知りませんと言う勇気

何かと学びが必要だと思う昨今。とある法人の責任役員に任ぜられ3年経過した今、改めて痛感中です。

人間なのですから、そもそも世のすべてを網羅することなど不可能です。でも、ついつい影響力を行使して「全知の我に従え」ととられかねない振る舞いをする……そんな危険性が自分自身に付きまといます。誤解をときたいとき、特に高圧的に振る舞いそうな自分がいます。

今、とある問題に直面していて(個人情報がからむので書けぬことご容赦を)、解決案を役員間で共有し練り上げているのです。私の発案につき、もって回った言い方の修正等を願い出ております。

法人メンバーが、精神的に躓かず働けるようにするのも、責任役員の重要な奉仕。一方的に「あなたの理解はそうかもしれないが、事実誤認なので改めるよう」と告げるのは冷たいと言えます。

「誤解を与えた事実」は認めつつ、また、相手の気づきに寄与しつつ、共に新しいステージに歩み出せるように、そう思い直します。

そこでふと思うのが、「共に学ぶ」「学びなおす」姿勢が必要という点です。一朝一夕にいきませんが。それでも学び、実践するため、もっと密にコミュニケーションをとる必要があります。また、たがいを監視し合うのではなく、事態・状態をより良くする目的での相互観察を進められたらと思います。

「学ぶ」「気づく」ということは、「それについて知りませんでした」と認めることが当然要ります。言い換えれば、弱さ、至らなさをさらけ出す勇気がいるということです。そう思っていたらもっとしっかり論じた記事をFacebook経由で見かけました。……まあいいか……と、思いつつ今回の更新といたします。

理詰めネチネチ論述展開をせぬよう、自分にくぎをさしながら。