考現学

建築思想図鑑 第10回/Modernology/川勝真一(文)+寺田晶子(イラスト)

KT editorial board
建築討論
6 min readMay 8, 2017

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人々が生き、日々変化する都市を科学的に把握しようと試みた先駆的な方法論

<考現学>
考現学は、今和次郎らによって1920年代に実施された一連の社会調査を指す。人々の行動に関するものを対象とした徹底したフィールド調査を実施することで、不定形で変化の激しい都市の風俗を科学的に扱おうとする試みの先駆けだった。


柳田國男らとともに農村における民家研究に取り組んでいた今和次郎は、1923年の関東大震災後の東京において「見つめねばならない事がらの多い★1」ことに気づき、廃墟の中から立ち上がるバラック建築をはじめ日々移り変わる都市の風俗へと関心を寄せた。その後、「東京銀座街風俗記録」「本所深川貧民窟風俗採集」などの調査に同人たちと取り組み始める。1927年に新宿の紀伊國屋書店でこれらの調査を展示する「しらべもの展覧会」の開催に合わせて、考古学が古物に対するのと同様に、現代に対する科学的方法の学の確立を目指すという考えから、これらの調査を考現学(Modernology、正式にはそのエスペラント語であるModernologio)と名付けた。

考現学は、都市を観察する面白さを広く世に知らしめたとして今でも評価されているが、重要なのは、都市が国家や資本家によって計画的に生産されるものだけではなく、人々の日々の暮らしの中にある消費的行為や、モノと身体の相互作用によっても生み出されていると捉えた上で、そうした都市の移り変わりを科学的に扱う方法を探った点だ。今は「人間がそのいる場所に、無意識のうちに築いている、いろいろな跡、すなわちいろいろなものをとり散らかしている有様そのまま」を「建築外の建築」と呼び、その中に「人間の動作の源泉の真理」を見出そうと考えた★2。都市をつくる側からではなく、使う側、生きる側の論理から捉える試みが考現学だった。

不特定多数の人の日常的な行動を動植物の採集手法に則った徹底的な直接観察によって記録(採集)し、定量化(統計化)することで、その背後の意味をすくい出そうとするところに考現学の画期があった。その際は当時の民俗学のように「多数のものの中から限定した数だけの研究対象をつねにつかまえる」のではなく★3、特定の場所と場合におけるすべての要素を調べ上げる「一切しらべ」(悉皆調査)を基本とし、さらに機械的に対象を記録することで客観的なデータの採集が目指された。採集したデータは統計的に分析され、他の場所、異なる時間と比較することで、人々の行動について考察し、変化し続ける都市の風俗に迫った。加えて、統計の結果から出店すべき場所を決めるなど、人々の行動が都市をつくるという現在のマーケティングに近い応用方法が考えられていた★4。

大正時代には人力で実施せざるをえなかったがゆえに量という点で困難さを抱えていた考現学は、その後十分に発展することはなかったが、今が会長を務めた「日本生活学会」や赤瀬川原平、藤森照信らの「路上観察学会」などの活動へと部分的に継承されていった。一方、現在ではカメラやセンサーといった機械の目が、人々の行動を大量に採集し、それを用いてさまざまな解析が行われ、マーケティングやユーザーエクスペリエンスの向上に活かされている。100年近くの時間を経て考現学の試みが社会に実装されるに至ったと考えることはできないだろうか。

関連事項

「考現学」と「路上観察学会」
「東京銀座街風俗記録」は、1925(大正14)年5月の4日間に、京橋から新橋までの主に歩道の西側を範囲として実施された。採集項目は、時刻による人出の変化、東と西の人出比較、身分や職業、通行人と立ち止まっている人の割合、服装や髪型、持ちものなど多岐にわたる。
それに比べ、考現学の後継として引き合いに出されることの多い「路上観察学会」は、誰も見向きもしないような対象に光を当てるという点では考現学に通じるものの、特定の事象のみを採集するという点で、考現学において重視された「一切調べ」「統計的分析」とは一線を画す。

関連文献

- 今和次郎「考現学とは何か」『今和次郎集 第一巻 考現学』ドメス出版、1971年

1) 今和次郎「考現学とは何か」『今和次郎集 第一巻 考現学』ドメス出版、1971年

2) 今和次郎「土間の研究図」『今和次郎集 第九巻 造形論』ドメス出版、1972年

3) 今は、「事象全般をまず中心対象とする」考現学に対し、民俗学を「多数のものの中から限定した数だけの研究対象をつねにつかまえる」ものとして説明している(今和次郎「考現学概論」『今和次郎集 第一巻 考現学』ドメス出版、1971年)

4) 風俗研究に立脚しつつ工学、商学などを利用した応用考現学の可能性が示唆されている(今和次郎「考現学総論」『今和次郎集 第一巻 考現学』ドメス出版、1971年)

建築に関わるさまざまな思想について、イラストで図解する「建築思想図鑑」では、古典から現在まで、欧米から日本まで、古今東西の建築思想を、若手建築家、建築史家らが読み解きます。イラストでの解説を試みるのは、早稲田大学大学院古谷誠章研究室出身のイラストレーター、寺田晶子さんです。この連載は、主に建築を勉強し始めたばかりの若い建築学生や、建築に少しでも関心のある一般の方を想定して進められますが、イラストとともに説明することで、すでに一通り建築を学んだ建築関係者も楽しめる内容になることを目指しています。

イラストを手助けに、やや難解な概念を理解することで、さまざまな思考が張り巡らされてきた、建築の広くて深い知の世界に分け入るきっかけをつくりたいと思っています。それは「建築討論」に参加する第一歩になるでしょう!

順次、新しい記事を更新していく予定です。また学芸出版社により、2018年度の書籍化も計画中です。

「建築思想図鑑」の取り組みに、ぜひご注目下さい。

Originally published at touron.aij.or.jp on May 8, 2017.

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建築討論委員会(けんちくとうろん・いいんかい)/『建築討論』誌の編者・著者として時々登場します。また本サイトにインポートされた過去記事(no.007〜014, 2016-2017)は便宜上本委員会が投稿した形をとり、実際の著者名は各記事のサブタイトル欄等に明記しました。