OpenFinance Networkプロジェクトと米国の証券規制
PolymathやSecuritize等のSTOプラットフォームが一定の地位を築きつつあるなか、2018年12月、満を持してOpenFinance Network (以下「OFN」と表記) がついにベータ版のサービスをオープンした。本記事では、OFNについてその特徴と、本プロジェクトに係る法規制について説明する。また、2019年2月1日の同プロジェクト来日を受け、一部内容を修正、加筆した。
はじめに
筆者は日米投資銀行にて6年程度社債の引受業務を担当した経験があり、既存の金融市場にブロックチェーンを用いたシステムを導入する際、チーム内に専門的な知識がある人間がいないと実装が困難だろうと思われるポイントがいくつかあると感じていた。OFNはその最もクリティカルな部分を一部解決するプロジェクトであると考え、注目している。
有価証券にブロックチェーン技術を活用するユースケースや意義については本記事では割愛する。取り扱う商品自体に圧倒的な独自性があるとは言い難いなかでも、著名なSTOプラットフォームとパートナーシップを結び、独特な地位を築いているOFNの強みと、その背景となる米国の証券規制について説明したい (技術の話はあまりしていない)。
本記事に関して、情報の出所は細かく表記しないが、主に各社ホワイトペーパーと公式HP、公式ブログ、その他公式ドキュメントであり、加えて、OFNのCROであるTobin McComas氏に対してインタビューを行ったうえで取りまとめている。既存金融に関する情報に関してはグレイのボックス内に表記しており、その一部を金融機関のウェブサイトより引用している。
TL;DR (サマリ)
OpenFinance Networkは世界初の米国規制準拠セキュリティトークン取引プラットフォームであり、これまで取引所で取引されていなかったオルタナティブ商品のトレーディングをワンストップで行う事ができる。
既存金融における経験が豊富で強いバックグラウンドを持つチームにより複雑な既存証券市場を網羅するプレイヤーを揃えたネットワークを構築しており、セキュリティトークン取引に関連する業務を包括的にカバーする機能を備える。既存金融市場の文脈で小口中〜高リスク証券へのアクセス、決済執行等の業務コストや書類を用いた管理コストの低減を実現することが特徴である一方、STOプラットフォームの文脈で筆者が特に注目する特徴として、米国における厳しい証券規制をクリアするソリューションを提供しており、米国証券法適格セキュリティ・トークンにとってのmust-haveプロトコルとして、メジャーなSTOプラットフォームと共存し独特なポジションを築いている。
OpenFinance Networkプロジェクト概要
OpenFinance Network (OFN) とは、米国初の米国証券法適格セキュリティ・トークンの取引プラットフォームである。セカンダリーに特化しており、これまで個人投資家がアクセスできなかったアセットクラスの商品のトレーディングとコンプライアンスの自動執行が行えるサービスを提供している。これにより、投資家がアクセスできるアセットクラスの拡大と、決済執行にかかる時間の大幅な短縮、書類を必要としないことによるコストの削減が見込まれる。
2018年6月下旬にサービスがリリースされたばかりにも関わらず、同年8月に世界最大の取引所であるHuobi (シンガポール) が、米国進出の足がかりとして多額の (金額は非公開) 投資を行ったと報じられ話題となった。また、FidelityやMerrill Lynch、Wells Fargoといった既存金融の雄ともビジネスを行っている。
OFNは元々、オルタナティブ投資を行っていたチームが中心となっている。そのため、トレーディングのプロセスの煩雑さやクリアリング (清算業務。銀行に適切な振替を依頼する) と決済の冗長さ、煩雑さに対する問題意識と、長期的な低金利とそれによる非伝統的資産への投資の盛り上がりを受け、オルタナティブ資産に特化している。
オルタナティブ資産とは、公開株や債券や現金のような一般的な (『伝統的な』) 資産ではない投資対象のこと、つまり不動産、ヘッジファンド、インフラ、ETF、そして仮想通貨といった、幅広い商品をまとめて指しており、2017年の市場規模はグローバルで1.5千兆円を超えるとされる (恐らく実際にはもっと大きいと思われるが、把握するのは困難なのだろう)。
どこの国でも基本的には金融商品として最もメジャーなものは株と債券であり、オルタナティブ商品はリスクが高いこと、商品の複雑さに起因する取引周辺業務の最適化の遅れから限られた投資家しか購入することができなかった。セカンダリーマーケットとは、証券の取引市場のこと。発行時 (primary) ではなく、発行後の投資家間で売買されている状態であることを指す。特定の商品のマーケットということではなく、幅広い概念として使われている。
当社のチームは取引プラットフォームやブロックチェーンの開発者をはじめ、機関投資家セールスやJOBS法にも関わった金融弁護士等で構成されており、アドバイザーにはベンチャーキャピタリストのほか、ナスダックの子会社のオプション清算会社、ダークプール取引ネットワーク出身者等有識者が就任している。今後、ブローカー、カストディアン、発行体等と提携し、投資家の登録から取引、決済、資産管理まで、証券のライフサイクル全体の一連のプロセスを、透明性を担保し、安全で、効率的に行えるプロトコルとフレームワークを提供することをビジョンとして掲げている。より投資家にとって便利なサービスとするために、チームが有する強力なネットワークにより、カストディ等、難易度の高いプレイヤーも既に巻き込んでいるらしく、今後米国外への進出や既存金融との連携等を通じたますますの事業拡大、機能追加によるUX改善が期待される。
ダークプール取引とは、取引所ではなく証券会社内のシステムで売買を行うこと。投資家の注文情報の匿名性が確保される。大口注文を行うことで市場に流れを作ってしまうことを避けたり、取引所に売買希望額や価格が公開されることで他のプレイヤーにより売買が阻害され売買が長期間完了しないような状況を避ける目的で主に行われる。また、板取引よりも細かい価格指定ができるという側面もあるため小口のトレードでも使われることもある。カストディアンとは、投資家に代わって有価証券の保管・管理などの業務を行う金融機関のこと。当該有価証券の保管・管理だけでなく、元利金・配当金の代理受領や運用成績の管理、議決権行使などを広範囲に委託することが一般的。OFNでもカストディアンが参入すれば、Metamaskではなく、新しいウォレットが発表されることになるだろう。JOBS Act (Jumpstart Out Business Startups Act: ジョブズ法)は、ベンチャー企業が資金調達を行いやすくする為の様々な規制を緩和し、ベンチャー企業の動きを活発化させることを目的として成立した。これにより、SECの認定を受けない一般投資家もクラウドファンディングに投資できるようになった。
ベータ版を触ってみた
2018年12月中旬現在、Blockchain Capital (BCAP)とSPiCE Venture Capital (SPiCE) の2種類のトークンが上場している。2019年1月には1つ新規上場、2月以降月4、5程度のトークンの新規上場を見込んでいるとのこと。特にBlockchain Capitalは多くのイグジット案件の実績を持つ著名なVCであるが、現状出来高は非常に少なく、板もほとんどできていないようだ。
一方、トレードビューのデモ画面には興味深い点がある。左上にある「Selected Asset」をクリックすることで商品を切り替えるのだが、そのリストに米国の不動産がずらっと並んでおり、そこを見るだけでワクワクするUI (?) だ。オルタナティブ投資に強いチームであることから、VC以外にも、このような不動産トークンであったり、(米国で承認された場合だが) ETFやインフラのプロジェクト等が商品として次にリストされるかもしれない。筆者的には、ご当地ファンド的なものができて港区ショート、文京区ロング的な遊びを一度少額で良いのでやってみたい (OFNでは恐らくそんな商品出ないだろうが)。
提供するサービス
OFNが提供するとしているプロダクトとしてはセカンダリー取引を行うトレーディングシステムに加え、イーサリアムベースのスマートコントラクトによって構成されるクリアリングと決済のプロトコル (セカンダリー取引の周辺業務) 、株主名簿作成等の機能があり、日本の既存金融業界で言うクリアリング機構とほふり (証券保管振替機構) あたりの役割を代替したワンストップサービスを提供している。これにより、従前は2~8週間程度を要していた私募証券の決済が数時間〜数日に短縮できる。
更に、ユーザーのニーズを踏まえて今後下記のサービスを追加する予定があるとしている。
- グローバルな企業・資産登録:米国内外のブローカー・ディーラーやカストディ、登録ファンディング・ポータル等が公共登録を行うことができる。保有資産はSECに登録することもできる。機密情報は安全で一本化されたサイドチェーンに保管される。
- 非中央集権的な証券保管機能:上記をもとにしたパブリック・ガバナンス・モデルにより、トラストレスなクリアリングと決済プロセスを実現する。
- 投資家パスポート:AMLとKYCのバリデーション状況や取引情報が記録される。これによりユーザー同士のカウンターパーティリスクがゼロになるとしている。
パブリック・ガバナンス・モデルとは、通常、政府・地方公共団体などの公的機関が適正に運営されるよう、受益者である国民が受託者である公的機関の意思決定を規律付けることという意味で用いられる。また、その仕組み。特に、財務の適正化、効率性・透明性の向上、説明責任の徹底などが求められている。公共統治とも呼ばれる。
個人的には、保有資産のSECへの登録についても、もしサポートしてくれるなら米国市場進出へのハードルを下げるという点で結構すごいことなのではないかと思う。グローバルなプレイヤーを呼び込むため、当局対応、会計・税務面でのサポートもゆくゆくは充実させていくのではないかと予想している。
また、投資家パスポートと呼ばれるKYC / AMLソリューションに関して面白い点としては、ゼロ知識証明システムを用いてユーザー同士で認証を行う仕組みが導入されていることだ。規制ガイドラインのコンプライアンスと投資家のプライバシー保護関連法を遵守するために、センシティブな情報は全てSFS (secure federated sidechain) と呼ばれるプライベートなサイドチェーンで保管される。SFSの情報をマークルルート (二分木状の情報をハッシュ化してまとめることを繰り返して得られるハッシュ値) にまとめてパブリックチェーンに送ることにより、情報を漏らすことなく監査を行い、透明性を担保し、不正や単一障害点のリスクを軽減することができ、それにより同時にSFSの情報の不変性も担保している。更に最も大事な点としてこの仕組みがOFNのRegulation (証券法の届け出しくは登録義務の免除項目、後述) 対応を可能にしている。
ゼロ知識証明 (A zero-knowledge proving)とは、暗号学において、自分の持っている命題が真であることを他者に伝える際、真であること以外の情報を伝えることなく証明できるようなやりとりの手法。
なお、デベロッパーに対しては、API等の形でオフチェーンでユーザーが直接フレームワークにアクセスできるアプリケーションを提供し、ウェブやモバイルでのアプリケーション実装をサポートする予定。
(2019年2月2日)
このAPIについて、エンジニアに確認を取った情報ではないものの、Tobin氏に対するインタビューによると開発はかなり進んでいるように見える。
Tobin氏曰く、日本で言う野村證券やSBI証券等、リテール顧客を抱える証券会社へAPIをつなぎこむことで、OFNにアカウントを開設することなく既存の証券会社のアカウントでOFNに上場しているトークンを売買することができるとのこと。その際、ライセンスを保有する企業のみと取引を行うことにより、KYCの機能を証券会社と共有するそうだ。未だ彼らのビジネス実績にCharles Schwabのような会社の名前は見当たらないため、本格導入はされていないものと見られるが、リテール窓口を持つ会社やサービスとの連携が近々発表されるかもしれない。
OFNトークンの役割
OFNトークンは、ネットワーク内で取引を行うために必要になる。また、ライセンスの役割も果たし、保有者はオフチェーンで定められた認証フレームワークをもとに他者に二次的にライセンスを与えることもできる。
システムのトークン・キャパシティ・プログラムにより、ネットワークでのトラフィックに基づいてトークンごとに取引可能回数が決められる。これにより、ネットワークの需要に応じて取引手数料を動的に調整することができる。
また、システム上のネットワークのキャパシティが上限の85%に達するとキャパシティが拡大する仕組みとなっており、初期のアダプターに対する報酬として、保有ライセンスのキャパシティーが増加する。また、一部のライセンスは規制機関が保有し、リアルタイムの監査やレポートへのアクセスを可能にする。
セキュリティ・トークンの規制準拠に対するサポート
上場プロセスは、トークンを上場させるための詳細をウェブサイトから入力すると、証券上場フレームワーク (Security Listing Framework) と照らし合わせて適格性が判定される。フレームワークでは、ERC-20に準拠していること、発行体のガバナンスやコンプライアンス、コードレビュー等の条件が規定されていることに加え、PolymathのST-20等の規格も認められている。
OFNの流通制限機能を担うスマコンはS3 (Smart Security Standard) と呼ばれる。現時点のS3コントラクト用のGithubリポジトリ (その他のプロトコルのソースコードについてはGithub上には公開されていない) を見てみると、資本政策表の雛形 (CapTables) とイーサリアムアドレスとのヒモ付けを行うコントラクト (TokenFront)、クリアリングと決済を行うコントラクト (SimpliedLogic) がある。
加えて、特徴的なことに、「本コントラクトとそれをサポートするライブラリは非常に不安定である」と注意書きが添えてあるが、対応するRegulationごと (現時点ではDとSが公開されている) にトークンとコントラクトを用意している。
Regulationとは何かを簡単に説明すると、SEC (米国の証券取引委員会) に登録しなくても証券を発行するための条件を記載した規制である。外国民間発行体が米国資本市場において資金調達を行うには、米国市場に証券を上場し、SECに登録届出書を提出して行う公募、いわゆる registered offering を行う方法のほかに、Regulationに準拠することでかかる登録義務の適用除外を受ける私募 (private placement) として行う方法がある。
つまり、証券を発行するためにはブロックチェーンを使う使わないに関わらず、必ずSEC登録を行うかRegulationをクリアすることが必要。なお、SECへの登録は非常に手間がかかることから、比較的小口の私募案件は通常Regulationに準拠した形での証券発行を行う。但し、SECの登録が必要ないとはいえ、一定の書類の提出等の手続きは存在する (比較的簡略なもので、例えばRegulation Dであれば数枚〜の書類の提出で可能な案件もある)。なお、私募とは、少数 (日本では50人未満) の投資家に対してのみ勧誘を行う場合や適格機関投資家のみを相手方とする場合等、一定の要件を満たす証券売り出しは私募と呼ばれ、当局への届出義務等が免除される。
OFNがメインで対応サポートをしているRegulation は下記の通り。
※ 上記以外にも一定期間の転売禁止等や勧誘方法に関する違いもあるが、ここでは割愛し概要のみ記載する。
Regulation Sはやや特殊で、米国以外の全域に適用される、いわゆる域外適用法と呼ばれる形式になっている。これは基本的な概念としては「米国民に迷惑かけないって約束してね」という趣旨のものであり、米国民に影響しないという明確な根拠があればSECから責任を問われるものではないという解釈が一般的である。例えば、日本で証券を発行する際に日本語のドキュメントのみを用いた売りつけを行うのにRegS (Regulation Sの略) をクリアする必要はないが、国をまたいだ発行の例として日本企業が英語圏であるオーストラリアで証券発行を行う際はRegSをクリアすることが一般的である。つまり、OFNに乗れば日本の企業がオーストラリアで社債を発行することも理論上可能ということになる。
OFNがサポートする証券のオファリングタイプを概観すると、米国内における大規模な公募による資金調達には対応していない一方で、小規模な公募や実質的な私募形式、または米国外における発行であれば証券会社を通さずとも可能になるということになる。個人投資家の投資対象が広がることに加えて、該当する条項を明示的に特定した形で米国証券法に準拠したトークンを発行できるようになることで、機関投資家にとってもセキュリティ・トークンへ投資するためのハードルが大きく下がったという点でも非常に画期的だと言えるだろう(機関投資家は基本的に米国証券法適格の証券を購入する)。
加えて、注目すべきは、Regulation Dに関して、Freeze()とUnFreeze()というメソッドが実装されており、これを使用すれば私募証券といえどOFNのネットワーク内であればある程度柔軟に売買できると思われることだ。通常、私募がそもそも限られた投資家に対する売りつけを目的とした証券発行形式であるため、SECの規則1447に基づきSECとFINRAの定める一定の要件を満たさなければ私募証券は転売することができない。
規則144 (Rule 144)とは、適格機関投資家間の取引では証券の登録届出書をSECに提出する義務が免除され、私募証券の転売が回数制限なしに行えるルールSEC (Securitise and Exchange Commission、米国証券取引委員会) とは、1934年に設立された政府機関で、投資家保護と市場整備の役割を担う。日本では証券取引等監視委員会がこれに近い機能を有する。証券取引における法規を管理していて、たとえば見せ玉やカラ売りによる相場操縦、インサイダー取引、企業の不正会計、風説の流布などを防止する施策を取る。FINRA (Financial Industry Regulatory Authority) とは、投資家の保護をはかったり、証券取引の透明性を守る目的、不正行為の摘発などをする目的で、米国で証券会社などの行動を監視したり、規制する組織。米国政府機関ではなく、非営利の民間協会として運営されている。米国の証券仲介ブローカー業務を取り扱う団体は、このFINRAに登録申請をして、その認定を受けなければならない。
OFNの立ち位置
上記のコントラクトを含むOFNのノウハウは、セキュリティ・トークンの文脈でメジャーなプレイヤーであるPolymathやSecuritize、Harborとの関係性にも深く影響する。彼らも米国における規制に沿った証券を発行できると謳っているが、これはOFNというセカンダリーマーケットに乗っているからこそできることなのである。彼らは証券ブローカーとしてのライセンスを持っておらず、規制に準拠するために必要な流通制限に係るコントラクトはOFNのものを使用している。よって、OFNは (伝統的商品のマーケットも狙っているにも関わらず) STOプライマリーマーケットのプレイヤーと競合せず、米国における証券発行の際の規制対応プロトコルとして共存しているのである。
(2019年2月2日追記)
米国における金融商品取扱業者に係るライセンス
ブローカーディーラー業(BD)→代替取引システム(ATS)→投資顧問業(RIA)
の順に取得する必要があり、OFNはATSライセンスを保有している。それぞれライセンスをグレードアップさせるために9ヶ月~1年程度の時間が必要。
余談だがSapeshiftもブローカーライセンスは保有していないそうだ。基本的にはライセンスは当局対応なので、既存金融での経験がある人材がいるかいという点も、取得の難易度に関わっているように思える。先日Coinbaseが、証券会社キーストーン・キャピタルやヴェノベート・マーケットプレイス社、デジタルウェルス社の買収により全てのライセンスを取得したことが話題になったが、今後クリプト界隈のプレイヤーが同様の買収を行う事例は増える可能性が高い。*ブローカーディーラー業(BD)顧客の勘定で証券を売買する資格。証券会社はまた、本人あるいはディーラーとして、手持ち株を取引できる。
*代替取引システム(ATS)大きくはダークプールと同義とされ、証券会社内のシステムで投資家の売買注文を付け合わせて取引を行う方法。価格や注文量などの取引内容が外部から見えにくい特徴がある。
(2019年2月2日追記)
まとめると、OFNの他にもオルタナティブ資産を扱うブロックチェーンベースのプラットフォームプロジェクトは存在するが、元々ブローカーだったOFNがライセンス、規制に係るノウハウ、必要な既存金融プレイヤーの巻き込みという点で他のプロジェクトから先行していると言って良いだろう。
(2019年2月2日追記)
ここで、各STOプラットフォームプレイヤーの立ち位置を簡単に概観したい。セキュリティトークン (既存金融で言う証券) を発行するプライマリーマーケットのプレイヤーにはSecuritize、Polymathという著名プロジェクトがあり、セカンダリーマーケットにおけるOFNの直接の競合としてtZEROが挙げられる。但し、tZEROは適格機関投資家しか使用することができず、自社発行トークンしか取り扱わない。一方でOFNは、既に発行された通貨を上場させるICOの文脈で言う取引所に近い立場であり、資格の有無に関わらず上場さえさせればどのトークンでも売買できるという点にサービスの唯一性がある。
同様のセカンダリー機能を提供するサービスが今後も出てくるだろうが、現在米国でトークン発行・取扱に対してSECが厳しく目を光らせている状況下、OFNがこの機能を実装するにあたり、SECとFINRAと相当の協議を重ねてきたとのことだ。まさに、技術ビジネスと法規制にまたがる総合格闘技で勝負しているプロジェクトといえる。
OFNが実現する未来と課題
次に一歩引いて、OFNの実現しようとする世界について考察したい。つまり、投資家が利回りが高く、多様な商品により自由に、そして便利にアプローチできる未来だ。
オルタナティブ資産というのは比較的リスクが高いために、既存金融市場においては機関投資家のみが購入できる商品である。更にOTC (店頭) のみで取引されているため、商品を買えるかどうかは証券会社やブローカーとのコミュニケーションに委ねられる。つまり、インターネットを用いてアクセスできる事自体が非常に目新しい。想像してみてほしい。前述したように、普通の個人投資家が「港区」を一部売買したり (土地を利用する権利ではなく、あくまで投資対象としてこのような表現をしている) 、ベンチャー企業に対するエンジェル投資を少額行うことができたりするようになるということだ。例え既存の投資信託や個人向けのファンドを購入しても、そのような投資対象を自ら選択し、投資判断をするという経験は得られない。
ブロックチェーンを用いたウェブサービス化により、コミュニケーションコストや信用コストを下げ、価格の透明性を担保し、更にモバイルアプリにも対応する365日24時間の市場ができれば、(ファンドマネージャーの業務はだいぶ激務になる可能性があるが) 投資家の投資機会は間違いなく広がるだろう。特に米国にはヘッジファンドが非常に多く、オルタナティブ資産に対するケイパビリティ (潜在的な投資可能額) もかなり大きい。クラウドファンディングやクラウドレンディングと異なるのは、米国証券法の名の下にガバナンスの効いた投資商品を購入できるという安心感だろう。
OTC取引 (Over The Counter Transaction):「店頭取引」とも呼ばれ、取引所取引と異なり、売手と買手が相対で取引を行うもの。非上場株式の取引、公社債の取引、オーダーメイドのデリバティブ取引、外国為替証拠金取引、CFD取引などの相対売買を指す。また、相対売買とは、「売り手と買い手が仲介者を入れず、双方の合意によって、価格や数量、決済方法などを決めて取引し、売買契約を締結する方法」のこと。
なお、冒頭に書いたとおり米国の市場は非常に大きい一方で、日本のオルタナティブ市場に関しては最もメジャーな商品である不動産だけ見ても数十兆円、CDS市場とあわせても恐らく100兆円超くらいの規模と思われる (但し、この数字は圧倒的推測であり、説得力のある情報源は無い)。更に、その多くがオルタナティブ投資の雄であるGPIF (年金積立金管理運用独立行政法人) によるものと見られ、ほとんどの投資家はまだ商品自体に手を出せないだろう。だが、メガバンクですら運用が機能していないという状態で金融市場全体が利回りの低さに苦しむ状況下、各社の投資方針も変わっていくかもしれない (もしかしたら筆者が知らないだけで既に広がってきている可能性もある)。むしろ、プラットフォームサービスの視点から見ると、市場規模100兆円でも十分でかいやん!という見方ももちろんできるだろう。
但し、オルタナティブ資産自体は元来リスク評価を行うことが非常に難しい商品であることも頭においておくべきだろう。OFNに関して一点気になるのが、サービスのインフラ面とは別に、商品そのものに関しての情報の網羅性や正確性については特段言及されていないように見える。OFNが主張するように、オルタナティブ資産は確かに利回りが高いにもかかわらず一般投資家から極端にアクセスしづらい一見穴場的に見える商品ではあるが、他の商品とは (必ずしもオルタナティブ資産の方がリスクが大きいとは言えないが) 性質の異なるリスクを内包していることを忘れてはならない。ブロックチェーン上でユーザーの認証が既存のシステムと同様かそれ以上に適切に行われたとしても、例えば投資していたインフラのプロジェクトが道半ばで中断され投資額が全額ふっとぶというようなリスクは存在し、多大なリソースを割くことができる立場にある大手の銀行でさえ、長年そのようなプロジェクトのデューデリジェンスに注意を払ってきたのだ。そしてそのような情報を集め、公開し、保存し、定期的に見直すことにはかなりのコストがかかる。現在は上場されていないものの、情報開示コストが多くかかる (但しその程度感は国によるところも大きい) 不動産やインフラ商品の場合、発行総額の比較的小さいセキュリティトークンにとってはかなりの参入障壁となる可能性もある。
ロードマップ
OFNは、年内に10~20のトークンの上場を予定しており、2019年以降はREIT (不動産) をはじめ、既存の証券のトークン化や、カウンターパーティ保険サービスを進める予定。将来的には伝統的な金融商品を含む全てのアセットクラスを一括で管理できるプラットフォームの構築を掲げている。加えて、時期は公開されていないが決済プロセスのオープンソースバージョンを公開したり、ヒストリカルなデータを用いたリサーチセンターも開設したい考えだ。
(2019年2月2日追記)
主力であるオルタナティブ資産に関してOFNは、3年以内にその大部分がブロックチェーン管理へと移行すると予想している。一方で、Tobin氏個人の意見として、ブロックチェーンを用いたソリューションはdisruptiveであるとしながらも、それがもたらす市場の変化を踏まえて既存金融プレイヤーも変わっていくと考えており、それぞれが役割を補完し合う部分は残るだろうと考えているそうだ。
また、OFNの事業拡大に関して、各国でライセンスを取得するようなことは考えておらず、現地の法規制に則ったサービスを展開している企業との協業により、自社で取扱うトークンを世界中の人が買えるようにする戦略だそうだ。前述のAPIが既存の証券会社からシームレスにトークンを購入できるような仕様になっているのも、同じ文脈だろう。
上記の市場に対するインパクトの大きさについてはポジショントークもあるだろうが、筆者としてはセキュリティトークンに関して投資家の参入障壁を十分に下げ得る機能を備えているサービスが受け入れられるという考えには非常に共感できる。各国の証券会社に導入されれば、デファクトスタンダードとして浸透する要素は多分にあるだろう。投資銀行にとって唯一無二の情報ベンダー兼トレーディングツールのデファクトスタンダードであるBloombergが似たような機能を提供しないのか、非常に気になるところだ。
(2019年2月2日追記) STOプラットフォームの今後
結局のところ、STOプラットフォームはどうあるべきなのか?という問いに対し、Tobinを含め、米国のプレイヤーは口を揃えて「挑戦はまだ始まったばかりだ」と答える。パブリックチェーンを使う意味や、グローバルに商品を扱いブロックチェーンの利点を活かすためのアプローチ、既存金融との棲み分け・協業戦略、自社トークンを発行する意義、あらゆる点において試行錯誤している段階であるのは、恐らく全世界共通なのだろう。
一方で、筆者の意見として、各国の証券関連法規制全てに準拠するセキュリティトークンを作るという考え方は、あまりにも議論が煩雑になりすぎるリスクがあるように見える。かつて日米投資銀行で発行業務を担当していた著者の肌感では、既存金融に詳しい担当者を連れてきたとしてもそんな設計をすることはできない。Tobinと雑談をしながら話していたのが、世の中に存在する証券を分類し、それぞれを着実に実現させていくしか方法はないように思えるということだ。例えば、債券であればサムライ債、キムチ債、カンガルー債といったように、それぞれリスクとリターン以外の法規制、会計税務の外部要因が全く同じであるようなくくりに分類し、一つずつシステムまたはスマコンに落とし込んで行くのだ (もちろんそれでも簡単なことではないだろうが)。「どのような投資家に」「どのような証券を売りたいか」の2軸で進めると実現性の高い設計をすることができると考える。
また、上記外部要因については専門知識であり、金融未経験者が仮説を立てようとすると非常に時間がかかり泥沼にハマった気持ちになるため、早いタイミングで専門家と連携することをおすすめする。結局のところ、その設計がacceptableかどうかを担保してくれるのは彼らなのだから。
最後に小話
TobinによるとSECはかなりリーズナブルでテックドリブンな考え方で、彼らのようなプロジェクトともオープンなディスカッションをしているとのこと。日本の金融庁がそこまで悪いとは言わないが、やはりテックの側面で見ると大きな遅れを感じざるを得ず、羨ましいと思ってしまう。
また、日本は投資家の意味でも発行体の意味でも非常に魅力的だと思っているようで、行きたいと思っているが営業チャネルがないそうだ。エバンジェリスト的なポジションの人も特段いないらしい。ビジネスデベロップメント人材もまだおいていないため、ご興味がある方はTobin氏 (Telegramアカウント:@tpmccomas) と直接連絡を取ってみると良いだろう。
長い文章を最後までお読みいただき、ありがとうございました。もし他の話題についてでも調査のニーズがあれば、もしくは間違いの指摘や感想等でも、忌憚ないコメントいただけると嬉しいです。
補足
S3の正式名称に関しては、GithubにはSmart Securities Standardと記載されているものの、ホワイトペーパーの記載 (Smart Security Standard) に合わせる。