編集後記:文化財学領域のPMrは必要か

|070|2023.07–09|特集:建築の再生活用学

小柏典華
建築討論
Jul 31, 2023

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本特集は、「活用」に軸足を持った文化財建造物界隈全体の、近年の社会情勢に即したテーマとした。この「活用」というのは、とてもキャッチーなテーマであり、大学機関で研究・教育に携わっていると、学生たちの興味もそこにあることがよくわかる。

文化財は消費資産ではなく、恒久的に維持できることが最善であることは誰しも理解できるところではある。そのため、「「活用」するためだから」、といった名目で簡単に切りはりできてしまう「物」ではなく、その周縁部にある諸要素を広く知って価値を生かす術を知ってほしい、という思いがあった。
もちろん本特集で不足している諸要素はまだまだたくさんあり、例えば、令和4年度に博物館法が改正されたことで「デジタル・アーカイブ化」が博物館に求められる役割・機能に追加、「文化観光など地域の活力の向上への寄与」といった経済・観光の面から文化財建造物との関わりが想定されるケースも増えてきている。
つまり周縁部の諸要素は限りなく幅が広く、そして随時更新されるものであり、「再生活用学」を展開する上では様々な可能性が見出せるのである。

編集後記として最後に私見を少し述べさせて頂きたい。

「保存」の延長線上にあった「活用」から、「保存」と「活用」の両立に軸足を切った今、我が国の文化財保護に必要なのは、もしかしたら「大胆さ」なのかもしれない、と考えている。

その例として、「増床の手法」もとい「内と外の空間の反転」を挙げておきたい。この活用行為において有名な事例の1つは、英国の大英博物館(グレートコート)の改修であろう。2000年のノーマン・フォスターの設計によって、博物館中庭にガラスドームの天井が架けられた。新たな内部空間が増床されたと共に、博物館の動線が整備されたのである。

類似の「増床の手法」として、中国上海の朱家角にある宿泊施設、アン ルー朱家角(Ahn Luh Zhujiajiao)を具体的に紹介したい。上海の中心地区から西に50kmほど行った所に、朱家角の古墳(こちん)地区が広がる。そのすぐそばに佇む宿泊施設である。

エントランスの天井(てんせい)(左)
レセプションの天井(てんせい)に架けられたガラス天井(中)
レセプション正面建築の2階(右)

明朝期に建てられた裁判所の部材を再利用して建設しているようで、正面エントランスである中庭の大空間を通り抜けると、四方を建築に囲まれた元・中庭のレセプションに辿り着く。これらの中庭を、天井(てんせい)といい、中国の伝統的な四合院のつくり方である。

日本の伝統建築である書院造において中庭というと、「明かりとり」や「雨落ち」とされ基本的に通風採光を主目的として作られるものである。

四合院の天井(てんせい)にも内部環境への配慮がある。周囲を高い壁で仕切ることから、工夫した採光計画が必要であったのだ。また四周を建築で囲む構成から、良い通風をとるために屋根勾配との取り合いも重要視されてきた。さらに天井は単なる通風採光のための外部にとどまらず、内部の居住空間がそのままはみ出したかのような仕様や、大規模な天井だと庭園を作り上げることもあったようである。

天井(てんせい)から差し込む朝日も柔らかい

改めてアン ルー朱家角(Ahn Luh Zhujiajiao)の改築方法をみてみると、四合院の天井(てんせい)本来の環境はどのように表現されているのだろうか。天井にガラスの覆いをかけたため、通風関係は機械設備に頼らざるを得ないが、採光は変わらず柔らかく差し込まれている。また、本来の居住域のはみ出しという意味合いでも、ホテルのレセプションとして上手く機能させている。

もちろん、天井(てんせい)の当初価値を一部失っているなど文化財価値の判断は適切な審議を経て改修・活用方針が決定されるべきであり、一概な判断はできないが、天井を新たに架け直す、あるいは元の場に保存だけでなく、空間の価値向上を目指した活用は、どのような議論の末生み出されたのか興味が湧く所である。

この「増床の手法」は、ファサード保存と増築の間のような、不思議な空間体験であった。

建築業界におけるPMr(プロジェクトマネージャー)という単語は、現代設計や現場では良く聞くものである。プロジェクトが円滑に進ように、技術的知識を持って、事業全体のコントロールをする役割を担った者のことをいう。

文化財建造物界隈ではほとんど耳にすることはない職種だが、「保存しながら活用」を推進するときに、従来のような修理技術者のみが関わる、あるいは建築家のみが名を残す設計では成り立たないことは明白で、双方を理解した、いわゆる活用学のPMrのような立場が必要になってくるのではないだろうか。

文化財の動的保存や活用とされる昨今、改修設計は着実に事例が増えているし、日本ではあまり事例のない「増床の手法」もこれから提案されることが増えるかもしれない。そういったときに、活用学のPMrといった全体を管理する技術者がいれば、「設計と修理の間の課題」全体を上手くコントロールすることが可能となるのだろう。

また国登録文化財といった、50年経った建築を文化財に登録する制度ができて久しいが、実はその50年の前後に様々な課題が生じることがある。例えば、経済的な利益を優先するため文化財登録目前の年限で貴重な建築の取壊しや、文化財的価値の充分ある建築が専門調査の機会がなかっただけで、登録文化財の話が出たタイミングの前後で取り壊しの決まった事例がある。保存運動に上手く結びつき、それが結実した建築は幸いかもしれないが、そうでない建築が国内では山ほど積み重なってきたのが事実である。

貴重な文化財建造物が着実に失われつつある昨今、残る文化財建造物の今後の保存活用のため、活用学のPMrが中心となり、建築の文化財価値を担保しながら、事前事業として上手く文化財建造物の裾野を広げる活動を行なっていく必要があると考える。

(ここが建築史・文化財学を専門とする研究者の役割かもしれないが)

「保存」と「活用」は古いテーマであるが、『建築の再生活用学』の今後の展望をご期待いただければ幸いである。

2023.7 小柏 (使用写真は全て小柏撮影)

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小柏典華
建築討論

おがしわ・のりか/1989年生まれ。博士(文化財)。日本女子大学住居学科卒業、東京藝術大学文化財保存学専攻修了、東京藝術大学助手を経て、現職は芝浦工業大学 建築学部 准教授。専門は、建築史・庭園史・文化財保存。趣味はスキューバダイビング。