結線-電子部品とアートを繋ぐ- 3

ひつじ
KYO-SHITSU
Published in
8 min readNov 16, 2018

電気的な力で何かを動かす部品のことを『アクチュエータ』と呼び、動かす行為の事を『アクチュエーション』と呼びます。パソコンやスマートフォンのような情報を扱う端末が隆盛を極めたと言っても良い現代ですが、私たちが現実世界で重力や地勢による物理的制約を受けながら生活している以上、機械や人の手によって何かを「動く、動かす」という活動を意識すること無しに生きていくことは不可能です。

通勤通学で使う鉄道はもちろんのこと、エレベーターや自動ドアなど、人やモノの移動をモーターに頼っているシーンは数多く見られます。メッセージの通知を知らせるスマートフォンの振動にも、『振動モーター』や『リニア共振アクチュエータ』と呼ばれる部品が使われています。家に帰れば掃除機やエアコン、洗濯機の中に大きなモーターが組み込まれていますし、テレビやパソコンについているスピーカーも、空気を震わせるために高速で動く電磁石を使ったアクチュエータの一種です。

必要な力量や用途によって、様々なアクチュエータが製造されています。

日常の様々なシーンに浸透しているこれらアクチュエータですが、限られたスペース、限られたエネルギーの中で目的の「動き」を取り出すため、機構と呼ばれる様々な工夫が取り入れられています。

代表的で広く馴染みがある物といえば、歯車でしょう。歯の付いた板状の部品をかみ合わせて、軸から軸へと回転する力=トルクを伝えます。その他に自転車に付けられているチェーンやベルト、回転運動を直線運動へと変換するボールねじ、台形ねじなど、伝えたい力や速度によって様々な機構部品が作られています。

今ではコンピューターの制御によって比較的シンプルな構造でも複雑な動きを実現できるようになりましたが、それ以前には如何にシンプルな構造から複雑な動きを取り出すか、という創意工夫が凝らされた時代がありました。

製粉のために杵を上下させるための水車や、単一の動力で速度の違う複数の針を動かすゼンマイ式の時計などがその典型例です。日本でも「からくり」という名の技術様式として様々な装置が発明されました。また、美術の領域においても、50年代以降にはテクノロジーへの関心と相まってキネティック・アートと呼ばれる動力を用いた作品が多く制作されました。

中でもArthur Gansonのキネティックアート『Machine with Oil』は、私が特に好きな作品の一つです。機械部品にとって潤滑のために必要なオイルをすくい取り、自分の身体に浴びせるまでの一連の所作を、たった一つのモーターだけで実現している、キネティックアートの中でも特にエレガントで情緒溢れる作品だと思います。

電力を力学へと変換する『DCモーター』

人や動物の力を使わずに何か物を動かすには蒸気機関やエンジンなどの方法もありますが、電気によって「動き」を実現するためには、この「モーター」が欠かせません。今回の活線シリーズではDCモーターの先に付けたワニ口とそのケーブルが回転し、器から伸びるラインが常に変化するような構成の作品をいけました。

電気エネルギーを使って何かを動かそうとする時、多くの場合コイルを使った「電磁力」を利用します。モーターの内部に取り付けられた磁石を、この電磁力によって引き付けたり反発したりすることで動力を生み出します。

皆さんが生活していて目に入って来る「電気」というと、圧倒的に照明や表示機器のような光るデバイスが多いと思います。直接的にモーターを目にするということはかなり少ないでしょう。けれども、少し前のデータですが照明やコンピューターのような半導体機器を差し置いて、モーターによる消費電力というのは世界中で使用される電力量の40~50%、日本においては55%(参考:JEMA「トップランナーモータ」)にも上ると言われています。モーター1台あたりの消費電力がそもそも高いという事もありますが、車のようなエンジンによる動力は含まれていないので、いかにモーターが、引いては動力全般が、私たちの生活に欠かせない存在なのかということが数字からも実感することができます。

私が電子部品に魅力を感じる理由の一つに、それぞれの部品が目的を達成するために極限までそぎ落とされた「必然的な」形や動きというものがあります。物理的な制約と、それぞれの機能に基づいて決まる無駄のない造形は、徹底して環境に最適化された生物を見た時の印象に近い美しさを感じることができます。それはモーターによって生み出される機械の動作についても同様で、無駄の無い設計と力学に基づいて綿密に計算されたアクチュエーションを見た時は本当に美しいなと感じます。

私自身も仕事や作品制作で機械設計を行う事がありますが、良くできたと思った設計図面は目で見ても満足感を得られますし、どこか美しさに欠けるな……と思った時にはまだ詰められる余地があったり、というようなことがあります。感覚的にしか説明することができないのですが、案外そういった「美観」も大事だったりするのかもしれません。

ひとつの動力から生み出される新たな機構の可能性『READY TO CRAWL』

モーターを扱った作品というのは、キネティックアートやメディアアートでも多く挙げることができますが、ここ数年見てきた作品の中で特に印象深かったのが、杉原寛氏(東京大学山中研究室)の『READY TO CRAWL』です。

どこか見たことのあるようで無い幻想的な生物を想起させるこの作品群は、全て1台のモーターだけを使って動作します。モーター単体の動きは単純な回転運動ですが、本作の動きはとても複雑で有機的です。この生き物のような動きを実現しているのは「カム」と呼ばれるメカニズムの一種で、モーターの回転運動を周期性のある往復運動に変換することができる機構です。杉原氏の作品ではそれを三次元に展開し位相をずらした背骨のような駆動軸を一本通すことで、生き物のような複雑かつ滑らかな動きを実現しています。

ロボットを上から見た平面図 — MAKING MAKE展(2016)より(写真:加藤康)

更にこの不思議な生きもの達は粉末造形と呼ばれる3Dプリントの造形法によって出力されているのですが、その身体の殆ど全てが完成された状態で成形されています。組み立ての工程はモーターなどの電気系パーツを入れるのみで、カムと接続されている脚部も粉末造形によって同時に出力されています。

産まれたての写真。粉末造形は名前の通り、堆積した粉末の中から完成品を取り出します。(写真:杉原寛)

この組み立てが不要という設計を聞いて、その設計のあまりにもエレガントな着地の仕方に溜息が漏れました。このアプローチを取ることで得られるメリットは、組み立ての手間が省けるという点だけではありません。組み立てに必要なボルトやスナップのような部品を組み込む必要がなくなるため、生物の骨格のようなフォルムにノイズが入る余地が減らせますし、動作に必要な最低限のパーツ数に抑えることでモーターの小型化、省エネルギー化にも一役かっています。READY TO CRAWLの有機的で無駄のないメカニズムをデザインするには、この製造方法が必要不可欠だったのではないかと考えられます。

もともと私自身が、機構的なアプローチの作品が好きだったこともあり、私がこの作品を始めて見た時には「美しい、面白い」と同時に「嬉しい」という感覚が沸き起こりました。コンピュータによる制御系を持った機械と比べて前時代的な技術とされている機構を用いた機械が、3Dプリントのような製造法によって更新されていくことに驚きと喜びを感じました。

枯れた技術が花開く時

特定のテクノロジーに使う形容詞に「枯れた」という言葉があります。枯れた技術というのは衰退したり価値が無くなったという意味ではなく、技術として成熟して私たちの生活に十分浸透した状態の事を指します。

モーターや機構の技術というのはとても歴史が長く、十分に「枯れた」と呼べる技術です。枯れた草花は朽ちて土に還り、また新たな生命を生み出す栄養となります。枯れた技術もまた同じように私たちの生活の中にひっそりと溶け込んで新たな価値を提供してくれたり、また次のテクノロジーを生み出すための礎となって科学技術の革新を支えます。

そうしてまた作り出されたテクノロジーによって旧来の技術が更新されていく。その様はまるで、春を迎えた枯れ木が芽吹き、花開いた時のような高揚感を与えてくれます。

杉原氏の作品に出会った時に感じたうれしさは、そんな春の訪れを想起しました。

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ひつじ
KYO-SHITSU

自称システムアーティスト - コンピュータを使った表現に関わるお仕事をしたり、自分で作品を作ったりしています。 継続中のプロジェクト https://instagram.com/kassen_project 多摩美大学院情報研究領域修了