発展途上国の経済におけるブロックチェーン:銀行以前の基盤

貧困層向けの新時代の銀行業を支える身分証明・統治・データ保護・オープンデータにおける柱

Kaz Kobayashi
KYUZAN
15 min readApr 17, 2019

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記事情報
この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文:Blockchains in Developing Economies: The Pre-Banking Foundations
著者: Joel John

By Joel John

Outlier Venturesの研究責任者であるLawrence Lundy-Bryan、Finbootとgeosansarの創設者であるNish Kotecha、Continuum Loopの技術アドバイザーであるDarrell O’Donnell, P.Eng. による寄稿。

Source : Pixabay

Bitcoinネットワークを初期から支持していた人の多くは、Bitcoinが新興経済国の金融システムをディスラプションすると考えていました。検閲への耐性が高いこと、参入障壁が低いこと、手数料が安いこと、および24時間アクセスが可能であることは、新たな世界の始まりを予感させたのです。 2015年のギリシャにおける債務危機や、2016年のインドの廃貨の際には、政府が資本規制を実施する地域では、Bitcoinが資本を貯蓄する代替的なものになり得ることを、何度も証明してきました。しかし、Bottom of the Pyramid(BoP、途上国の低所得者市場)に影響を与えるその性能は、以前の投稿で説明したように、まだまだ十分に活用されていません。ブロックチェーンベースのネットワークで、世界の貧しい人々の生活を変える研究は、まだ初期段階にあります。大規模な金融包摂を実現するためには、インターネットの進歩がそうであったように、複数の技術が進歩する必要があり、そこまで10年ほどかかるかもしれません。

金融包摂は新興市場における技術革新だけを意味するものではない。出典:Findex Database

その理由は、上の図が示すように多種多様です。第一に、ブロックチェーンだけではBoPの可処分所得が上がる可能性が低いことがあります。特産品など生産物があったとしても、彼らには手の届かないものでしょう。世界の51%以上の人が、安価な携帯電話を介してインターネットにアクセスできるようになりましたが、UXは一般消費者にとって使いやすい点まで改善されていません。これは、そのシステムを使うために英語が必要なため、母語が英語ではない地域で特に問題になっています。秘密鍵とトークンのボラティリティとの間で、BoPの人々が適応するには、しばらく時間がかかるかもしれません。これはスタートアップ企業であるBitpesa.coが、長年行った数々の業績を疑っているわけではありません。あるレポートによると、彼らは2年間で、月の取引高を5万ドルから1300万ドルまで拡大しました。これは、規制が少なく、ユーザーの採択が比較的低い地域での話です。より広範な金融環境、モバイルデバイスの登場、自動化された顧客確認(KYC)システム、およびデジタルバンキングを考えると、旧式の金融企業は、BoPにおける商機を模索するようになりました。たとえば、インドでは、国民識別システムであるAdhaarによって、過去3年間で2億を超える銀行口座の開設を可能にしました。しかし、これらの銀行口座のうち、アクティブであるのは52%のみです。これは、BoPで銀行口座の数が急増している一方で、実際に使用したり、金融商品を取り扱っている例は少ないことを示唆しています。

銀行口座の数は増えていますが、使用されていない口座の割合は、依然として高いままなのです。そこで、ブロックチェーンがBoPに寄与できるのは金融包摂だけなのか、という疑問が浮かびます。口座を持たない人々に口座を開設することが出来るという前に、収益となる生産品に注目すべきでしょう。収入を生み出す方法がなければ、口座があったとしても「銀行能力」を活かすことはできないのです。このように考えれば、ブロックチェーンを適用することができるのか、世界の新興経済が迎えている重要な局面を描くことができます。私たちは、IDと個々のデータの所有権が、より公平で、新しいデジタルエコノミーを構築するための柱となると考えています。ブロックチェーンが、発展途上国に大きな経済的影響を与える前に、これらの各要素をそれぞれ統合する必要があります。この記事では、それぞれの要素について詳しく考察していきます。身分証明は、人間の相互作用の基盤であるため、IDから始めて、次にガバナンス、最終的にはオープンなデータ基盤について、順に説明します。

なぜIDなのか?

世界中の161カ国以上が何らかの形で技術主導の本人確認システムを持っています。しかし世界銀行によると、15億人の人々が公式な身分証明にアクセスできず、そのうちの80%の人はアジアとアフリカの国の人々です。低所得者層の40%の人々が身分を証明する手段が無いため、利用可能なはずの補助金を受けられていないという、非常に重大な問題も起きています。たとえばインドのAadhaarシステムは、インドで最も貧しい人々が食料補助金(現地では配給として知られている)を利用できるようにするために考案されたものです。身元証明へのアクセス権が無いことは、投票権や、この場合は配給のような権利を失うことを意味します。国連はこれを受け、2030年までに、無料の出生登録など、すべての人に合法的な身分証明を提供する目標を、持続可能な開発目標の目標16.9において定めています。

国家によるIDシステムは、官僚的なお役所仕事が文化に深く浸透し、経済成長を滞らせている地域において、事務処理と手作業による検査の必要性を減らすことができるでしょう。インドの通信大手Jioは、Aadhaar式のe-KYCによって、半年で1億人を超える加入者を獲得することができました。同様に、ナイジェリア政府は、人事・給与情報システムによって7,400万ドルを節約し、43,000人の「幽霊労働者」を排除することができました。また、正式な身分の欠如は、公的銀行の外部に最も脆弱なエコシステムを発生させます。これはすなわち、彼らが借金のスパイラルと、生涯にわたる経済不安をもたらす非公認の信用源に依存していることを意味しています。これがどれほど重大な問題かというと、インドでは正式な銀行システムへのアクセス権がないために、30分毎に農家が自殺によって亡くなっているのです。世界銀行も、身元を確証させることにより、繁栄の共有、そして世界的な貧困の減少が出来るだろうと報告書内で述べています。公的な身分証明指向の技術スタックは、貧困層の人々が社会経済の恩恵を受けるための最初の一歩となるでしょう。身分へのアクセスは、金融サービスを利用するための最大の障害の1つであり、金融包摂においても重要な目標になるのです。

なぜブロックチェーンなのか

身分証明の発行が特定の1組織によるものだと、汚職や検閲のリスクが高まります。ブロックチェーン技術によって、コンソーシアムは共有のマーケットインフラを提供することができます。つまり、ブロックチェーンを利用するIDシステムを使えば、複数の企業の効率性や利点を1つのシステムにまとめることができます。さらには、これまで機能してきた中央集中型システムへの依存度を劇的に減少させるでしょう。Aadhaarの例を見れば、5つのAadhaar認証の1つは失敗すると示唆するレポートもあります。同様に、Equifaxのハッキングは、1億4,550万人を超える米国の顧客の個人データの流出を招きます。言い換えれば、集中型システムでは、IDベースのシステムのセキュリティも効率性も向上しません。これは、身分証明が緊急事態(災害救助など)で必要とされるときに特に問題となるでしょう。

ブロックチェーンによる身元の管理においては2つのテーマが存在しています。

  • 自己主権的アイデンティティ – これらは、個人が自らの身分を完全に管理しており、それを発行するために州当局に頼るべきではないことを表しています。SovrinやuPortなどによる自己主権的IDシステムは、個人の属性を検証し、ブロックチェーンに格納するために、学校、職場、市役所などを検証者としています。これらの情報はプライベートなものであるため、第三者へのアクセス制限がなされています。

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自己証明型身分証明が機能する例
  • 分散型の信頼ID – これはパスポートなどの既存のIDフォームを利用した、ユーザーを認証するID認証システムです。これは、文書の信憑性を検証するために、銀行など信頼できる機関のネットワークを利用しています。 Civicなど注目すべき事例では、ブロックチェーン上の個人を特定するために電話番号と電子メールアカウントも使用されています。これはGDPR(EU一般データ保護規則)を考えると、近視的であまり長期的なものではないかもしれません。
DTIシステムの設計例

ブロックチェーンは検証機関を分散し、それによって特異な障害点が生まれる可能性を大幅に削減します。さらに、(秘密鍵の検証を通じて)ユーザーに権限を与える認証システムにより、個人は自分のIDの文書にいつ、どこでアクセスされたかを知ることができます。近年、偽造されたID関連書類を利用した不正行為の頻度が高まっています。ブロックチェーンを用いれば、この不正行為を大幅に減らすことができ、それによって金融資産を保護することができますし、IDの相互運用性を大幅に高めることができます。ドバイでは、生体認証とブロックチェーンを使った、世界初のゲートレスボーダーを計画しています。ブロックチェーンへのアクセスを許可されたレイヤーは、国家や州、企業、個人にさまざまな個人認証を提供し、取引上の摩擦を減らすことができます。分散IDシステムについては、2016年のCaribou Digitalの記事の中で最もよく説明されています。

“オープンで分散型のシステムは、個人が自分のIDを完全に所有、管理することを可能にし、「自己主権的な」身分証明システムを生み出します。このシステムでは、分散台帳と暗号化技術を組み合わせて、不変のID記録を作成します。そして、どのような組織にも開放されているネットワークエコシステムにおいて、州を含む様々な組織、団体から証明書を受け取ることができるID「コンテナ」を作成することができるのです。”

どの段階にあるのか?

現在は、ブロックチェーン対応の身分証明システムの初期段階にあります。この技術を牽引するような、最もワクワクさせる用途は、人道援助に関するものです。国連は、ヨルダンの難民に向けた資源を分散させるために、EthereumのPrivate Forkを使用しています。世界食糧計画(World Food Programme)と共同で構築したシステムは、個人の身元を確認するために生体認証を使用し、取引を恒久的に記録します。これは、難民が最終的に定住する地域において、より迅速に社会に溶け込めるように使用されます。国連はまた、ID2020を通じてMicrosoftとHyperledgerと提携し、このソリューションを世界中に拡大しています。地域レベルでは、スイスのツーク市が、Ethereum上に構築された自己主権的なIDソリューションであるuPortを通じて、市民の情報を登録しています。企業は、スタートアップ企業と連携して、迅速に身元認証システムを分散化する必要性を認識し始めています。Microsoftは、ID分野におけるブロックチェーンを研究するチームを立ち上げており、2020年までにOutlook関連サービスへのログインのトークン化を実現するかもしれません。同様に、CiscoやIBMもSovrinと提携しています。

企業や政府が、身分証明のためのブロックチェーンについて研究していることは明らかです。しかし、プライベートな情報を保存するのに十分安全でありながら、使いやすく参入しやすいシステムを構築することが課題です。 Sovrinのようなネットワークは、ID認証に使うベースレイヤーを構築することができます。しかしそれに加えて、ローカルな文化、言語学、およびユーザー行動を深く理解し、IDのない11億人が使用できるようなアプリケーションを構築する必要があります。

今後の展望

出典:State of Aadhaar Report

およそ10年前には、金融包摂はReserve Bank of Indiaの最優先事項でした。 それから7年後には、インドの人口の半分近くが口座を持ち、洗練された金融商品にアクセスする人が増え続けています。技術主導のインクルージョンは、長年にわたって右肩上がりの成長率を達成しており、これは技術とUXの向上に依るところが大きいです。現在、私たちが目撃しているものは、ブロックチェーンベースのIDネットワークのデプロイの初期段階にすぎません。参入とベースレイヤインフラ(ブロックチェーンと検証者)の両方がますます信頼できるものになるにつれて、優位性のために国民国家がこれを採用するようになるでしょう。

ブロックチェーンベースのIDを採用すれば、情報の漏洩を減らし、運用効率をあげ(検証にかかる時間の減少)、より速いサービスに消費者の関心を集めることが出来ます。過去の無数のトレンドのように、最終消費者は、ブロックチェーンがどのように利用されているのかさえ理解していないかもしれません。ブロックチェーン技術の台頭により、人々は所有権を主張し、個人データを信頼する法人や団体とやりとりすることが可能になりました。国や政府による、脆弱で、漏洩リスクのある個人データの管理体制から、自主的で分散された、信頼できるIDシステムへの移行。これによって、顧客の追跡が困難であることから不可能とされてきた、新たな金融商品の時代へと変わっていくでしょう。

注釈

  • この記事、および図表の多くは、Omidyar NetworkのState of Aadhar Reportから着想を得たものです。発展途上国において身分証明システムに取り組む上での、課題と機会についての詳しい洞察が必要な場合は、強くお勧めします。途上国の課題に焦点を当てたOmidyarのイベントへ招待してくれたGovind Shivkumarに感謝します。このシリーズはそこから学んだことも基にしています。
  • IDシステムをなぜ変えなければならないのかという着想のヒントをくれたSovrinに感謝します。身分証明の分野におけるブロックチェーンを理解したいのであれば、彼らのホワイトペーパーは必読です。
  • あなたが何か面白いことをしているならば、メール(joel@outlierventures.io)またはTelegram(@ joel_john)を通じて連絡してください。 #Buidlersを敬愛しています。

参考文献

Byers, K. P. C. “2018 Internet Trends Report” http://www.kpcb.com/internet-trends.

Leaving no one behind: the imperative of inclusive development: report on the world social situation 2016 (2016). United Nations, Department of Economic and Social Affairs.

Merriott, D. (2016) “Factors associated with the farmer suicide crisis in India,” Journal of Epidemiology and Global Health, 6(4), pp. 217 – 227. doi: 10.1016/j.jegh.2016.03.003.

Questioning the Role of Bitcoin for Financial Inclusion (no date) Center For Global Development. https://www.cgdev.org/blog/questioning-role-bitcoin-financial-inclusion.

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この記事は原著者の許可を得て翻訳・公開するものです。
原文:Blockchains in Developing Economies: The Pre-Banking Foundations
著者: Joel John

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