柳 宗悦『雑器の美』:アノニマス・デザインの愛で方

Dominick Chen
Modern Japanese Literature as a Commons
11 min readAug 20, 2021
ドミニク・チェン『コモンズとしての日本近代文学』(イースト・プレス)書影

日常の他愛のない雑器の価値を積極的に見出そうとするこの短いテキストは、1926年、柳宗悦が37歳の時に書かれた。この前年には「民藝」という概念を提唱し、同26年に「日本民藝美術館設立趣意書」を発表、翌々年の1928年にはその理論モデルとなる『工藝の道』†を著している。ここにはいわば、宗悦の思想のエッセンスが凝縮されている。

『雑器の美』のなかで宗悦が、静謐ながらも情熱にあふれる筆致で書いている主張は、大別すると次のような点にまとめられるだろう。まず、雑器、つまりありふれた器に心性を見出し、その質を評価する。そして、名も無き工人たちの自然に従う工法を評価し、機械的生産を批判する。最後に、いわゆる「大名物」のように歴史のなかで権威付けされ、日常生活から切り離された富貴の美を批判し、無造作に塵に埋もれている雑器の一つ一つと美的関係を結ぶことの価値を説いている。

現代日本の文脈で、宗悦の考えに触れて最初に思い起こされるのは、いまだに根強い機械と自然の対比論である。すなわち、人間の手によって作られたものを自然の側に配置し、機械が製造する商品や非物質的な情報を反自然とみなす立場である。しかし、宗悦が「民藝」思想を語る言葉を丁寧に読み解けば、そのような単純な二元論に陥らずに、より豊かな「つくる」ことの論理の端緒が紡げるはずだ。

宗悦が繰り返し言及しているのは、自然がかたちをつくることが人の自由につながる、ということについてだ。それはたとえば、「如何なる機械の力も、手工の前には自由を有たぬ。手こそは自然が与へた最良の器具である」や、「よき工人は自然の欲する以外のことを欲せぬであらう」というフレーズに縮約されている。その上で、工業機械が作り出すものにも「或る種の美は生まれてこよう」と断りながらも、「それはいつも規定の美に止まるであらう。単なる定則は美の閉塞に過ぎない」と断じている点にこそ、宗悦の核心が認められる。

この主張の最もわかりやすい事例として挙げられるのが「馬の目皿」だ。宗悦は「如何なる画家も、あの簡単な渦巻を、かくも易々と自由に画くことは出来ないであらう。それは真に驚異である」と書いている。

ここで宗悦が「驚異」と表現している点に深い注意を向けなければ、このテキストから21世紀を生きる作り手にとって有益な意味を抽出できない。さもなければ、人間の手も工作機械も同じ創作のツールであり、定則を破るようなランダム性を計算によって作り出すことも可能ではないか、という反論に終始してしまうだろう。

宗悦の制作論は、工程の結果として生まれたプロダクト(器)を単体として評価するのではなく、その来歴と使用者との未来のプロセスを含めて評価しようとしている姿勢なのだといえる。そして、その価値は普遍的で客観的なものではなく、あくまで器と対峙する当事者が、その器と結ぶ関係性のなかで生じ、育まれていく。

この論理とは、「器の心」を見立てるということだ。「物ではあらうが心がないと誰が云ひ得よう。忍耐とか健全とか誠実とか、それ等の徳は既に器のつ心ではないか」と書く宗悦の真意は、いわゆるアニミズム的な礼拝を指しているわけでもないし、器をいたずらに擬人化しようとしているわけでもない。それは言ってみれば、対象と自らの間に、生命的な関係性を生成しようとする営み、と表現できる。美術における定則のような外部の参照体系に拠ることなく、自らの心と対象との関係性の中から生成される価値を、物の《心》と表しているのではないだろうか。

この思考法は、プロダクトの利用者の立場を、ただの受動的な状態から解放し、主体的な目利きとして捉えるものでもある。この時、作り手と使い手は二項対立ではなく、器を巡る一つの円環の上に配置される。モダンな表現をすれば、ユーザー・エクスペリエンス〔略してUXとも言われる。製品の利用者の体験のこと〕は、デザイナーが一方的に制御する対象ではなくなり、ユーザーが自律的に生み出すものとして考えられている。そして、目利きが器と関係性を結ぶための余地を取り込む製法として、宗悦は「自然」を参照しているのだといえる。この場合の自然とは、馬の目を描く手工の生きたプロセスのことであると同時に、そのプロセスの歴史の総体を感じ取る使い手の心をも指している。

このような宗悦の工芸論を、現代に適用する契機は、自然が宿るとされる良き工人の手もひとつの「器具」であると認めている点にある。デジタル編集ツールを操作したり、生成アルゴリズムを書くのも人間の手であるとすれば、宗悦の言うように「自然の欲する以外のことを欲」さないように3Dモデルを制作したり、ソフトウェアを書くということも可能なはずだ。だから、宗悦の論を単純な機械批判として受け止める必要は、必ずしもない。大事なのは、物理的自然の豊かな自由度を発現させようとする人間の意思の方ではないか。

思うに、インターネットの普及と共に発達したデジタル表現の「器具」の数々は、映像編集ツールにせよ、SNSにせよ、大多数の人間が同じものを使うという前提に基づいてきた。しかし、個々人の作り手の癖や嗜好性に合わせてテイラーメードされたソフトウェアやウェブサービスがあっても良いわけだ。実際にファッションの世界では、購入者がパターンをランダムに配置するなどして、一定の制約の中に留まるにせよ、自分だけのプロダクトを作り出せるサービス事例が数多くある。また生成系AIや人工生命のアルゴリズムを用いれば、生命現象と同質のパターンやモチーフを無数に生み出すこともできる。

宗悦が現代に生きていたら、このような技術的状況をどう見ただろうか。わたしは、現代のデジタルファブリケーション技術が彼の考えた「雑器の美」を更新するひとつの方法たり得ると考えている。たとえばわたしは、全ての3Dデータにクリエイティブ・コモンズ・ライセンスが付与されて提供されているシンギヴァース(thingiverse.com)で、器の3Dモデルをダウンロードし、自分の好みに合わせてくぼみを変形させて印刷し、花瓶として使っている。それは地球上の誰かが自らの生活のために作ったアノニマス・デザインを、私自身の心がよりよく映るようにさらに作り変えたものだ。人の手が使う器具が、轆轤であろうと3Dモデリングツールであろうと、使い手との関係性が内発的に生まれるプロセスを介入させることができる。「僅かな作者から美が出るのではなく、美の中に多くの作者が活きた」という宗悦の言葉は、インターネット上の創造の共有地を耕すアノニマス・デザインの実践にこそ向けられるべきだろう。

ドミニク・チェン『コモンズとしての日本近代文学』
(イースト・プレス)

各章の構成(※印刷製本版)

1著者によるテキスト
著者による作品の解説、解題、批評。現代の視点から原著が持っていたさまざまな可能性を論じます。

2初版本の本文写真( 2頁分を見開きで構成 )
初版本の本文写真を掲載することでオリジナルの物としての本が、いったいどのような消息をもって読者に伝わっていたのかを示します。

3原著の抜粋( 作品によっては全文掲載 )
著者が解説した原著の該当部分を青空文庫から抜粋。QRコードから青空文庫の該当頁へ飛びます。そこで原著を最初から読むことができます。
本文中で言及された作品のうち、タイトルの脇に†マークのあるものは青空文庫で読むことができます。

日本近代文学は、いまや誰でも今ここでアクセスできる我々の共有財産(コモンズ)である。そこにはまだまだ底知れぬ宝が隠されている。日英仏の文化とITに精通する著者が、独自に編んだ一人文学全集から、今の時代に必要な「未来を作る言葉」を探し出し、読書することの本質をあらためて問う。もう重たい文学全集はいらない。

・編著者:ドミニク・チェン
・編集:穂原俊二・岩根彰子
・書容設計:羽良多平吉
・320ページ / ISBN:4781619983 / 2021年8月20日刊行

目次

寺田 寅彦『どんぐり』
・ドミニク・チェン:「織り込まれる時間」
・『どんぐり』初版本
・『どんぐり』青空文庫より
使用書体 はんなり明朝

夏目 漱石『夢十夜』
・ドミニク・チェン:「無意識を滋養する術」
・『夢十夜』初版本
・『夢十夜』抜粋 青空文庫より
使用書体 しっぽり明朝

柳田 國男『遠野物語』
・ドミニク・チェン:「死者たちと共に生きる」
・『遠野物語』初版本
・『遠野物語』抜粋 青空文庫より
使用書体 幻ノにじみ明朝

石川 啄木『一握の砂』
・ドミニク・チェン:「喜びの香り」
・『一握の砂』初版本
・『一握の砂』抜粋 青空文庫より
使用書体 しっぽり明朝

南方 熊楠『神社合祀に関する意見』
・ドミニク・チェン:「神々と生命のエコロジー」

・『神社合祀に関する意見』初版本
・『神社合祀に関する意見』抜粋 青空文庫より
使用書体 いろは角クラシック Light

泉 鏡花 『海神別荘』
・ドミニク・チェン:「異界の論理」

・『海神別荘』初版本
・『海神別荘』抜粋 青空文庫より
使用書体 A P-OTFきざはし金陵 StdN M

和辻 哲郎『古寺巡礼』
・ドミニク・チェン:「結晶する風土」

・『古寺巡礼』初版本
・『古寺巡礼』抜粋 青空文庫より
使用書体 源暎こぶり明朝 v6 Regular

小川未明『赤い蝋燭と人魚』
・ドミニク・チェン:「死者と生きる童話」

・『赤い蝋燭と人魚』初版本
・『赤い蝋燭と人魚』青空文庫より
使用書体 A-OTF 明石 Std L

宮沢 賢治『インドラの網』
・ドミニク・チェン:「縁起を生きるための文学」

・「インドラの網』初版本
・『インドラの網』青空文庫より
使用書体 幻ノにじみ明朝

内藤 湖南『大阪の町人学者富永仲基』
・ドミニク・チェン:「アップデートされる宗教」

・『大阪の町人学者富永仲基』初版本
・『大阪の町人学者富永仲基』抜粋 青空文庫より
使用書体 小塚明朝

三遊亭 円朝『落語の濫觴』
・ドミニク・チェン:「落語の未来」

・『落語の濫觴』初版本
・『落語の濫觴』青空文庫より
使用書体 游教科書体 Medium

梶井基次郎『桜の樹の下には』
・ドミニク・チェン:「ポスト・ヒューマンの死生観」

・『桜の樹の下には』初版本
・『桜の樹の下には』青空文庫より
使用書体 TB明朝

岡倉 天心『茶の本』
・ドミニク・チェン:「東西翻訳奇譚」

・『茶の本』初版本
・『茶の本』抜粋 青空文庫より
使用書体 I-OTF 明朝オールド Pro R

九鬼 周造『「いき」の構造』
・ドミニク・チェン:「永遠と無限の閾」

・『「いき」の構造』初版本
・『「いき」の構造』抜粋 青空文庫より
使用書体 クレー

林 芙美子『清貧の書』
・ドミニク・チェン:「世界への信頼を回復する」

・『清貧の書』初版本
・『清貧の書』抜粋 青空文庫より
使用書体 RF 本明朝 — MT新こがな

谷崎潤一郎『陰鬱礼賛』
・ドミニク・チェン:「陰影という名の自由」

・『陰影礼賛』初版本
・『陰影礼賛』抜粋 青空文庫より
使用書体 ZENオールド明朝

岡本 かの子『家霊』
・ドミニク・チェン:「呼応しあう「いのち」」

・『家霊』初版本
・『家霊』抜粋 青空文庫より
使用書体 筑紫明朝 Pro5 — RB

折口 信夫『死者の書』
・ドミニク・チェン:「死が媒介する生」

・『死者の書』初版本
・『死者の書』抜粋 青空文庫より
使用書体 XANO明朝

中谷 宇吉郎『『西遊記』の夢』
・ドミニク・チェン:「本当に驚くような心」

・『『西遊記』の夢』初版本
・『『西遊記』の夢』抜粋 青空文庫より
使用書体 F 篠 — M

柳 宗悦『雑器の美』
・ドミニク・チェン:「アノニマス・デザインを愛でる」

・『雑器の美』初版本
・『雑器の美』抜粋 青空文庫より
使用書体 A-OTF A1 明朝

山本周五郎『季節のない街』
・ドミニク・チェン:「全ての文学」

・『季節のない街』初版本
・『季節のない街』抜粋 青空文庫より
使用書体 平成明朝体 W3

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Dominick Chen
Modern Japanese Literature as a Commons

Researcher. Ph.d. (Information Studies). Profile photo by Rakutaro Ogiwara.