イノベーションで人間は運命すらも乗り越える
音楽とテクノロジーの祭典『INNOVATION WORLD FESTA 2017』通称 “イノフェス” が、今年6月に茨城県つくば市『つくばカピオ』にて開催された。
当日は AR 三兄弟さんや落合陽一さんらによる最新テクノロジーの体験ブースのほかに、ジャーナリストの田原総一朗さんや堀江貴文さんをはじめとしたイノベーターによるトークショーや、小室哲哉さん、きゃりーぱみゅぱみゅさんの生パフォーマンスなど、他では見られないプログラムが目白押しだった。
出演者の豪華な顔ぶれにも驚きだが、さらに驚くべきは、なんと筑波大学に在学中のミレニアルズが仕掛け人だということだ。
学生プロデューサーを務めた澤田悠太さん(24歳、筑波大学大学院システム情報工学研究科 社会工学専攻)に話を聞いた。
「音楽が本当に大好きなんです!」と語る澤田さん。彼が高校生の頃から、CDの売上げ減少など音楽業界の厳しい状況に不安を抱いていたという。
「このまま音楽業界が衰退すると、良い音楽が聴けなくなってしまうのでは」そう感じた澤田さんは筑波大学に進学し、経営工学を学ぶ。イノフェスの始まりも、音楽業界をどうにかできないかという熱い想いからだった。
― “音楽×テクノロジー” という発想のきっかけは何でしたか。
大学1年生の春に、知人に頼み込んで SXSW へ行ったことがきっかけです。音楽があり、テクノロジーがあり、関係者も一般の参加者もいて混沌としている中で、新しい何かが生まれている。もしかしたら、これからテクノロジーを使ったフェスがトレンドになってくるんじゃないか。ビジュアルやパフォーマンス面はもちろん、ビジネス面においてもテクノロジーがエンターテインメントやコンテンツ分野 のイノベーションの鍵になるんじゃないか。そう感じました。
SXSW のようなことを日本でもやりたい!帰国後もそんな想いを燃やしながら大学生活を送っていました。大学4年生の夏、学園祭にロックバンドを呼ぶ活動をしていた繋がりで、J-WAVE の小向国靖プロデューサーとミーティングをする機会が何度かあったのですが、たまたま SXSW の話になり、「ああいうイベントをやってみたい」と伝えてみたら、「ちょうど J-WAVE で『INNOVATION WORLD』という番組を始めたから、その番組イベントとしてやってみようか」と言っていただけたんです。これはチャンスだ!と思いましたね。
そこから J-WAVE の方にはもちろん、筑波大学の学長や職員の方をはじめ、沢山の方にご協力いただき、やっと実現することができました。
―実施にあたって大変だったことはありますか。
正直全部大変だったのですが(笑)、集客はとくに大変でした。
“音楽とテクノロジーの祭典”という新しいコンセプトを理解してもらうために苦戦しました。「きゃりーぱみゅぱみゅさんと JAXA のコラボ」という言葉だけだと、何だかすごそうに見えるけど、実際何をやるのかがイメージしにくいですよね。会場もつくば市で都心から距離があるので、「すこし面白そうだけど、ちょっと遠いよね」と言われてしまうこともあって、今回はイノフェスでやっていることや魅力をきちんとお客様に分かってもらおうとメンバー全員で総力を挙げてPRを行いました。
イノフェスを応援してくださる地元の方のご協力で『常陽リビング』というフリーペーパー(なんと発行部数24万部)に記事を掲載していただいたり、筑波大学の職員さんがつくばエクスプレスに頼み込んでくれて電車に中刷り広告をいれていただいたり、J-wave の方が動いてくれ朝日新聞に載せてもらったりなど…。
全員で知恵を出し合って、お客様に知ってもらおう、来てもらおうと必死でしたね。本当に、総力戦で成し遂げたフェスだったと思っています。
―今回のイノフェスで“イノベーション”を感じたところは何ですか。
今回一番うれしかったのは、当日テクノロジー体験エリアに展示された『LIVE JACKET』について聴覚障害のある方が「普段音楽を聴けないけれど、着てみることで音楽を体感できた」といった旨の感想をツイートしてくれたこと。
これは20個のスピーカーがついた特殊なジャケットで、着ることで音楽のライブ感を体感できるというものなんです。まさか、そんな反応が出るとは思いもしませんでした。でも、それってすごく良いと思ったんです。イノベーションを感じましたね。
『LIVE JACKET』はメディアアーティストの落合陽一さんや、そのゼミの学生の皆さんが作っていて、きっと制作した学生本人は純粋に “音楽を着る” という新しい体験を作りたくて開発したと思うんですが、結果的に障害のある方にとってのイノベーションにもなったんですね。
また他にも、ALS患者の武藤将胤さんという方が、身体が動かせないかわりにアイトラッキングでDJ・VJをするというプログラムがあり、それを見たお客様が「これまで乗り越えられなかった人類の障害や運命もエンターテインメントとテクノロジーの力で乗り越えられる」といった旨のツイートをしてくれたんです。これこそがイノフェスの意義だと思いました。
エンターテイメントとテクノロジーの力で、人間が今まで乗り越えられなかったものを乗り越えていく、運命すらも乗り越えていける。それがイノベーションの本質なのではないでしょうか。
―それでは “つくば市で” イノフェスを行う意義は何でしょうか。
つくば市の方々には大変なご協力をいただいていて、つくば市長 の五十嵐立青 さんにも当日挨拶をしていただきました。意義としては、目に見えるものでというと難しいのですが、イノフェスを観て「すごい」と思ってもらえれば、つくば市の “科学の街” としてのブランディングにもつながると思いますし、イノフェスの日程に合わせてつくば市に人が集まってくるというのも一種の貢献になるかと思います。
つくば市が “実現したいもの” を凝縮した形としてイノフェスが認知され、更につくば市に貢献できるよう、学生だけでなく、つくば市の方も含めて “意義” を再定義することも今後重要だと思います。
―エンターテインメントとテクノロジーは今後どのような関係性になっていくでしょうか。
エンターテイメントとテクノロジーは相互に影響しあう関係になっていくと思います。
『攻殻シンポジウム in イノフェス2017』では、アニメ『攻殻機動隊』に描かれたテクノロジーが、現実世界でどこまで実現できているかをテーマにトークセッションを行いました。例えば『攻殻機動隊』の世界を実現したいと思って研究者がテクノロジーを開発する、その研究者が作ったテクノロジーをみてクリエイターのインスピレーションが沸く。
そういうふうにイノベーションとエンターテインメントの間を行ったり来たりすることは、ものを生み出すエネルギーになっているし、未来を切り開くために大切だと感じます。エンターテインメントとテクノロジーで、今の世の中にあるものを超えていける。そう実感できたことは、今回のイノフェスの個人的な収穫でもありました。
―澤田さんは今後、どんなことをしたいと思いますか。
ずっと音楽業界をどうにかしたいと考えていましたが、そうではなく、今回の『LIVE JACKET』のように音楽や映画などのコンテンツにテクノロジーを生かすことで、世の中をどう良くしていけるか。そんな視点で考えることが非常に大切だと改めて思いました。
テクノロジーとエンターテインメントで世の中を面白くすること、今後もそれを目指していきたいです。そしていつか、自分が手がけたコンテンツでアカデミー賞とかグラミー賞をとりたいですね。これは分かりやすい目標として、実現したいと思っています。
終始にこやかにインタビューに応じてくれた澤田さん。話す言葉の節々から、その聡明さが感じられた。まっすぐで強い意志を持ちながらも、謙虚な姿勢を忘れない。彼の人としての魅力に、きっと周囲の人間も心動かされたのだろう。
ミレニアル世代として生まれ、デジタルテクノロジーとともに成長してきた澤田さん。そんなミレニアルズが起こすイノベーションによって、近い将来、私たちは今までに無いエンターテインメントを体験するかもしれない。