対談|藤原徹平+山崎泰寛|鬼頭梓と前川恒雄から考える、図書館と建築家

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建築討論
Published in
Mar 1, 2021

話し手:藤原徹平(フジワラテッペイアーキテクツラボ)/山崎泰寛(滋賀県立大学)
司会進行:榊原充大(建築討論編集委員)

図書館をつくるにあたり、自治体が主催するプロポーザルで共同企業体(JV)を組んだ建築家が設計者として選ばれ、ワークショップで市民の意見を反映しながら設計が進んでいくというプロセスがしばしば見られるようになっています。
今後これがより一般的になっていくとしたら、これからの図書館に対する建築家の貢献がどのように可能かを考えてみたいと思います。現在時点だけで話を完結するのではなく、過去の建築家と図書館との関わりから見ていきましょう。前川國男事務所に在籍し、独立後も全国各地の図書館を手掛けた鬼頭梓という建築家をひとつの導きにして、過去から現在までを語り、これからについて検討してみたいと思います。

前川恒雄氏が依頼し鬼頭梓氏が設計した日野市中央図書館(提供:山崎泰寛)

建築家と図書館

藤原徹平(以下:藤原):現在、大阪・泉大津市の新図書館と京都市立芸術大学の大学図書館の設計が進行中で、その後プロポーザルで選ばれて神戸市・垂水の新図書館の設計を担当することになりました。その設計過程でいろいろな専門家と議論させていただくことがあって、図書館は他の美術館や交流センターとは違う、独自のビルディングタイプの歴史があって、さらに深く学ぶ必要がありそうだと感じています。

近年、若手の建築家が図書館の実績をそれほど持たない状態で、チームを組んで設計プロポーザルで選ばれるという例が増えているなと感じます。あえて図書館実績を求めないというのは、発注者側が旧態依然の図書館ではなく新しい図書館像を求めているからでしょう。一方でそうしたチームは図書館としての計画学的な歴史や勘所を踏まえられないから、確かに空間的には面白い図書館ができてはいるけど、図書館が本来備えるべき要素や機能的な質が抜け落ちていているのではないか、というように考えるようになりました。設計者からするとそれは小さなエラーと捉えているかもだけれども、図書館をずっと守ってきた人や運営者からすると決定的なエラーに感じるようなものもあると思います。例えば書架の機能的な品質が低いとか、本が一番中心なのに本のための配慮が設計上欠けている、といったことをちらほら聞きます。

もちろん運営側からも「40年、50年にわたって図書館が続かなくてもいいんじゃないか」「本だけの場所でなくてもいい」というような、過激なアイデアもあったりします。図書館という機能が地域にとって重要なのは間違いないんだけど、発注側もプログラムとしてのタイムスパンの設計、設計に対する仕様などの与条件の設定がうまくができていない面がある。50年、60年先に図書館がどうなっていくか、どうしたいか、という設定がないままでプロポーザルが実施されているから、設計側が正しいジャッジメントができない状況になっている部分もあると思います。

「建築家が配慮不足でよくない」とか「運営側も考えるべきだ」とか言う前に、まずはそもそも図書館建築が日本の戦後民主主義の中でどう位置付けられてきたのかを一度振り返りながら議論を開いた方が有意義かなと思ってます。

戦後建築史における図書館を考える上で鍵になるひとつの起点は、前川國男にあると思います。戦後最初の図書館建築である神奈川県立図書館は、1952年にコンペがあり54年に竣工です。これは、県立図書館なので中央図書館として設計しそうなところを、むしろ民主主義のありうべき、まちの図書館「タウンライブラリー」として設計しています。それを担当していたのが鬼頭梓さん。鬼頭さんは、その後前川事務所を独立して、全国各地で様々な図書館を担当されます。そんな鬼頭さんの図書館に関する書籍『建築家の自由 — — 鬼頭梓と図書館建築』(建築ジャーナル、2008年)の編集を担当された山崎泰寛さんとぜひお話をしてみたいと思い、この場を設定してもらいました。

山崎泰寛(以下:山崎):「建築ジャーナル」に勤務していた当時、2007年から2008年にかけて鬼頭さんの本を編集する機会に恵まれました。建築史家の松隈洋先生と一緒に鬼頭さんの肉声を聞き、過去のテキストとともにまとめたものです。

藤原さんの問いかけどおり、公立図書館という存在は戦後民主主義の象徴のような施設として世の中に登場したんです。戦後占領下の教育プログラムをGHQが提案してくる中で、一つは学校教育、もう一つは社会教育があった。その社会教育の側の施設として博物館や美術館、そして図書館があるわけです。

もちろん図書館の存在自体は戦前にもあって、大学の図書館も県の図書館もあったし、唯一の国立図書館として帝国図書館があった。だけど、空間として戦後の図書館で最も違うのは、開架になっているということですね。

藤原:なんと、戦前の図書館はすべて閉架なんですね。

山崎:鬼頭さんは1950年に東大を出ますが、当時の東大図書館は閉架で、出納を依頼してから何分もして本が出てきて、機械化もされてないから出てきたものの全然違うこともある。それでどれだけ時間を無駄にするのかという思いがあったそうです。鬼頭さんは最初に全館開架になった大学図書館として、A・レーモンド設計の国際基督教大学(ICU)の図書館を挙げられていました。

1964年に鬼頭さんは独立しますが、デビュー作は1968年の東京経済大学図書館で、日本建築学会賞を取っています。象徴的なのが、鬼頭さんがずっと言っている「ノンステップ・フラットフロア」というキーワード。計画学的にも言われていますが、司書も利用者も歩きやすように無駄な段差を設けないということですね。それは開架が前提です。

そんな鬼頭さんに日野市中央図書館の館長として設計を依頼する前川恒雄さんも、図書館をつくるにあたって設計者がとにかく重要だということで、東京経済大学図書館を見に行った。前川館長は、見て一目で鬼頭さんに頼もうと決めたそうです。その後、前川館長は日野市長を東京経済大学図書館と周辺の他の図書館へ案内します。前川館長が道中ずっと黙っていたところ、帰りの車中で市長が「君の言いたいことは全部わかったから、鬼頭さんに頼みなさい」と言ったという、ぐっとくるエピソードがあります。『建築家の自由』では、前川館長のインタビューも収録しました。

前川事務所時代に話を戻すと、国立国会図書館も鬼頭さんが担当のひとりです。国会図書館の設計はMID同人で、これは前川事務所(Maekawa Institute of Design)の組織内組織でした。藤原さんの話と無理やり結びつけると、つまり共同設計してるわけですよね。ボスの名前とは別に力量のある複数の所員が共同してひとつの設計をおこなったと考えると、現在とも互換性のある考え方なのではないか。昨今はポップスでも作曲家の名前が連名になるほど、コレクティブなクリエイションが浸透しつつありますよね。建築、特に公共施設にもそういう側面があるように思います。それはかつてのマスターアーキテクト方式とは決定的に異なっている気がします。

実は、設計者のコレクティビティについて考えるときに図書館というビルディングタイプがなぜ相性がいいのか、ということを藤原さんにぜひ伺ってみたいと考えていました。

日野市立中央図書館(提供:山崎泰寛)

公共性の3つの性格

藤原:公共性には何種類か質があると思うんですけど、丹下さんがつくるようなモニュメンタルな公共性はひとりでもつくれるかもしれない。ある種精神的ものを造形したとも言えます。一方で、図書館というのは精神的な象徴というより、もっと道具的で、みんなで使う存在だと思います。知識に出会ったり学んだり、単に居心地良いからぼうっとしたり。ともかく使うもの、使えるものとしての公共という感じ。実際一人ひとりの市民が長い時間の中で、いろんな使い方をしていく大事な道具。そういう違いがあるのかなと思います。そして、私がやっている図書館の3つのプロジェクトは、実はどれも複数の建築家でコレクティブに設計していますが、図書館のような場は、コレクティブな議論でつくるのが相応しいなと感じています。

山崎:政治学者の齋藤純一さんの議論によると、公共性には「オフィシャル」と「コモン」と「オープン」の3つの性格があります。公共施設で言えば、「オフィシャル」は先ほど言われた象徴的・権力的なもの。「コモン」はあるメンバーシップのためのもので、例えば労働者に子どもが生まれたら貧富の差に関係なく保育園に行ける、という具合。もうひとつは「オープン」で、これは誰もが行くことができる。公共施設もその3つのバランスでできていると思います。

その中で図書館は極端にオープンに寄ってきている。当初は閉架式でオフィシャルなものとしてあり、それが市民に開かれたコモンなものになって、最終的に誰もが使えるオープンなものになっている。公園と同じように、在住する市民じゃなくても利用できるわけだから、図書館という施設が持っているオープンネスな性格というのはこれからの公共性を考えると重要なはずです。

— 図書館関係者に話を聞くと、市民の人口のうち図書館を登録しているのは3割程度で、ヘビーユーザーとなると1割ぐらい。今山崎さんがお話していた「オープンに寄っている」というのは、そういう状況で本好きの人だけじゃなくて、より多くの人に対して解放できる、そういう施設であるべきだという意識が出てきたのかなという感覚があります。

藤原:多くの市民が図書館にアクセスできていない、という話を聞くことがたしかにあります。図書館はあらゆることに役に立ち、どんな年代でもどんな職業でも図書館を使って損することがないところなのに、9割の人が使っていない。税金で運営されているのにこんなもったいないことない、このバリアをなんとかしたいとおっしゃっていました。僕は純粋にそういった運営者の想いを聴いて、なんとかしなきゃという強い気持ちを持っています。

本来図書館はオープンで公共的な場なのに、クローズドな存在になっているというギャップが問題です。これに対する解決を考える糸口がいろいろあると思いますが、まず議論のきっかけとして、小布施の図書館まちとしょテラソから始めるのがいいかなと思っています。2009年の開館時に花井裕一郎さんという演劇畑の方が館長になり、図書館の運用にまつわるポイントとなるさまざまな新しい展開がありました。

日野市で前川館長が移動図書館という、まるで演劇のようなことをやっていましたが、社会の中のパフォーマティブ(演劇的)な役割を図書館が担っていたことが面白いなと感じています。僕は、図書館のルーツとして、ある種の村のお祭り、交流の場みたいなものがあったのかもしれないと想像しています。図書館がクローズで動きがない「館」になってしまった現状に対して、演劇畑の花井さんを筆頭に演劇性を再び与えていく機運が生まれているのでは?という見立てです。

山崎:確かに移動図書館のパフォーマティビティは強烈でしょうね。日野市の図書館では、最初に「図書館とは何か」を図書館準備室が丁寧に用意するんですが、本館と分館と移動図書館でできていると設定したんです。普通は本館をつくって、分館をつくって、それが行き届かないところに移動図書館をつくる、とツリー状に考えがちですが、最初に移動図書館をつくっちゃうんですね。いわば先にネットワークをつくってしまった。

前川館長は一時期イギリスに図書館員として研修に行っていたんですが、あまりにも日本の状況と違うことに衝撃を受けて、「もう図書館はやらない」と絶望して日本に帰国されました。そんな、元々から図書館に館はいらないと言っていた人がついに本館をつくるわけですから、図書館界からもかなり注目が集まったそうです。前川館長は、その際に一番重要なのは発注者として何が必要なのかを設計者に伝えるための計画書を書くことだと考えて、これだけはやってくれという項目を5つ明確化したんです。

1つ目が、新しい図書館サービスを形にすること。2つ目が、利用者がいつでも入ってこられること。3つ目が職員が働きやすいこと。4つ目がシステムの変化に対応できるようにすること。5つ目が一番難しくて、時が経つほど美しくしてほしいということ。これらを鬼頭さんに見せて、引き受けてもらえないかと依頼されたんです。

頼み方のデザイン

山崎:先ほどの5つの依頼項目には、プログラムと形態、受益者と使用者双方のユーザーへの視点、時代の変化への対応、建築の恒久性といった現代的な課題が出揃っています。発注者側が建築家を「業者」扱いしていない、建築家に何をやってほしいのかを主体的に考えて動いているわけですね。それはただの「いい時代の話」と言うよりも、前川さんが頼み方のデザインをしているということが重要だと思います。

藤原:頼み方ということですが、図書館のプロポーザルに参加してみると、基本構想や、基本計画書には結構いいことが書いてあることが多いです。ただ、9割の市民がそこにアクセスしていない。それをどうするのか、ということへの問題提起は書かれていない。これは真剣に考えないといけない大きな問題だと思います。

前川館長が鬼頭さんにお願いした内容、その「宿題」がずっと残ってきている気がします。

今の話を聞くと、動く図書館の方がもしかしたら面白いのかなと思っちゃいますよね。インターネットであらゆる情報が動いているから、図書館も動いている方がいいのか、むしろ何もかも動くからこそ動かないものがいいのか。

山崎:「動きすぎない」ぐらいのものが必要なのかもしれませんね。移動図書館は、移動してくる図書館と自分のスケジュールが合わないと使えませんから、平日の仕事帰りには厳しい。そこは動かない図書館に時間の融通を期待したくなります。

藤原:そして、自分が行くときにそこにあって欲しいのは本なのか?ということですよね。図書館に行けば本はあるけど9割の人はアクセスしない、それは欲しいものがないからだと考えると、本があればいいというわけではないのでは。図書館に本があって本を借りるということは、図書館のごく一部の機能に過ぎず、図書館に行くと起きることはもっと多様で、例えば前川館長が移動図書館をやっていた時に、その場所で起きていたことはもうちょっと違うと思うんですよね。

コロナ禍になる前に、横浜国立大学のキャンパスに移動型書店BOOK TRUCKの三田修平さんを社会実験で呼んで月に何回か出店してもらっていたんですよ。キャンパス内のストリートにワゴン車に本を詰めてそこで売るんですけど、大学生協で売っていないような本をセレクションしてもらうと、先生方も学生も気になって来てくれる。ほんの数十分いるだけで、驚くほど多くの人に声をかけられました。本というよりも本を求めてやってくるいろんな人が出会って、いろんな言葉を交わすことが本のパフォーマティブな場ということで重要なことなのかなとその時に思いました。

山崎:対して、現代の図書館が静かな理由として、明治時代に本の読み方が音読から黙読に変わったことがあると言われています。読書という行為が空間にもたらす作用は大きいはずです。

そう考えると、図書館でもうひとつ重要なことは、図書館が持っている独特の建築的なスケール感です。気積としては大きいんだけれど、寸法としては細かく小さいですよね。書かれた文字は近付かないと読めないし、本はそもそも物体としても小さい。椅子や家具、窓がそうしたスケールの中でできている、そんな公共建築は他にないと思うんですよね。

藤原:パブリックの中のパーソナルスペースですもんね。

山崎:ざわめきの傍らでひとりきりになるっていう、その両方のスケールがあるのは、図書館という空間として面白いところだなと思います。

藤原:そうかあ。まさにそれは、都市そのものですよね。ひとりでお茶を飲むこともできるし、井戸端会議もできなきゃいけないし、雑踏的に通り抜けなきゃいけない。本来図書館は都市空間みたいなものとして設計しないといけないのかなという気もしてきました。

山崎:考えてみると図書館の構成要素である本は、その一冊を取り出せばどこにあっても同じ本です。別の図書館にあるから本の一部が書きかわるなんてことはありません。裏返せば、空間を構成する要素は世界共通なのに、図書館そのものは全部違う。

前川館長は、その要素である本の集め方と司書の力を重要だと言っていた。配本されてくるものを並べるのではなくて、今この街に必要な本は何かを司書がきちんと判断して購入する。そうしたサービスを形にするのだから、建築にもそれに相応しい姿を求めたわけです。日野市の図書館では書架も全部オリジナルで設計されていますが、それも図書館というビルディングタイプで本と人が向かい合う最良の距離について考えられていると感じられます。

藤原:日野の書架など家具のデザインはすごく良さそうですね。実は今、図書館を取り巻く問題で私が気になっているのは図書館の本棚や家具のことなんです。
若手の建築家の図書館プロジェクトで、見栄えはいいんだけれど家具としての性能が担保できていないこともあるようで、図書館業界では問題視されつつあるようです。当然ながら図書館運営者が本の配架に力を発揮できるように、図書館の書架はしっかりした性能を担保したデザインにする必要があります。そのことは分かったいたけれど実際やると普通の家具とは全然違いました。

進行中の泉大津市の図書館では、図書館メーカーではなく、図書館の家具の経験豊富な造作家具工場と工夫しながら進めています。
図書館メーカーでつくるとノウハウが蓄積している分、品質の安心感はありますが値段もすごく高くて、なかなか導入できるものではないし、高い分カスタマイズも限界があります。
そうなると造作家具工場で高品質につくるにはどうするか?ということがテーマになります。

私は予算が限られていることはむしろ良いものができるという信念があります。そのためにまず図書館家具の経験豊富な職人のいる工場を探しました。小さな家具会社にも図書館メーカーに負けない経験のある家具工場があります。信頼できる職人の意見に耳を傾けて、工夫をしていくことで図書館が要求する量の問題と長い時間軸に耐えうる品質にすることも可能なはずです。
そのためには見た目のデザイン優先ではなく、きちんと材料の仕入れや製作のプロセスと性能の関係からデザインを考えていく必要があります。まだ完成前ですので、市民のみなさんが使ってみての感想はわかりませんが、つくり手と運営者とかなり良い議論ができている実感があります。

泉大津市側も設計者もかなりの時間を割いて取り組むことで低価格・高品質が可能になっています。一方で、この労力が当たり前になってしまって大丈夫なのか、ということにも危惧があります。分館で委託管理だとこうはいかないかもしれない。しかし、地方自治体の財政の苦しい状況は変わらないわけですから、どんな工夫をしたか、どういう労力を割けばうまくいくのか、きちんと共有していかなければならないとも思います。

発注、設計、施工のプロセスデザインを一つ一つ議論していく必要があります。建築家は、図書館分類の十進法がよくないとか、ゾーニングを変えた方がいいんじゃないかとか、についてはよく発言するわけですが、分類以前の図書館の家具はどうあるべきか、というような基本的なことについて、予算のあり方、品質管理のノウハウ、その場合の体制など、踏み込んだ議論をしていくべきかもしれません。現場の課題と建築家の議論がずれていて、よくない状況だと思います。

民主主義的なるものとしての図書館

山崎:かつて日本の近代建築には、いわゆる「日本的なもの」をどうやって表現するのかという問題がありましたよね。それが占領後50年代を経て、「民主主義的なるもの」に力点が移っていったと感じています。新しい金科玉条として登場した民主主義というものにどう答えていくのか、特に公共施設の場合に問われると。しかもその地方自治体の図書館は、県立図書館などよりも、より小さなエリアのより距離の近い人同士の場所になるわけですから。

ロンドン東部のブラックウォールにあるアイデアストア(by Matt Brown https://www.flickr.com/photos/londonmatt/17329040861)

藤原:その民主主義の建築を前川國男は「多中心」と言い換えました。それは理念としての民主主義で、実際のところ本当に多中心の空間が民主主義なのかはわからない。それは前川さんの生涯試行錯誤した部分だと思うんです。空間で理念的に民主主義を構築したところで、それが地域の民主主義を育てることにいたっていないのではという問題があるわけですね。民主主義側が機能不全になりつつあって、一部の人の高い民度によって運営されていたことに対する意識の格差が生まれている状況です。そんな時に、もしかしたら図書館が変われば、地域社会のムードは変わるのかなととも思います。

世界の例で言うと、一番実感したのは20年前くらいからはじまるロンドンの「アイデアストア」です。ブレクジットがいい例ですが、民主主義なるものが実態として存在するイギリスでも意識の格差がいろいろあり、それに対してロンドンがとった戦略は、移民が多い郊外のまちで利用率が低い複数の公共図書館を潰して一つの新しい図書館をつくること。そしてそれを「アイデアストア」と名付けることでした。そこは図書館もあって育児サポートもあって、ギャラリーもあるけど、面白いことに地域の人しか入れない。地域のメンバーシップの人しか入れない、さきほどの3つのパブリックで言ったら「コモン」から図書館をやり直そうというわけです。

長い間続けてきた「ライブラリー」にこだわらない強さがあって、日本も図書館という名前を捨てて全く違う名前の場所にすると、もしかすると90%にアクセスできるようなことが起きるのかなとも思いますね。

山崎:図書館一般を対象にするのか、立地する特定のエリアを対象にするのか、どちらの想像力が求められるんでしょうね。でも新しい名前を発明することは確かにできるかもしれません。ある意味で、ブランド化するという側面もあるでしょうし。

アオーレ長岡(by Naohisa TSUCHIDA https://www.flickr.com/photos/naohisa1971/6888419494/)

藤原:今日本の多くの図書館がとっている戦略は愛称ですね。「長岡市役所」ではなく「アオーレ長岡」と言う。市長として一番つくりたかった変化は、市役所で結婚式を挙げてもらうということ。そのとき「長岡市役所」と言うよりも「アオーレ長岡」の方が多目的になるというか、もしかしたら結婚式会場としても認識してもらいやすい。結果愛着が湧いて分かりやすくなる、と。これはもしかしたりすると、意外と本質的な問題をついているのかなという気はしていますね。名前を変えるというやり方は。

山崎:前川さんも「館とついているけれど、館は無い」と言われています。図書館は本来ネットワークなんだと。前川さんはその後滋賀県の県立図書館の館長に引き抜かれるんです。そこでは、自治体の図書館よりも予算を持っている県立図書館で購入した本を、市町村の図書館のリクエストに応じて貸し出すというシステムをつくられました。

藤原:すごいですね。今、日本の行政はどこもそれをやっていますよね。まさに仕組みのデザイン。ので。建築の問題は、そういった仕組みを形にしきれていないということなのかもしれない。館じゃないはずなのに、館になっちゃっていますもんね。

図書館の複合化

— せんだいメディアテークのような複合的な施設をどうとらえるか、という問題についてはどうお考えでしょうか。

藤原:複合化は最初の議論の「コレクティビティ」と関係しているように思います。複合化は、オープンな公共性への一つの道だと思います。ただ、それは前川館長が残してくれた宿題には答えていないような気もします。実態のプログラムとして、せんだいメディアテークは金沢21世紀美術館のような既存のプログラムを根本から書き換える、という取組とは少し違うものだと思います。伊東豊雄さんはその点徹底していて、プログラムを変えるのではなくて空間のイメージを変えることで、応えているように感じます。メディアコスモスも空間がすごく魅力的で、読書スペースなどもよく練られた良い図書館です。プログラムとしてはそんなに大胆なアプローチはしていない。行ってみればスタバもあるし、劇場みたいなものもある。複合的な施設とも言える事例かもしれません。

みんなの森 ぎふメディアコスモス(by sunoochi https://www.flickr.com/photos/snotch/19803816926)

山崎:単なる複合化によって乱暴な建築が生まれてしまわないようにしてほしいですね。図書館としてつくるべき場所がつくられなくなってしまうと本末転倒ですし。

藤原:複合化すると、それぞれの部分は単純化する傾向もあると思います。セットにすることが重要視されると、クリエイティビティの軸が少しずれていく。もちろんそれに抵抗して設計者や運営者は頑張るんだけど、ユーザーは正直でセットをそれぞれ楽しんじゃうところがあると思います。例えばtette(須賀川市民交流センター)に行くと、全体的にすごくよくできているんだけど、実は児童書のゾーンにはあんまり子どもたちはいなくて、その横の遊具ゾーンに行っちゃう。遊具ゾーンがすごくデザイン性が高くてむちゃくちゃ楽しい。遊具ゾーンをつくらず図書館そのものの空間が創造的になるべきなのか、面白い活動の場と図書館が複合すべきなのかという議論はあると思う。

山崎:前川さんが日野の前に日本図書館協会でお仕事をされていた1963年に、『中小都市における公共図書館の運営』(『中小レポート』)という指針づくりに携わられました。その中の建築の項目には、必要な諸室に加えて、「何とはなしの一見無駄なスペースも用意しておくことが望ましい」と、さらっと書いてあるんです。青木淳さんの「原っぱと遊園地」の議論と同じで、もし今それがアミューズメントに容易に変わってしまうとするなら、一度立ち止まって考えたいですね。

藤原:図書館が複合化していく過程で、図書館が持っている圧みたいなものが薄くなる場合があると思います。図書館という場に対してアレルギーを持つ人がいるのだとすると、図書館を脱色するというか、図書館らしくないほうが人が来る、と多くの人が考えがちなんですけれど、本当にそうなのか。そうではなくて、本のパフォーマティブな場ということの濃度を上げないといけないのではないかという問いかけも、していっても良いと思います。

みんなはすごい批判するんだけど、司馬遼太郎記念館のあの「本の壁」は驚いたわけですよね。本が山積みになるというだけで本のパフォーマティブな場になっている。偽物の本ですら、何か影響力があったということ自体をもう少し考えてもいいと思う。空間に本が溢れていることが人間に与える影響はすごいあると思います。

山崎:私はフェイクを「それらしく」見せていることは基本的には批判すべきだと考えていますが、なぜそうしたのかは検討した方がいいと思います。たとえば背表紙は、何万文字という内容を凝縮したインターフェイスです。それを何十冊と一度に視野に入れるわけだから、ものすごい量の情報に向き合っているわけですよね。その小さい寸法にきちんと向き合ったものであってほしい。

その空間が開架として処理できる量も、本当はどの辺なんでしょうね。あればあるほど良いという話でもなさそうです。極端に言えば司書が全冊コントロールしてるわけだから、そのコントロールの上限がどこかは館ごとに、また時代ごとに違うでしょうし、それこそが設計するポイントなのかもしれません。

藤原:デジタル化みたいな話が今後出てきた時に、フィジカルな本の冊数というのは、もっと自由に選べるようになることがいいなと思っています。そのときに地域図書館として持っておくべき本というのはどれぐらいの冊数なのかを問える、という新しい可能性が出てくる。もしかすると物理的には2万、3万冊という少ない数でも、実際はデジタルを使えば30万冊にアクセスできるなら空間の可能性はもっと変わってきます。本の居場所、本を読む場所をもっと気持ちよくして、地域の最高の宝みたいな図書館がつくれるかもしれません。デジタル化によって、ライブラリーの空間や在り方は多様になっていくのだと思います。

山崎:齋藤純一さんが、2018年のソトノバでのインタビューで、先の3つの公共性の他に、時間についても言及されています。公共施設が帯びてきたストーリーが過去から未来へと続いていくときに、近視眼的な効果や対処に汲々とするのは貧しいことではないでしょうか。

先ほど紹介した占領政策の中に、全国の主要都市に設けられたCIE図書館という施設があります。ここにはアメリカの雑誌が全部揃っていて、敗戦国に憧れを焚きつける文化装置として機能する。いわゆるパブリック・ディプロマシー(文化外交政策)の一環で、東京では日比谷にありました。鬼頭さんもそこに通っていた。アメリカの文化の一番いいところを見せるショーケースのような場所をつくって、親米的なファンを増やしたわけです。多くの知識人が奨学金でアメリカに留学したように。

藤原:それがあの世代のアメリカへの憧れに繋がるわけですね。

山崎:アメリカ史研究の渡辺靖さんは、これを「遅いメディア」と指摘しています。展覧会や図書館は、後で効いてくる。なかなかお金をかけにくい部分ですが、その効果は馬鹿にできないというわけです。代表的な例に冷戦下のモスクワのアメリカ博でニクソンがアメリカ文化を自賛するかたちで仕掛けフルシチョフが反論した「台所論争」があります。これは政治的な戦略でもあり、必ずしも手放しで受け入れられるものでもないでしょう。しかし、地方都市の公立図書館というビルディングタイプでできることは、施設的な複合化だけではなく、図書館が持っている情報をまちにとってどのようにインパクトを与えるものに転換できるのかという一点に尽きるんじゃないかなって思う。

藤原:複合化じゃないとすればそれはなんと言われるんでしょうね?

山崎:例えば複合化と言うよりは図書館自体を複雑化するという言い方はできるかもしれません。たった一冊の本であっても、その一冊を詩人が語るのか、歴史家が読み解くのか、あるいは人権家が討論するのか、市民が読むのかによってその一冊の性格は変わりますよね。フレデリック・ワイズマン監督の『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』を見ると、図書館と呼ばれる空間の中で、驚くほど常に誰かが誰かにしゃべってる(笑)。図書館で生まれるべき時間は、そういった複雑さとともにあるのではないかと思います。

藤原:なるほど、外的な複雑化じゃなくて、内的な複雑さというのはしっくりきます。複合化は外的な複雑さのパラメータが増えるんだけど、本という動かない物に対する出会い方が多様であるという内的複雑性を考えられるかもしれません。「オープン」で「複雑」なことをどうかたちにできるか、これが問われていくように思いますね。多くの若手建築家が図書館建築に関わるようになってきているので、もっと建築家同士も議論していくべきだろうと思います。

藤原徹平
フジワラテッペイアーキテクツラボ主宰
1975年神奈川県生まれ。隈研吾 建築都市設計事務所を経てフジワラテッペイアーキテクツラボ主宰。横浜国立大学大学院Y-GSA准教授。

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山崎泰寛
滋賀県立大学准教授・博士(学術)
建築メディア論。1975年生。1998年横浜国立大学教育学部卒、2005年京都大学大学院教育学研究科修了。2007–2012年建築ジャーナル編集部。2013年京都工芸繊維大学大学院博士後期課程修了。2014–2016年京都工芸繊維大学KYOTO Design Lab。共編著『リアル・アノニマスデザイン:ネットワーク時代の建築・デザイン・メディア』(学芸出版社、2013年)。共著に『日本の図書館建築』(勉誠出版、2021年3月刊行予定)ほか。

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建築討論委員会(けんちくとうろん・いいんかい)/『建築討論』誌の編者・著者として時々登場します。また本サイトにインポートされた過去記事(no.007〜014, 2016-2017)は便宜上本委員会が投稿した形をとり、実際の著者名は各記事のサブタイトル欄等に明記しました。