人工知能によるアートはどのように評価されるか

アーツクラフト運動 — 「美の構成学」より

美の構成学という書籍を読んでいる。

その中で、アーツクラフト運動というのが挙げられてた。これは下記のような主張を伴う運動である。

産業革命の結果として大量生産による安価な、しかし粗悪な商品があふれていた。モリスはこうした状況を批判して、中世の手仕事に帰り、生活と芸術を統一することを主張した。

この運動は産業革命に伴うものづくりの変化に対しての運動だったが、今後起こるであろう人工知能の発展に伴う、ものづくり、アートの変化に対しても同様の運動が起こるのかと感じた。

ただ、人工知能によって生成されるアートは、大量生産、安価はもちろん、質もある程度担保されるだろう点が、アーツクラフト運動の時代背景と異なることだろう。アートを見たり聞いたりしても、それが人による制作物なのか、人工知能によるものなのか、判断はつかない。しかしそれが生成される「過程」に着眼点を置き、人の手による制作物への回帰を求める運動が、アーティストを中心に起こるのではないかな、と思う。

とはいえ、アートの消費者からしたら、出来がよければその過程など気にしない方が多いと思うので、自らの手を動かすアーティストは孤独な戦いをすることになりそう。


上記は、人工知能によるアート生成ができることを前提に書いている。もちろんそのうちできるとは思うのだが、思ったより時間かかるのかなと最近は感じているので、その辺りについては改めて考えて見たい。

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