子ども食堂を失敗させる方法

なぜ東新町子ども食堂は上手くいかなかったのか?

東新町子ども食堂。最終回は藤岡牧場のローストビーフ丼でした

おかげさまで東新町子ども食堂、約4ヶ月と非常に短期間のオープンではありましたが、無事に最終回を迎えることができました。来てくださった皆様、応援してくださった皆様、本当にありがとうございます。最終回は藤岡牧場のローストビーフ丼でした。おいしそうでしょう?

次の展開も決まっています。また次の会場探しも順調に進んではいます。東新町子ども食堂をクローズしたのも「子ども食堂を続けるために、東新町での運営を止める」という意味からです。ネガティブな気持ちからではありません。

が、そうは言っても当初は「できるなら東新町でずっと続けていこう」と考えていたわけで、円満退社とか「音楽生の違い解散」のように「いいことなんだよ、これは」ってだけで、筆者は東新町子ども食堂を終わらせたくありません。

どいつもこいつも、そういう「表向き」の情報しか提出しないことに、自分はウンザリしているし(隠しきれなくなるまで問題を隠す、って体質は原発と何も違わないのでは?)、慈善事業、皆から募金や寄付、協力をいただいている事業が、実態はお寒いのに「上手くいってます」を連呼したり、数字をサバ読んだりしていては「だから信用できない」と言われても仕方ないと思います。「大本営発表」なんか必要ありません。

なので、上手くいかなかったこと、失敗は失敗で、定期的に反省して、共有して今後の活動や他の団体の活動に活かしていただくのが、ご協力いただいた皆様への義務だと筆者は思っています。というわけで、ここでは「東新町子ども食堂はなぜ(どこが)上手くいかなかったか」について書き記していきたいと思います。

他の子ども食堂様でご意見ある方は、ぜひ、こちらの記事にレスポンスか、あるいはメール等にてご連絡いただければとても嬉しいです。


快適な場所と、おいしい食事を安定して提供することができなかった

根本の原因はこの一事に尽きると思います。子ども食堂を運営してわかったことは、子ども食堂とはいえ、根本では飲食店とまったく変わりがない、ということでした。

料理がおいしくてお店が心地よければ、お客さんはまた来てくれる。けれども、そうでなければいくら安くてもリピートしてはくれない。子ども食堂だろうが、なんだろうが、この真理は揺るがせにできません。

とにかくおいしい料理をお出しすること。お客様に快適で素敵な時間を過ごしていただくこと。これがすべてです。もちろんその「おいしい」や「快適」に「子ども食堂」らしさがあっていいし、それはイタリアンやお寿司屋さんとまったく違っていていいとは思いますが、理屈はまったく同じです。

実際、最初の頃はテレビや新聞の報道もあり、物珍しさも手伝ってか、30人ほどが常時お店に訪れていました。が、天気や季節の影響、過熱がおさまり、少しずつ来場者が減っていました。最終回はローストビーフ丼ということもあり、25食出ました。が、その前の週は6食ほど。そのさらに前週に急遽お店をお休みしたりしたためだと思います。こんなところも飲食店の基本とまったく同じ。営業時間に行ってみたらお店がやってなかった、なんてことがあると、お客さんは次来てくれなくなったりします。

全体的にリピーターは増えていました。リピートしてくださった方の満足度は高かったと思います。が、来店頻度は下がっていました。新規客は最後のほうは、ほとんど増えていませんでした。後述しますが、広報活動が上手くいってなかったのも原因だと思います。


快適な場所を提供できなかった理由

「快適な場所」を提供できなかったのはどうしてでしょうか。来てくれた方とお話していたら、いろいろわかりました。

「テーブルと椅子の高さ、間隔がバー仕様で、小さい子どもだと、とても食べにくい。たくさんこぼしてしまって、申し訳なく感じてしまう」
「子ども食堂とはいえ外食。料理を作らなくていいので、それは助かるのだけど、家の外だから行儀を守らせないといけないし、家の中とは勝手が違うのでくつろげないところがあった」
「食事は安くても、行き帰りの車は運転しないといけないし、駐車料金もかかる」(コストが意外と高い)
「自分は抵抗はないけれど、主人は『子ども食堂って貧しい人が行くところなんちゃうんか』と抵抗を感じていた」

子どもがこぼしたときのために、ティッシュなども置こうとしたものの、テーブルの上は常に置く場所がない状態......。席数としては、屋外にテーブルを出したり(それもグラグラと安定性を欠く非常に食べにくいテーブルだったと思います)して、なんとか16席ほど確保しましたが、ギュウギュウでした。

お借りしているテナントなので、机や椅子を専用に持ってくることは現実的ではありませんでした。そうでなくてもゴミや荷物を毎度持って帰っていたので......。床は都度掃除していましたが、汚いので子どもが触らないか気になりましたし、東新町一丁目の商店街は19時になると消灯する決まりらしく、子ども食堂をやっていると、途中で商店街全体が真っ暗になりました。

そもそもなのですが、少なくない方から「あの場所は相当行きにくいのではないか?」とも言われました。「行きにくい」って「商店街」のど真ん中ですよ??? そのこと自体が、まったく別の話ではありますが、非常に問題だと思いました。8月からはガス管を取り替えるということで、日中、ずっと埋設工事もしていました。

スタッフの接客は悪くなかったと思います。来店された方と、無理なく自然に会話を楽しむことができていましたし、その点でクレームを受けたり、摩擦を感じることはありませんでした。会を重ねるごとに、お店の共通理解というか、文化が出来上がってきたのも、とてもおもしろいと思いました。


おいしい食事を安定して供給できなかった理由

本当にたくさんの方から様々な食材を提供していただきました。調味料も野菜もたまごも、一部肉すらも。県産材で揃うという、子ども食堂としては理想の展開でした。

しかし、調理に課題があったと筆者は判断しています。というのも、その日にならないと食材として何が揃うのかがわからないため、メニューはいつもアドリブ。皆、他に仕事や活動を抱えているため、調理時間や準備に十分な時間を割くことができませんでした。

提供していた食事が「おいしくない」というわけではないのです。ただ毎回毎回開店に間に合うのかヒヤヒヤでしたし、味や調理が不安定でした。

スタッフの確保も上手くいっていませんでした。正確に言うと、スタッフ数は十分いたのですが、毎月シフトが安定して組めない状態。本来であれば「Aさんは毎月第1水曜日」「Bさんは最終週」のように基本決まっているとラクなのですが、そういうシフトが組めませんでした。

子ども食堂の中心となるメンバーは育児真っ盛りの母親世代。平日昼からボランティアしてくれと言われても、家では家族が待っています。シフトを毎回決めないといけないというのは、すごくストレスでした。いちいち決めたり管理したりをしなくていいように、仕組み化できていればよいのですが、それができていませんでした。

あるいは専任の店舗マネージャーがいれば何とかなったかも。自分としても月に1回必ずボランティアで皿を洗えと言われるのはいいですが、毎週、LINEやSNSの投稿、駐車場の連絡、食材の連絡となると、休めるときがなく、まあまだ大丈夫でしたが、ずっと続けるのはよくないなと思いました。

全体的に毎週開催というスケジュールに無理があったのだと思います。毎週開催は子ども食堂に行く側からしてもちょっと「負担感」があったかも......。集まってくれたスタッフは皆、本当に一生懸命やってくれましたし、心地よくコミュニケーションもできたので、その点は本当に恵まれてるなと思いました。

また、以前も書かせていただいた通り、調理設備はカセットコンロ1台と電気コンロ1台のみ。お湯を沸かせる、野菜を煮込むのにもものすごい時間がかかりました。調理スペースも狭いので、せっかくスタッフが多数いても、調理の補助ができない状態。おいしいものをつくるためには衛生面や調理スペースの快適さも重要な要素だということが、今更ながらよくわかりました(弘法筆を選ばずですが、我々のような素人には)。


広報戦略も人が足らず

FacebookやLINEの連絡も意味がないわけではありません。一度子ども食堂を知った人は、開催情報や他の場所での開催情報など、ネットに頼っているのがよくわかりました。

ただし、新規で来られるお客さんや、広い層にも認知してもらうためには、やっぱり地道にチラシやポスターでアピールするのが一番だと実感しました。お母さん世代って、割とパソコン持ってない人や、スマホは持ってるけど、インターネットは使わない、情報源は新聞、チラシという方も結構多いのです。

ただ、それはわかっていたのですが、もう全然手が足りていませんでした。毎週子ども食堂を回すのに精一杯で、集客だ広報だ情報発信というところまで手が回らない。ネットでの発信も雑になってきているのが自分でもわかりました。

組織や店の「維持」それ自体が目的になっているなら、これほど危険なこともありません。本当は気付いた時点で撤退すべきでした。「せっかく子ども食堂始めたのに、あまりにもやめるの早い」と思う人がいるかもしれませんが、自分としては「決断が遅すぎた」という認識です。「やめよう」と思っても、お客さんの笑顔を見てしまうと......。自分はおそらく相当決断スパスパしてるほうだと思いますが、こればかりはいつまでも迷いました。

また、これにもご意見あるでしょうが、テレビや新聞への露出も戦略としてどうなのか?と。もちろんテレビや新聞に写真や映像が掲載されている人は、メディアが個別に許可を得た方のみです。とはいえ、先日のNHK貧困女子高生バッシングのような例もあります。ご本人が「映ってもいいですよ」とおっしゃっても、止めるべきなのかもしれません。

他方、「絵」がないと新聞やテレビは報道すらできません。何と言ってもマスメディアの影響力はまだまだ小さくありません。また、そうやって「配慮」をすればするほど「そこまで配慮しなきゃいけない場所なんだ」と思われ、ますます来にくくなるという悪循環もあります。

メディアへの露出はまさに諸刃の剣。これもわかってはいたことですが、プライバシーへの配慮と、情報の共有は完全なトレードオフです。メディアで取り上げられた回数は戦略的に増やしていましたし、飽きられないように工夫していました。その結果、多くの協力をいただくことができました。「食材を提供したい」「ボランティアしたい」という問い合わせは、新聞やテレビで報じられた直後が一番多いんです。メディアへの対応は、目立つだけで協力が得られるなら、という思いでやっていました。


「失敗した」と言える社会に

他にも反省したいことはたくさんありますが、それはまた思いついたときに加筆したり、コメントで加えるようにしたいと思います。

「失敗しました」と言うと、イメージは悪いかもしれません。支持されなくなるかもしれませんし、批判されたり非難されるのは正直とても怖いです。

けれども、失敗したのに「失敗した」と言えない社会は、それはそれで幼稚で未熟だと思います。

「子ども食堂をやりたいけど続けられるか心配」。こう言っていつまでも取り組めない人もいます。やるからには続けたいというのは非常に真っ当な感覚です。けれども「やってみないとわからない」こともありますし、「続いてた」「成功してた」と言うために、サバ読んだ数字や嘘を言い始めると、現実からますます乖離してしまいます。

子どもの貧困対策。孤食対策。何でも結構ですが、元から簡単な課題ではないでしょう。どんなに子ども食堂を上手く運営しても、根本問題の解決にまったくならないかもしれません。「成功して当然」「失敗は絶対にNG 」という発想自体が間違っていると思います。

むしろ何が上手くいってないのか。各地の子ども食堂はどんどん情報をオープンにして、外部からの助けをいただいたほうがよいと思います。

さて、東新町子ども食堂も無事クローズ。次の店舗、展開を進めます。

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