所の点検・清掃

村内の建造物は、四季折々に色を変える樹々に囲まれた環境に置かれているため、年間2回以上の高所の点検・清掃作業は欠かせない。秋の紅葉が終わり、落葉が始まると、建物の谷樋や軒樋、鮟鱇に落ち葉が堆積し、雨水がオーバーフローしてしまう事案が発生し、外壁の汚損や雨漏りを誘発させる。これを防ぐために、定期的に高所作業車を利用して樋の清掃作業を行うことが必要不可欠となっている。村内に64件ある展示建造物の中には、高所作業車の接近が難しい立地の建物も多くあり、その場合は足場を組んで清掃を行なわなければならない。

図6 高所作業車による石材の点検(聖ザビエル天主堂)

高所作業車による樋廻りの点検・清掃作業のほかの重要な仕事は、壁頂部や軒廻りに使用されている石材の劣化の有無を確認する点検作業や、啄木鳥によって穴が空いてしまった外壁下見板の穴塞ぎ作業である。高所に使用されている石材は、経年により劣化している恐れがあるため、来館者の安全上の観点から定期的に確認しなければならない。外壁下見板の穴塞ぎ作業は、啄木鳥によって空けられた穴より壁内部にスズメバチが入り込み、巣を作ってしまうため、木板や銅板による応急修理として行っている。しかしながら、これらの作業はいたちごっことなってしまうことが多く、根本的な予防措置を考えることが課題となっている。

図7 外壁下見板の啄木鳥穴(第四高等学校武術道場「無声堂」)

割れた窓ガラスの取替え

村内の展示建造物は、強風や鳥の衝突、人的理由により窓ガラスが割れてしまうことが度々発生する。その対応にあたるのは、我々修理技術者を含めた当館の建築スタッフである。割れた窓ガラスは、そのままにしてしまうと来館者等に危険が及ぶため、発見次第速やかに養生や取替え等の修繕を実施している。ガラスの取替えに使用する材料は、銅板を小さな三角形状に加工してガラスを固定する鱗釘(時には市販のU字釘)と柔軟に窓桟にガラスを押さえることが可能なガラスパテを用いている。ガラスパテを使用する利点は、自分達の手でガラスの取替えが容易にでき、何度ガラスの取替えを行っても木製窓桟に与える傷みが少なくて済むという点で、こだわって使用している。このガラスパテ施工の技術を習得し、直営修理が可能となっていることで定常管理時の修理コストの抑制に繋がっている。

図8・9 ガラスの取替え時に使用する鱗釘(左)、ガラスパテ(右)

おわりに

建物を公開し、不特定多数の来館者を招く上で配慮しなければならないことは、受け皿となる建物における収容力を把握することである。所有者がどのような建物の活用方法を望むのかにもよるが、受け入れる建物および運営者側の許容量を見極め、公開することによって起る建物の劣化とのバランスを検討することが重要な課題である。

所有者及び発注者という役割を兼ね備えた文化財修理技術者としての業務の中で、建物の活用について考えてみると、定常管理から得られる建物についての深い洞察力がその鍵になる。文化財建造物を継承し続けるためには、定期的な日常管理、小規模な維持修理、大規模保存修理の3つのサイクルで建物の継承を図る必要がある。そのうちの大部分を占める定常管理時に得られる知見は、文化財の活用とその課題を検討する上で必要不可欠である。文化財建造物の価値を継承し、その建物ごとに特徴をもつ空間の魅力を伝え続ける活用方法を見極めるためにも、1つ1つの建物に寄り添える修理技術者の見識がより必要となるだろう。■

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高橋知世
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たかはし・ともよ 博物館明治村の建築担当。村内の歴史的建造物の保存修理工事や、日々の建物維持管理に携わる。 博物館明治村(HP:https://www.meijimura.com/)