結線 -電子部品とアートをつなぐ- 2

ひつじ
KYO-SHITSU
Published in
7 min readSep 28, 2018

「何か物事が始まる瞬間」というのはいつの時代も言い知れない緊張感があって、自然と背筋が伸び、肩の力が妙に入ってしまうような感覚がします。

例えば、まっさらな紙の上に筆やペンを始めて触れさせる瞬間。器に花をいける、初めの一輪。C言語のプログラムで最初に呼び出される、int main()関数を書き出す時なんかもそうです。今こうして私がコラムを書き始めているのも、アイロンと糊付けをしたYシャツに袖を通すような、少しパリっとした心持ちで言葉を選んでいます。アナログ、デジタルに関わらず、何かが始まる時というのは常にどこか引き締まった空気を放っています。

中でも、映画や音楽のような時間芸術が始まる瞬間は、先に挙げたような物事のはじまりと比べてひときわ強い緊張感を纏っているように思います。

今年の初めに金沢へ行った際、駅の方から近江町市場を超えてしばらく行った所にある『金沢蓄音機館』というミュージアムに立ち寄りました。そこでは『蓄音機聴き比べ』という催しが1日に何度か開催されていて、展示物が製造された当時の歴史などを解説してもらいながら、実際にその当時流行ったレコード等をその蓄音機で聴くことができます。

レコードが作られた当時の時代背景を聞き、電気を全く使わずにかなりの音量でレコードから音声が再生される様を視聴するという体験は、驚きと感動が入り混じった、とても興味深い内容でした。しかし何より魅力的だったのは、静寂の中レコードに針が落とされるその瞬間を座して待つという、特別な鑑賞行為そのものです。

近年、私が音楽を聴く手段というと殆どSpotifyかSoundCloudのようなストリーミング配信サービスで、スマートフォンの画面に表示される再生ボタンをタップすれば音楽が始まります。液晶に表示された仮想のボタンというのはとても便利な一方で、時折どこか味気無さのような感覚が残ります。良くも悪くも、音楽鑑賞のインスタント化が進んでいる事は皆さんも同じように感じていることでしょう。

「音楽がはじまる瞬間」に対して私自身、日々の生活や環境の変化と共にどこか鈍感になっていたように思います。

回路のはじまりを担う「スイッチ」

さて、電子回路における「はじまり」と言えば『スイッチ』がとても重要な役目を果たしています。電源のオン、オフや回路の状態を切り替えるための部品で、日本語では『開閉器』と呼ばれています。今日紹介する『活線』では、トグルスイッチと呼ばれる種類のスイッチを使いました。通電するLEDを上部にあしらい、電源を入れた時にはレバーがしゃんと上を向くよう配しています。

複数の接点を繋ぐ/切るという非常にシンプルな機能を持つスイッチですが、先ほども書いたように回路のはじまりを担う非常に重要な存在です。

物理的な可動部がある部品というのはそれだけで摩耗や破損が起きやすいわけですが、スイッチは加えて人の手で動かされるパーツのためとても高い耐久性が求められます。私たちが普段使っている電気製品では、何万回・何十万回という押下を繰り返す耐久試験にクリアできるようなスイッチやボタンが使われています。

方式・用途に応じた様々なスイッチがあります。

スイッチの不具合によって電源が入らないだけならまだ良い方で、回路や環境によっては故障が引き金で発火する恐れもあります。そのため皆さんの家の壁にもついているようなスイッチの仕様書では、厳格な環境テストの結果だけでなく、取り付け方に関しても細かい指示があり、電気工事士の資格を持っていないと取り付けられないというような制限が設けられていたりもします。

回路に電源が投入される瞬間というのは、システムが動き出し、生命が吹き込まれるような神秘さを感じます。私の作品群のタイトル『活線』も、本来は電気用語で「電気が導通した状態の電線」という意味を持っているのですが、回路が「活きる」という表現の仕方がとても気に入ったのでこのタイトルを付けました。

そんな回路が動き出す瞬間を担っているスイッチの姿形からは、何となく職人気質な武骨さのようなものを感じてしまいます。しかしそんな佇まいが、どうにも愛おしく魅力的に感じてしまうのは私だけではないでしょう。

Tristan Perich『Noise Patterns』と「スイッチ」

Tristan Perich氏の『Noise Patterns』にも、作品鑑賞を始めるためのスイッチが実装されています。一枚のプリント基板からなる本作には、5つのトラックがプログラムされています。ステレオミニジャックにイヤフォンやスピーカーを差し込み、左上のスイッチを入れると音楽が再生されるという作品です。

そのタイトルにもあるように、5曲全てトーンが無いノイズのリズムパターンによって構成されています。ブックレットには楽譜代わりのスクリプトも書かれていて、各トラックのタイトルと長さなども記載されています。

音楽プレーヤーの多くは、記録されたどの音楽を聴くにも共通のボタンを押して再生します。しかしこの作品に取り付けられたスイッチは、『Noise Patterns』というアルバムを再生するためだけに存在しています。一つのアルバム作品に対して、その作品のためだけのスイッチが取り付けられているという一意性が、スライドスイッチの小さな筐体からは想像がつかない程の重みを持たせています。そのような特別感のあるスイッチを押す時に感じる緊張感は鑑賞をはじめる瞬間、そして鑑賞中に自分の耳へ届く音響の解像度をぐっと押し上げられる感覚を与えてくれたように感じます。

音楽と共に「聴き方」を流通させる

そしてこの作品において実に興味深いのが、12㎝CD用のケースに入れられて一般的なレコードショップで販売されているという点です。以前Tristan氏の旧作「1-bit symphony」がTwitter上で話題になったのを見た方も多いのではないでしょうか。

自らの楽曲を流通させるにあたり、CDというメディアが最適ではなかった、というのが一番の理由のように思いますが、やはりCDのリッピングや配信サービスなどで音楽に対する接し方が多様化する中で、それをある程度コントロールしたかったという思惑も少なからずあったのではないでしょうか。余白の多い基板に配された部品の中で、スイッチだけが唯一離れた場所に置かれているというのも、音楽が始まる瞬間への緊張感を持たせたいという意図を感じます。

終わりを担う「スイッチ」の役目

始まりがあれば終わりが来るというのが物事の摂理ですが、電子回路を終わらせるのもスイッチの大切な役目です。物事の始まりには期待や不安が入り混じった緊張感がありますが、終わる時のことを思うと、今度は一抹の寂しさを禁じえません。

『Noise Pattern』に同梱されるブックレットの中では、最後の楽曲の長さが「∞」と表記されています。つまりこの音楽はスイッチやバッテリー切れによって電源の供給を絶たれない限り、半永久的に続くようプログラムされているのです。作品として、このアルバムが自然に終わる事はありえません。

あえてアルバムの終わりを設ける事をせずに、この作品を聴き始める時、聴き終える時を明確に定めているTristan氏の意志を想像してみると、彼の作品だけでなく、今まで何となく流し聞きしてしまっていたような音楽作品も今一度じっくりと向き合うような姿勢で聞いてみようと、少し背筋が伸びたように感じました。

Information

Noise Patterns

アーティスト:Tristan Perich
リリース:2016年7月22日
レーベル:Physical Editions

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ひつじ
KYO-SHITSU

自称システムアーティスト - コンピュータを使った表現に関わるお仕事をしたり、自分で作品を作ったりしています。 継続中のプロジェクト https://instagram.com/kassen_project 多摩美大学院情報研究領域修了