インディペンデントに活動するデザイナーや建築家、アーティストなど異業種のクリエイターのためのシェアード・コラボレーション・スタジオ「co-lab」を2003年から企画運営しています。主な特徴は、集まった人たちと「プロジェクト単位で集合体で働く」という働き方を提唱していること。こうしたプラットフォームの運営も含め、2005年に春蒔プロジェクト株式会社を設立して、デザイン等の様々なクリエイティブディレクション事業を行っています。
設立当初のco-labは、狭義のいわゆるクリエイター向けのシェアオフィス(=コワーキングスペース)でしたが、近年は広義でのクリエイティブな事業を行う企業や団体も対象に含め、クリエイティブな思考をしやすい環境を提供し、イノベーションを生み出しやすい状況を作り出す場にしたいと考えています。昨今様々な企業がイノベーション推進を掲げていますが、私はクリエイティブな環境が下地にないと生み出されないものと考えています。
また今後、AI化、複雑化する社会では、論理的な思考だけではなく感性での判断が重視され、また制約の少ない環境で問題提起しやすい「アート」が起点になった循環が生まれることが必要だと考えています。『アートで提起し → デザインで解決 → ビジネスで普及させ → ポリシーで定着させる』というような流れのある状況が「疲労」を緩和、解消する秘策だと信じています。
2010年が世界的なコワーキングスペース元年と言われていますが、2003年から活動してきて今年15年目に至る間、コワーキングスペースの意義を追求し続けた結果見えてきたポテンシャルをご説明しながら、「未来的な機能としての社会疲労の回復」についてお話できればと思います。
問題提起
今回の「疲労」というテーマに関して言えば、建物の設計とそこで行なわれていることが接続されていない、という違和感は、知らず知らずのうちに「ストレス」になると思っています。そして、都市のあちこちでそういう「ストレス」由来の疲労が勃発しています。ハードをつくった後、ソフトでにぎわいをつくる等ということが繋がっていないわけです。その理由の一つは、大きな建物をつくり、生まれた共用部や公開空地を後付けでイベント等を無理に当て込んでしまう、というように、建物をつくる際に使い方が想定されていないことだと思います。
ここでいくつかの事例を挙げながらお話を進めていきます。
民民での「疲労」の解消
去年開業した渋谷キャストという東急電鉄など数社が事業出資した施設があるのですが、開発フェーズの初期コンセプト作成から始まり、設計施工フェーズでも建築設計全体のデザイン・ディレクションに関わらせていただきました。また竣工後の運営フェーズに入ってからもシェアオフィス(co-lab渋谷キャスト)用途の運営者の一員として他の用途間連携を行い、建物ブランディングに参画しながら、まちづくり(エリア活性化活動)にまで一気通貫して携わっています。
「まちづくり」といっても渋谷はもう活性化しているので、さらにエリアの特性を引き出すアクティビティをつくりはじめています。まちの結節点として(賑わいや憩いを創出すべく)広場が生まれたのですが、そこでの施設協力イベントも一部弊社が企画制作しました。通常、官のエリア活性というと公民館のような施設をつくって「そのエリアのために何かやりましょう」というケースは以前からあったと思うのですが、民の取り組みとして、自分たちの持っている施設を公に開くという意識が高まっているように思います。
ところが、建物を持っても魅力的な運営ができなかったり、建物をつくる時点で運営フェーズまで考えておらず、つくってみて使いづらい、ということもある。「つくる」と「使う」が繋がってこないわけです。
対して渋谷キャストは、敷地を東京都から借りる際「クリエイティブに資する施設にすること」を求められていたため、どうしたらクリエイターに求められる施設にできるかという目的が予めありました。運営予定者が開発計画段階から深く関われたことで、運営会社がハコモノを渡されて無理に企画を考える、というありがちな施設開発の流れを避け、運営と機能を中心に考えることができたのです。
これにより、大規模開発がまちづくりと乖離するというありがちな現象も同時に回避できます。公共であれば随意契約がしづらくコンペにならざるを得ないのですが、対して民民だからこそこうした疲労の解消ができた好事例と考えています。
通常co-labは、事業者から運営委託を受けてco-labを企画運営しています。運営委託という形で建物施設に関わり、co-labのクリエイターコミュニティが並走することで、事業主企業が目指すミッションを実現解決していくというスキームですが、意識レベルが合う企業と一緒にプロジェクトができると、民民主導で近隣住民や周辺エリアに対してポジティブな発信ができ、好循環の雰囲気を施設全体に充満させることができます。結果的に、シェアオフィスや他テナントのリーシングにもいい影響が出ていると思います。
co-lab 代官山の事業主でもあるSodaCCo(ソダッコ)という施設の建物事業者「佐藤商会」は、地元の商工会会長されるなど、地元を盛り上げたい意識の強い方です。「こどものクリエイティブ教育」を施設テーマとして、学童施設やカフェ、イベントスペース等テーマに沿ったテナントを誘致して地域貢献しています。ここでの民から官へのアプローチ例としては、おそらくシェアオフィスとして初でしょうが、全テナントに備蓄品や防災教本を支給するなどの活動をして、渋谷区の帰宅困難者受入施設に認定されたことが挙げられます。また今後は、屋上に農園をつくり収穫祭等には地域の保育園を誘致するなどもしていきたいと思っています。
何を価値とするか
渋谷キャスト開業以降、大規模開発のディレクションの仕事をいただくことも増えましたが、これからの開発課題は、建物の中の共有部に外と接続できる「共」の部分を取り入れること。単純に「貸せる床」が減ると捉えると非効率かもしれませんが、施設ブランドとして貸し手側が借り手に対してホスピタリティやコンフォタビリティをどれだけ提供する意識をもっているかが問われる時代が来ていると思います。その態度や思考がリーシングに大きく影響を与えるようになるのではないでしょうか?
よってどの思考のビルを借りているかが、対外的な面でも企業の精神を表明することになっていくと思います。また横軸でのまちづくりだけではなく、高層ビル内等の縦軸のまちづくり、コミュニティづくりも考えるべき時代に来ていると思います。連携できるファシリテーターが企業間をつなぎ、化学反応を起こす役割を担うというようなソフト機能が求められるのではないでしょうか。
最近とある公園に隣接するビルをとある大手ディベロッパーが購入し、co-labに「入居条件を緩和するので、ビルに入居して、公園の活性化を同時に行わないか」という相談がありました。後々はその公園の指定管理を取って、ルールでがんじ搦めになっている日本中の公園の自由度を上げていくモデルケースをつくるという取り組みを行う準備を進めています。地元の議員やまちづくり会の方々との交流をもちながら徐々に進めて行けたらと思っています。
公園はあくまでも官の管轄ですが、最近の官の傾向としては民を融和的に捉えていると思います。また大企業が直で受けると風当たりが強いのですが、僕らのような小さい市民団体のような会社が間に入ると割と受け入れてもらいやすい気がしています。このように官に対してポジティブに向き合う人たちが集まっていると、そこまで疲労なくプロジェクトに取り組めるという感覚をもっています。
一方、収益のことしか考えない企業と提携すると非常に難しいことが多いです。co-labの意義である社会貢献性の尊重なしに、コストカットに終始すると、雰囲気が伝播してリーシングにも影響しますし、純粋に目的を失ってしまうことで「ストレス」の原因になってしまいます。もちろん賃料収益は上げなければいけないのですが、クリエイターと企業との相乗効果で新しい価値を生み出すことができれば、その価値は賃料という有限の価値をゆうに超えていけると考えています。
co-lab西麻布/KREI(昨年クローズ)では、co-labのインハウスデザイナーと事業主であるコクヨのデザイナーとの相乗効果を期待し、新規事業の企画を考えるところからシェアオフィスの入居クリエイターと作り出すプロジェクトがありました。一緒に企画を考える場の運営方法はもちろん、価値を設定する段階から一緒に考え、製品というアウトプットが出せたプロセスを含めて評価いただけました。これはシェアオフィスというコモンスペースの空間だから生み出せた価値だと感じています。
それは渋谷キャストも然り。相場賃料からするとシェアオフィスは低めの設定ではありますが、クリエイターの集積によってどんな利益を施設や地域にもたらすか、建物事業者にどういうプラスイメージを付加できるか、定期借地している東京都から地域貢献性をどう評価してもらえるかということが主軸になるビジネスモデルといえます。
官民連携の形としてのコワーキングスペース
co-labの中でも、少し特殊な成果がでてきた事例をご紹介します。印刷工場と連携するco-lab 墨田亀沢:re-printingと、旧態ファッションの問屋街に存在するco-lab 日本橋横山町:re-clothing。この2拠点はライセンス契約によって、春蒔プロジェクトではなく事業主が直接運営しており、「クリエイティブの力で斜陽産業やその地域をどう活性化するか」といった話から始まりました。
co-lab 墨田亀沢では、印刷会社がデザイナーと組むことでディレクションと印刷のセットで仕事を得ることができ、受注単価が倍増するケースが生まれるなど、曇っていた会社の先行きや目標が見えるようになったと聞いています。今では、地元自治体や地域企業等と密に連携し、墨田区や東東京エリアにあるものづくり拠点のネットワークを構築して、新しい地域産業圏を生み出そうとしている動きに様々なメディアが注目しています。
co-lab 日本橋横山町は、古くからの洋品問屋の集積地に位置しています。その商店街副会長のご子息が所有する現金問屋にシェアオフィスを併設し、自社と取引しやすいようにほとんどファッション業でメンバーを構成。世界的にも評価の高いファッションデザイナーの山縣良和氏が主宰する「ここのがっこう」と連携し、世界に通じるファッションクリエイターを育成するプライベートスクールが常設されています。
最近いただくお話の傾向としては、遊休不動産を多く所有する企業から、資産償却を気にしなくて良い遊休不動産をco-labとして安価な賃料設定で貸し出し、社会貢献となるような企画運営をしてほしいという依頼や、区の観光案内所含めた施設をブランディングしながら運営してほしいというような依頼もあります。各位の意図としては、官のケアだけでは融通が利かず、本来的なユーザーの声に応え切れないのでは、という認識があるようです。
一方、官の意識としても、民を外注として使いづらく、職員として入れるにはハードルが高い。何かバランスの良いかたちで中に入れたい、という考えが生まれています。その具体的な形としてコワーキングスペースという形式で受け入れていこうという機運があり、この方式がこれからの新しい官民連携の場になる可能性があるように思っています。
地方への展開の仕方
個人的に「地方活性化のために東京は更に活性化し続けていないといけない」という考えを持っています。地方の地元産業と東京のクリエイティブの力を掛け合わせることで、地方再生の速度が増していくのではないでしょうか?
とある地方の中心地の駅前の巨大な開発地にco-labを入れ、シェアオフィスとインキュベーション機能をつくるという構想があるのですが、一方でこの開発エリアのすぐ隣にさびれた商店街があり、以前からリノベーションスクールが入り少しづつ動きが出てきています。新規再開発とリノベーションでの街づくりはつい対峙してしまいがちですが、連携を取って同時に開発を行うことが重要だと考えており、双方による相乗効果が生まれるかたちを模索し提案したいと思っています。
また地方というよりも、郊外と都心に挟まれた「近郊都市」がいま苦しい状況にあるように思っています。東京だと環状6号線から8号線にかけての西側のゾーンです。資金力があるからということで補助金がおりず、住宅地がメインで企業が集積しているわけでもないため税収が少ない、こうした地域が自力でなんとかしないといけなくなっています。おそらく今回で言うところの「疲労」の舞台になっている、という課題もあります。
東急電鉄の開発した二子玉川ライズの中にあって、日本のフューチャーセンターの先駆けとも言える「カタリストBA」というスペースに併設されているco-lab二子玉川では、東急電鉄やコクヨ、春蒔プロジェクト(co-lab)で「EDGE TOKYO」というシリーズを立ち上げ、東京の周縁でエッジが都市にもたらすことを思考する場を用意しトークセッション等を開催してきました。
ここでセッションしたことを街に具現化していこうということで、『PUBLIC DESIGN』著者の馬場正尊さんや『シビックプライド』監修者の伊藤香織さん等に監修に入っていただき活動を行ったこともあります。今後もこういった活動を続け、このような実証実験により得た成果を地方や周縁都市の再生に活用できればと考えています。
これから先、働き方が変化して働く場所が自由化しバーチャルな空間で仕事ができるようになるにしても、人間は身体を持ってるので、どこかには身を置かないといけないし、働く場所はより「集まる」ことが主目的になるでしょう。会社のワークスペースが縮小され、サードスペースのような働く場所を想定すると、コワーキングスペースがその代替になってくると思います。海外であれば、WeWorkのようなプラットフォーマーが、大手企業と提携し、会社の中で「働かなくていい場所」を提供しています。
将来的にコワーキングスペースは、社会インフラとして公共的なスペースと位置付け、官が民の空間を借り上げて用意していくことが未来的な姿としてあるのではないかと思います。また、この連携が社会疲労の回復にもつながり、民と官のフラットな交流が生まれ、両者の知が結節されていくのではないかと期待しています。