”20代ミュージシャン”とイエスの物語

死の悲しみを乗り越えて、見つけた自由とは

Israel Takumi
1992年生まれ、父・母・兄弟3人の温かいクリスチャンホームに育ち、幼いころから教会に通う。中学生時代に受洗。リーマンショックに伴う経済不況の折に父を亡くし、母も鬱病にかかる中で、自身も信仰の危機に会う。長く暗闇の中を歩むが、数年前に神の真の愛と自由を体験し、心身ともに回復を遂げる。現在、英会話塾の講師をする傍らで、同じように病に苦しむ人々に希望を届けたいという想いから、プロミュージシャンを目指し音楽活動を展開している。

「信仰とは何か」ということを改めて問い直すために、個人の信仰にフォーカスしたこのコーナー。
最初にインタビューに応じてくれたのは、現在、音楽活動をしているたくみ君。幼いころから教会に通っているということから、きっと順調な信仰生活だったのかと思いきや、そこには多くの苦難の道がありました。
それにも拘わらず、全身から「神様が好きなんです」と伝わってくるその熱意は一体どこから来るのか?たくみ君の信仰について話を伺いました。


世界一幸せな家庭で育った子ども時代。

—どのようにしてクリスチャンになったのですか?

父と母がクリスチャンだったので、小さいころから自然に教会に通っていました。正直、大人になってからクリスチャンになった人たちみたいに劇的な何かがあったわけではなくて、信仰を持つようになったのは自然なことだったんです。洗礼を受けたのは、中学生の時。周りの幼馴染たちもみんな洗礼を受ける時期でした。

—クリスチャンホームで育ったんですね。

父も母も、熱心なクリスチャンでした。二人とも、どうすれば幸せな家庭を築けるかということをよく考えていたと思います。支えあっているなぁと、子どもながらに感じていました。おかげで、兄弟は三人だったんですけど、本当に仲がいいんですよ。いまだに互いにちゃんづけで呼ぶんです(笑)
とにかく、両親二人の努力もあって、家はそんなに裕福ではなかったけど、世界一幸せな家庭だったと思います。僕の今の音楽やイラストにも、子どもの頃のそういった記憶や思い出が音楽活動やイラストにも表れていると感じます。

父の死をきっかけに、襲い掛かってきた大きな苦しみ。

—本当に幸せな家庭だったんですね。

受けすぎたなってくらい(笑)でも、平坦なことばかりじゃありませんでした。リーマンショックが起きた頃、父の会社も不況で、リストラされてしまったんですね。それで、責任感が強かった父は鬱病にかかってしまって、命を絶ってしまった。そのことで母も自分を責めてしまって。なんで助けられなかったんだろうって。それで8年間苦しんでいました。今、母はその苦しみを乗り越えて、本の出版もしていますが、当時は辛かったと思います。僕は当時、中三で遅めの反抗期だったんですが、現状を自分でも受け入れられなくて、つい母につらく当たってしまったんですね。そのことがまた自分にとっては罪責感でした。

—優しかったんですね。

一番つらかったのは、母ですけど・・・でも自分も弱みを見せてはいけないと、自分に制約をかけてしまって当時は泣けなくて。つらかったです。何よりも、その時神様に対して——父が倒れているのを見た時に——祈ったんですよ。父を生き返らせてくれって。でも、やっぱりそれは叶わなくて。それがきっかけで、神様のことを前のように信じられなくなってしまいました。その後、自分はかなり頑張りましたね。大学受験の時期だったんですけど、それまで勉強やらない反抗期みたいな感じだったのに、父に頑張ってる姿を見てほしくて、かなり勉強しました。1日10時間くらい。ひたすら勉強して、無事に大学も合格して。将来国際機関で勤務しようとも考えて、アメリカに留学したりもしました。

大学卒業も近くなった頃、教会の牧師先生に、神学校に行かないか、と言われて。正直行きたいとは思わなかったけど、牧師に言われると、これも神様の導きなのかなと思う気持ちもあって、願書は出しました。でも審査に通らなかったんです。父を失った時の心の傷がまだ癒えていないって言われたんですね。

で、次の年に自分は何をしたらいいのか分からなくなってしまって、その頃から鬱病っぽい症状が出始めてきました。人と会うのが怖くなったりして。このままじゃやばいな、と思ったんですけど、その時教会で重要な仕事も任されていたので、頑張るしかなくて。でも、精神的にかなり参ってましたね。神様に文句ばかり言ってました。教会も離れたかったけど、離れる勇気もなくて葛藤している、そんな時期でした。

自分を赦せるようになってからの、回復

その後、なんとか卒論出して卒業して、就職もして。会社員生活が始まりました。規則正しい生活をしなきゃいけないからか、自然と精神的には回復してきて。そんな頃、教会で「証会」があって、父親が亡くなってからのことを皆の前で告白する機会がありました。その時、癒されたんです。
涙ながらに語りながら、ああ、神様の愛ってこういうことだったんだって、悟りました。神様の中での自由を知ったんですね。
それまでの自分は、何かいいことをしていれば神様が祝福していると考えていたことに気づきました。祝福にはアップダウンがあるって無意識に思ってて。でも、そうじゃなくて——自分にとって、神様の中で自由に生きるっていうのは、例えがあれですけど——スーパーマリオとかのゲームで、「スター状態」になってる感じです(笑)この恵みは一生消えることがないんだって悟った瞬間でした。

そこからの生き方は、前の生き方と質が違いました。人に言われてとか立ち位置を気にしてじゃなくて、自分がやりたいからやる。これやったら神様喜ぶよなって思って、やってます。それって窮屈じゃないし、すごく自由なんです。やっと神様を100%信頼することができました。

—神様に対する不信感は解決されたんですか?

不信感の根本的な問題が、自分自身を赦せていなかったことに気づいたんです。でも、ありのまま神様に飛び込んでいけばいいんだって気づいたとき、神様の愛に気づいて、自由になったんですね。自分の中で常に持っているイメージが、神様が自分を抱きしめてくれるイメージなんですけど・・・このままでいいんだって感じるし、居心地がいいんです。

今は、同じような経験をしている人、苦しみを持っている人に希望を届けたいという思いをもって、音楽活動をやっています。周りから見たら小さなことだとしても、自分の中でのイメージは、自分が一歩一歩進む度に、そこから神様の光が広がっていく感じです。
次の日が与えられるかもわからない。だから、その日その日に感謝するようになりました。今は、神様が全て備えてくださるんだっていう安心感の中で歩んでいます。

—すてきですね。最後に好きな聖句があれば、教えてください。

そうですね・・・たくさんありますけど

「いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。どんなことにも感謝しなさい。これこそ、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです」 Ⅰテサロニケ5章16–18節
「卑しめられたのはわたしのために良いことでした。わたしはあなたの掟を学ぶようになりました」 詩編119編71節

が好きです。


今回インタビューに答えてくれたたくみ君、そんな苦しみの中で神様に信頼する姿に、理屈じゃない、神様の愛と働きを感じました。
彼の音楽活動を通して、同じように苦しんだ人々が希望を持ちますように、お祈りします。

<追記>現在、社会人クリスチャン向けの「異業種交流ランチ会」を企画中!興味がある方はこちらへどうぞ!

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