「おもてなし」って実際のところどうなんだろうね。

一般論として悪い印象を抱く人は、まずいないはずだ。

ちなみにwikiによると「おもてなし」とは

おもてなしとは、心のこもった待遇のこと。顧客に対して心をこめて歓待接待サービスをすることを言う。「もてなし」に「お」をつけて、丁寧にした言い方である。

とある。

上記の文面をそのまま読めば、ブラボー、としか言葉がありません。

しかし、物事には良い面もあれば悪い面もあるはずだ。

なるほど確かに「おもてなし」は素晴らしい。世界にアピールするだけの価値があるばずた。 人によっては、日本の「おもてなし」は世界一である、そう声高に言ってはばからない者もいるだろう。

よろしい。日本の「おもてなし」は世界一だとしよう。

では、世界一のサービスを提供している担い手は、相応の対価(世界一に値するほどの)を得ているだろうか?

答えは、ノーだ。

「サービス業 賃金 低い」

ちなみに「サービス業 賃金 低い」でググってみると以下の記事が出てくる。

他にも山程記事はでてきますね。

サービス業の賃金が低いのは、需要と供給の観点から説明することができそうだが、そういえはホリエモンが炎上してたっけ。

たしかに、需要と供給の関係で賃金のことは大方説明できるが、説明しちゃうのもなんだかなー。

なんてことを思ってたら、ふと、これってアニメーターの低賃金の問題と根っこは一緒だって気がつく。

僕は日本のリミティッドアニメは世界一だと思っています。

見よ、この動きの快楽を!

あるいは3D映画だってハリウッド映画にひけをとりません。

まあ、スクエアエニックスの社員はともかく、アニメーターの薄給は洒落にならないほど有名ですよね。

素晴らしい技術を持った人たちが報われないなんて悲しすぎるし、その状態が常態化すれば、業界衰退の大きな原因になってしまうことでしょう。

おもてなし

で、おもてなしに話を戻そう。

世界一の「おもてなし」ならば、世界一のお給料を貰ってしかるべきはずだが、残念ながら現実はそうじゃない。

その理由はいくつかあるんだけど、僕が最も注目する理由があってね。

それは日本人が「サービスと空気」は無料だって思ってるからじゃないだろうか?

一概には言えないけど、諸外国にはこうした傾向は薄いように思える。(チップ文化があるよね)

サービスには対価が伴うものだって、「する方」も「される方」にも共通の認識があるから、そこに適切な経済が還流するわけだね。

ところが日本はそうじゃない。

百歩譲って「される方」が「サービスと空気は無料」と居直るのは、まあ、わかるとして、「する方」の側まで同じことを考えてちゃダメだよ。

それはプロとして失格だ。

プロなら自分の仕事に自信を持って対価を要求していい。そうして僕は彼らが享受している対価は、サービスの質と比較して、十分でないと考える立場だ。

性格

誤解を恐れずに言おう。

偏見かもしれないが、サービス業に従事する人たちは「優しい」性格の人が多いのだろう。そうでなければサービス業を生業に選択しなかったかもしれない。自分に対しではなく、他人に優しくすることに価値を見出したからこそ、その世界で生きていこうと決意したのかもしれない。

だから、言い過ぎを覚悟で言葉を続ければ、「クールジャパン」だとか「おもてなし」だとか、そんな耳障りのいい言葉で、都合よく、おだてられているのにすぎないことを薄々知りながらも、怒りを表明しないのかもしれない。

同じサービス業でも「看護師」たちは強いよ。自分の給料に見合わないと判断したら、すぐに職場を移る行動力もある。だからこそ彼女、彼らの給料は一般のサラリーマンよりは高い水準を維持している。少なくとも僕が知っている看護師たちはそうだし、時として自分の価値を過大に評価する傾向があるほどだが、そのことを全否定できる者はこの世界にはいないはずだ。

そうしたメンタリティは、もしかしたら日本人の美徳にそぐわないのかもしれない。

だけど、控えめであること、謙虚であることを美しいと思う気持ちを利用して、労働力を搾取しようと考えている人間がいないって、証明できるならやってみろって話だ。

何も僕は左翼的な話をしたいわけじゃないんだ。

旅先で素晴らしいサービスを提供してくる人たちがいて、僕たちはそのことに心から感謝し、時に静かな感動すら覚えたこともあるのに、そうした人たちの犠牲の上で、「世界に誇るおもてなし」が成り立つ世界と、そうじゃない世界なら、僕は後者を絶対に選ぶだろうと、ただ言いたいだけなのだ。