
7月27日、この日は「世界は今なにを必要としているのか?」と題して朝からラテンアメリカの自立生活運動を紹介してくれる分科会があった。ウェンディとフェリーサがそれぞれコスタリカとボリビアでの実績を紹介し、マーカさんとジュディさんが昨年コスタリカやネパールを訪問したときに感想を話してくれた。それにMobility International USAのスーザンさんがこの団体を通して障害者が海外で研修を受けることができることを紹介した。
今年このNCILのカンファレンスですべてが一応の結実を見せていたけれど、ここまで来るには2年間、様々な関係者の努力が積み重なってこの結果となっている。そもそもADA25周年のときに、ぜひ来年はここで自立生活センターのサミットをやりましょう、というDPI日本会議佐藤さんの発案から始まったこの壮大なプロジェクトだったが、そのアイデアのほんとうの核となるポイントは、アメリカの自立生活センターにも日本の自立生活センターのように海外に自立生活センターを作ったり支援したりするのに積極的に加わってもらおうというところにあったと思う。
前回のこのブログでも書いたが、しかし「日本の自立生活センター」といっても実質、これまで海外の自立生活センターの立ち上げや支援に携わっているのは、ほぼぼくたちメインストリーム協会だけと言ってもそれほど間違いではなく、ところがこのサミット実現までの流れでは、ぼくらはやや蚊帳の外で、何をどういう目的でやろうとしているのかあまり判然としないまま断片的な情報や進行状況が入って来るだけだった。アメリカの自立生活センターは、企業化していて日本のセンターはとまったく違うなどという情報が、様々な判断をネガティブにしていたと思う。
ぼく自身、サミットの実現は望んではいたものの、その先がどうなって行くのか見えないままどんどん話が進んでいくのにやや不安を感じていたし、何よりもアメリカの自立生活センターというものの実体がわからなすぎて、世界の地図ではそこだけ空白になっているように描かれていたし、イメージで会話する人にも顔がなかった。
こうした状態が変わったのはやはり、昨年11月にマーカさんとジュディさんがモルフォを訪れてくれ、サンホセで国際セミナーをやってからだと思う。この間の一連の行事は、プロジェクトでも最も力を入れたものの一つだったし、ぼくらとしても彼女らを最大限のもてなしで迎えた。そして二人ともモルフォのことをとても褒めてくれた。
この日壇上でマーカさんとジュディさんが語ってくれたことは、それが決して社交辞令ではなかったことを示していた。これまで自分たちがまったく知らない間に、日本のセンターの人たちが(ジュディさんはたしか、「メインストリーム協会の人たちが」と言っていたと思う)、自立生活運動を世界に広げる活動を行なっていた。そしてこれからは、自分たちもできることから、と呼びかけていた。
これからコスタリカやボリビアがどんな風にアメリカのセンターとつながっていくかは、このNCILのカンファレンスが終わった後にそれぞれ分かれていくセンターでの話になっていくのだが、ワシントンでぼくらは最大限にもてなされていたと思った。英語が拙さすぎてうまく色んなことが聞けなかったり話せなかったりしたのが歯がゆかったが、ジュディ・ヒューマン、マーカさん、ジュディさん、コリーンさん、そしてダート・ヨシコさん!などと接しているとそれでも伝わってくる「感情」というか「思い」というかが心地よいワシントンでの滞在だったと思う。ウェンディやフェリーサはもちろんだろうけれど、ぼくがラテンアメリカでやっている仕事がちゃんと評価されてるなーって感じる場面も多々あった。
アメリカの自立生活センターが企業化しているというのもそれはそれで現実としてあるけれど、人と人のつながりはどこに行っても同じようにあり、そこから生まれる何かがある、ワシントンで抱いたこうした感想は、この後セントルイスでも繰り返されることになる。



