見えないだけで、パターンはある。

物事は繰り返す。歴史もしかり、過ちもしかり。季節は巡る。地球は回る。
 ぼくたちの仕事にも同じことが言える。

チェックリスト

個人的なことを言わせてもらうと、チェックリストを用いて仕事をしている。
 チェックリストで管理できる、それはすなわち仕事が「繰り返し」だからだ。

毎回仕事の内容が変わることはない。
 大体が似たようなことをやって、呆れる話だが、毎回似たようなことで悩んだりものする。
 それもまた「繰り返し」の一つに他ならない。

だからぼくは繰り返しチェックリストの重要性を訴えてきた。

しかしながら、チェックリストは普及しない。
 少なくともぼくの周りでは。

かく言う自分も、いざチェックリストを作る段になると、やはり戸惑う気持ちがある。

その理由はこうだ。

ぼくは話を単純化するために、ある種の「誇張」を用いている。
 今回の話で言えば、仕事は繰り返しだ、という点だ。

「誇張」そう言うのが大げさならば、こう言ってもいい。

「完全に真実ではない」と。

チェックリストを作るためには、仕事の繰り返しが完全であることが望ましい。
 しかし、現実はそうではない。

大筋では繰り返しではるものの、ディティールが異なる。細部が変化する。

完全に前のパターンを踏襲することは、とても稀な出来事だ。

要するに応用問題なのだ。

一本道の仕事に対してチェックリストを作るのはそう難しくない。
 例えばこんな便利なサイトがある。

あるいはevernoteにもチェックリスト作成機能がある。

しかし、僕たちを悩ます仕事の多くはそう単純ではない。
 時に回り道が必要だったり、迂回したつもりで、行き止まりにぶつかることもある。

ぼくたちの選択

そんな現状を鑑みると、取るべき選択肢は2つあると思える。

1.人生や仕事の複雑さに対してツールが追いついていない、そう落胆する

個人的には、今の現状は変わってほしい、そう考える立場だ。

もっと便利なツールが作られるべきであると思うし、そうしたものが存在しないということは、チェックリストの重要性が自分が考えているほど世間には浸透していないことの証明だろう。

チェックリスト作成ツールには写真の挿入、音声入力、条件分岐などが
 絶対に必要であるが、それらを実装したツールは見たことがない。

もう1つの選択

もう1つの選択がある。
「 見えないだけで、パターンはある」と考えることができる。

どういうことか。

映画ら小説で説明するとこうなる。

物語のパターン

物語にはパターンがある。
 これは創作にある程度深入りした人間には自明のことだ。

一例を挙げると、ホラー映画とパニック映画に共通して見られる、ある構造がある。

  1. 家族のトラブル
  2. 外敵の脅威
  3. 対立
  4. 解決

とても簡単な要素だが、ホラー映画の優れた作品にはこれらの要素が満遍なく揃っている。
 また、ジャンルが異なるパニック映画も同一の構造を採用している事実がある。

実例1 :「映画:リング」

リングには映画版と原作でストーリー並びに登場人物の改変がされている。

映画版のリングだと、松嶋菜々子が演じる主人公の女記者はシングルマザーで、息子と一人暮らしだ。父親の不在という問題を抱えていると解釈できる。(少なくとも作り手側はこうした状態を家庭内の問題として認識しているのが明らかだ)

外的の脅威に当たるのは、言うまでもなく「呪いのビデオ」だ。見たら死んでしまうビデオの呪いを解除するために主人公とその協力者(映画版では離婚した元夫である大学教授)が奔走する。

井戸の底で主人公はビデオの作者である貞子の死体と対面する。これは「対決」だ。

無残な死を遂げた貞子の亡骸を見つけ出し、その魂を慰めることで物語は「解決」するはずだったはずだが・・・・

実例2 パニック映画

パニックルームという映画がある。

主人公は女性で、シングルマザーだ。リングと同様に息子と二人で暮らしている。そうして息子は糖尿病を患っている。離婚したばかりで、新しい新居に暮らすために、引っ越してきた場面から物語が始まる。

パニックルームの家族が抱える問題はリングの主人公より一層重いと言える。

彼女たちが住むアパートに強盗たちが押し入る。主人公家族はパニックルームに避難する。(外的な脅威)

知恵を駆使し、強盗たちと、主人公は戦わなければなりません。(対決)

強盗たちは逮捕され、主人公たちは新しい家で幸せな生活を始めます。(解決)

このようにジャンルが異なる二つの映画はほぼ同じ構造を持っていることがわかりました。

一見すると二つの映画はストーリーもジャンルもちがうため、同じ話には見えません。
 しかし構造上は同じ物語なのです。

こうした判断は、作り手側の視点がないと、なかなか見えてこないものです。

まさに、「見えないだけでパターンはある」です。

最後に

このように一見脈絡のないように思える事象の中にも、隠されたパタンや構造を乱すことが可能なのです。
 それらを見つけるためには、どうしても専門的な知識、一定以上の経験などが必要な場合があります。
 私たちの仕事ても同じことが言えるでしょう。
 あるいはこう考えることができるかもしれません。

「見えないパターンを見つけることができる」それこそがプロフェッショナルの必要条件なのだと。