eSports に未来はあるのか
第2部: スポーツと eSports を融合する

Haruo Nakayama
14 min readSep 7, 2015

執筆 ジョナサン・パン
挿絵 ポール・レインワード
ナンシー・ラム

バッファロー・ビルズ対ジャクソンビル・ジャガーズの試合中継が、ネット配信のみで行われることになった。NFL にとって初めての試みなのだが、なんと Yahoo がその独占配信権を獲得したのだ。なお、試合は10月25日にロンドンで行われる。そして、その1週間後には、ネット対戦ゲーム League of Legends の 2015 World Championship がベルリンで開催される予定だ。

つまり、スポーツと eSports、それぞれ世界的に人気がある種目同士のネット配信イベントを比較できることになったのだ。全世界規模のネット配信では初めてのことだ。このイベントで集計される数値には、スポーツ・テレビ・ネット広告の将来を大きく左右するポテンシャルがある。というのも、eSports はすでに「対戦型ビデオゲーム」の枠を大きく超えているからだ。具体的には、ネット上のスター選手、ネット配信権、デジタルコンテンツの世界展開、多岐にわたるコンテンツクリエイター(一般向け・マニア向け)の存在と作品の販売方法といった領域をも含むようになっている。

世界展開やネット展開を進めるスポーツは、多くの点で eSports らしくなってきたといっていいだろう。一方の eSports のほうはというと、こちらは地元密着やライブイベントの充実してきていて、スポーツらしさが増している。だが、そういった流れが実を結ぶには、スポーツと eSports どちらにも克服すべき課題がありそうだ。

スポーツリーグの課題

ネット配信権をめぐる動き

リーグ制はプロスポーツの核となる部分で、お金もそこを中心にして行き来している。世界でもっとも経済的に成功しているスポーツリーグの1つである NFL を調べてみれば、プロスポーツのエコシステムがよくみえてくるはずだ。

引用元: A.T. Kearney (訳注:ファン・メディア・ブランドの三角関係を取り持つ形でリーグが機能しており、お金がチーム・選手へと流れていることを示す図)

このように、リーグは3つの方法で売上をあげている。

  • 放映権:54.4%
  • スポンサー:10.3%
  • その他売上(チケットやグッズなど):35.3%

数値はすべて2014年の推定値。総額:1兆3,440億円(参照。訳注:1ドル=120円換算。以下、金額に表記がない場合もすべて同様)。スポンサー料:1,380億円(参照)。地元以外での売上:8,688億円(こちらの情報を元に算出)。地元での売上:その他売上-地元以外での売上=4,792億円。

順を追ってみていこう。まず放映権だが、こちらはすぐに増加することはなさそうだ。NFL は各社との放映権契約を最近更新しており、CBS・Fox・NBC は2022年まで、ESPN は 2021年まで、DirecTV は2023年まで契約が残っている。つづいてスポンサー。こちらは引き続き増えてはいるものの、大半の部門でスポンサー企業がすでについてしまっている。最後に地元売上の目安としてグリーンベイ・パッカーズの数字をみておこう。同チームの昨年の売上は9%増加して15億4,800万円。素晴らしい数字ではあるが、このままの伸び率では「2027年までに年間売上3兆円」という現 NFL コミッショナーの目標に届きそうもない。この目標を達成するには売上を毎年1,200億円ずつ増やしていく必要があり、もっとも有望な分野が国際展開とネット展開と考えられている。

そのうち、ネット展開については YahooTwitter と提携済みだ。一方の国際展開については、2007年からロンドンで International Series を開催してきている。今シーズンは、レギュラーシーズンの3試合がロンドンでおこなわれる予定だ。なお、同じような国際展開・ネット展開が他のプロスポーツリーグでも進んでいる。

たとえば、2014年には NBA Global Games がブラジル・中国・ドイツ・トルコで開催された。2016年には、レギュラーシーズンの試合がロンドンでおこなわれる予定になっている。また、ネット展開においては、NBA が Tencent と結んだ5年間のネット関連業務提携が、2015年7月1日から実行に移されている。どうやら、米国プロスポーツ業界はハリウッドやゲーム業界からヒントをえたらしい。「アメリカ生まれのコンテンツを海外で売ろう。特に中国!」

映画『ワイルド・スピード SKY MISSION』は米国内興行収入が420億円を越える大ヒットとなったが、海外ではそれ以上のヒットを記録していて、全世界の興行収入は1,392億円にも及んだ(しかも、そのうち469億円は中国での売上)。映画・ゲーム・スポーツといった業界で、「中国人」は顧客として避けて通れない状況のようだ。また、それをうけて、配給・販売の一翼を担いたいという中国企業の動きも活発になりつつある。最近では、『ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション』の制作に Alibaba が名を連ねていたのが記憶に新しいところだ。

また、ゲーム業界では Tencent の動きが活発だ。Epic Games 社(Unreal Engine)、Riot Games 社(League of Legends)、Activision Blizzard 社(Call of Duty)の3社の株式を同社のゲーム事業部が所有しているし、2014年に一番売れた家庭用ゲーム 『Call of Duty』のパブリッシャーである Activision と提携して中国版を出したりもしている。

なお、このように米国スポーツリーグが国際/ネット展開を模索するにあたって一番の課題となるのが、「ネット配信の視聴者も大切だよ。」ということを放送局や広告主に納得してもらうことだろう。とはいえ、NFL 初のネット配信限定試合の視聴者数はおそらくすごいことになるだろうし、新しい媒体で自分たちの資産を売り出すことに関して NFL の右に出るものがいないのもまた事実だ。皮肉に思えるかもしれないが、ネット配信権の評価額をスポーツが持ちあげることで、結果的に eSports を援護する形になるだろう。それが実現するまでは、eSports はライブイベントをおこなって地元で売上をあげていくことになるはずだ。

eSports プロチームの課題

求められているのは複数年のスポンサー契約

eSports にはお手本となる型が2つある。中央リーグ型と分散ツアー型だ。前者は米国内のプロチームスポーツ(NFL・NBA・MLB)を、後者は PGA ツアーや NASCAR シリーズをイメージしてもらえばいい。

League of Legend の場合(訳注:中央リーグ型のイメージ。リーグを経由してお金が選手まで流れているのがわかる。)
Dota 2・CS:GO・Hearthstone の場合(訳注:分散ツアー型のイメージ。ツアー主催者を経由してお金が選手まで流れているのがわかる。)

中央リーグ型は、管理の容易さが一番のメリットだ。具体的には、選手の保護・確約されたルール・その厳格な運用などが挙げられる。一方の分散ツアー型のメリットは、「レギュラーシーズン」や予選の開催費用を第三者に負担してもらえる点にあり、eSports では Major League Gaming や Electronic Sports League がこれを採用している。そして、どちらの型でも中心的役割を果たすのは「チーム」であり、お金がチームにきちんと流れていくかどうかが一番のポイントになってくる。では、チームがどのようにして資金調達しているかをみていこう。具体的には、以下のとおり4つの方法がある。

  • 優勝賞金
  • グッズ販売
  • 移籍金
  • スポンサー料

1つめの優勝賞金については、感動すら覚えるほどの規模になっている。ブルームバークは先日、スメル・ハッサンという少年についての記事を公開した。16歳のパキスタン人で、Evil Geniuses という eSports チームに所属する Dota 2 の選手を紹介する記事だ。公開1週間後、2015 International(Dota 2の世界大会)が開催され、Evil Geniuses は優勝し、スメル を含むチームメンバー6人は優勝賞金7億9561万3080円を獲得した。なお、この大会は ESPN SportsCenter で生中継された。

つづいてグッズ販売だが、これは副次的な売上にとどまってしまっている。3つめの移籍金については場合によってはかなりの規模に及ぶこともあるが、安定的な売上とまではいかない。大半のチームが大会で優勝することに注力しており、選手育成やトレードは eSports 選手生命の短さもあって二の次となっているのが現状だからだ。

最後に4つめのスポンサー料。現時点では、これがチームにとって最大の収入源となっている。eSports のスポンサー料は月額36~360万円が一般的で、契約が次々にまとまっていくことも多い。しかし、契約ごとに期間がずれてしまっている場合、キャッシュフローの面で問題になる。eSports のチームオーナーはいくつものチームを運営し、各チームは世界中で開催される大会を転戦することなるため、それらをすべてまかなうには膨大なキャッシュフローが必要とされているのだ。その解決策として求められているのが、冠スポンサーとの複数年契約というわけだ。

初の eSports チーム冠スポンサーとなるブランドはどれだ?

一方、冠スポンサーの成り手からすると、うなぎのぼりのスポンサー料と eSports スポンサーの実績が少ないことが複数年契約を結ぶ妨げになっている。有名な eSports チームの冠スポンサーになるためには年間2.4億円を超える契約金を負担する必要が出てくる。まして複数年契約ともなれば、だれもが知っているようなスター選手を同じ金額で起用することもできてしまうからだ。

そして、まさにこの点こそ、スポーツ界の知見を eSports が学ぶべきなのだと思う。スポーツチームスポンサーにかかる費用を考慮すれば、「スポンサーになること」に価値があると証明してもらいたいと企業が希望するのは当然といえる。そして、さいわいなことに、そういったサービスを提供するコンサルティング会社やスポーツ調査会社がいくつもある。たとえばコンサルティング会社のマッキンゼー・アンド・カンパニー。同社は、以下の5つの指標を使ってスポーツスポンサーを評価することを推奨している。

  1. 1リーチあたりのコスト
  2. 1リーチあたりの純正想起度合い
  3. コスト1ドルあたりの売上総利益
  4. 中長期に渡るブランド属性
  5. 間接利益

eSports 関連では代表的なブランドであるコカ・コーラ社には、ぜひマッキンゼーかスポーツ調査会社あたりと手を組んでスポンサーシップの ROI を公表してもらいたいと思う。他のブランドが eSports を値踏みする絶好のチャンスになるはずだ。

Cliff Paul

また、eSports への取り組みが有効かどうかを調べる簡単な方法があるので紹介しよう。

当連載の第1部で、スポーツスポンサーの仕組みを紹介した。NBA スター選手を起用した State Farm 社の Born to Assist キャンペーンと eSports のスター選手を起用した HTC 社のキャンペーンを比較した部分だ。

それらのキャンペーン、実際にネット上でどの程度効果があったのだろう?以下の3アカウントの2015/8/9までの3,200ツイートを分析して、効果を検証してみよう。

  • @cliffpaul: クリス・ポール選手の双子の兄弟であるクリフ・ポール氏(実在しない)のアカウント。広告に登場していた。
  • @htcesports: HTC の eSports スポンサーシップがはじまったときに作られたアカウント。
  • @cokeesports: コカ・コーラ社の eSports スポンサーシップがはじまったときに作られたアカウント(効果検証時の比較用)。

リツイートとお気に入りの数を比較したのが以下のグラフだ。これをネット上での関心の度合いを計る尺度として見ると、eSports のスポンサーシップにはスポーツに勝るとも劣らない魅力があることがわかるだろう(注釈:State Farm 社のキャンペーンはテレビメインだったが、HTC 社やコカ・コーラ社はネットメインだった)。

間接便益や 中長期に渡るブランド属性は、どうしても曖昧さが残ってしまう。一方、イベントの来場者数とその人たちの行動から、ブランドへの思い入れを調べることに曖昧さはない。ライブイベントであれば確実に費用対効果を示せるはずだ。

昨年10月、Major League Gaming は eSports イベントを1,300平米の会場で開催した。今年の8月3日から8日にかけて、Dota 2 International がシアトルの屋内競技場キーアリーナで開催されてもいる。また、8月24日には、League of Legends の North American Summer Finals(北米夏季大会決勝)が ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで、European Summer Finals(ヨーロッパ夏季大会決勝)がストックホルムの Hovet Arena で相ついで開催された。

「ケーブルテレビを一度も契約したことがなく、今後も契約する予定のない若者」を指す「cord-nevers」という言葉があるが、スポーツの世界にも同じように「一度もスポーツに夢中になったことがない若者」がいる。ここでは「sports-nevers」と呼ぶことにしよう。そういった若者たちにとって、「何かを競い合うライブイベント」の初体験が eSports イベントであることは多い。VICE が作成した eSports ドキュメンタリーをみれば、eSports ファンがいかに熱狂的であるかがわかるはずだ。また、eSports イベントはイベントとしての質を年々あげているので、いずれスポーツイベントと肩を並べることになるだろう。

スポーツ2.0

スポーツと eSports、それぞれの強みを融合しよう

スポーツの魅力とは何か。さまざまな意見があるとは思うが、「競争に対する人間の欲を満たしてくれること」が根っこの部分にあると思う。そして、eSports にも同じ魅力がある。両者には、徐々に似通ってきている点がいくつもあるし、互いに助けあえる場面もきっとあるだろう。たとえば、スポーツの試合をネット限定で配信することが今後も続いていくようであれば、それは eSports にも恩恵をもたらすはずだ。何かを競い合うライブイベントの魅力に eSports を通じて気づいていく「sports-nevers」が引き続き増えていけば、そういった人たちがスポーツファンになることだってありうる。

スポーツの強みと eSports の強み、両方を兼ね備えた新しいスポーツ。まさに「スポーツ2.0」が、いま産声をあげようとしている。

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Haruo Nakayama

ex-Medium Japan translator. Trying hard not to get “lost in translation”. 元Medium Japan翻訳担当。