日常の発見を、表現へと結ぶ ユーフラテス 石川将也『研究から表現へ+』I.C.E.講演レポート

siranon
KYO-SHITSU
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13 min readDec 28, 2018

皆さんは、普段日常でどのくらい発見することがありますか?今回お話を伺った石川将也さんは、表現についての研究テーマを持ち、日常あらゆる物事を観察して、その発見を表現へと結びつけています。

WEBデザインなどのデジタルクリエーションの分野の地位向上を目指す団体、一般社団法人 I.C.E. │Interactive Communication Expertsが主催するイベントシリーズ。WEBデザイン分野以外のクリエイターをお招きし、I.C.E.所属企業のクリエイターに向けて糧になる情報を共有する場です。KYO-SHITSUを運営するRANAGRAMも所属しています。

今回は、教育番組の制作などで知られる『ユーフラテス』で活躍するグラフィックデザイナー/研究員の石川将也さんの講演が行われました。KYO-SHITSUではテキストレポートで内容をお伝えします。

石川将也
グラフィックデザイナー/研究員
ユーフラテス所属
代表作に書籍『差分』(佐藤雅彦・菅俊一との共著、美術出版社)、大日本印刷『イデアの工場』や「Eテレ2355」内『factory of dream』を始めとする「工場を捨象したアニメーション」、「Layers Act」(阿部舜との共作、21_21 DESIGN SIGHT 企画展「AUDIO ARCHITECTURE:音のアーキテクチャ展」に出展)など。

石川さんが所属するユーフラテスは、慶應義塾大学環境情報学部 佐藤雅彦研究室の卒業生から成るクリエイティブグループ。石川さんも同研究室の卒業生です。研究室のテーマは「教育方法・表現方法」の研究。佐藤研究室独自のその研究テーマとアプローチは、石川さんの普段の活動からも垣間見えました。

今回は、研究から表現に結びつけるその手法と工程をお伺いしました。

ユーフラテス独自の「表現を編み出す手法」とは?

クリエイティブグループ ユーフラテスは、所属する6人のメンバー(2018年現在)全員が企画・制作を手がける点が特徴。ユーフラテスで行われている表現に対しての考え方は、二つの方向性を持っています。一つは、作品を「考え方」(Concept)から作ること。例えば、科学や認知科学などの学問の概念をどう人に伝えられるか、を起点に考えているそうです。そしてもう一つは、研究を通して「表現手法」を生み出すこと。

慶応大学の佐藤研究室で行われていた、研究から表現に至る工程は以下の通り。

石川さんのスライドより

「様々な作品が、研究を通して生まれてきた」と石川さんは、作品が実際に出来上がった過程を丁寧に伝えて下さいました。

工場見学から、面白さを抽出して理想の工場を作り上げた『仮想工場』

石川将也『仮想工場』(2004)

架空の工場で抽象的な形が作られていく様子を描いた本作品は、石川さんの大学院修了制作です。この作品を作る研究の過程で得られた表現手法と世界観が、ユーフラテスの代表作の一つである、『イデアの工場(大日本印刷、2007)』や『factory of dream(Eテレ2355 おやすみソング)』へと派生していきました。

手順は以下の通り。

1. リサーチ・仮説
佐藤教授の発案がキッカケとなり、古い工場の動画の観察や工場見学を繰り返し行い、工場における「動き」の面白さリサーチしたそう。

そして、リサーチに基づいて、「なぜ工場を見ることはこんなにおもしろいのか?」仮説を立てました。石川さんが考えた仮説は、「ハンドリングの動き」。どんな工場でも、部品がハンドリング(運搬する・整列させる・装填する)工程が存在する。そこの動きが、根本的な動きの面白さを生み出しているのではないか? その仮説を証明するために、習作を作る次の工程に進みます。

2. 実験・試作
「工場が行っているハンドリングの動きのみを抽出することで、工場見学のしたときのような面白さは生まれるのか?」それを検証するため、ハンドリング要素のみを抽出した映像を捨象し、複数パターンの動きを持つ「ミニマムな工場ハンドリングアニメーション」を作ったそうです。そのアイディアたちを集めた仮想工場の映像を制作し、石川さんの修了制作となりました。

3. プロジェクト
こうして生まれた、「ハンドリングの動きを抽出したアニメーション工場」の世界観をベースに、DNPのビジョンを示す言葉を作る工場のアニメーション『イデアの工場』を制作。他にもTV番組内の映像など、複数のプロジェクトへ派生し、様々な架空の工場が生まれていったそうです。

『Layers Act 』AUDIO ARCHITECTURE:音のアーキテクチャ展 @21_21 DESIGN SIGHT

21_21 DESIGN SIGHTで2018年6月より三ヶ月半のあいだ開催された企画展『AUDIO ARCHITECTURE:音のアーキテクチャ展』。ミュージシャンの小山田圭吾氏(Cornelius)の楽曲に合わせて、様々な分野の作家がそれぞれの視点で解釈した映像作品を展示する内容です。

石川さんは作家の阿部舜さんと共に『Layers Act』を発表しました。

ユーフラテス(石川将也)+ 阿部 舜『Layers Act』
シンプルな模様の描かれた二枚の透明フィルム(レイヤー)を重ねて動かすことでつくられる、多彩な視覚効果で構成された映像作品。モーターを使ってフィルムを一定速度で動かしたり、楽曲に合わせて手で動かしたりしながら撮影し、生理的な気持ち良さを追求して編集した。
(『
AUDIO ARCHITECTURE:音のアーキテクチャ展』WEBサイトより)

黒い空間に広がる、星空にも見えるモノクロ映像。70〜80年代のスター・トレック、スターウォーズなど、宇宙を舞台にした昔ながらの映像表現のように感じます。この映像、実は二層の紙によって実現しています。実物は、黒い模様が書かれた白い紙と、もう片方の黒い模様が書かれた透明シートの二枚。白い紙の上に重ねた透明シートを動かすことによって、模様に変化を与えます。

映像内で、フレームアウトでたまに映りこむ手によって、二枚の透明レイヤーを動かして映像が出来上がっていることが認識できます。コンピュータ機器上で出力しているのではなく、実物を使うことで宇宙的な表現をしている仕組みに驚く、新鮮な映像体験です。

この映像を作ろうと思い立った出発点は、個人的に持つ研究テーマのなかの一つから、と石川さん。CG以前のアニメーション技術に興味を持った石川さんは、「CG技術が主流となった今だからこそ、まだまだ昔の表現手法に面白さがあるのではないか?」と考え、リサーチを重ねていました。

『Layers Act』では、アメリカのケーブルテレビ放送局HBOのロゴ映像の中で80年代当時使われていた手法を発見したことが発端となっています。

1983年に制作されたHBOロゴ(Logopediaより

この宇宙空間から立ち上がるロゴ映像の制作過程が収められたドキュメンタリーでは、集中線が書かれた二枚の透明シートを重ね、片方に動きをつけることで星がワープするようなアニメーションを実現させている様子が見られました。

ここからヒントを得た石川さんは、アニメーションの在り方・見せ方を研究している阿部舜さんと協働で、リサーチと試作を重ねて、作品を作り上げていったそうです。ちなみのこの二層の透明シートを重ねる手法は、日本のセル・アニメーションでも、海の水面のきらめきなどの表現に使われていたことがリサーチする中でわかりました。

阿部舜
東京藝術大学 大学院 映像研究科 佐藤雅彦研究室 修了
代表作『母よ、アニメを見よう』(参考:
第21回 学生CGコンテスト優秀賞

まずはデジタル画面上で試作を進めていた習作では、HBOドキュメンタリーに触れたときの面白さが再現されないことに悩んでいた石川さんと阿部さん。そこで、以前の手法に基づいて、実際に透明シートを用いて動かすと、手ならでは微妙な角度や動きから「こんな動きが生まれるんだ!」という驚きがあったそうです。そして透明シートでの試作を重ねていくと線一本と線一本だけを組み合わせるだけで、幾つもの動きが生まれると気づき、その動きを活かすための映像全体の構成が決まっていきました。

「研究で表現を探ったときと、具体的な表現やプロジェクトに結びつけるには、ジャンプが必要になる」と石川さん。そのジャンプとは、突破する何かのアイディアや気付き。今回の作品では、そのアイディアのジャンプの一つは、手を動かしながら起こったそうです。

研究テーマ内で見つけたところから、派生して一本の映像が出来、それをまた展示作品として発表する。普段のテレビのお仕事とは違い、色々な人の反応や体感を展示会場で直接感じられることがとても刺激になった、と本作品について締めくくってくださいました。

日常で、何気なく目を向けている所から発見がある

他にも、研究から生まれたプロジェクトを紹介して下さいました。

長時間露光撮影で立ち上がるレーザーの軌跡によって、被写体の形状が立体的に浮き上がる映像習作。紙の下に硬貨などを轢いて鉛筆でこすって形を写し取る絵画の手法 フロッタージュ技法 のような如実な質感を持つため、レーザーフロッタージュと名付けられました。

物質・材料研究機構(NIMS)の研究をもとに、興味を持ちやすくするための映像。「なるほど!」とわかりやすく解説されています。

花椿実験室 with ユーフラテス #01 画面を触る実験
資生堂花椿との協働で行った、WEBメディアならではの表現を探る実験映像群。「#01 画面を触る実験」は、インタラクションしない単なる映像でも、指を置くことなどの現実の所作と、映像の工夫によりあたかもインタラクションを感じさせることができないか、と考えて作られたもの。

CD: 佐藤雅彦 / AD: 山本晃士ロバート / Dir: 山本晃士ロバート, 石川将也 / Camera: 佐藤匡/ Programmer: 安本匡佑 / Dancer: 浦邉玖莉夢 / Musical Performance: 小川恵生 / Co: 田中みゆき / Production: ユーフラテス

バレエをする人物の動きを印象的に捕らえた本作品も、同様に研究から出発して、表現に落とし込まれています。本作品は、「認知科学」「ロトスコープの再発見」「計算幾何学」三つの研究要素が組み合わさって一つの作品になっていったそうです。

多彩な視点が垣間見られる作品の数々には、それぞれ表現の前段階になる研究テーマが隠されています。どのようにして研究から表現へ、そして具体的な作品として昇華していくのか?たくさんの研究テーマを持ちつつ、日常の些細なことに目を向けることで、発見に結びつけることだそうです。

手を動かして、考えること

この表現活動を行ってきた10年を振り返って「ずっと手を動かしながら考えていた」と石川さん。研究テーマを持つことで、そこから一つの表現が複数のプロジェクトとして派生していく。そして、リサーチや習作の繰り返しから、また新しいアイディアが生まれていく。今回の講演ではそのサイクルを明かして下さいました。

今後、石川さんが表現していきたい映像は、「手法が露見しているからこそ楽しめる映像」。

「その映像が出来た手法を明かすことで、そこから新しい発見や発想が生まれるような映像を目指していきたい。その構造それ自体が面白いとまず思うからです。また、鑑賞者に映像手法、つまり映像の作り方を理解してもらうことで、映像を見てある気持ちや表象が生じた時、どうしてそんな表象が生じたかを探求するようになってほしい。私たちは、映像を目にしない日は無いといっていいくらい、映像にあふれた生活をしています。だからこそ、映像と、その映像を解釈する自分の中で起こっていることに意識を持って欲しい。おおげさなことを言うと、例えば映像手法を用いたプロバガンダなんかが通用しない土壌が作れたらいいなと思っています」

フェイクニュースやポスト・トゥルースなども問題になるこの情報化社会についても、考えさせられるお話でした。

多角的な眼差しを持ち、常に表現に結びつけることを意識すること。それだけで日常にはたくさんの発見が溢れている、そんな示唆に満ちた講演でした。

文・siranon
写真・I.C.E. Working Group

石川 将也

ユーフラテス 所属。グラフィックデザイナー / 研究員。1980年生まれ。慶応義塾大学佐藤雅彦研究室を経て、2006年より現職。代表作に書籍『差分』(佐藤雅彦・菅俊一との共著、美術出版社)、大日本印刷『イデアの工場』や「Eテレ2355」内『factory of dream』を始めとする「工場を捨象したアニメーション」、「Layers Act」(阿部舜との共作、21_21 DESIGN SIGHT 企画展「AUDIO ARCHITECTURE:音のアーキテクチャ展」に出展)などがある。佐藤雅彦+齋藤達也「指を置く 展」(ギンザ・グラフィック・ギャラリー)アートディレクション、独立行政法人 物質・材料研究機構(NIMS)との共同制作映像「未来の科学者たちへ」シリーズやNHK Eテレ「ピタゴラスイッチ」の「ねじねじの歌」、「Eテレ2355」「Eテレ0655」の「放物線のうた」「そうとしか見えない」を始め、ユーフラテスの一員として作品制作に携わっている。
https://euphrates.jp

I.C.E.│Interactive Communication Experts

I.C.E. は、2012 年10月に、インタラクティブコミュニケーションを主軸とする制作プロダクション9 社によって設立された一般社団法人。
http://i-c-e.jp

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メディアアートにまつわるプラットフォームKYO-SHITSUでイベントの運営と編集・執筆を手がける。デジタルデザインスタジオ RANAGRAM所属。プロジェクトのプランニングやアーカイブを行う。