2018年 いい話「 心の灯台」

「喜びも悲しみも幾歲月」という映画があった。
嵐の夜も、吹雪の夜も一日も途絶えることなく、暗い海に灯り(あかり)を灯し続ける灯台守の仕事を描いた作品だ。真っ暗な海を航行する船は、灯台の灯りを頼りに進んでゆく。

人の人生も海と同じだ。生きてゆく先が煌々(こうこう)と光に照らされ、行路がはっきり見えているのではない。 一寸先は闇なのだ。
その闇の中で行く先を見失い、彷徨い(さまよい)続けるか・・
みごとに行く先を見定め、進んでゆくことができるのか・・
それは灯台の灯りが見えるか否か? にかかっている。
誰も皆、ここまで歩いてきた道を振り返ってみると、自分の行路を照らしてくれた幾つかの灯りがあるはずだ。 私にもある。おかげで、どうにか人の道を外さずにここまでくることができた。
その灯りをひとりでも多くの心にと、毎年「新年のいい話」として届けている。

2018年・いい話・ 「心の灯台」- おはなしかご

その日、空は晴れわたり、まさによ佳き日だった。・・・U子さん25才の結婚式の日だった。

U子さんは2歳で生母と別れ、父方の祖母に育てられた。
 生母とは死別ではなかった。大人の様々な事情で父親と母親が別になることになり、U子さんは父親が引き取ることになったのだ。 まだ2歳の幼い子にはどんな言葉で伝えても大人の事情はわかるはずはない。
何ひとつ知らされることなく、突然、思ってもみない現実が目の前に現れたのだ。

ある日曜日の朝、いつものように、いつのも家で目を覚ますと、母親の姿がなかった。
父親はいたので、母親は近所に買い物にでも行ったのだろうと思っていたが、いつまでたっても戻ってこなかった。・・・・・そして夕方頃、見たことのない知らない女人(ひと)がきた。
そして父親が「今日からU子のお母さんになる人だよ」・・・と言った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「なんで?なんで?」「なんで?この人がお母さんなの?」そんな問が(といが)心の奥で嵐のように吹き荒れていたのだろう。
だが、ようやく言葉が話せるようになったばかりの幼な子に一体、何が聞けたと言うのだ。
何がなんだかわからぬまま、気がつくと泣いていた。 ただただ、毎日泣くばかりだった。
思いもかけないことで生母と引き離してしまうことになった我が子を、どんなことをしても自らの手で育てたいと、心の底から思っていたのだろうが・・・・父親もただただ途方にくれた。そして・・
やがて苦渋の決断をしなければならなくなった。家族の別れは子にとっても、大人にとっても辛く厳しい峠だ。
とうとう、遠くの郷里の母親(U子さんの父方の祖母)の所に預けることになった。
だが、その祖母とU子さんはそれまで一度も会ったことがなかったのだ。
これも又、大人の複雑なわけがあったのだろう。本来ならおばあちゃんと孫は溶けるような絆があるはずだ。おばあちゃんの姿を見るなり飛びついてゆくのだが、U子さんにとっては全く初めて会う知らない人だった。

それから二十数年・・・・
山の麓の小さな村で一人暮らしをしていた老人と、実の親と生き別れた幼な子が寄り添うように生きていった。
 結婚式の日、 仲人の挨拶、友人のスピーチ・・と披露宴は滞り(とどこおり)なく進んでいった。
やがてU 子さんの親族の挨拶の時がきた。 叔父の名が紹介された時、U子さんは驚いた。
叔父は寡黙で、人前で話などできる人ではなかったからだ。きっと誰かの書いた祝いのメッセージの紙を
震える手で持ちながら、つっかえつっかえ読むのだろう。なぜ叔父に挨拶を頼んだのだろう。とU子さんは、ただただ早く終わってほしいと下を向いていた。その時・・大きな声で名を呼ばれた。「U子!」・・・
叔父の声だった。恐る恐る顔をあげたU子さんの目に映ったのは、震える手で紙を持っている叔父ではなかった。襷がけ(たすきがけ)をした羽織袴姿で、日の丸のハチマキをきりりと締め、手には扇を(おうぎ)持っていた。
そしてU子さんをまっすぐに見つめると、大きな声で
「♪どんと どんとどんと 浪乗り越え~て」と
「出船の港」を歌いながらU子さんの方へ進んできたのだ。 恥ずかしくて恥ずかしくて、その場を去りたい思いだった。歌い終わると叔父はU子さんをまっすぐに見つめて大きな声で言った。
 「U子。幸せになるんだぞ!」
U子さんは恥ずかしさで体が震えるようだった。それからしばらく結婚式の話をされるのもいやだった。

それからも、U子さんの人生には様々な事があった。
どうして良いかわからず、まるで暗い海の真ん中に放り出されてしまったような時もあった。
ところが、なんということだろう・・・そんな時、必ずあの日の叔父の声が聞こえてくるのだ。
あの日の叔父の姿が浮かんでくるのだ。まっすぐにこっちを見つめて、大きな声で
「♪どんと どんとどんと 浪乗り越え~て」と歌っている叔父の姿が浮かんでくるのだ。
そして気がつくと、もうダメだ・・と思っていた、ぼろぼろの心の奥から、何かが立ち上がってくる。
溺れる寸前の荒波の中から、必死に岸に這い上がろうとしている。
信じられないことだが、あの日の叔父がU子さんの人生の苦難を共に生きてくれたのだ。
ひとりの人間が万心を込めて伝えた思いは、確かな灯台の灯りとなったのだ。
なんという大きな祝いをもらったのだろう。
叔父の葬儀の時に初めて聞かされたのだが、結婚式の日に挨拶をさせてほしいと言ったのは叔父なのだそうだ。人前で話などできる人ではないので、みんなで止めたのだがなんとしても聞き入れなかった。叔父の人生の中で、後にも先にも人前に立ったのはあの日だけだったそうだ。
その話を聞いた時、涙が止めどもなくこぼれた。
幼な子が実の親と離れて遠い田舎の村に連れてこられたあの日、その姿を見た叔父は不憫さで胸がいっぱいだったのだろう。

人生にはどうしてやることもできないことがある。だがあの日から叔父は長い歲月一日も絶えることなく、その幼な子の人生に幸あれと、ただただ願い続けていたのだ。
あの日、恥ずかしさで下を向いていた自分を心から恥じた。叔父はその何倍もの恥ずかしさと闘っていたのだ。不器用な叔父が、何よりも人前に出ることをいやがっていた叔父が、なりふり構わず満身の勇気を振りしぼり、恥ずかしさをかなぐり捨てて懸命に励ましてくれたのだ。
叔父の闘いのなんとみごとであったことか!なんと高貴であったことか!・・・遺影に深く頭を下げた。

人というものはどうすることもできない運命(さだめ)のなかですら、何かを残せるのだ。
心が心に、とてつもない、すごいものを残せるのだ!
人生の一寸先は闇だ。だがそこには行く手を照らす灯りがある。
一人の人間が本気で、心を込めて伝えた言葉は、確かな灯り(あかり)となり、煌々(こうこう)と人生の行路を照らしてゆくのだ。
 恥ずかしさも、なにもかもかなぐり捨てて子ども達の生涯の心の灯りとなる「いい話」を 「♪どんと どんとどんと 浪乗り越え~て♪」 届けたい!

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