🇷🇺Japan-Russia Forum 2017🇯🇵



長いフライトを終えて遂に降り立ったその大地は、飛行機の中で見た最新鋭ボーイング機の”ワールドマップシミュレータ”よりも遥かに大きく感じた。此れまでに私は、幸運にも様々な諸外国を訪れる機会に恵まれた。父の暮らすフィリピン、念願の海外大留学で暮らしたアメリカ、近隣アジアの中国や韓国が其れだ。しかし、このフォーラムに参加するまで、ロシアという国は今までに経験した事のない如何にも謎めいた印象を持っていた。政治的イデオロギーや国政情勢のパワーバランスを無視すると、私達日本の若造には全くと言ってしまっていい程、知識には乏しかった。外務省官僚が作成したのだろう、文字や散布図が理路整然と羅列されるロシアに関する資料にひと通り目を通し、抽象的にでも概念を掴めないか、凡人な田舎育ちの私との共通点を少しでも見出せないか、苦心した。



しかしながら、私の留意していた事柄はすぐに晴れる事となった。人口約50万人の緑溢れた街、リャザンはどこか哀愁を漂わせながら、晩年の人々に故郷を懐かしませる事を得意とするような、そんな印象を受けた。リャザン国立大学の名前の由来の一つでもあるエセーニンも、かつて自らの生きた愛と人生の悲哀さを嘆きながら詩を書いたのかもしれない。



此処に文章として書き残しておかなければならない事が、フォラムでの衝撃の一件だ。私はスポルトを担当することとなったのだが、ロシアの方々はなんと格闘技を専門としていた。日本でも馴染みの深い空手などが其れだ。しかしながら、私が拝見した限りではその”karate”はスポーツの一種目に過ぎず、武道として精神を重んじる様な”空手”ではなかった。私は決して日本の国技がオーセンティックであると主張するつもりは微塵もない。ただ異国ロシアの、変貌を遂げた”karate”に人類の文化の変容の面白さを改めて見出す事ができたことを嬉しく思うのだ。



そんな妄想に耽ること車で3時間、ロシアの最大都市の一つであり、ロシア革命後に成立したソ連の首都、モスクワに到着した。かつてレーニン廟と共に社会主義体制の聖地とされたその場所は、商業的賑わいを見せていた。米資本ファーストフード店とクレムリン宮殿の並ぶ風景は、この世で最も信じ難い混沌の風景の一つとなった。まるで現在のグローバリズムに拮抗するナショナリズムのようであった。в москва



英EU離脱や反移民政策と世界でナショナリズムが台頭する一方で、テロリズムの脅威がグローバル社会を恐怖に晒している。 そのような不安定な国政情勢の中で、ロシアは2014年のソチ冬季オリンピックを終え、2020年には日本で東京夏季オリンピックが開催される。私は政治家でも官僚でもないが、国際民間人として中小企業を中心とした社会に貢献したいと心に決めている。このロシアと日本に一つの架け橋を与えて頂いた日露青年フォーラムに関わりある全ての方々に感謝をし、これからの激動の時代を精一杯生き抜いていきたいと思っている。

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