文化財建造物の「積極的活用」と「防火対策」

|070|2023.07–09|特集:建築の再生活用学

稲垣智也
建築討論
Jul 31, 2023

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はじめに

2020東京オリンピック開催を見据えて観光立国推進のため、文化庁はこれまでの保存中心だった文化財行政から舵を切り積極的な活用を求めるようになった、と言われてから、はや数年が経過した。新型コロナウイルス感染症対策のため、観光推進関連の目標達成度は当初の見通しどおりとはならなかったが、その収束が見えてきた現在、海外からの旅行者も回復しつつあり、再び国内の文化財活用に対する期待度は高まりつつある(写真1)。

一方で、東日本大震災や熊本地震など大規模地震での文化財被害、ノートルダム大聖堂火災や、首里城跡火災では、文化財の防火・耐震対策の重要性もまざまざと見せつけられた(写真2)。少子高齢化、地方の過疎化の中で負担感の増している文化財の次世代への継承のため、文化財の保存修理、防災施設整備、活用整備を行う中で、高付加価値化を促進し、文化的・経済的な善循環を生み出すことを目標として平成28年には文化財保護法の改正が行われた。

筆者は、現在、文化庁文化資源活用課整備活用部門(建造物)の文化財調査官として、国宝重要文化財建造物の活用整備と防災施設整備の推進を所掌する立場にいるが、ここ十数年の文化庁の動きを中から見ている者として、文化財建造物の活用と、防災施策に関して、担当者の個人的な雑感を記すこととしたい。

写真1 外国人観光客で賑わう東大寺境内(奈良県奈良市)(左)
写真2 首里城跡火災当日の様子(沖縄県那覇市)(右)

文化財建造物の「活用」とは何か

古社寺保存法、国宝保存法では「保存」を主眼に置いており、活用面としては、国民への公開を条文に定めた。文化財保護法においてはそれを発展させ、文化財の「保存と活用」の両面を法律の目的として定めている。

それでは、文化財保護法でいう文化財建造物の「活用」とは何か、というのが問題になる。「保存」が直感的に想像しやすいのに対し、「活用」の語の持つ意味が広いため、それぞれ受取手の感覚で反応が様々に生じる。基本に立ち返り、法令(文化財保護法第四十七条の二以下)を見ると、「公開」がその中心にある。これは古社寺保存法、国宝保存法から引き継いできた理念ではあるが、昭和25年当時に指定されていた建造物を見ても、主としては現役の寺社や、城郭建築などであったから、そこを訪れて「鑑賞する」というのがその活用の主たる手法であるというのは納得のいくものでもある(写真3)。

その後、70年以上を経たいまでは、指定対象は広がりを見せ、建造物分野に限っても、洋風建築、民家、近代化遺産(産業・交通・土木など)、近代和風建築、近現代建造物と、ただ「鑑賞する」だけでない「活用」を考える必要性に迫られている。

文化財では法令を基によく「公開活用」という語を用いるが、文化財建造物の活用の本質は、文化財の価値を理解してもらうこと、と筆者は考えている。ある建造物を文化財に指定するとき、まずは研究者によって調査がなされ調査報告書等が作成される(写真4)。その報告書を参照しながら、私たち文化財調査官は文化財の指定説明を作成し、どこに価値があるのか、というのを文章化して、文化審議会に諮問し、妥当である旨の答申を得ると、文部科学大臣名で重要文化財を指定する。価値というのは自明のものではなく、ひとが見出してはじめて付加される。そのためそれを言語化してはじめて他者に伝わるものとなる。その「価値を他者に伝えるプロセス」こそが「活用」である。我々がその建造物から享受できる価値でもある。

写真3 姫路城天守群(兵庫県姫路市)(左)
写真4 文化財指定に先立つ調査報告書(右)

用途変更の試み

文化財建造物の場合、使わずに大切に収蔵庫にしまっておく、ということはできないから、必然的に何らかの用途を持たざるを得ない。例えば寺社建築のように、建設当初からずっと同じ用途で使い続けられている建造物も多くあって、茶室は茶室として、百貨店は百貨店として利用されている限り、現代的な要求をいくつか取り入れながらも、保存と活用に大きな対立が生じることなく使い続ける工夫ができる(写真5)。これまでに指定された文化財建造物の概ね9割はここに属するのでないか。しかしながら、当初の機能が収まりきらなくなった、あるいは失われた場合には、用途変更をして別の使い道を考えるか、特別な用途を持たない展示施設とするか、の2択を選ばざるをえなくなる。

高度成長以前ならともかく、現代に求められる住環境とあわなくなってきた近世民家や近代住居については特に喫緊であるともいえる。何らかの新しい用途を与えて用途変更を試みる場合には、その用途によっては、他法令の要請などにより、一定の「改造」=「現状変更」を伴うこととなり、文化財としての価値と対立する場面も出てくる可能性がある。

宿泊施設にしようとすれば、営業許可を得るためには旅館業法の要請から、旅館業法施行令に基づく構造設備の基準があって、それに沿ったものとする必要があるし、法令以外でも、例えば(一社)日本旅館協会に加盟しようとすれば、客室構造に審査基準が設けられており、このように業界独自の規格基準が定められていることも多い。業界団体に加盟していないと賠償責任保険で団体特約が使えないなど営業上のデメリットを被ることもありえる。劇場のような人の集まる施設にしようとすれば、興行場法と都道府県条例の定めるトイレ基数を用意しないと営業許可が出ない。特定防火対象物の用途で使用する場合には、消防法も壁として立ちはだかる。

写真5 現役の百貨店である三越日本橋本店(東京都中央区)

現状変更の制限

建造物を改造しないと一切用途変更できないかのような書き方をしたが、それもまた正しくない。そもそも文化財建造物の場合、改造を加えてはならないというのは世界共通のルールである。文化財保護法では建造物の用途についての制限をかけていない。しかしながら他法令との干渉により、何にでも使える、というわけでもない。例えば認知症対応型共同介護施設にしようとすれば、大部分の文化財建造物は改造する範囲や設備投資が大きすぎて事業として成立しないだろう。かけるコストと見合わなければ投資するメリットは見いだせない。自ずと大規模な現状変更を伴わない活用に収斂していく。

大きな現状変更を伴わなくとも、建造物の特性にあわせた使い方が見つかれば、それなりにいろいろなことができる。豊平館(北海道札幌市)は開拓使の建てたホテルだったが、現在では集客施設や貸館として利用している。旧新町紡績所(群馬県高崎市)は屑繭を絹糸に加工する紡績工場だったものを、クラシエフーズ株式会社が食品工場として利用している。文化財に指定されたら何にも使えなくなる、住めなくなる、エアコンも付けられなくなる、というまことしやかなそれらしい嘘が世間には蔓延っているが、実際には建物の改造につながらない設備類の付加などはごく当たり前に行われているし、バリアフリーのためのちょっとした段差解消の工夫なども至る所で行われている。

ただし本来、個人が住むために建てられた住居となると、使い勝手の面では小さな部屋の連続となるので、用途に自ずと制限が加わってしまう面は否めず、悩ましい。住居では間取りの変遷が重要な研究テーマとなっており、外観よりむしろ間取りを保存することが価値の継承につながることから、そのことを意識したうえでの活用が基礎になる。未指定文化財では、民家の間仕切りや床組を撤去して広い一室にし、土足利用の飲食店や店舗にしているものもたまに見かけるが、建築史研究者目線に立つと学術的にはだいぶ価値が低くなる。それでも建物そのものが取り壊されるより良かったとみる向きもないことはない。指定文化財では採ることのない手法であるが、いろいろな選択肢があること自体は悪いことではない。近年では、見学利用だけでは発展性が見込めず、体験型の施設利用が各地で試みられている(写真6、7)。

写真6 町家の建ち並ぶ関宿のとある平日(三重県亀山市)(左)
写真7 文化財建造物を用いたイベントの開催(三重県亀山市)(右)

適切なリスクの把握と対処

建築基準法や消防法では、それぞれの建築物の用途に応じて想定されるリスクが異なることから、用途別に構造や内装、設備などを定めて安全性を確保することとしている。一方で、文化財建造物は、構造や内装は既に存在しているところからのスタートとなる。これまでの使い方の中では、見学施設や、礼拝に用いる宗教建築といった比較的リスクの低い使われ方が多かったが、体験型の施設として利用するとなれば、アクティビティに応じたリスク回避策が必要となる。文化財だからといって、想定できる危険を放置して良いはずがない。

これまで文化財分野ではそれぞれのリスク評価について、個別対応を中心として、一律の基準を定める建築基準法や消防法とは異なるアプローチをしてきた部分ではあるが、個別対応であるが故に、所有者と行政担当者、設計施工者のいずれも、主観での対応と捉えかねられない状況にもあった。文化財建造物と聞けば、空気管主体の自動火災報知設備と消火器、放水銃を整備すれば良いのだろうという固定観念がそれぞれに生まれていなかったか。

担当としては、建築基準法、消防法ともに、仕様規定から性能規定へと変化する中で、文化財分野でもそれに対応するべきだろうという考えがあった。そこで文化財建造物でその嚆矢として定めたのが「国宝・重要文化財建造物等の防火対策ガイドライン」である。建造物固有の特性や、周囲の環境などの特性、避難困難の観点や、不特定多数の利用があるか、など、個々の状況に応じて、どのような防火対策を講じるべきか、ハード面とソフト面の双方から、所有者自らがチェックできるようにしたものである。これによって、個々の事情に応じてとるべき対策が一定、可視化されただろうと自負している(写真8、9)。

写真8 防火のための施設整備例(神奈川県伊勢原市)(左)
写真9 松本城天守に設置されている避難器具(長野県松本市)(右)

これからに向けて

文化財分野でも、少子高齢化によるしわ寄せはかなり厳しい状況にある。文化財建造物を空き家にしないだけでも相当の努力が求められる物件が多い。どうしても管理が行き届かないところも出てくることが考えられる。そうなったときに、最後に頼れるのは自動消火設備である。すべからく文化財建造物にスプリンクラー設備を設置するというのは過剰であろうし、現実的に不可能であるが、大規模大空間の建物、避難困難の想定される建物、内部出火時に消火活動困難が見込まれる建物では、スプリンクラー設備の設置を検討するべきである(写真10)。また調理での利用など日常的に出火リスクの高い建物があれば、それはそれで対策を検討する必要があり、例えば民家などであれば、調理場に水道連結型スプリンクラー設備を入れることで火災成長の抑制には一定の効果が見いだせるだろう。

しかしながらそこで忘れていけないのは、文化財建造物への悪影響を最小限にする施工を考えることでもある。これは設計者・施工者、機器メーカーにも求められるスキルであるが、現在のところ、より良いものを求めて同じ方向を向いて仕事ができているように感じている。この関係を盤石にしつつ、より積極的な活用と、安全性の確保について、両立が実現されるよう日々努力しているところである。■

写真10 高知城本丸御殿へのスプリンクラー設備設置(高知県高知市)

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いながき・ともや/文化庁文化財調査官(建造物担当)。日本建築史・文化財保存・文化財建造物防災(Disaster Risk Management)。