赤松正行「タレスの刻印」展示評

はじめに

WaxOgawa
NEORT.JP
Sep 20, 2022

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台風も過ぎ去って、一気に冷え込んできた。NEORT++の位置する、まるかビル3Fでの雰囲気も秋にふさわしいような気がする。さて、今月は赤松正行氏による展示「タレスの刻印」の評をお送りしよう。

展示評

本展示では赤松正行氏(以下、赤松)による長時間露光写真・動画が展示される。赤松はこれまで、メディア作家としてインタラクティブな音楽や映像作品を制作してきた。発表形態にはインスタレーションやパフォーマンスを含むものもあり、その表象はまさに多岐にわたると言えよう。

一方で、今回のNEORT++で試みられる展示は、赤松にとっても初となる写真展である。

動き続けること

本展示のタイトルにもなっている「タレスの刻印」について、赤松は次のように説明してくれた。

「タレスの刻印」は特殊な撮影方法によって星空を長時間露光した写真および動画です。暗い夜空に浮かび上がるのは星々の軌跡であり、時には雲や雷、そして飛行機や人工衛星も映り込むこともあります。カメラは独自のデバイスとプログラムによってデジタル制御されており、数十分から数時間かけて撮影を行います。このような制御とともに、場所、時間、気象などによって撮影ごとに異なる多様な図像が得られます。

ある夜、エーゲ海に面した都市国家ミレトスで、星空を見上げながら歩いていたタレスは、道端の溝に気が付かず転倒してしまいます。星々をつぶさに眺め、その真理を探ることに没頭していたからです。ここで重要なのは彼が移動していたことです。天体は一般的に堅牢な天文台で定点観測するので、彼の行動は奇異に感じられます。そこで彼の眼に脳裏に映った星々を想像してみましょう。それが「タレスの刻印」の本質です。

移動しながら観察することは相対運動として複雑な事象を引き起こします。天動説か地動説かはさておき、地球に対する星々の動きに加えて観察者が動けば、さらに混沌とした多体運動となります。それは予測不可能な複雑性を持ち、流麗で魅惑的な表象が現れます。水面にインクを垂らして模様を写し取る墨流しのように、夜空の星々のダンスを感光させます。それが「タレスの刻印」の図像です。

なお、タレスは古代ギリシャの哲学者で、数学や天文学にも通じていました。世界の起源を神話や寓話ではなく合理的に説明したことで科学の父とも言われ、タレスの定理、ピラミッドの高さの推定、日食の予言、オリーブの収穫予測といった業績でも知られています。無類のスポーツ好きでもあったそうで、まさしく動く観察者、走る哲学者と言えるようです。

赤松の説明からも浮かび上がってくるように、「動き続けること」によって、カオス的な美がそこに立ち現れてくる。NEORT++での展示会場風景では、星空の長時間露光動画が投影されるとともに、アクリル板にプリントされた作品が吊るされ、複雑な光の位相をなす。それは「動的静止」と呼んでもいいかもしれない。そして、この「動き続けること」が、これからのデジタル表現を扱う上では、重要なキーワードになるのかもしれない。そんな仮説を持ちながら、もう少し赤松の作品やデジタル表現について考えてみよう。

動的静止・ベケット・デジタル表現

この「動的静止」は、アイルランドの劇作家であるサミュエル・ベケットがよく取り扱った主題でもある。彼は「不条理劇」と呼ばれるジャンルを確立させ、劇の中で疲労した人たちを描き出した。

この息づきあえぐ色についていったいどう言えばよいのか? このうごめく静止(cette stase grouillante)について? ここではすべてが動き、泳ぎ、逃げ、戻り、崩れ、ふたたび形作られる。 すべてがやむことなくやむ。 まるで分子が反乱を起こし、風解する千分の一秒前の石の内部のようだ。(Beckett, 1989, 35. 森, 2021, p. 29による)

こうしたベケットの視線を感じつつ、赤松の作品を見るとき、「デジタル表現を取り入れた作品に向き合うとき、ある種の倫理的な態度が浮かび上がってくる」ということに気づいた。

デジタル表現は、単一のメディウムにとどまらない。コンピュータ・グラフィックスや映像、VRやAI、そしてNFTをはじめとした領野。こうしたいくつもの媒体を渡り歩きながら、ある探求のための適切な距離感を構築していく。それは、ある〈美的=倫理的〉真実のための建築物・ネットワークかもしれない。例えば、写真というメディウムに対して、「私はどの程度の距離感を持つべきだろうか?」という態度を持ちながら、他方ではインスタレーションというメディウムに対しても、「距離感」を問うこと。それは、やはり「対象に対する倫理的な問いかけ」に近いだろう。

私はどこまで写真を扱うべきだろうか? 私は写真を使って、どこまで表現できるだろうか? 私は鑑賞者たるあなたに対して、どう問いかけるべきだろうか……

あるいはこうも言い換えられるかもしれない、「メディウム同士のネットワークの距離感」が、作家らしさを構成しているのかもしれない、と。

こうした観点から、赤松の展示を見るとき、赤松の示そうとしたネットワークは、「タレスの刻印」で示された複雑な線分、絡み合うかのような光の軌跡、動き続けることが示していく、混沌たる美に重なるのかもしれない。

赤松の姿勢・NEORT++という場で

さらに、本展に寄せて撮影された画像は、自然現象をそのまま長時間露光で捉えた写真ではなく、プログラムによって制御されるモーターの回転によって「意図と偶発」をミックスさせた作品でもある。
この撮影のための機材は赤松によって自作されており、加えて、撮影後の編集はほとんど行われていない。

また、赤松によって自作された機材は、その場で画像を加算合成し、リアルタイムで出力する。その様子は、ジェネラティブ・アートの持つ性質にも重なる。(詳細はトークイベントのアーカイブ映像を参照)そこに組み込まれた2つのモーターによる二軸の回転は、地球の公転と自転(あるいは地球上に暮らす人々の動き)のような関係を示している。

赤松によって自作された撮影機材。

このことについて、赤松は「いくらでも変化し続けるものを静止させる「矛盾」と言うか、やりきれなさ」を感じたと語ってくれた。一方で、そこにある可能性について、次のように語っている。

ただ、動いているものが静止する時に加速度(パワー)は最大になることに気がついて、それこそが表現としての力(パワー)になると期待するようになりました。

赤松の示した「静止」的な可能性が「写真」に集約されているといえるだろう。さらに、近年、「クリティカル・サイクリング」という運動を主宰している赤松の姿勢が「動的静止」という言葉で浮かび上がってくるようにも思える。「自転車に乗ること」という観点から「動くこと」を提唱し、わたしたちの存在論をも巻き込んだ問いへと発展させていく。

世界は変化している。21世紀を迎えた人類は、利便性に堕してバランスを逸したモダニズムに、ようやくブレーキをかけつつある。
そして現在、私たちの生活空間は、モバイルに象徴されるメディア技術によって、ヴァーチャルなインフラストラクチャーと接続し、新たなリアルを獲得した。しかしこの生活圏は、あまりに可塑性が高く、過剰に生成し、暴走しがちなのだ。私たちは、見えない時空間を再構成する、メディア表現を必要としている。こうした事態に、いま私たちが掲げるキーワードは、バランスの復権だ。(…)愛する者よ、自転車に乗り、共に世界を再起動しよう!(「クリティカル・サイクリング宣言」から)

こうした赤松の意欲的な試みのひとつの断片を「タレスの刻印」として、NEORT++で展開できることを、喜ばしく思う。

なお、作品はNFTとして販売されているが、同時に、アクリル板に「タレスの刻印」シリーズが印刷された物理的作品も発送される。

こうした新たな販売形態の模索も広げながら、NEORT++もまた「動き続けて」いきたい。

Reference

Beckett, Le monde et le pantalon, 35。ベケット「ヴァン・ヴェルデ兄弟の絵画、あるいは世界とズボン」(ベケット『ジョイス論/プルースト論』岩崎力訳、212)、森尚也(2021)「サミュエル・ベケットの〈うごめく静止〉 — — ライプニッツとゲーリンクス — — 」『神戸女子大学文学部紀要』(59)による。

アーティストについて

赤松正行

1961年、兵庫県生まれ。メディア作家。京都市立芸術大学大学院美術研究科修了、博士(美術)。情報科学芸術大学院大学(IAMAS)メディア表現研究科研究科長・教授。クリティカル・サイクリング主宰。インタラクティブな音楽や映像作品を制作、近年はモビリティとリアリティをテーマに、テクノロジーが人と社会へ及ぼす影響を制作を通して考察している。代表作に書籍「2061:Maxオデッセイ」、「iOSの教科書」、アプリ「Banner」、「Decision Free」、展覧会「Time Machine!」、「ARアート・ミュージアム」などがある「セカイカメラ」や「雰囲気メガネ」といった先進的なIT製品の開発にも携わり、アートの領域を広げようとしている。

著者について

waxogawa/小川楽生

キュレーター、アーティスト。2001年、石川県生まれ。慶應義塾大学SFC在学中。東京大学AMSEA:社会を指向する芸術のためのアートマネジメント育成事業第三期生。茨城県ひたちなか市那珂湊地区芸術祭「みなとメディアミュージアム」代表。展示に「語りうる可能性のすべて(2021)」、「cubed of conjunction(2022)」など。

展示について・NEORT++について

会期:2022年9月11日~10月2日
会場:NEORT++
住所:東京都中央区日本橋馬喰町2–2–14 まるか3F
開館時間:14:00~19:00
休館日:月、火、祝
観覧料:無料

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