すげーヤツに憧れて、なんにもできずに悩んでいた、あの頃の僕へ。- One JAPAN 交流会レポート(前編)

Hajime Sakaguchi
MILLENNIALSTIMES
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13 min readSep 27, 2017

―どれだけ心踊るセミナーやイベントに出席しても、自分は結局、何も成し遂げることができない。

それは、僕が学生時代からずっと心に抱いていた葛藤だった。

イノベーションを起こす。大企業を変える。そして、日本を変える。

壇上で繰り返される、熱く正しいメッセージ。本気でそう信じている人たち。

そう信じたいのに、信じられない自分。

いつもどこか醒めている、そんな自分を変えたくて、昔はひたすら自己啓発書を読んだり、学生団体がやっているイベントに足を運んだりした。だが、その結果得られたのは、一夜かぎりの高揚感と、それが明けた時のより深い絶望だった。

2017年9月10日(日)、秋葉原UDXで開催されたOne JAPANの1周年を祝う交流会は、そうした過去の「思うがままに動けない自分」の歯がゆさを、僕に思い出させるものだった。

行動する人になれ

イベントは、One JAPAN代表の濱松さんの挨拶から始まった。

One JAPAN代表 濱松さん

印象的だったのは、「挑戦する個を増やす」「ドゥーワー(実際に行動する人)にならなければ意味がない」といった言葉だった。

僕は以前から、One JAPANに加盟している各団体の代表者の方が集まる会議のお手伝いをさせてもらっているのだが、その時から繰り返されていたのが、この「実際に行動する人になってほしい」というメッセージだった。

One JAPANは「大企業の有志団体が集まり、一人ひとりが刺激を受け、勇気を得て希望を見出し、行動するプラットフォーム」である(公式サイトより抜粋)。

交流会を重ねるごとに手を挙げる企業の数は増えてきており、4回目の今回は、実に44の企業、900人近くの参加者が、このOne JAPAN交流会に名を連ねることとなった。

プラットフォームとしての大きさは担保されつつある。だとすれば、次なる課題は「そこに加わるだけでなく、実際に行動する人をいかに増やしていくか」ということなのだろう。

事実、後に続くプログラムでは、様々なスピーカーの方から「行動せよ」というメッセージが異口同音に語られることとなる。

東京大学准教授の松尾さんは「つながりだけではイノベーションは起きない」と語り、One JAPAN「働き方」意識調査では「85%の人がイノベーションに対する意欲を持っているが実際に行動している人は45%にとどまる」ことが明らかになった。

中でも僕が感銘を受けたのは、経営者パネルディスカッションと、外部ショートピッチだった。

行動するためには、心の中の炎を見出すこと

経営者パネルディスカッションで舞台に上がったのは、旭硝子の宮地さん、JTの岩井さん、パナソニックの樋口さんのお三方だった。

奥から、モデレーターの浜田さんと、宮地さん、岩井さん、樋口さん

経営者の視点で語られるイノベーションという言葉には、経験に裏打ちされたリアリティがあった。

「イノベーション、イノベーションと言うけれども、イノベーションありきではいけない。何のためにそのイノベーションをやるのかという問いを、まず立ててほしいんです」

宮地さんがそう切り込む。それに応じて、岩井さんもこう語る。

「自分自身に燃えるものがあるか、まず問いかけてほしいんですよ」

かつての自分を思い出して、僕は胸が痛くなる。

とにかく行動しよう、行動しようという気持ちが、強迫観念のようにその人を苦しめてしまうことが、あると思う。僕にとってその最たる経験は、「学祭足湯大赤字事件」というものだった。

大学の学園祭で、「とにかく変でおもしろいこと」をやりたかった僕は、知り合いを集めてチームを作り、「足湯にドクターフィッシュを泳がせる」という企画を考えた。

その時の様子は、かなり古い個人ブログの記事だが『変人なんて、やめちまえ』に書いた。事の顛末を簡単に述べると、手製の浴槽には4日間でわずか5人のお客さんしか入らず、収益面では数万円の大赤字という貧乏学生にとっては死刑宣告にも等しい最悪の結果となり、運営側とのいざこざによってドクターフィッシュは一匹たりとも泳がず湯気に霞む幻に終わった…というものであった。

京都大学という、「変人であること」が良しとされる大学で、「変人であること」を目指して行動した結果、何者にもなれずに頭を抱えていた自分―。宮地さんと岩井さんのお話は、そうした情けない過去を思い起こさせるものだった。

さらに、宮地さんはこうも語った。

「人の心に火を灯すのが、良いリーダーなんです」

岩井さんの「燃えるものがあるか自問せよ」というメッセージと、きれいに繋がってくる言葉である。

そして、決定的だったのは樋口さんの言葉だった。

「リーダーの哲学が強ければ強いほど、人を共鳴させることができ、人を多く集められる」

結局、行動を起こすには、自分の心の中の炎を大きく育て、たいまつのように高く掲げて、周囲の人に火を分けていくしかない。

何よりも大切なのは、自分がそれをなぜやりたいのかという気持ち。それを再確認できたセッションだった。

原体験を種火にして、心の中の炎を育てる

さて―。問題は、「自分の心の中の炎」はどうやったら見つかるのか?という問いである。

僕の大学生活は、この問いへの答えを探すために費やされたと言っても過言ではない。

先ほど書いた足湯事件以外にざっと数え上げるだけでも、ある時は学者になると言って大学院の研究室に潜り込んで分子生物学の勉強に打ち込み、ある時はスキューバダイビングのインストラクターになると言って沖縄・久米島のダイビングショップに泊まり込んでアルバイトをし、ある時は起業家になると言ってITベンチャー企業のインターンで石の鉢を売ろうとし、ある時は経営コンサルタントになると言ってコンサルティングファームの夏インターンの選考を受け軒並み惨敗した。そしてインドで1年間不動産を売る旅に出た。

僕ほど、大学時代に自分探しをした人間はいない。それだけは自信を持って言い切れる。

だが、どれだけ自分探しをしても、「自分の心の中の炎」が見つかることはなかった。

少なくとも就職の時点では、僕は「自分のやりたいこと」など万人が持てるわけではないという諦観に達していた。「やりたいこと」を明確に持っている人が偉いわけじゃない。「やりたいこと」があってもなくても、それは個性であり、人それぞれなのだ。「やりたいこと」が無いからと言って、自分を責めなくていい―。そうしたある種マイノリティなメッセージを世の中に届けたくて、メッセージの届け方を学びたくて、僕は広告代理店に入ったのだった。

数年前のそんな自分に聞かせたらヒントになったかもしれないなと感じたのが、外部ショートピッチにおけるリクルートの麻生さんの言葉だった。

麻生さんは、渋谷にあるオープンイノベーションスペース『TECH LAB PAAK』の所長をされている。

「ネットワークだけでは意味がないんです」と、麻生さんは語った。濱松さんや松尾さんのメッセージにも通じる言葉である。

「何をしたいのかという強い意志を持ってやることが大切です。そのためには、原体験をつくることです。課題の根深い現場、たとえば震災が起きた場所に行って、『ああ、これは本当になんとかしなきゃいけない課題なんだ』と実感する。その実際の経験が重要なんです」

そうなのだ。自分の中から無理やりひねり出した「やりたい」という気持ちでは、物事は到底続かないし、誰の心にも火は灯せない。自分の動機の原点となる体験、心の種火が必要なのだ。

イベントが終わってから、麻生さんと少しお話しさせてもらった。そこで出てきたのは、「今自分が幸せだと感じているなら、イノベーションを起こす必要はない。心の底から課題だと感じていることが必要なんです」という言葉だった。

新しい原体験を種火にして、「心の中の炎」を大きくしていく。

それは、かつての僕のように「イノベーションを起こしたい、だけど何をすればいいんだ」と途方に暮れる人たちへの、大いなる福音となるだろう。

僕なりの「心の中の炎」の見出し方

勘の良い方は、僕が今回の記事の中で、たびたび「昔の自分」「過去の自分」という言い方をしてきたことに気が付いたと思う。

そう、僕は僕なりに、「新しい原体験を種火にすること」以外のやり方で、「自分の心の中の炎」を燃え立たせる方法を、社会人となってからの3年間の末に見出していたのだ。

その方法は2つある。

1つは、「過去のなんでもないと思っていた経験を原体験だと捉え直す」こと。

僕は昔から、言葉で感じたことを表現するのが好きだった。小学校中学年の頃には既に、国語の教科書に載っていた『白さぎ』という短編の続きを考えてノートに書くということをしていた(マセガキだった僕は、生意気にも原作には存在しないほろ苦い恋愛の要素を創作部分に取り入れていた)。「おはなし」を考えるのが好きだったのだ。

そんな自分で書く「おはなし」の中でも特に好きだったのは、「友達のストーリーを描く」というものだった。中学の頃は部活(野球部だった)のチームメイトを登場させた野球小説もどきを密かに書きためていたし(これにもなぜかほろ苦い恋愛が登場してくる)、高校の頃は同じく部活の同期で行った卒業旅行の様子をエッセイにして部員に配りつけていた。mixiの日記が最後の輝きを見せていた大学時代には、せっせとサークルやクラスの人たちのことを文章に書いていた。

誰でもmixiで日記くらい書くだろう…。最初はそう思っていたのだが、よくよく人と話してみると、僕ほど人のことを文章にしてきた奴はどうやら珍しいということが、最近わかった。

なぜ、そこまでして僕は文章を書いてきたのか―。その理由は、自分が極端なまでの博愛主義者だからだ。

僕は、人を嫌うことができない。こう書くと嘘だと思う人もいるかもしれないが、これまでの経験を振り返っても、本当に誰かを嫌いだと思った記憶が、まったくもって見当たらない。

人には、必ずその人なりの良いところがある。人を嫌いになるのは、そうした「良いところ」を知った後でも、遅くないのではないだろうか。それを伝えたくて、僕は文章を書いているように思う。

会社をはじめとした組織の中では、噂や陰口、雰囲気だけで、よく知らない他人のことを判断してしまうことが、とても多い。普段の関わりだけではわからないその人の素顔を僕が描くことで、「この人は実はこんな人だったんだ」と、誰かがちょっとだけ深くその人のことを理解するかもしれない。

今、僕は会社の野球部の観戦レポートを書いたり、社内の人と遊んだ登山や釣りの記録を文章にしたりしている。何よりも僕が文章を書くのが好きだからやっているわけだが、裏の気持ちとしては、そうした人同士の相互理解に繋がればいいなという思いがある。

もう1つは、「自分を信じられないのなら人を信じてみる」こと。

つらつらと書いてきた通り、僕は自分の「やりたい」という気持ちを信じられない人間だ。いや、信じたいという気持ちはやまやまなのだが、何度も信じては裏切られてきたし、とは言え自分を抹殺するわけにもいかないし―。僕と僕の頼りない心とは、切っても切れない腐れ縁の関係なのである。

それほどまでに自分の気持ちが信じられないなら、いっそ自分の信頼できる友人が「めっちゃいい!」と言ってくれたものを、無条件に信じてみればいいんじゃないだろうか。

僕は、個人的な企画として「東京よばなし」なるものをやっている。僕の知り合いを3人呼んで4人で飲みながら話し、その話した内容を僕が小説仕立てでストーリーにする、という企画である。ストーリーにする理由は上でも述べた通りで、誰かの物語を描いて少しでも人同士がわかりあえたらいいと思うからだ。

これは、僕が「やったら面白いかな…」と思いつつ、「また失敗したらどうしよう」と臆病風に吹かれてなかなか実行に踏み切れなかった企画を、本当にいろんな人が「絶対おもしろいんでやってください!」と強く言い続けてくれたために、やろうと思えた企画だった。

もちろん、まだまだ小さい動きでしかないけれど、実験的に自分のブログに掲載してみた中では、10日間で400人の人が見てくれて、「自分も参加したい」と言ってくれる人が増えてきている。運営を一緒にやりたいと言ってくれる人もいて、今はウェブサイトの構成をああでもない、こうでもないと考えている。「学祭足湯大赤字事件」を引き起こした僕からすれば、とてつもなく大きな進歩なのだ。

自分に自信が無いのなら、人がおもしろいと言ってくれるその気持ちを、信じてみたらいい。

自分一人では、とても小さなたいまつしか生み出せなくても、他の人の持つたいまつと合わせれば大きな炎になるのだから。

各企業の代表者たちが勢ぞろい

おわりに

イノベーションを起こす。大企業を変える。そして、日本を変える。

本当に、素晴らしいメッセージだ。その実現に向けて、自分の心の炎を大きく燃やして、少しもためらわずに動き出せる人たちを、僕は心底羨ましいし、応援したいと思う。

だがもし、「イノベーションを起こしたいけれど、自分は何をすればわからない」という人がいたとしたら。そしてその人が「結局自分は何も成し遂げられない人間だ」と絶望しているとするなら。

自分の過去の経験や新しく外部に求めた経験を原体験とし、自分よりも信頼できる誰かを信じて、「心の中の炎」を大きくしていくという道も、あるのではないだろうか。

そんなことを感じた、One JAPAN交流会の前半部分であった。

後半部分の様子は、同じくMcCANN MILLENNIALSの入江からお伝えします。→ ミレニアルズが起こす大企業での挑戦-One JAPAN交流会レポート(後編)

会社の仲間と。筆者真ん中。

One JAPAN とは

大企業の若手有志団体のプラットフォームとして、2016年9月に発足。
企業を横断した新規事業やプロジェクトの企画・実行、新たな働き方に関する提言など、幅広い活動を行っている。
http://onejapan.jp/

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Hajime Sakaguchi
MILLENNIALSTIMES

1989年生まれ。キャッチーが正義の広告業界で、僕は生き残れるか。