結線-電子部品とアートを繋ぐ-4

ひつじ
KYO-SHITSU
Published in
6 min readSep 6, 2019

今年の初め、自宅から仕事場へと向かう道すがらにある代々木八幡宮へと、初詣に行きました。良い仕事に巡り合えるご利益のある「出世稲荷」がパワースポットとしても有名なこの神社へは、日頃からプロジェクトの始まりや続いていた仕事が大詰めになってきた時にはピリついた心を鎮めに行くという意味合いも込めてよく通っていたのですが、初詣で行くのは今年が初めてでした。

この神社は多くの木々に囲まれており、これといった催しの無い日はとても森閑とした雰囲気です。しかし三が日ともなると、参拝客の行列が鳥居を超えた山手通りに届かんとばかりにずらっと並び、参道の脇では出店もいくつか陣取っていて大変賑やかです。

参拝を済ませた後、妻が厄払いをしてもらうということだったので私も一緒に心願成就のご祈祷をしていただきました。小さな拝殿の中は、さっきまでいた賑やかな参道がすぐ後ろにあるとは思えないほど静まり返っていて、昇殿によってまるで別の領域に足を踏み入れたような気分になります。

澄んだ空間とでも言うのでしょうか。部屋は決して広々としているとは言えない大きさで、中にはご祈祷のための道具をはじめ色々な物が置かれています。いわゆるホワイトキューブのように「ピュア」な空間では無いにも関わらず、背筋が自然と伸び自分の息遣いに変に意識が向いてしまうほどに澄み渡った空気が、場を支配していました。それは置かれている物のひとつひとつ全てが、御神体を「崇め奉る」という1点の目的のみに特化した純粋さによって生み出されているからなのではないかと、今になって感じます。

レーザーポインター

電子部品も同じように、個々の機能に極限まで特化した純粋さを持ち合わせています。抵抗は100Ω[オーム]、電源は24V[ボルト]、コンデンサは470uF(マイクロファラド)といったように、決められた数値特性で振る舞うよう設計・製造されますが、いくら機械による製造でも、現実世界ではある程度の誤差が生まれてしまいます。

多くの電子機器ではそのような誤差(公差や許容差と言ったりします)を予めふまえた上で回路を設計したりするのですが、高級オーディオ機器や宇宙開発の世界では通常出回っている部品よりもより誤差が少なく、純度の高い物が求められたりもします。

「レーザー」はそんな様々な純粋さを追い求める世界の中で「光の純粋さ」を突き詰めた部品と言えるでしょう。身近なところではプレゼンテーションツールや舞台演出装置として使われるものがありますが、出力の強さや波長によっては分厚いステンレス鋼を切断するような物など、実に様々な用途があります。

通常私たちが見聞きする光というのは、光源から色々な方向に拡散したり広い範囲の波長(可視光の範囲で言うと「色」)が混じった状態で発せられます。一方でレーザー光が進む方向はほぼまっすぐで波長の幅も非常に狭い純粋な光と言うことができます。

現象として「澄んでいる」というのは実に不思議な魅力を持っています。太陽や炎から発せられる自然の光は、とても広い範囲に広がりあらゆる方向に反射、拡散していきます。これをレーザーという装置を使い、一本の光の筋、それも単一波長の純粋な光という形で目の前に現れた時の驚きは、皆さんも一度は科学実験などで経験したことがあるのではないでしょうか。紙の上で光を描く時、一方向にまっすぐ伸びたものとして描くのと同じような光景が、レーザー光によって再現されます。その魅力は千古不変のようで、これまで数々のアート作品に使われてきました。

光と対象の清らかな関係性を抄出する『\Z\oom』

昨年末から横浜市の神奈川県民ホールギャラリーで行われていたグループ展『けはいの純度』に出展された作品のひとつ、スコット・アレン氏による『\Z\ oom』は、展示タイトルにもある日頃埋もれては消えていく現象達の「けはい」を、レーザーが持つ純粋さによって鮮やかに取り出していました。

展示空間の様子。- Zoom website(https://zoom.scottallen.ws/)より(写真:Takeru Koroda)

天井に取り付けられたレーザー装置は、断続的にゆっくりと動いては止まる動作を繰り返しながら、空間に配された様々なオブジェに光を当てて行きます。カセットから伸びた磁気テープや水槽に満たされた水、加湿器から出る蒸気と邂逅した光は反射・屈折・散乱といったプロセスを経て、ある種の像として壁面に立ち現われた後に私たちの眼へと届きます。

真っすぐ天井から落とされたレーザー光から映し出される反射光の動きやテクスチャは、レコードに針を落とすかのような緊張感を携えていました。レコード盤に刻まれた小さな溝が、針の走査によって音像として立ち現れるように、目には見えているはずなのに意識の外側に在った微細な動きや質感が光の針によってつまびらかにされていきます。そのようにして作品中に行われている行為をスコット氏はステートメントの中で「“視野の中にある潜在的な映像”をあぶり出す」と表現しています。

意識の外にあって見過ごされるものたち

私たちが日頃感覚器官から取り入れる情報というのは、その多くが捨て去られていく情報です。視界に入っていても見えていないもの、意識に上ってくることのない音や匂い。そうした普段見過ごされているものたちが持つ魅力であったりそうしたものの中から立ち現れてくる美学というものを、この作品では抽出していこうといった試みを感じられます。

外界から隔絶した空間の中、一筋のレーザー光から抽出される軌跡は現実空間を用いた計算機によって導き出されたグラフのようでもありました。まるで、曖昧さと厳密さの両面を併せ持ったような現象を見ている感覚を与えられる本作は、何かつかみどころの無い物として接している気配を、レーザー光というシンプルかつ純粋な装置によって抄出しようとしています。まさに『けはいの純度』という展示会の名に対しとても真摯であったと感じます。

展示情報

今回紹介した作品『\Z\oom』は、メディアアートの日本人若手アーティストに与えられる『デジタル・ショック賞2019』受賞に伴い、フランスのナントで9/12~22日に行われるメディアアートフェスティバル「Scopitone 2019」に出展予定です。

https://www.stereolux.org/scopitone/

Scott Allen

像楽家,生像作家.2016年情報科学芸術大学院大学(IAMAS)修了.物理的に光を屈折・反射させて像を作り,投影装置の仕組みに物理的に介入・変調したり,日用品に手を加えたりすることで像を映すインスタレーション制作やパフォーマンス活動を行なう.

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ひつじ
KYO-SHITSU

自称システムアーティスト - コンピュータを使った表現に関わるお仕事をしたり、自分で作品を作ったりしています。 継続中のプロジェクト https://instagram.com/kassen_project 多摩美大学院情報研究領域修了