eSports に未来はあるのか

Haruo Nakayama
16 min readAug 31, 2015

第1部:熱狂の行く末

电子竞技路在何方(一):珍爱生命,远离炒作 | 闷瓜电台
執筆 ジョナサン・パン
イラスト ポール・レインワード

「これで TSM がバロンをとりそうでしょうか」「そうですね、とりそうです」「TSM がチームファイトを狙っていたところで、Team Liquid が絶好のチャンスを差し出す形になってしまいましたねー。TSM のTurtle 選手がボトムにいて離れていたので、Team Liquid はバロンに手を出したんでしょうね。あせっちゃいけませんでしたね。まだ26分しかたっていませんから、うかつにバロンに手を出したのはまずかった。AD carry がボトムにい…」「うぉおおおー、ここで Team Liquid の横取りキターー!」

YouTube・Twitch・Azubu で先日配信されたゲーム対戦の生中継をみていた36万人なら、この実況にピンときたと思う。「バロンってなんのこと?さっぱりだよ」という人のために説明すると、それは League of Legends というネット対戦ゲームでプレーヤーが狙うものの1つだ。

現在、富と名声を目指してチームを組んで対戦するオンラインゲームがいくつかあって、League of Legends もその1つだ。そういったゲームは、eSports と呼ばれている。ESPN によれば、「抵抗はやめろ。eSports がきてるぞ。しかもすごい規模で。」 とのこと。熱狂的な記事をみた多くの企業や投資家たちが、躍起になってもいる(例1例2例3) 。NBA ダラス・マーベリックスのオーナーであるマーク・キューバン氏や、同じく NBA の前コミッショナーであるデビッド・スターン氏もすでに投資したそうだ。出資に至る過程で彼らを後押ししたのが、「eSports は新しいスポーツ種目だ!」という主張だったのだが、これには同意できない。

筆者自身 eSports のファンなので、今後も成功していってほしいと願っている。ただし、そのためには長期にわたって運用できるようなビジネスモデルが必要だし、投資家にとってもおいしい話でなければいけない。けれど、eSports を通常のスポーツと並べて考えてしまった結果、投資家の期待値は行き過ぎたレベルまで膨らんでしまった。「eSports はスポーツ種目」という主張が盛りあがったのは、eSports 関連の指標を断片的にしか見てこなかったからだと思っている。これから、そういった指標がどれほど誇張されているかを、3つの例(視聴者数・スポンサー・賞金総額)を使って説明していこう。投資家たちが指標をどう捉えるべきかも併せて説明する。また、ゲーム制作側、特に企画・販売に関わる企業(ゲームパブリッシャー)は eSports をリテンションマーケティングと捉えるべきで、今後5年のあいだに新しく生まれるスポーツ種目などと考えてはいけない理由についても述べたい。

おっと、ここで突然のお断りだ。筆者は Riot Games で以前働いていた時期がある(eSports 部門ではなかったが)。Riot Games はゲームパブリッシャーで、eSports ゲームのなかで今一番人気がある League of Legends を制作・販売している。この3ヶ月、筆者は eSports のビジネスチャンスを探ってきた。この分野への参入に関心がある人たちに向けて、これまでに調査した内容を共有しようと思う。なお、この調査にあたり大勢の方々(プロの eSports 選手・チーム・リーグ、ゲームパブリッシャー、プレイ動画配信サイト、YouTube 関連のマルチチャンネルネットワーク、芸能・スポーツプロダクション、広告代理店、スポーツコンサルタント企業、米国内の主要プロスポーツリーグ)に話を聴くことができた。

【投資家各位】 eSports データの誇張が目に余る件について

誇張その1 視聴者数: 「メジャーリーグのワールドシリーズやNBAファイナルを見る人よりも、eSports を見る人のほうが多い」(引用元

筆者の評価: 誤り

上記の記事では League of Legends が eSports のサンプルとして取りあげられた。もし記事の主張が以下のような内容であれば、筆者の評価は「正しい」になっていただろう。「2014年の League of Legends World Championship をネット配信で見た人は全世界で2,700万人。一方、NBAファイナルの5連戦をテレビで見た人は全米で1試合平均1,550万人で、激戦となった最終第5戦を見たのは1,800万人だった。よって、eSports を見た人のほうが多かったといえる。」

残念ながら引用元の主張はそうなっていない。全世界のオンライン視聴者数と全米のテレビ視聴者数を比較してしまっているからだ。全世界のNBA視聴者数を考えるのに、海外で一番 NBA関連市場が大きい国である中国を外すわけにはいかない。さきほど比較に挙げた NBAファイナル、中国での視聴者数は明らかにはなっていないが、中国の正月に開催される Chinese New Year NBA の視聴者数を見ればその規模感はつかめるだろう。2013年の場合、その数は1億700万人だった。さらに、その翌年は1億1,600万人にまで増えている。そのうちのほんの一部、プラス中国以外の国での視聴者数をトータルすれば、全世界での NBA ファイナル視聴者数は2,700万人よりほぼ間違いなく多くなるだろう。

そして、ここで着目すべきは、視聴者にどれほどの値打ちがあるのか、ということだ。もちろん、それは放映権料によって変わってくる。ニューヨーク・タイムズによれば、NBA の米国内での放映権料は9年で2兆8,800億円(訳注:1ドル=120円換算。以下、金額に表記がない場合もすべて同様。)だそうだ。また、NBA は中国国内でのネット配信契約を、5年間600億円以上で Tencent と交わしている。一方、eSports の放映権料はというと、おおやけになっている数値は存在しない。だが、一連のインタビューのなかでは、「最大規模の契約でも数千万円規模」という話を耳にした。

誇張その2 スポンサー: eSports が今後も過去に例を見ないスピードで規模を拡大していくのなら、Newzoo 社CEOのウォーマン氏によれば「スポンサー獲得で争う手強い相手として、NFLなどの主要スポーツリーグが eSports を注視しはじめるのは時間の問題だ」そうだ。(引用元

筆者の評価: 誤り

いまのところ、eSports リーグについている企業スポンサーは最大規模でも毎年数千万円規模だ。一方 NFL の場合は、米国内25~30社程度と複数年契約でそれぞれ数十~数百億円規模のスポンサー契約をリーグとして結んでいる(参考)。毎年、スポンサー料で1,380億円が NFL に入る計算だ。

NFL しかり、他の主だったプロスポーツリーグしかり、スポンサー獲得で争う手強い相手として eSports を注視することには当分のあいだなりそうにもない。というのも、eSports には企業スポンサーを支える仕組みがないからだ。ではここで、その仕組みがどういったものなのか、実例を交えて説明する。具体的には、スポーツは State Farm 社、eSports は HTC 社の例を紹介しよう。

スポーツスポンサーの業界には、資産(スポーツリーグ・チーム・選手)、権利者(ブランド)、広告代理店、スポーツエージェント(IMG や Octagon)が関わっている。ちなみに、スポーツエージェントとは、権利者が自社ブランドをプロモーションすることや、資産側が自分たちの権利を権利者に販売することを支援する人たちのことだ。

ではまず、State Farm 社が NBA のトップ選手であるステファン・カリー(ゴールデンステート・ウォリアーズのポイントガード)を自社の広告に採用するまでの流れをみてみよう。State Farm 社は最初に、カリー選手のスポーツエージェントである Octagon 社に話をもちかける。話を受けた Octagon 社は、クライアントであるカリー選手と State Farm 社、双方にとって最高かつ「最適」な契約となるよう、落とし所を探していく。そして、交渉のすえ希望していた NBA 選手の商権を獲得した State Farm 社は、つぎに広告代理店 Translation に依頼して「Born to Assist」キャンペーンを企画・展開した。

続いて、オンライン広告に eSports チームを使いたいと希望している台湾のスマートフォンメーカー、HTC の例をみていこう。この場合、詳細を検討するにあたって HTC は仲介業者に支援を求められない。Octagon のように実績のある仲介業者が存在しないからだ。よって、HTC はチームオーナーと直接交渉し、契約をまとめあげることになる。また、eSports 界隈を得意とする広告代理店も存在しないため、HTC は eSports チームが作成した素材を使うか、フリーのクリエイターに外注せざるをえない。

誇張その3 賞金総額:「Dota 2 のチャンピオンチームが受け取る賞金は、スーパーボウルやワールドシリーズの勝者が受け取る賞金よりはるかに多い」(引用元

筆者の評価: 指標を網羅していない

以下のグラフによれば、Dota 2 の国際大会 International で優勝したチームは、2015年のスーパーボウルの優勝チームとほぼ同額の賞金を手にしたことになる。Dota 2 の優勝チーム Newbee の場合、約6億円の賞金をメンバー5人で山分けした。一方、スーパーボウル優勝チーム(シアトル・シーホークス)の場合、試合に参加した選手63人は、それぞれ1,100万円の賞金を受け取った(総額は約7億円。数値は CNBC)。

Source: ESPN

このように、賞金総額を用いて eSports と他のスポーツがよく比較されるが、そうすることで浮き彫りになることがもう1つある。eSports を取り巻く環境はスポーツと違って穴だらけ、という点だ。

もちろん、賞金6億円といえば膨大な額だ。だが、優勝できなかった選手たちはどうなるのだろうか。選手会(組合)、最低賃金を保証する労使協約、戦力均衡を目的としたドラフト制度やレベニューシェアの仕組みは?NFL などのプロスポーツリーグではそういった点がすべてカバーされている。Dota 2 の場合はどれひとつ存在しない。

ベンチャーキャピタルの支援を受けており、かつ2015年にシリーズ A の資金調達を実施した eSports 系のスタートアップにおいては、その多くが eSports ファン層へファンタジー eSports(訳注:ファンタジースポーツの eSports 版。)や賭博を提供することでマネタイズを目指している。そういったスタートアップにとっては、eSports がスポーツ種目にまで進化してくれたほうが「カネになる」わけだ。ただし、そういった企業自体がその進化へ影響をあたえられるかというと、シリーズ B の資金調達を実施する前にピボットしない限り難しいだろう。もしあなたが投資家で、新たなスポーツの将来を築いていきたいと考えているなら、上述のような企業には投資せずに、Riot Games (eSports の代表格)・Blizzard Entertainment・Valve Softwareに投資することをおすすめする。

【ゲームパブリッシャー各位】eSports はリテンションマーケティングとみなそう

「弊社が取り組んでいる eSports 事業をコストセンターから利益を生む事業に変えられる、3年分の戦略と事業計画の策定」

ゲームパブリッシャーであるエレクトロニック・アーツ社の北米 eSports 部門ディレクターの求人に書かれている業務目標がこれだ。おなじくゲームパブリッシャーである Blizzard Entertainment 社のグローバル eSports 部門ディレクターの求人とくらべてみてほしい。「我々が求めるのは、自社のゲームで遊ぶことが最高の体験となるような各種の取り組みを、予算の範囲内で推進できる人材です。」

エレクトロニック・アーツ社がかかげる「eSports を利益を生む事業に変える」という目標は、3年という期間ではとても実現できないだろう。「フルスタック」のeSports 事業を運営していくには、約48~66億円の予算が必要になると筆者は考えている。膨大な額に思えるだろうが、実際に費用を積みあげてみるとそうともいえないのがわかるだろう。具体的にはリーグの運営費用、配信設備費用、選手管理費用、イベント管理費用などなど。それに加えて、各チームの経費(一部はスポンサー料によってまかなわれる)もある。

ゲームパブリッシャーが eSports でお金を稼ぐにはどうすればいいだろうか。放映権・スポンサー料・物販・チケット販売・イベント会場での飲食・eSports 関連のゲーム内購入……うち、放映権とスポンサー料については前段で触れたとおりだ。楽観的にみて、それらからは年間1億2,000万円の売上があがるとしよう。つづいての3つ、物販・チケット販売・飲食だが、ゲームパブリッシャーがこれらで48億円もの売上をあげることはないだろう。ただし、最後の eSports 関連のゲーム内購入については話が変わってくる。仮にその売上がコンテンツ・商品・サービス関連部門の損益としてでなく eSports 部門のものとして計上されるようなことがあれば、少なくとも赤字は出さずに済むかもしれない。

また、eSports を利益を生む事業に変えるために克服すべき問題はこれだけではない。地元での売上も大きな問題だ。eSports はオンラインゆえに国境をいとも簡単に越えてしまうため、「地元チーム」が生まれにくい。その結果、プロスポーツにとって必要不可欠である地元での売上も生まれにくくなっている。NFL のグリーンベイ・パッカーズが最近明らかにした情報によると、同チームの年間売上451億円のうち、約40%にあたる179億円が地元での売上だそうだ。なお、地元での売上の内訳は公開されていないが、とあるライブイベント会社(上場企業)の場合、駐車場と飲食が売上の3分の1を占めるそうだ。

eSports を今後5年で利益が出る事業に変えようとしても、「収支トントン」がいいところだろう。だが、リテンションマーケティングと捉えれば、見通しはグッと良くなってくる。eSports 要素を備えたゲームには、ブランドや各種権利が1,000億円規模に及ぶものもあるからだ。そういった規模のブランドであれば、ゲームかどうかに関係なく、おおむね売上の10%がマーケティング予算にあてられる。100億円ものマーケティング予算がつくブランドであれば、その予算をメディア(テレビ・出版物・ネット・ライブイベント)ごとに振り分けてもいいし、顧客層(新規か既存)に応じて振り分けてもいいだろう。eSports は内容がかなり複雑なので、サッカーなどの競技と違い「はじめての人も試合を見ていれば展開が想像できる」というわけにはいかない。そのため、eSports をリテンションマーケティングの一環と捉える関係者は多い。

去年公開された情報によると、Twitch でゲームプレイ動画をみている人の58%は、毎日3時間(1週間で20時間)も同サイトに滞在して動画をみているそうだ。もちろん、その全員が eSports を見ているわけではない。けれども、1週間毎日 Twitch にアクセスすれば、はやりのゲーム(League of Legends、Dota 2、CS:GO、Hearthstone)には eSports の要素があることに気づくだろう。「自社ゲームのユーザーがこれまでどおりゲームで遊んだりお金を使ったりすることにくわえて、毎日最大3時間、そのゲームのプレイ動画を見てくれるようになる」。1000億円規模のブランドとなったゲームからすれば、48~66億円の出費でそれが叶うのであれば大歓迎だろう。ちなみに、米国労働統計局によれば、アメリカ人には平均で1日5.2~6.0時間程度の余暇があるそうだ。

ゲームパブリッシャー目線で考えれば、その余暇を独占するのにぴったりの方法が eSports といえる。

結論

eSports がその規模を拡大していることは明らかで、それはゲーム好きにとっては最高のことだ。そのうえで、いま eSports に必要なことは、インフラ面での投資家からの支援と、ゲームパブリッシャーが長期に渡り取り組めるビジネスモデルだろう。それらが揃えば、次の段階へさらに成長していけるはずだ。

投資家の方々には、eSports インフラ整備の一翼を担うようなスタートアップに注目してもらいたい。「eSports 選手一人一人の選手生命をどうやって伸ばすか」「eSports スポンサーに特化した形のアドテク開発」などに取り組むスタートアップにこそ価値がある。ファン層から直接利益を得ようとしているスタートアップのことは忘れてほしい。また、ゲームパブリッシャーと手を組んだり、eSports チームに出資してチームオーナー側にまわるのも一度検討に値するだろう。

ゲームパブリッシャーの方々には、「eSports は新しいスポーツ種目だ」という主張を一度取り下げ、今後5年間はリテンションマーケティングとして eSports に取り組むことを検討してもらいたい。eSports インフラはまだまだこれからで、ゲームパブリッシャーがその整備に取り組むのが一番理にかなっているといえるからだ。収支は赤字に陥るか、かろうじて黒字になるか程度だろうが、消費者の余暇を独占できると思えば十分見合うはずだ。

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Haruo Nakayama

ex-Medium Japan translator. Trying hard not to get “lost in translation”. 元Medium Japan翻訳担当。