物質と創造の果てへ

武田征士/To the End of Material and Creation / Seiji Takeda

武田征士
建築討論
30 min readOct 2, 2021

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1. 物質性からの逃避

これまで地球上に出現したあらゆる文明の黎明期において、その時代を担う知性の多くが「万物の根源」をめぐる思索に没入し、時には命をかけた論争を繰り広げてきた。その切実な営みの背景には、自分たちの棲まう世界を創り上げている根本的な要素をつきとめ、それに働きかけることで、世界を可能な限りあるべき姿に、より棲みやすいものにアップデートしたいというあらゆる時代に通底する願いがあった。

実際のところ、のちに原子であることが見出されるこの要素は互いに組み合わさることで物質を成し、その物質こそが世界の根幹を創り上げている。鉄やガラス、ポリマーといった偶然の発見あるいは企図された発明によってもたらされた物質は、様々な用途に適した素材というフォーマットに加工される。素材のもたらす質感や材質が、その時代を生きる私たちの身体感覚の基礎を成し、建築・工業デザインに一定の枠組みや方向性を与え、それらが他の文化的・政治的潮流と結合することで時代固有の感性や都市空間を形作るという、いわば物質を起点として時代様式を終点とする巨大な一方向のベクトルが暗黙のうちに形成されてきた。こうして、物質という存在が私たちの世界をその根本において絶対的に規定するさまは、物質に固有の性質 — 「物質性」 — として、その巨大で不動のベクトルの姿とともに時代を超えて人間の意識の底を流れ続けてきた。

ここで建築に視点を絞ると、物質が建築のデザイン(意匠や構造およびその設計)にもたらす規定には、二重の側面があることに気づく。まず明らかなのは強度や耐熱性といった素材の材質によって、主に施工的な側面から自ずと規定されるデザインである。かつて錬鉄や鋼鉄、さらには軽量型鋼やH型鋼、デッキプレートの量産が高層建築を可能にしたように、選択可能な材質の種類は建築デザインに決定的な影響を与える。もう1つ着目すべきは、その時代において享受し得る知覚ないし空間体験が物質の質感によって絶対的に規定されているという不自由が、建築家のいわば創造上の内圧となってその時代の意匠に絶えず影響を与えてきたという点である。本来物質と不可分であるはずの知覚体験――物質により自ずと規定されてしまう身体感覚――をせめて意匠によって乗り越えることで、より自由な空間体験の可能性を建築に付与しようという衝迫を、私たちはある時代から、建築意匠の上に確認することができるのではないか。

ここで視線を過去へと遡行させてみたい。木や土、石といったほぼ自然の物質がそのまま建築材として露わに使われていた19世紀中葉まで、物質は知覚、身体感覚、建築意匠、様式、そこに住まう人々の空間体験にいたるあらゆる都市の細部と密に繋がり、それを規定していた。セーヌ県知事オスマンの手になる大改造を目前に控えた19世紀のパリ、レ・ミゼラブルの挿絵にも描かれる薄暗い石の都パリを思い返すと良い。敷設まもないガス灯の少なさもさることながら、目につくあらゆるものが石造りや木造、煉瓦造りという視覚的な重苦しさや身体的な不便が、暗く悪臭を放つ路地裏の集合といった不衛生や爛熟した都市文化の放つ退嬰的な気分と相まって、ボードレール的世界観を始めとするこの時代のあらゆる陰鬱な詩情にほぼそのまま投影されている。

こうして物質とそれのもたらす建築物や身体感覚・時代の感性は、互いに一分の隙もなく嵌合してきたが、ここへ石材と比べてより造形の自由度が高く、またこれまでにない身体感覚を与える新たな素材が登場する。その素材とはもちろん、鉄とガラスである。多くの建築家や思想家が鉄やガラスの質感に夢中になり、建築物や時代を貫く思想はより親密に物質に寄り添いはじめたかに見える。事実これら新素材を世界観の中心に据え、新時代のあるべき姿やイメージを鉄やガラスの硬質な質感の中に求めるマニフェストが数多く誕生した。私たちはその急先鋒ともいえる金属的で機械的なイメージが書きつけられた文章をたとえばイタリアの詩人マリネッティの「未来派創立宣言」のなかに見ることができる。

“我々は(中略)荒々しい電気の月光のもとに浮かび上がる兵器庫や造船所の震える夜の情熱を、煙を吐く蛇をむさぼり喰う貪欲な鉄道の駅を、(中略)長いチューブの手綱をつけられた巨大な鋼鉄の馬のような、線路を蹴る胸の厚い機関車を(中略)謳おう”

たしかに鉄やガラスの質感は、こうした工業化・機械文明への機運とぴったりと符合していた。しかしまた一方で、鉄の強度や靭性、ガラスの硬質な透度といった材質は加工性の高さと相まって、建築家や技師にかつてないほど豊かで伸びやかな意匠の可能性をもたらしていた。ガラス税の撤廃から間もない1848年にイギリスの温室技師リチャード・ターナーが設計したパームハウスは、1万6千枚ものガラスを巨大な膜のように張り巡らせた優美な姿を誇る。ここで用いられた建築技法は、その3年後にはジョセフ・パクストンの手によって第1回万国博覧会の会場「水晶宮(クリスタル・パレス)」(図1)へと結実し、壮麗なガラス建築のもたらす空前絶後の空間体験を演出してみせた。そこにあるのは、後の「未来派創立宣言」で出現するような鉄やガラスが本来備えている硬質で無機的な質感のイメージではなく、透明なガラスによって明るい光が空間を満たし、建物の内と外の視線がゆるやかに還流しあう柔らかでみずみずしい空間体験である。この体験の明るさはやがてシェーアバルトの詩集「ガラス建築」で呟かれる「光は結晶となる」といった数々の言葉とともに、ブルーノ・タウトの「ガラス・パヴィリオン」「アルプス建築」において、機械や文明といった「重さ」から完全に逃避し切ったどこまでも軽く明澄な精神世界の表現として昇華されてゆく。

図1:「水晶宮」(1851年)の外観(左)と内観(右)

同じような精神の動きを、私たちは鉄の建築にも認めることができる。その象徴的な建築物は言うまでもない、エッフェル塔である。当時まだ量産に不向きであった鋼鉄よりも炭素含有量がはるかに少なくて「柔らかい」錬鉄製であることも、エッフェル塔のしなやかなイメージ形成に寄与するところがあっただろう。しかし何より着目すべきは、エッフェル塔が華奢な骨組みのみによって宙空に編み上げられたレース構造であるという点、そこにいくらかの施工的な必然もあるとはいえ、そのような意匠選択をエッフェルが行ったという点だろう。鉄製でありながらも視線の透過を許し、宙に溶けこむような印象を与えるエッフェル塔の意匠は、素材そのものの持つ鈍重で文字通りの金属的なイメージを軽々と乗り越え、今日では「鉄の貴婦人」と広く称されている。

それでは、鉄やガラスと並んで近現代の建築設計の根幹をなすコンクリート、その圧倒的な量塊感に満ちた素材からはいかなる建築意匠が導かれたのか。コンクリート建築の歴史は紀元前3000年のローマ帝国にまで遡るが、19世紀後半、鉄筋の導入により造形の自由度や強度が飛躍的に向上したことで、コンクリートそれ自体の形状操作によりあらゆる意匠が可能になったとはいえる。しかし一方でモダニズムの建築家は、コンクリートによる造形表現に頼らない躯体の配置による空間構成によって、工業化・近代合理主義という文脈にぴったりと寄り添いつつも、建築をその重量感から解放しようとしたと言えないだろうか。コルビュジェによるモダニズム建築五原則、すなわち「自由な平面」「自由な立面」「水平連続窓」「ピロティ」「屋上庭園」といった空間要素はまさにそのような精神を捉えたものとも言える。実際、コルビュジェの「サヴォア邸」や坂倉準三の「神奈川県立近代美術館」、丹下健三による「広島平和記念資料館」、といったモダニズム建築の名作群(図2)は、広やかな連続窓を備えた直方体の駆体がほっそりとした柱に支えられ、まるで建物全体がピロティ空間の上に浮遊しているような感覚をもたらす。そして浮遊感といえば、やはり丹下健三による「国立代々木競技場」を挙げるのが何よりもふさわしい。前代未聞の吊り屋根構造により設計されたこの競技場は、高さ40mの2本の支柱に張り渡された直径33cm・重さ250tのワイヤーケーブルによって屋根全体が吊り上げられており、競技場全体がしなやかな曲線を描きながら文字通り宙に「浮遊」しながら天へ伸びてゆくようなダイナミックな飛翔感を見る者に与える。

図2:左から順に「サヴォア邸」(1931年)、「神奈川県立近代美術館」(1951年)、「広島平和記念資料館」(1955年)

このように建築家は意匠によって視覚体験に軽やかな自由度を与えることで、本来は素材そのものに直接紐づくはずの質感や空間体験による制約を緩め、それから逃れてきた。これは言わば、建築家が意匠というレトリックによって物質性を乗り越える過程であった。ここでタウトの「ガラス・パヴィリオン」からちょうど20年後の1934年に出版された「風の又三郎」のなかに現れた「ガラスのマント」という表現を思い起こすのも良いだろう。また整然と附置された円や直線、四角といった無機的な幾何要素に駆け抜けるようなダイナミズムを与え、のちに抽象絵画の祖とされたワシリー・カンディンスキーはどうか。視覚的・文章的なレトリックを駆使することで物質のもたらす質感から逃れ、新たな知覚体験を生み出そうとする試みはあらゆる創造的活動の諸分野において、近代以降とくに顕著になされてきた。

ところで少し振り返ると、ある特異な時代ではこうした試みが急進的な芸術運動と結びつき、ほぼ空想的なレベルにまで先鋭化されていった姿を認めることができる。例えばロシア構成主義における作品群はどうだろう。エル・リシツキーの「雲の階梯」(図3)のように巨怪な建築物が宙に浮遊する姿は、モダニズムのピロティ構造による浮遊感といった視覚体験を通り越して、見るものの空間感覚を大きく歪ませる。18世紀のルイ・ブーレーによるメガロマニアックな空想建築と同様、こうしたアバンギャルド建築の多くが技術上の問題などから実現しなかったものの、こうして20世紀初頭の素材による束縛を忘れた建築家の脳裏に繁茂し始めた先鋭的な意匠や精神は、その後連綿と続くモダニズム建築の繁栄の片隅でひっそりと継承され、やがては設計の手段場所を変えて思わぬ形で具現化されてゆくこととなる。

図3:「雲の階梯」のモンタージュ写真(1916年)

2. アルゴリズムの登場と、物質性の後退

物質という束縛から逃れようとする空想建築が実現した「場所」は、私たちの身体が棲まう現実の空間ではなかった。1996年、マーコス・ノヴァクはこう書いている。

“サイバースペースは建築であり、建築を持ち、建築を包含する”

彼にとって、建築を束縛する物質性とは重力であった。重力の問題とは無縁のサイバースペースは建築にとってのユートピアであり、そこではあらゆる意匠が可能である。実際、ノヴァクやグレッグ・リンらはこのサイバースペース上で物質の問題などとうに忘れたかのようにありとあらゆる構造を産み出し続けた。その多くは通常のデカルト座標系からなる文法を大きく逸脱し、あるいは複雑な流線形を備え(図4)、自らを「流体建築」と呼ぶに至る。ブロビテクチャーなど一部の建築を除きその多くが実際には建造されなかったこれら一連のサイバー建築であるが、怯まずデザインし続ける彼らの露骨な全能感の背景には、急速に発達したコンピュータによる建築デザイン手法があった。

図4:マーコス・ノヴァクによる流線型のオブジェ

1960年代にはまだ2次元作図が主な用途であったCADは、70年代後半から3次元作図が可能になると、90年代には大学や企業、建築設計事務所でも大々的に3D CADが用いられるようになり、Mayaなど優れた3次元描画ツールも登場していた。また爆発的に向上し始めたコンピュータによる計算性能は、数式を用いたアルゴリズムによるデザインの地平をも拓きつつあった。アルゴリズミック・デザインとも呼ばれるこの手法では、NURBS曲線など数理的なモデルによって滑らかな3次元曲面が自動的に得られるばかりでなく、同時代の花形となりつつあったカオス・フラクタル理論と結びつき、例えばローレンツ・モデルにも見られるように、シンプルで再帰的な数式による座標変換を繰り返すことで複雑な形状を宙に描き出すことが可能になった。CGの分野では河口洋一郎による「グロース・モデル」の名で我が国でも広く知られるところとなる。コンピュータの凄まじい発達に支えられながら、アルゴリズムを駆使した新しいデザイン手法と3次元描画手法が交差したところで、物質性の束縛を忘れさせる意匠の可能性がサイバー空間上で極限まで追求されたのが1990年代後半からの約10年間であった。現実空間を想定しない意匠設計のあり方に疑問を挟む余地がないでもないが、コロンビア大学やUCLAを中心としてこの期間に拡充されたデザイン手法は、デリダによる哲学概念から建築意匠に転用され徐々に具現化しつつあった「脱構築主義」建築の大きな推進力となり、「ビルバオ・グッゲンハイム美術館」など数多くの作品へと結実していった。これらの建築物を前にすると、モダニズムの「浮遊感」を遥かに超えた先で、物質性や重力といった束縛が完全に無効化されているかのような錯覚を覚える。その象徴的な例として、ザハ・ハディドの名を挙げたい。レム・コールハースの先進的な思想のもとで学び、1983年の国際コンペ「香港ピーク」で磯崎新に見出されたザハの初期の意匠は、脱構築的な空間構成により重力そのものを否定するかのような手描きのデッサンとして遺されている。やがてコンピュータによるデザイン手法を現実の空間に大きく引き寄せることで、建築家たちが数世紀に渡り物質性から逃避し続けてきたその最果てで、「ヘイダル・アリエフ・センター」(図5)といった数々の傑作を遺した。ここではパラメトリックなアプローチによって計算し尽くされたその圧倒的な曲線美により、鉄・ガラス・コンクリートが持つはずの重く鋭い質感は見る物の前から完全に消し去られ、建築はとろけるようにして中空と融和している。こうしてザハの名は「曲線の女王」として建築史に名を残すこととなった。

図5:正面から見たヘイダル・アリエフ・センター(2015年)

ザハが最も鮮烈なやり方でサイバースペースから現実空間へと接続してみせたアルゴリズムによるデザイン手法、パラメトリック・デザインであるが、この背後にはデザインする主体の意思を超えたところで自律的にデザインが発生するという、今日の我々にとって重要な主題が見え隠れしている。いかなる素材的要件も機能的要件も忘れて良いサイバースペース内だけで済む話なら、アルゴリズムに任せてどんな意匠でも野放図に作れば良い。しかし現実空間にそれを建造するとなれば話はまるで違う。建築素材の材質を絶対不動の定数として、しかるべき強度、耐震性、耐火性といった無数の目的変数へ向けて、またスタジアムやオフィス、住居といった用途に応じた様々な要求へ向けて、構造力学や流体力学、人流のシミュレーションをもとに、意匠を含む建築の様々な部位構造を最適化する必要がある。このような構造最適化を全くの白紙の状態から、複雑な建築物全体に一気に施すことは極めて困難である。したがって通常は、構造全体あるいは設計方針のフレームワークは人間が与え、最適化可能な箇所のみを切り出してアーチの曲率や太さ、支柱の幅や位置、本数といった数値としてパラメータ化し、これらを先述の多目的に沿うようにコンピュータが自動的に最適化するといったアプローチがとられる。これは言わば、構造全体の設計という問題をフレームワークと各種パラメータに分割した上でパラメータのみを最適化するという、全体の設計のうち極めて局所的な設計をコンピュータに担わせるものである。こうしたパラメトリックなアプローチは、遺伝的アルゴリズム(1975年)や粒子群最適化(1995年)といったヒューリスティックな最適化アルゴリズムの隆盛に呼応したものである。ここでは所望の機能から構造パラメータへと遡行すなわち逆算するといったやり方で、コンピュータの「知的」ないし「創造的」とも呼び得る振る舞いがデザインという営みのなかに徐々に浸潤し始めているのを認めることができる。

2013年、スタンフォード大学のイェレナ・ヴュコヴィクらによる刺激的な論文が、建築とは全く縁の無い光学分野の速報誌オプティクス・エクスプレスに発表される。ここに発表された奇妙な構造体は、一般には波長分波器と呼ばれ、そこへ入射した波長の異なる複数種類の光を、波長ごとに異なる出射口へ誘導即ち分波する機能をもつ、僅か数ミクロン(0.001 mm)四方程度の微細素子である。一般的な設計方針に従えば、波長と同程度の長さの周期で配置された微細な構造要素(例えばナノサイズの柱や穴であったりする)の位置やサイズを最適化することで、光の干渉効果による分波を促すものであるはずが、ヴュコヴィクらが発表した素子は、あろうことか一見でたらめな構造をもち周期の要素すら見当たらない(図6)。実はこの有機的なダイナミズムさえ感じる構造体は、コンピュータにより、理想的な分波効率から逆算的に構造全体を設計することで得られたものである。このような手法は今日では逆問題の求解とも呼ばれる考え方であり、「逆デザイン(inverse design)」とも呼ばれる。先のパラメトリック・デザインのような要素すなわちパラメータに落としてからの最適化ではなく、文字通り白紙の状態から、フレームワークも要素も渾然一体のままコンピュータが逆デザインしたのである。この論文で用いられた逆デザイン手法は、光の伝搬を統べるマクスウェル方程式に基づく行列演算に光学分野固有の応用を施したものであった。これはのちにディープニューラルネットワーク上で実現され、生成モデルと呼ばれることになる自律的なデザイン手法のほぼ萌芽的な研究成果であったと言えるだろう。

図6:逆デザイン手法により設計された、微小波長分波器の構造

ここへ来て私たちは、物質から始まり材質や質感、構造、機能、身体感覚へと連なる巨大なベクトルのうち、大きな一部分がコンピュータによって遡行可能になりつつあることに気づく。あるべき機能から遡行して構造を逆デザインすることは、今日のコンピュータ技術によって実現の道筋が見えつつある。では、ディープニューラルネットワークやグラフ探索のような人工的な「知的」アルゴリズムが急速に発展する今日、これらコンピュータによる創造性は、逆デザインのベクトルをどこまで遡行することができるのか?

3. 物質のデザインと創造の果て — サイバーリゾーム —

いつの時代においても、望ましい材質を持つ素材を産み出すための営みの多くは、ある特定の素材を元に、温度や添加物量などその素材をもたらした加工条件を少しずつ変化させる、諸条件の最適化といった試行錯誤によって為されてきた。その多くは熟練した技術者個人の経験や知識、ときには本人にすら説明のつかない直感によるものであるため、新材料の開発には今日においてなお10年以上の歳月がかかるとされる。もちろん材料開発の分野においても、90年代以降の建築デザインにおいてコンピュータが重要な役割を果たしているように、密度汎関数法や分子動力学法といった物理化学シミュレーションや最適化アルゴリズムが取り込まれるようになった。コンピュータを材料開発に積極的に導入する動きは第3次AIブームの台頭やクラウド環境による豊富な計算資源やデータの解放といった潮流を受けて近年に特に顕著になり、2011年のオバマ政権によるマテリアルズ・ゲノム・イニシアチブを皮切りに、米国を中心に各国で戦略的に取り組まれるようになった。我が国でもこの流れはマテリアルズ・インフォマティクス と呼ばれ、広く取り組まれている。

ここでの最大の興味は、AIの登場により従来の最適化アルゴリズムでは到達できなかった材料デザインの営みの深部において、根本から新たな材料を生み出すことができるのか、即ち材料を構成する物質そのものを新たにデザインできるのかという問いである。あらゆる物質を構成する最小単位は、今日時点で118種類が確認されている原子である。原子同士の結合の順序や空間的な位置関係によって、融点や色、毒性といった物質全体の性質つまり素材の材質や質感が決定される。鉄やガラスといった無機物のように、結晶やアモルファスという形式でどこまでも同じ原子同士の連結が物質全体に連なっていることもあれば、アルコールや医薬品、ポリマーやプラスチックといった有機物のように、数個から数100個程度の原子が結合した塊である、分子という単位が集合して物質全体をなすこともある(図7)。つまり原理的には、分子を構成する原子を適切に組み合わせることで、所望の材質をもつ物質をデザインすることができる。

図7:青色素メチレンブルー(左)とそれを構成する分子の構造(右)

今日、米国化学会のCAS(Chemical Abstracts Service)に登録されている分子の分類番号は3桁の数値を持つ。すなわちこれまでに10億(10の9乗)種類のオーダーの分子が発見ないし発明されてきたとされる。しかし原子の組み合わせによって構成し得る分子の種類は極めて膨大で、例えば使用する原子の種類を7種類、個数を20個未満、原子同士の連結で生じる枝分かれを1つまでと厳しい制約を設けても、その組み合わせの数は10の60乗種類以上、これらの制約を取り去ると実質無限通りの種類が存在し得る。所望の材質を持つ材料すなわち物質をデザインするとは、言い換えれば、この無限に広い探索空間の中からその材質を満たすであろう分子構造を探し出すことに等しい。従来の最適化アルゴリズムを分子構造用に応用することで、分子内の原子を別の原子で置換、新たな原子を線状に連結、原子同士を連結させて環を形成・・・という具合で分子構造を多目的「最適化」する手法もあるにはあるが、あまりに膨大なパラメータ空間ゆえに必ずしもそれが最もふさわしい手法であるとは言い難い。そこで今日では、特にこの数年成長著しいAIによる生成モデルを用いた分子デザインの手法が、各国で広く研究されている。生成モデルとは、ディープニューラルネットワークなど様々なAIアルゴリズムにより、画像やテキスト、音声といった情報を自動的に生成する技術である。近年ではBERTやGPT-3といった、巨大なデータセットと莫大な計算資源により学習させた大規模ディープニューラルネットワークの登場により、自動翻訳や自動応答、自動記事生成といったテキストの生成が、人間と見紛うほどの高い精度で実現されつつあるのは周知の事実である。この技術を、テキストにより分子構造を表現するSMILES(Simplified Molecular Input Line Entry System)文法に適用することで、所望の材質を持つ分子構造のSMILES表現を次々に生成、つまり分子をデザインすることができる。AI分野のアカデミアにより先導され、やや目新しさが先行しがちなこれらディープ生成モデル以外でも、モデルの化学的解釈や調節性といった実用的な側面に根差したグラフ探索アルゴリズムを基礎とする分子生成モデルなど、様々な種類のAI技術が考案されている(図8)。こうした趨勢により、分子デザインの開拓の可能性はこの僅か2–3年のうちに爆発的に拡大したと言って良い。今日では、ポリマー、創薬、食品、電子部品といった様々な分野で生成モデルによる分子デザインが研究開発の場で広く実施されている。これらは、大量の文献から一度にデータを抽出する技術、物理化学シミュレーションの高速化技術、さらにはデザインされた分子構造の化学的な合成手法を提案する技術など、周辺のAI諸技術と連動することで、物質デザインのあり方を飛躍的に向上させつつある。それでは、こうしたコンピュータを最大限に活用した物質デザインのあり方は、手に入る物質の種類から限界を取り去ると同時に、私たちの創造という営み自体を今後どう変えてゆくことができるのか?

図8:分子生成モデルのイメージ図

物質デザインの可能性を加速的に拡大しているのはAIだけではない。クラウド環境の整備や手に入るデータの拡充、ハイパフォーマンスコンピュータのさらなる高速化が一体となって材料デザインという営みのあり方自体を急激に変えつつある。これは材料デザインが研究者個人や限られた少人数だけの閉じた営みから、外へ開いた創造的なコミュニケーションへと大幅に変容してゆく過程である。ここでのコミュニケーションとは、人同士のコミュニケーションでもあれば、AIを始めとするコンピュータと人のコミュニケーションでもある。まず人同士のコミュニケーションについて最も単純な例を挙げれば、GitHubのような空間上でAIの学習に使用するデータや学習済みのモデル、ソースコードや結果の共有は既に盛んに行われており、最新の生成モデルは国際会議で発表されると同時にGitHubを通じて世界中で共有されるという状況が既に出来上がっている。こうしたデータやモデルといった静的な情報を共有するための環境を基礎として、その上に動的なAIの利用環境、材料デザインを実施する空間を作ればどうなるだろうか。そこに多数のユーザー同士をつなぐ解放的なコミュニティ、互いの生み出しつつある結果に対してフィードバックを供与しあうダイナミックで共創的な機能を接続することができれば、創造行為は急速に加速することが期待される。さらに、AIにより異分野間のコミュニケーションを促進することもできる。例えばディープニューラルネットワークの転移学習と呼ばれる、ある分野のデータにより学習した基礎的な情報を他の分野に転用する技術を最大限に活用できれば、AIのもたらす創造性は材料分野による縛りを離れ、より一層豊かになることが期待される。様々な分野のユーザが利用することで、AI系全体の階層化された知性はより強化されてゆく。そこへ、AIと人のコミュニケーションが加わる。AIによる材料デザインは、目標とする材質の入力から材料デザインまで決して単線的に進行するものではなく、専門家が結果を確認し、その都度学習パラメータの振り直しやデータの差し替えといった調整を必要とするほか、デザイン結果に対して化学的な現実性などの観点から様々な種類のフィードバックをAIに与える、いわばAI版の試行錯誤が不可欠である。したがって、AIと人のコミュニケーションノブは最大限に揃えられていることが望ましい。こうした複合的なコミュニケーションの集積のもたらす創造空間を、クラウドという全世界からアクセス可能なプラットフォーム上に築き上げることができれば、材料デザインにおける創造のあり方は新たなパラダイムへとシフトする。今日時点、例えばフォトレジストという材料をデザインするためにIBMの分子生成モデルMolGXをノートブックPC上で走らせるだけで、光吸収係数、毒性、生分解性、といった5種類の性質に対してしかるべき値を同時に満たす多様な分子構造が、6時間で3,000個以上、つまり人間の専門家の100倍程度もの速度でデザインできることを私たちは確認している。既に驚異的な創造力を獲得しつつあるこのようなAIが、上述のような空間でさらなる拡張を経た果てには、物質や素材による限界は極限まで後退するだろう。

このような、言うなればサイバースペース上で実現される創造とデザインのプラットフォームは、建築の設計や意匠デザインを含むあらゆる創造的分野に波及させることができる。それは単なる静的な知識の集蔵された巨大なアーカイブではない、言わば動的な集合知とも呼び得る空間である。そこに接続するあらゆる人々の知性とコンピュータの知性とが複雑に絡み合い、リゾーム(rhizome; 地下茎)状に融和するこの巨大な創造空間を、「サイバーリゾーム」と呼んでみよう。これを単なる共同幻想と見る向きもあろうが、近年加速的に成長を続けるAI技術、今日なおムーアの法則に沿って衰えを見せない半導体のスケーリング、さらには近年ようやく実現が叶った量子コンピュータの圧巻とも言えるqビット数のロードマップといった、コンピュータ技術全般の爆発的な勢いに鑑みれば、サイバーリゾームの実現に想いを馳せてみるのは必ずしも放恣なメガロファンタズムとは言い切れないだろう。

4. 建築と空間、感性の変容へ

ここへきて、数世紀もの間人々の意識を支配してきた、物質から時代の様式へと至る巨大なベクトルは大きくひるがえろうとしている。物質の束縛から自由になることで、私たちはあるべき空間体験を起点とし、それを満たす建築の意匠や構造、それを実現するための材質や質感をもつ材料、それらの元となる有機分子や無機物といった物質デザインへと、文明や文化を規定してきたベクトルを大きく遡行することが可能となる。かつて建築家は意匠というレトリックにより物質性を乗り越えてきたが、物質性の束縛が消失した先では、そのあるべき「軽やかさ」といった感覚を、レトリックではなく現実のものとして建築空間に呼び込むことができる。ガラス以上に透明で硬度の高い建築材の登場は、空間内にかつてなく夥しい光の量や自由な視線の導入をもたらし、かつてパクストンが「水晶宮」で試み、タウトが「ガラス・パヴィリオン」において夢想した明るさに満ちた世界観は、完全な形で達成されるかもしれない。しかし一方で、従来より遥かに軽量で造形自在なコンクリートやそれに匹敵する建築材が登場すると、かつてモダニズムの建築家がピロティ構造によって建物を宙に浮遊させてみたように、ロシア構成主義の建築家が重力を放棄したかのようなスケッチを描いたように、あるいはザハが優美な曲線で実現して見せたように、意匠によって軽さを表現することはあるのだろうか。ブーレーがスケッチし、ノヴァクらがサイバースペースで夢想した建築意匠の数々は、一斉に現実空間へと解き放たれるのだろうか。また、「ガラスのマント」といった物質に根差す不可能の感覚からこそ生まれた文学的なレトリック、それを生む私たちの感性自体が変容するのかもしれない。

意匠設計や構造設計は、材料のもたらす質感や材質の束縛から自由になり、また建築家個人から滲出し、互いに結合し合う巨大な集合知として、サイバーリゾームのような創造空間ないしスキームのなかで、かつてない幅でスケールするだろう。そしてその中心にいるのは、何よりもそこで産まれる建築空間を体験として享受する人間である。物質と建築デザイン、時代の感性が互いを支え合うことで共鳴的に発展してゆくその先で、かつてあらゆる文明の黎明期において私たちの祖先たちが夢見続けてきた、人間のあり得べき姿を中心に据えた、新たな都市や時代の姿が創り出されるだろう。

参考文献

1. 「現代建築入門」 ケネス・フランプトン・著、中村敏男・訳(青土社、2016年)
2. 「近代建築史講義」 中谷礼仁(LIXIL出版、2017年)
3. 「建築の明日へ」 松村秀一(平凡社新書、2021年)
4. 「エッフェル塔試論」 松浦寿輝(ちくま学芸文庫、1995年)
5. 「コンピュータの屍肉──サイバースペースの〈生ける死者〉たち」田中純、10+1(1997)
6. 「建築をめざして」 ル・コルビュジェ・著、吉阪隆正・訳(1967年、鹿島出版会)
7. 「今こそ語ろう、ザハ・ハディド」東浩紀、五十嵐太郎、山梨知彦(ゲンロンカフェ、2021年)
8. J. Lu and J. Vuckovic, “Nanophotonic Computational Design”, Optics Express, 21, 13351 (2013)
9. S. Takeda, et al. “Molecular Inverse-Design Platform for Material Industries”, KDD 2020
10. S. Takeda, et al. “Molecule Generation Experience : An Open Platform of Material Design for Public Users”, arXiv: 2108.03044

図版引用元

図1:「博覧会 近代技術の展示場」https://www.ndl.go.jp/exposition/data/R/008r.html
図2(左):「flickr」 Omar Barcena https://www.flickr.com/photos/omaromar/9858756/
図2(中):「美術手帖」https://bijutsutecho.com/magazine/news/headline/19544
図2(右):「snaplace」https://snaplace.jp/hiroshimaheiwakinenshiryo/
図3:「Artpedia」https://www.artpedia.asia/el-lissitzky/
図4:「Bloghistapercaso」https://bloghistapercaso.blogspot.com/2015/06/marcos-novak.html
図5:「WIRED」https://wired.jp/2016/04/03/tracing-legacy-zaha-hadid/
図6:「Stanford, Nanoscale and Quantum Photonimcs Lab」https://nqp.stanford.edu/inverse-design-photonics
図7:著者作成
図8:著者作成

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武田征士
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たけだ・せいじ/1980年福岡市生まれ。IBM東京基礎研究所所属。Accelerated Material Discoveryチームリーダー。国内外のマテリアルズ・インフォマティクス関連のプロジェクトを多数手掛ける。慶應義塾大学大学院博士課程修了。博士(工学)。人工知能学会現場イノベーション金賞受賞。