インクルーシブ・トランジション

持続可能な社会づくりに起こりうる排除について考える

Ryo Fukumaru
Meander_Society
9 min readJan 31, 2022

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国立公園都市というムーブメント

2019年7月、ロンドンは史上初の国立公園都市(National Park Ctiy)になると宣言した。国立公園として一部の自然を保護するのではなく、ロンドンという都市全体をその対象とすることで、ヒトと自然を分け隔てることなく共生する豊かな都市生活を実現しようとする市民運動である。基金を設立し、都市緑化、公園アクセスマップ、アウトドアアクティビティなど都市における自然を増やす・関わる・楽しむといった都市生活者と自然との多面的な関係づくりを行っている。

主体的な市民によるボトムアップな活動に後押しされるかのように、同市では交通やエネルギーなど都市インフラの刷新も進んでいる。2021年10月には中心部のみに適用されていたULEZ(超低排出規制ゾーン)がロンドン全域まで拡大し、排ガス基準を満たさない車やバイクが域内を走行するたびに12.5£(約1500円)の支払いを義務付けた。

Map of the ULEZ expansion area

電気自動車(EV)への乗り換えが進んでおり、路上駐車が一般的なロンドンではEV用充電口を有する街灯を良く見かける。まだEV販売価格が高止まりしていることもあり、街の充電ケーブルにつながる車にはテスラやポルシェなど高級車が目立つ。

街灯に設置されたEVチャージャーにつながるBMW

ロンドン五輪のメイン会場となったストラットフォードと呼ばれる地域では、Net Zero Housing(温室効果ガスを排出しない住宅)と名を冠する住宅開発が計画されており、持続可能な社会づくりが着々と進む勢いを感じる。

ロンドンに住んで約3年になるが、喘息持ちの自分が発作を起こすこともなく渡英時よりも空気が綺麗になったことを実感する。在宅勤務におけるつかの間の休憩時間に緑豊かな公園を散歩するのはとても心地が良いものだ。

持続可能な街づくりによる土地の富裕化

ロンドンは投資目的の住宅購入も進んでいるため、住宅価格の高騰が続いている。コロナ禍においてオフィス通勤が減り鈍化したものの依然として平均住宅価格は驚きの約1億円(£657k)。古くから再開発や過剰な不動産投資により、住宅価格が高騰し地元住人らを追い出してしまう現象「ジェントリフィケーション」が社会問題として指摘されており、反対のためのデモ活動が度々行われてきた。

近年では、先の緑化や排ガス規制によるEVへの乗換え、環境負荷の少ない住宅建設などにより土地の富裕化が起こる現象を「グリーン・ジェントリフィケーション」と名付け、新たな問題として指摘する声も挙がっている。(アメリカは人種間の経済格差もありより深刻な問題として指摘されているようだ)

しかし、「持続可能な社会づくり」という強い物語を前に反対の声を挙げるのは容易ではない。気候変動により住む国からの移動を強いられる人々(気候難民)もいるなかで、国内の望まぬ移動は次世代に豊かな地球環境を繋ぐために必要な痛みとさえ思えてくる。

高くつく都会での一息

渋谷区にある植物園「渋谷区ふれあい植物センター」がリニューアル工事のために長期休園に入るというニュースが私のTwitterタイムライン上で話題になっていた。

リニューアル後には食育を目的とするレストラン等の設置が計画されており、「居場所を追われる植物が可哀そう」「即物的だ」などの批判の声が寄せられていた。とはいえ、コロナ禍で税収が減るなかで再開発により地価が上がる渋谷に位置する植物園を維持するのは容易ではない。土地価格が上がり続ける都市部において自然資産を保全するため、公園や緑道の開発に際しては民間企業と連携し住宅やカフェを併設し資金を確保しようとする取り組みも増えている。(PFI: Private-Finance-Initiative)

都会で緑に囲まれホッとする一息は高くつくのだろう。

自分たちで都市のコードを書き換える

企業や自治体に意図しない変更をされるくらいなら、自分たちで都市を作り替えようとする人たちもいる。イギリスで行われた「The Edible Bus Stop(直訳:食べることのできるバス停!?)」という取組みでは、地域にあったバス停近くの遊休地が住宅として開発されるという話を聞いた住人たちが、土地を買い取り地域のシェア農園に作り替えた。

都市空間において自然を守るだけではなく、農園を介して住民同士の交流も生まれ、さらには自分たちの植物が排気ガスによって汚れることを嫌い農園近くのバスの利用を促すという傑作だ。日本でも一般的にプレイスメイキングと呼ばれる手法として、オフィス通勤者が行き交うだけの通りをマーケットとしたり、閑散とした公園に椅子やテーブルを置き憩いの場としたりするなどの取組みが盛んに行われている。

一方、都市における人々の振る舞いを規定するコードの書き換えには、責任も伴う。京都市では近所の子供たちのために公園にハンモックを設置した高齢男性が逮捕されるというニュースがインターネット掲示板で話題になった。トラブルを避けつつも住民の意志を活かした街づくりを進めようと、最近では市民や青年会議所などの有志が国土交通省や自治体などと連携しながら進める事例が増えているようだ。

インクルーシブ・トランジション

渋谷にある植物園の休園をTwitterで知るまでは、近所に住んでいたにも拘らず行ったことはおろかその存在すら知らなかった。同園は多くの地域ボランティアに支えられており、彼らの街の変化に対する感度は私よりもずっと高かったのだと思う。
気候変動とは国境を越える未曽有の危機であるため、自宅に整備したホームオフィスからはるか遠くにある南極の氷が溶ける様子を気に掛けることもあろう。しかし、巨視的なまなざしは、都市緑化や低排出住宅などアセット中心の投資による土地の富裕化がもたらす人々の望まぬ移動を見過ごしてしまうかもしれない。
もっとも、巷に流通する持続可能な未来のビジョンは、ソーラーパネルがあり、EVが走行し、緑豊かな歩道が整備されたものを良く見かける。それはどこかで企業人が自らを持続可能な社会への移行(トランジション)の中心にいるという潜在意識を露呈してしまっているようにも思える。

植物園の職員やそれを支えてきた地域ボランティアのように、無理のない範囲で地域に関わり変化に対する解像度をあげることで、これからの持続可能な社会づくりをより包摂的なカタチで実現できるのではないか。
昨年話題となったデジタル庁が標榜するミッション「誰一人取り残されない…」というのは変化に関わるステークホルダーが多様であれば大変難しいものとなる。在宅勤務が当たり前となり人や地域と関わらなくても生きていけるような錯覚に陥りがちだが、ずっと座りっぱなしで痛む腰を癒しに外に出かけ、これからのトランジションの在り方について、自分一人ではなくまずは住む地域とともに取り組む術を探りたい。

Photo by Eddie Junior on Unsplash

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