
常にと言うわけではないが、ときには自分のことを客観的に観察する必要がある。とは言ってもなかなか自分を客観視するのは難しい。じゃあ、どうすればいいのかってのが今回のテーマだ。
他人は厳しい
客観性とは極論すると外部からの視線だ。 つまりは他人だ。 他人が自分をどう見るのか、そこにつきる。
しかし俺はあんたじゃないし、あんたはもちろん俺でもない。 他人が見るように自分を見るだなんて簡単に言ってくれるが、実はとっても難しいことなのだ。
もちろん、絶対に無理ってわけじゃない。 しかし、上手く処理するにはいくつかコツがある。
コツ1
俺は映画が好きだし、若い頃には小説もどきを書いていたから、こんな場合あんまり抵抗がないが、創作ってものに全く関わりがない人たちに向けて説明してみよう。
映画には敵役がでてくる。なぜならばハリウッド映画というジャンルは対立の物語だからだ。そうして、創作上の作法として、敵は主人公と異なる価値観を有していることがほとんどだ。
具体的な例を挙げよう。 マトリクスのネオにはエージェントスミスかある。
ネオはマトリックスに繋がれた全ての人々の解放するために救世主たる使命に従順であるが、エージェントスミスは人間だけでなくマトリックスを作り出しているシステムそのものを滅ぼそうとしている。互いの目的は両立しないものであるため、両者の戦いは不可避だ。
であるたね、二人があい入れることは絶対にない。ネオの行動、彼の選択や一挙手一投足はスミスの目を通してみると全く愚かしいものでしかなくなる。
彼らはともに個性豊かなキャラクターだ。こんな場合、彼らだったならどんなふうに反応するだろう、どのような行動するだろうか、容易に想像が及ぶ。逆に言うと、彼らくらいにキャラクターが固まっていないと、その一人だだったらどうするかって反応を想像することは難しってことなのだ。
コツ2
誰だってお気に入りの映画くらいあるだろう。俺にはありすぎる。その登場人物だったなら、あんたの選択をどう判断するか思い描いてみるといい。 支持するにしろ、反対するにしろ、どちらにしても、それは客観的な意見だ。
蛇足
まあ、エージェントスミスは極端だとしても、映画は他にもたくさんあるね。 客観性に定評のあるキャラクターを探してみるといいさ。
この話はもう少し続けるつもりだ。
だから、次回に続くってこと。

