2016年のウェブメディア運営は「属人性」「特集」「教育」が新たなキーになる
2016年にもっと加速しそうなウェブメディア運営術の予測をしてみます。
仕事柄、僕がよく触れるライフスタイル系メディアを中心にした話にはなりますが、以下3つの変化がより際立っていくのではないかと思います。
1.もっと「属人性」を感じさせるメディアへ
2016年以降にパワーを持ちそうなのが「属人性が際立つ」スタイルで、2つのモデルに分かれます。1つは「圧倒的な個を投影する」。もう1つは「個性的な個をある指針のもとに集める」です。
【「圧倒的な個を投影する」メディアの例】
・糸井重里さん率いる『ほぼ日刊イトイ新聞』
・松浦弥太郎さん率いる『くらしのきほん』
圧倒的な個をメディアの柱や雰囲気にまで投影させることで、まるでその人からの手紙を受け取っているかのような体験を作り出します。ざっくり言えば、ほぼ日に代表されるモデルです。
『くらしのきほん』はオープン当初に若干の物足りなさを覚えたのですが、確かなコンテンツが積み重なっていき、「僕らのメディアはどこにある?」のインタビューを読んだ後では、「あと2年後くらいには大勝しているかも」と思えてきました。
インタビューの内容をいくらか引けば、メディアコンセプトよりは「松浦弥太郎」という生き方そのものがメディアになり、そしてメディアから人間味を感じられる作りになった時、そのフォロワーたちは「くらしのきほん」から発せられる情報をひとつの体感としてより得られるようになるでしょう。そうなれば、物や情報を「買う根拠」が担保されやすくなるはずです。「松浦さんが言うのだから、信じてみよう」と。
【「個性的な個をある指針のもとに集める」メディアの例】
ECサイトからメディアに切り替え、業績を伸ばしていることが着目されがちなサイトですが、「フィットする暮らし、つくろう」というコンセプトの下で、コンテンツに「スタッフの顔や雰囲気がよく出てくる」のも特徴です。書き手が誰で、そのサイトで息づいている人が誰なのかをなるべく明示し、気持ちを共有する。リアルなお店を訪れた時の体験をウェブ上で表現しようとしているかのようです。
「北欧、暮らしの道具店」で今一番人気があるのは「スタッフの愛用品」というコラムです。サイトで取り扱っている商品を使った感想を書いた記事です。
クラシコム代表の青木耕平さんが「The First Penguin」のインタビューで答えていましたが、それだけ「中の人(=スタッフ)」への信頼度が高い証といえそうです。こちらも「買う根拠」につながっています。
なぜそう思うか?
コンテンツ量とメディアが飛躍的に増え、アプリやSNS経由で流通することで、読み手にはいくつかの変化が起きていると感じます。中でも「記事をどのメディアで見たか覚えていない」という問題は、読者が流動的になりすぎ、コンテンツが消費されていくだけの状況へとつながっていくでしょう。
そんな時に属人性のあるメディアは「どのメディアから見たか」を意識しやすいのではないかと考えます。中の人が嫌いならそもそも見ないですし、よく見るようなら「中の人」への信頼感が募ります。
そうすると、いざ広告をひとつ打っても、その記事が誠実なものでありさえすれば、好きな人や信頼できる人から聞くことで訴求対象への心理的なハードルが下がります。
「これ、おいしいんだよ」と恋人から勧められるのと、 通りがかったスーパーの人からのお願いなら、恋人に言われた方がより試してみたくなる……というのに似ているでしょうか。
ある種のファンコミュニティ、もしくは宗教的なモデルともいえます。一定の強い指示層を持っていれば、その信頼を糧にして、物販や商品開発、コミュニティ構築、以下に挙げるコンテンツの横展開など「記事以外のマネタイズ」につなげやすくなります。
難点があるとすれば、2016年以降と強調したように、認知を得て好きになってもらうまでに時間を要しますので、多くのメディアですぐに芽が出ないかもしれません。その時間を短縮するのに、松浦弥太郎さんくらいの「すでにファンが付いている」個性的な個を全面に出す作戦は懸命といえそうです。
2.「特集」コンテンツでマネタイズを増やす
リスト記事、シンプルな小ネタやライフハック、バズ狙いの著名人インタビュー、面白系のアイデア勝負などがPVやソーシャルスコア獲得の近道として挙げられますが、その軸とはまた別のコンテンツづくりが注力されると思います。「フォーマット化しやすい特集企画」です。
【メディアが特集コンテンツを二次利用した例】
YADOKARI運営「未来住まい方会議」の自費出版書籍『月極本』
未来住まい方会議は、「ミニマルライフ」「多拠点居住」「スモールハウス」「モバイルハウス」など住み方の変化をテーマにしたメディアです。『月極本』はこれまでに掲載した約2000事例から、書籍ごとのテーマも合ったものをピックアップし、新たなコンテンツを加えてまとめています。
このように、「公開して終わり」にしないコンテンツ設計はこれからのメディアを考える上で、ひとつの武器になります。
なぜそう思うか?
雑誌企画の単行本化と同じような流れで、大きなメリットは2つあります。
まずは、すべてがウェブで読めるとはいえ、「その時間を割くようならまとめて読みたい」「まとめて読んだ方がわかりやすい」「まとまっていると資料として引きやすい」といったニーズに応えつつ、わずかながらでも収益性を高めるため。これは新規ライターを教育する際の教科書としての役割も果たします。
そして、メディアや書き手として「うちはこういう企画をやっています」と外部に対して説明しやすい証を持てるためです。同時に、その書籍は新規ライターを育成する際に教科書としての役割も果たします。
バズる記事狙いの「目標PVに向けた運営」だけをしていると、こういった横展開はしにくいでしょう。速報・ニュース偏重型も、まとめるにはかなりの編集力が問われそうです。
それよりは企画段階から、ある一定のアウトプットなり成果なりを目指した企画を立ててコンテンツを積み重ねていき、より良いパッケージングで販売していくのです。
YADOKARIの場合は「書籍」でしたが、たとえば「記事広告の獲得」も似たような仕組みで狙える可能性があります。普段からその特集が展開され、読者からも好評であるという状況は、「ネイティブアドをよりネイティブにする」ための方法になるのではと思います。
3.「教育」で新たな収益と書き手を確保する
いま活発に動き始めたのがこの分野。メディアのファンやユーザーをはじめ、カリキュラムを魅力的に感じた人たちに向けての教育事業です。
【メディアが「教育」事業を進めている例】
・greenz.jp「グリーンズの学校」
・ほぼ日刊イトイ新聞「ほぼ日の塾」
・LIG「デジタルハリウッドSTUDIO上野 by LIG」
他にも、始まってはいませんが、以前に『WIRED』の若林恵編集長もトークイベントで教育事業へのさらなる意欲を話していました。
なぜそう思うか?
メリットはいくつか挙げられます。まず規模感は小さいながら、新規の収益源になること。集客を第一にするイベントと異なり、大掛かりな設備やゲストも必要なく、開講にかかるコストも工夫次第で下げられます。より本格的な運営にまで発展すれば、安定的な収益性が望めるのではないでしょうか。
次に「教育現場そのもの」がコンテンツになること。レポート記事をはじめ、学びの振り返り、講義が終わった後の感想、受講者からのフィードバックなど、すべてを“独占的な”コンテンツとして配信できます。これは(2)で見た特集コンテンツへの転用も可能です。
もうひとつはライターの確保や新規採用への道筋になること。greenz.jpによる「グリーンズ編集学校」のように、最終的なアウトプットが記事制作になった場合、有力な書き手と継続的な関係が結びやすくなります。メディアコンセプトや記事の勘所も押さえているので、即戦力も夢ではありません。
「メディアとコンテンツ多すぎ問題」を回避するために
僕は「属人性」がいちばんのキーになる気もしています。つまり、「誰がやっているのか」。そして、「中の人を好きになってもらえるか」。
メディア乱立の状態で、アノニマスなコンテンツが爆発的に増えた結果、その揺り戻しとして起こるのではないかなと。信頼の気持ちがメディアとつながった時に、新しい価値が立ち上がってくる。たとえば、コンテンツ大量投入でPVを稼ぐことより、本数は少なくても記事の一本ずつが心に響くほうが、信頼度は増していくのではないでしょうか。
今回挙げた3つに共通するのは「どうマネタイズしていくか」の話でした。それは僕自身の興味でもあって、「意義のあるメディアで商業的にも成功していることが何よりかっこいい」と考えているからです。
数字の面などで論考が足りない部分もあるかと思いますが、僕が肌感覚で思っていることをまとめてみました。
2016年は、おそらくですが、コンテンツに関してはテクノロジーよりもエモーショナルなことに取り組めたほうが、2017年へのジャンプにつながるんじゃないかなぁ、という展望を持っています。
(この記事は、長谷川賢人のブログ「wlifer」より転載しました)