Babylon Healthが仕掛けるアフリカ医療革命

Kei Kikuchi
leap-frog
Published in
9 min readJun 2, 2018

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ルワンダ発 — 「*188#」が救う9.6億/12億人の命

ロンドン発注目の遠隔医療スタートアップ・Babylon Healthが、次なる舞台に選んだのは東アフリカの小国・ルワンダ。医療人材不足や未整備なインフラといった環境の中、どのようにアフリカの医療を変えていくのか。アフリカを舞台に世界で活躍するリーダーをつくるプログラム「STARTUP AFRICA」の中で、大陸の未来の医療を作るチームを訪ねた

Babyl RwandaのCEO Tracey Neill氏 (中央) とSTARTUP AFRICAの2期生

Medtechスタートアップ・Babylon Healthとは?

「地球上のすべての人に、アクセスが容易で手頃な価格でヘルスサービスを届ける」をミッションに、2013年に設立されたスタートアップ、Babylon Health。AIとビデオ・テキストメッセージを利用したヘルスケアーアプリを提供している。

社名の由来は、古代都市バビロンが2,500年前に、街の広場で病気について市民が情報をシェアしていた — ヘルスケアを民主化して、どの古代都市よりも寿命が長かった — ことに由来しているそう。

本社のあるイギリスでは、月額5ポンド(約930円)を払えば専用のアプリで24時間どんな時でも一般開業医と会話が出来る。これまでに8,500万ドルを調達しており、すでにイギリスの企業など60社以上に導入されている。最近ではSamsungとの提携を進めるなど、世界的にも注目を浴びている。

医療分野のGoogleに

We believe it is possible to do with healthcare what Google did with information; deliver not all but most of the healthcare most people need on the devices most already have.

Babylonが目指すのは、Googleが情報で成し遂げたように、「全てを届ける」のでなく、「大多数の人が必要としている医療行為のほとんど」を携帯端末上で提供することだ。

現在、それが実現できていない理由が以下の3つだ:

  • コスト
    先進国かアフリカに関わらず、既存の医療システムの課題の一つはそのコストだ。コストの大半が人件費と治療のタイミングの遅れによるもので、人件費に至っては、全世界の医療コストの1/2が費やされている。また、医療機関にかかるまでに時間が経ってしまい、症状が悪化し高額な治療が必要になることもコスト
  • 人材不足
    世界では500万人の医師が不足している。それをすぐに増やすための教育機関も不足しており、短期間で人材不足を補うのは困難である。ルワンダでも、ジェノサイドで医師が国外へ逃れた影響から,現在も医師の不足が問題となっている。人口あたりの医師の数は、米国の1000人に対して1/50の、0.052人しかない(日本は2.14人)。
  • 距離と時間
    アフリカをはじめとした途上国では、そもそも医療機関の絶対数が少なく、交通アクセスも決してよくない。また、日本でも容易に想像できるが、体の調子が悪くても仕事や子育てで時間に追われ、なかなかいけないこともあるだろう。

Babylonは、AIによる画像認識や音声による診断と、ビデオやテキストメッセージの遠隔医療でこの3つを解決し、コスト面・物理的なアクセシビリティを一気に向上させている。

イギリスやルワンダだけでなく、中国や中東でも展開が進んでいる。

ルワンダから始まるアフリカ医療革命

1994年に起こったジェノサイドからの復興を遂げ「アフリカの奇跡」と呼ばれるルワンダ。医療水準の指標となる乳児死亡率も、1994年の出生1000人に対して127人から29人と改善されているもののまだまだ課題は多い(サブサハラ平均は53人)。

同社のルワンダ進出のきっかけは、同国のポール・カガメ大統領から直接誘いを受けたようだ。Babylonが、ビル&メリンダ・ゲイツ財団からかなりの支援を受けていることからも、おそらくビル・ゲイツが仕掛け人だろう。ルワンダではBabylon(バビロン)が宗教的に良いイメージ持たれていないため、Babyl(バビル)という名称を使っている。

カガメ大統領とビル・ゲイツとの親密な関係が伺える ©https://taarifa.rw/

イギリスでは、日本と同様スマホの普及率が高いためスマートフォンアプリによるサービスを展開している。ルワンダでは携帯普及率は国民の3/4程度だが、スマートフォンはまだまだ都市部の中産階級以上に限られている。そこで、Babylはフィーチャーフォンでも利用できるUSSDという技術を使いどの端末でも対応できるサービスを提供している。USSDは端末間でテキストメッセージを交換できるSMSのようなシステムだ。

サービスのフローは以下の通りだ。

  1. 「*811#」にテキストメッセージを送り登録
    登録は情報は、国民ID・国民保険制度にひもづいている
  2. Babylの看護師スタッフがユーザーに電話
    まずはプロトコル(手順)に従いユーザーの安全を確保したあと、登録内容について本人確認。
  3. システムによるトリアージ
    聞き取り内容に基づき、患者の重症度に基づいて、Babylのサービスで対応可能か、治療の優先度、医師の対応可能かを決定して選別を行う。ここで非常に重要なのが、Babylのサービスは全てのケースをカバーしないように設計されているということ。妊婦や重症の患者は近隣の医療施設までリファラルはするものの医療行為は行わない。8割のケースは、遠隔医療行為で対応が可能な症状であるというのが彼らの主張だ
  4. 医師による診断
    遠隔で、画像や音声でコンサルテーションを行い、薬の処方や、検査の指示、重症度による医療機関へのリファラルを行う。薬や検査の処方はユーザーにテキスト・メッセージをコードを送ることで行う。そのコードを所定の薬局や医療機関で登録することで、薬・検査の内容が指示される仕組みになっている。
ルワンダでもスマホの利用が増えている ©babyl.rw

ルワンダは国民保険制度があるため、貧しい人は無料、高くても2ドル程度でスピーディーな治療が受けられる。

2015年の統計では、アフリカの死亡の920万人のうち56.4%の520万人が、風邪が原因となる下気道感染やHIV/AIDS、下痢、マラリア、肺炎などの感染症が原因だ。残りの310万人(33.5%)は主に生活レベルの向上からくる心臓発作などの生活習慣病と、 93万人(10.1%)は交通事故や他殺、自殺よるものだ。

大多数の病気が薬などで対処可能な感染症という事実からすると、Babylのアプローチは死亡率を一気に下げる可能性を秘めていると感じている。

遠隔医療制度の導入

当初は、保健省などから「遠隔医療で適切な治療が行えるのか」という、反対の声もあったそうだが、

  • これまでは農村部では、医師不足を緩和するための策として、簡単なトレーニングを受けたコミュニティの代表者が住民に医療に関するアドバイスをしていた。しかし、よくよく考えたら、現状の「非医療従事者の医療行為」より「医師による遠隔医療」の方がより安全性が高い;
  • すでに都市部では、アプリは使っていないが、電話などリモートで医療行為を受けているケースが多い;

ことから、行政側にもなんとか納得してもらえたようだ。

このような大規模な遠隔医療の拡散には、新たな法整備も必要になってくる。海外の一スタートアップが、一国の政策に深く関与できるのは小国で強いリーダーシップのあるルワンダならではだ。

また、医師でもありBabyl Rwandaのメディカル・ディレクターのパトリック・サンガ医師に夜と、実際の現場では、都市部より地方の人々の方がサービスに対する理解や飲み込みが早いようだ。何もないからこそ革新的なサービスが拡散しやすい、まさにリープフロッグだ。

アフリカの医療を変えるBabylを熱く語るDr. Patrick Singa

ルワンダでは、2018年3月時点ですでにユーザー数が85万人を超え、15万の治療を行なっている。たった16人の医師・看護師が、直接患者に会うことなく、毎日2,000件のコンサルテーションをこなし、多くの命を救っている。

Babylのイノベーションがアフリカ全土に広がり、9.6億/12億人の命を救う日もそう遠くはないかもしれない。

最後に事業拡大フェーズで多忙の中で時間を割いて、次の世界を担う若者に惜しみもなく知識と経験をシェアしてくれたサンガ医師とBabyl Rwandaチームのみなさんに感謝。

Special Thanks to Dr. Patrick Singa and the Babyl Rwanda Team for spearing time to share valuable knowledge and experience for the Japanese future leaders.

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