7月30日にワシントンから移動しセントルイスへ。8月5日までParaquadという自立生活センターで様々なことを視察させてもらいました。

同行したのは、ボリビアから来たフェリーサ、夢宙センターの平下代表、仁くん、パクチー、ヒューマンケアセンターの嶋村有紗さん、英語の通訳をお願いした中村由希さんはラオスでぼくと同じように障害者支援でJICA草の根プロジェクトのマネージャーをされてもいます。コスタリカと同じ5年間で一億円というマックス案件だそうです。訪問中バスの移動中などに、どんな官庁や企業が助成金を持っているかなど色んなノウハウを教えていただきました。

さて、今回カンファレンスが終わって日本人と世界の自立生活センターのメンバーは分かれて米国各地の自立生活センターを訪問することになりました。ぼくの今回のアメリカ訪問は全体的にラテンアメリカで活動するウェンディとフェリーサのフォローのためでした。ウェンディはその後ミルウォーキーのセンターに行くことになっており、メインストリーム協会のメンバーが同行し、フェリーサには夢宙センターの平下代表が同行してくれることになったのですが、平下さんはフェリーサとそれほど面識がないということでバックアップのためにぼくがセントルイス訪問組に加わることになりました。ミルウォーキーもセントルイスも現在アメリカで有力なセンターをわざわざ選んでもらい、今後のコスタリカとボリビアの支援につなげるための大事な訪問でした。

実際、訪問中平下さんは「これは佐藤くんから与えられた大事なミッションだから」というのが口癖で、移動日の30日到着して夜はParaquadの代表エイミーさんの自宅で歓迎会に招かれたときからいきなり「フェリーサをよろしく」と始める勢いでぼくが勢いに押されそうなくらいだったのですが、最後の最後までこんな感じで本当に申しわけないくらいでした。

平下さんには夢宙センターの代表であるのと同時に、今回全国自立生活センター協議会の代表という立場ででのParaquadの訪問だったのですが、日本の自立生活運動の歴史を振り返って今回の訪問を位置づけると、ちょっと独特な感慨が湧いて来るかと思います。というのも、ヒューマンケア協会の中西正司さんが自立生活センターを立ち上げる前に、このセントルイスのセンターを訪れ、当時の代表であったマックス・スタークロフさんとの交流などから日本の自立生活センターのアイデアを作りあげました。障害者の社会参加には介助者の存在が不可欠である。この自立生活センターの核となるコンセプトはここで中西さんに与えられ、日本に渡りその後現在まで発展していったわけでした。(中西さんのセントルイス訪問については『自立生活運動史』でも触れられています)。

マックスさんと協力者でご本人もアクティビストである夫人のコリーンさんがいた頃とはParaquadはまったくちがい現在は規模も大きく、企業と言ってもいいくらいのものでした。職員の数も多く、この規模を維持している収入の大半は介助派遣事業によるものであるということでした。しかしながら介助派遣事業といっても日本のセンターのように自分たちで研修をして介助者を養成したり、センターで登録したりするシステムもなく、ただ政府に提出する書類を処理するのにコミッションが収入として入ってくるということでした。自立生活センターとしての働きはとくにアドボカシーの分野に特化しているようで、それぞれ教育分野の専門家であったり、コミュニティでの活動を専門にやっている人など様々な分野で活動していました。事務所は広すぎて迷路のようで、あまりにも規模がちがいすぎてイメージがぴったりは来ないにしても、でもよくよく話を聞いていると障害者の支援をして、その話をまたよくよく聞いていると日本でやっている活動とあまり違わなかったりもする、といった風でした。

ショッキングだったのは、ただでさえ日本のように完全に保障されていない介助時間が、訪問の直前7月より、州の法律によって半減したらしく、一日3時間の介助しか受けれないということでした。Paraquadはそれよって収入が激減し、経営が立ち行かなくなっているということで、経営の見直しと介助派遣収入以外の収入源の確保が喫緊の課題となっていました。

今回のParaquad訪問は、おそらく前提として自立生活運動を先進の地を日本の自立生活センターのメンバーが訪問する、といった位置づけであったと思います。ただ先に書いたような状況で、規模は日本のセンターの方が小さいにしてもスピリッツのようなものは、むしろ日本のセンターの方に保たれているかも知れない。そういう風にも思いました。Paraquadから、日本に渡り、その後アジアに、そして中南米へとそのコンセプトは渡って行った。地球儀のようなものを思い浮かべて、その流れが地球を一周してまたParaquadに帰って来たのが今回の訪問であり、自立生活運動はここでまた出会い直したんだなと思いました。セントルイスだけでなく、こうした出会いが全米の様々なセンターで行われたはずであり、それがまた思わぬ反応を生んで新しい流れを作って行くことを想像するとそれだけで浮き浮きして来ます。

8月3日午後から日本の自立生活センターがやっていることを発表する時間をもらいシンポジウムをおこないました。今回の訪問のこうしたイメージをその場にいる人全体で共有し、そこでヒューマンケアセンターで最も新しい職員である嶋村さんも一言挨拶しました。新しい出会いがあって世代が変わり、その先にどんな未来があるかはわからないけど、今よりもっといい世界が待っているといいですね。

歓迎会で。代表のエイミーさん。
ずっとアテンドしてくれたクリストファーとコミュニティサポートチーム
ありさ語る
Show your support

Clapping shows how much you appreciated Takeshi Inoue’s story.