便利さに勝るもの

使いやすいだけが評価基準じゃないってお話です。

例えば優秀な部下がいたとしましょう。
仕事はできるし、人当たりも良くて、
非の打ち所がない人物だったとします。

じゃあ、100人が100人その人とチームを組みたいと思うかと言えば、それはノーだ。
そこにはどんな気持ちが働いているのだろう。

人物に限った話ではない。ぼくの場合、ツールやアプリケーションの例で考えてみるとわかりやすくなりそうだ。
例えば、ぼくは普通の人よりガジェット関係の購入が多いはずだ。

こんな感じで他のブログにレビューをしてます。

でも実際に自分が使っているガジェットは便利なものばかりじゃないというのが実に不思議なことだ。便利さでではないなにかしらの長所が(あるいは短所)がぼくの琴線に触れているらしい。

例えば今自分が使っているキーボードがこいつ。

折りたたみできて、すごく小さくコンパクトになるから、持ち運びも便利。おまけにカラーリングが実に素敵な点に惹かれて、すぐにアマゾンでポチったといういわくつきのガジェット。

でも使っている内にキーボードとしては致命的な弱点も発見しました。

残念ながらお世辞にもタイプしやすいとは言えない打感。なんというか一打一打が爽快じゃないんですよね。多分世の中にはもっとタイプしていて、気持ちいーってなるアイテムが山ほどあるはず。

なのにそれと矛盾するようですが、ぼくにとってはなぜかマストアイテムになるわけなのです。

理由

理由はこうです。ぼくはこうしてブログに文章を書くこともありますが、テキストを打つのはもっぱら小説を書くことが目的。

で小説を書いたことがある人ならわかることだけど、一発で文章が決まるこなんてほとんどないわけです。推敲に推敲を重ねて、それでもこれはというテキストはでてこない。

だからキーボードにしても打ちやすいことにこしたことはないけど、ぼくの場合は打ちにくさというのがある種のメリットになっているのかもしれません。

一文字一文字書くにしながら大事にタイプする。

どうもこのスタイルが自分にはフィットしているようだってこのところ気がついた次第です。

それに便利さってのはシチュエーションでその定義自体が変化しちゃう場合もあるわけで、一つのツールが万能になるわけがない。

まあ、そんな細かいことを抜きにしても、僕のキーボードめっちゃキュートでしょ?

文章を打つ必要がない時も取り出しちゃったりして、もう、たまりません。