世界の片隅を照らすベンチ

gkmr
KUMACAMERA
2 min readJan 3, 2017

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今日は「この世界の片隅に」を観終わって映画館を出て、川沿いの緑地を通って帰る途中に、冬の陽が差すエノキ林の中に無人のベンチが数台置かれた一角にさしかかった。弱い陽の光が作る大木の影と光のコントラストが美しく、とっさに写真を撮りたくなってデジタルカメラを取り出したが、電源が入らなかった。でも今日の光景は忘れないだろう。

そのとき差していた冬の陽は、ベンチの表面を明るく光らせていた。どのベンチにも誰も座っていなかったが、ベンチはただ存在するだけで人の気配をはらむ。それが誰の気配とも言えないのは、ベンチには誰がいつ座ることも許されているからだろう。ベンチが纏う人の気配は誰のものでもなく、かつ誰のものでもありうる。

誰でも、いつでも、いつまででも居ることを許されている場所は世の中に少ない。映画「この世界の片隅に」の終盤、「この世界の片隅に私を見つけてくれてありがとう」という主人公の台詞がある。一つ一つのベンチも、世界の片隅の小さな一隅だが、ベンチはただ存在するだけで世界の片隅を照らし、座る者を受け容れる。「この世界の片隅に私を見つけてくれてありがとう」――主人公すずさんのこの言葉は、人とベンチが互いに交わす無言のいたわりのようにも聴こえる。この映画そのものが、この世界の片隅を照らすベンチだったと今は思う。

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