海にハンカチを結ぶ

この波打ち際から海に入り、足の着くぎりぎりの深さに立って沖のほうを見ていたのが一番古い記憶で、その時見ていた沖の海の光景を中学生の頃までは思い出すことができた。それから二十年ほど経った今はもう、「あのとき見た海を思い出すことができたことを覚えている」という風に記憶が一段遠ざかってしまっている。

この入り江は夏に海水浴場になるから、多くの人がここで私と同じような原風景を作ったと思う。そういう人は延べ数千人か数万人ぐらい居るかもしれない。どこにおられるか分からないが、心ひそかにエールを送りたい。

この砂浜のそばには私鉄の駅がある。海に近い駅といえば予讃線の下灘駅が有名だが、海までの距離ならこちらのほうが近くて、ホームから海の方へ飛び降りれば足の裏が砂浜を踏むはずである。

この駅は1991年に放送されたテレビドラマのロケに使われたらしい。当時小学生だった私はまともに筋を追わず、今もどんな話なのか知らないままだ。この海に入ったことのない多くの人にとってここは、幼時の原風景の場所ではなく、このテレビドラマが描いたような若い二人の分かち合うべき理想の一瞬がフィルムに焼き付けられた場所として記憶されているのだろう。

主演の二人が演じた台本に倣って、この駅の海に面したフェンスには今もハンカチが結びつけられる。私の原風景にハンカチはないが、海そのものがハンカチだと言ってもいい。

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