「感性」を定量化するのは最も困難だから面白い──“音楽”から場所を探すアプリ「Placy」代表の鈴木綜真氏と考える、これからの作家像、つくり手と使い手の新しい関係性

秋吉成紀
NEW INDEPENDENTS
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17 min readDec 12, 2019

社会システムのなかで新しい作家像の確立と、自らの主体性を獲得しうる理論の構築を目指すKOCA連続レクチャーシリーズ「NEW INDEPENDENTS」。

OTON GLASS代表を務めるアーティストの島影圭佑、Synflux主宰のスペキュラティヴ・ファッションデザイナー川崎和也が共同キュレーターを務め、編集者の岡田弘太郎がイベントシリーズの発信を務める本イベントでは、2020年代を生きのびるための新たなる態度〈アティテュード〉とは何かを様々な分野の実践者とともに議論していく。

第2回レポートはこちら

第3回は「都市の均質化に抗うための、『感性』とデータの幸せな融合───Placyと『都市の隙間』を考える」と題して、Placy代表の鈴木綜真氏をゲストに招いた。

鈴木綜真氏(Placy代表)

Placyは好きな音楽で場所を探せる地図アプリ「Placy」の開発・提供するスタートアップ。大規模な都市開発による都市の均質化の理由は、開発の指標に街の雰囲気や都市の特性といった定性データが組み込まれていないから──。そのことに危機感を覚えた鈴木氏は「空間を感取して意味を創る」をビジョンに掲げ、それらの感覚知を実務的な指標にするべく定性データの定量化に取り組んでいる。

地図アプリ「Placy」も都市の感性データを定量化するためのツールの1つであり、他にも画像解析やネットワーク・アナリシスを用いて、都市の街路や空間の雰囲気の定量化を目指している。現在は収集した定量データをもとに、不動産デベロッパーやゼネコン、温泉街などに対してのコンサルティング事業を行なう。

「Placy」は、プロフィールに登録した楽曲や検索にかけた楽曲をもとに、類似した音楽を登録している他のユーザーが訪れた場所を表示する

鈴木氏のプレゼンテーションの後は、前回と同じく川崎、島影、そして岡田を交えたトークセッションが行われた。鈴木氏の活動の原点からPlacyの運営方針まで議論が展開していく様子をレポートする。

最も定量化が難しいものに挑みたいという欲求

川崎:Placyは都市領域での新しい実践だと捉えています。都市という領域への関心はいつ生まれましたか?

鈴木:大学卒業後に一時期住んでいたスペインのバルセロナで興味を持つようになったんです。アントニ・ガウディ(Antonio Gaudi)建築のカサ・ミラに偶然にも住めることになり、住んでいる間はずっと街の人の動きを見ていました。それを見ているうちに「なぜあっちの方向に歩いて行ったのか」などの疑問が浮かんできて、それを説明したいと考えるようになりました。行動解析は学部生の頃に学んでいた物理のシュミレーション方法で分析できると気づき、それを深めるためにロンドン大学バートレット校に進学します。

川崎:進学後は都市空間解析の研究をされていたと思いますが、現在の活動にどのような影響がありましたか?

鈴木:当初は、人と空間のパラメータ書き出せばすべて定量化して説明できると思っていたんです。でも、仲良くしていたグループの人たちに「感覚的なものごとをすべてシュミレートできるわけがない」と諭され、考え方が変わりました。そこからは、データである程度までは分析できるけど、説明できない部分があるというスタンスをもつようになります。ぼくが「感性」という言葉を使うのは、定量データで説明できない最も難しいものに近いのが「感性」だと思っているからなんです。そこに挑戦するから面白いんです。

川崎和也(スペキュラティヴ・ファッションデザイナー/Synflux主宰)

川崎:Placyの活動は、都市の定量化の不可能性という困難な課題を探求する知的な試みだと思います。そこにある科学的な欲求には、鈴木さんなりの解釈が入りますよね。そうすると、科学から外れる。意味を付け加えていくことに対する欲求はあるんですか? また、その欲求をPlacyのビジネスにどのように接続させていますか?

鈴木:個人的に本当にやりたいのは、空間のパラメータと人のパラメータの関係を理解することなんです。しかし、理解したいというのはあくまで個人的な欲求なので、誰にも価値を提供できないというジレンマがある。ただ、東京大学で都市解析を教えている吉村先生に相談したときに「自分だけがわかっていることを再現可能な形で提供するのがサイエンス」とおっしゃていて、それに救われたんです。ぼくが見ている世界のあり方を数式化・定量化し、役立たせることもサイエンスだと。なので、都市の均質化への抵抗という目的を活動に組み込むことで、人に価値を提供できる方向に欲求をシフトさせていますね。

データの入力と、想定外の出力プロセス

川崎:ロンドンから帰国した後、Placyの活動を始められたと思うのですが、改めてPlacyの検索方法の特性とは何ですか?

鈴木:Placyは、SpotifyのAPIを利用したテンポやBPMなどの曲調解析データと、画像認識に基づく場所の雰囲気や立地などの関連性から検索結果を出してます。従来のAmazonによるレコメンドなどのアルゴリズムでは、自動的に行動データが入力されてしまい、ブラックボックスの状態で演算され「オススメの商品や場所」が出力されます。一方、Placyでは意識的に自分が好きなものをステートメントとして入力するという能動的なプロセスがあります。

川崎:なるほど。出力はレコメンドだけれど、「私はこういうデータをPlacyに預けます」という入力のプロセスがあるわけですよね。そこで、データ処理のプロセスの透明性が高まるわけですね。

島影圭佑(アーティスト/OTON GLASS主宰)

島影:ぼくや川崎くんがつくるハードウェアや服は、それ自体が問いを誘発する人工物だと思っているんです。スマートフォンも当初はその効果があったと思うんだけれど、皆が使っていくうちに均質化されてしまった。Placyのアプリは、どういうデータを入力することを促すようになるとすると面白い人工物になるのか、何か考えていることはありますか?

鈴木:最初は都市研究者のケヴィン・リンチ(Kevin Lynch)が提唱したイマジナビリティーをマッピングした地図を考えていたのですが、それを事業化するのは正直不可能なので、だいぶ折れて音楽を基準としました。今後は映画や写真などさらに多くの人が使えるような基準を増やしていこうと考えています。収集するデータについても、ユーザーが提供したいデータを選択できるようにしていこうと考えています。これは妄想ですが、Placyが収集したデータをもとに建物が建ったとして、それをユーザーに「あなたの提供したデータに基づいて〇〇が建ちました」などと通知できる仕組みがあればいいなと思います。さらに、その建物が建ったことで得られたお金を、データを提供したユーザーに還元できるようになれば、都市開発の民主化になると思います。

川崎:ちなみに、検索結果として場所が出力されるわけですが、実際に行った人と行ってない人はどのような割合ですか?

鈴木:実際に行った人のほうが少ないですね。お気に入りに登録するまではしてくれているので、そこから実際に行ってもらうためのの仕掛けは今後考えていきたいです。

BtoCとBtoBの両輪をまわすための仕組みづくり

川崎:「NEW INDEPENDENTS」の定義のひとつに「制作と運営の一致」があると考えています。Placyを立ち上げて半年ほどですが、経営状態や売り上げはいかがですか?

鈴木:儲かる兆しはでてきたんじゃないかと思います。運営面に関しては、経営戦略を担当している上林悠也が第三者の目線で誰に何の価値を提供するかなどの部分を整理してくているので、ビジネスとして進むようになったと思います。

川崎:Placyが提示するデータや都市のビジョンは、ゼネコンやデベロッパーの人にはどのように受け取られるのでしょうか?

鈴木:案外興味をもってくれます。ゼネコンや不動産デベロッパーに勤めている人も、街の特性を破壊したり悪くしたいわけではないので、Placyのビジョンを説明すると賛同してくれます。大規模な都市開発は、短期的に見ると労働生産性や経済合理性は高いのですが、長期的に見ると人が流失してしまうため損失が大きい。そのため、都市開発の方向性が変わりつつあるのも、Placy のビジョンが賛同を得るための助けになっていると思います。あとは、ディベロッパーやゼネコン内部の人たちはそもそも都市が好きでその職に就いているので「よりよい街をつくりたい」という個人的なモチベーションからも賛同の要因があると思います。

川崎:不動産デベロッパーやゼネコンへのコンサルティングといったBtoBと、地図アプリのBtoCの2方面からビジネスを展開していますが、それぞれはどのような位置づけなのでしょう。

鈴木:BtoCの地図アプリはデータを取得するためのプラットフォームにしているため、一切お金は取っていません。そこで収集したデータをもとにBtoB事業を広げてお金をつくるため、そのサイクルは一貫しています。今はコンサルティングが中心ですがそれだけではスケールしないので、データをAPI化したビジネスモデルにも挑戦していきたいと考えています。

使い手とつくり手の新しい関係性

川崎:「NEW INDEPENDENTS」の定義を考える上で、「使い手とつくり手の新しい関係性」がキーワードになってくると考えています。定量化できないような個別固有な存在としてのエクストリームなユーザー像と、ペルソナと言われる平均化されたユーザー像の二極化したユーザーの捉え方がありますが、鈴木さんはどのようにPlacyのユーザーを捉えていますか?

鈴木:最初はペルソナという捉え方はおこがましいと思っていたのですが、実用的にするためには多少のカテゴライズは必要だと考えています。もちろん、これが人の分類そのものであると理解するのではなく、あくまでも一つのモデルと考えてカテゴライズしないといけないと思います。

ただ、ペルソナは人間を単純化する危険な捉え方なので、全てを定量化することはできないという態度をもつことを大事にしています。「ある程度実用的な段階まで定量化・モデル化できていますが、これは人間の全てを説明したものではありません」と提携先にきちんと伝えながら進めていくのが1つだと思います。

岡田弘太郎(編集者)

岡田:ユーザーがステートメントを表明する際に、どのように能動的に行動してもらうのか。そのアーキテクチャ設計で工夫していることがあれば、教えてください。

鈴木:自分の好きな音楽を入れたときにカッコ悪い場所が出てきたら嫌だと思うので、ダサい場所がデータにあがってきた場合はブラックリストに入れて表示されないようにしています。そこは、ぼく個人が手動で操作している部分です。また、Placyを使って集まってきた人は気があうはずなので、同じ場所に来ている人とはメッセージができるコミュニティ機能はつけようと考えています。

Placyが目指すのは、個別性を伴った「マス化」

島影:事業を拡大していく上で、適切なスケールの方法があると思います。ぼくや前回登壇いただいたSAMPOの塩浦さんのように定量データが一切ないナラティブ志向の運営指針もありますが、鈴木さんはそれの良さを分かりながら敢えて定量化やマス化を目指していると思います。鈴木さんが言うマス化は、Placyを使えば使うほど各自の個別性がビジュアライズされてくというマスと個別性がセットになっている新しい概念だと捉えているのですが、改めて鈴木さんにとっての「マス化」とはなんですか?

鈴木:Placyの本懐を理解してくれる人はかなり限られると思います。わたしたちがいまいるコミュニティも、世間から見ればアカデミックかつハイコンテクストなものです。こういう場は大好きなんですけれど、ぼくはそこら辺のおっさんにも分かってもらえるようなコンテクストに落とし込みたい。そう考えると、音楽から場所が探せますというチューニングになってくると思います。

川崎:マス化にあたってチューニングが必要となると。一方で、鈴木さんなりのこだわりもありますよね。そのバランスはどのようにとっているのですか?

鈴木:自分がもってるこだわりを全員に押し付けるのはおこがましいと思っています。ぼくらはみんなが分かる絶対面白い部分を評価してもらったあとに、「あ、こういうコンセプトがあったんだ」ぐらいでいいと思っています。1年前の自分が聞いたらダサいと思うかもしれませんが、ぼくらは本当に価値を感じてるならみんなに分からせる必要があると思うのでマス化したいと考えています。

都市の均質化や空間の感性など、新しいことを言っているように思えますが、この題目は昔から言われていることで、定量化して見せることができなかったから文章としてしか成果は残っていません。シチュアシオニスト・インターナショナル(Situationist International)やジェイン・ジェイコブズ(Jane Jacobs)的なアプローチは僕も大好きなんですけど、それらは結果的にマス化していません。しかし現在はデータ解析技術が発展したため、それを定量データ化して提示できる時代になりました。そういう考え方をマス化できるかどうかは結構チャレンジングだと思っていて、その役割を担っていこうと頑張ってます。

川崎:ハイコンテクストとローコンテクストの間で揺れる新しい作家像が浮かび上がってきたのではないかと思います。

島影:たしかに。好きな音楽を入力して場所をレコメンドされるというのはハプニングで、一般的なサービスよりも、ものすごい難しいことをしてると思います。そこにある美学に対して価値が生まれ、そこからビジネスモデルが生まれていくのも「NEW INDEPENDENTS」っぽいかな、と感じました。最後は会場に開いてみたいと思います。

会場:Placyを使ってみたのですが、レコメンドされたのがアメリカンな雰囲気お店でした。偶然なのですが、入力したバンドはPVを福生の米軍基地で撮っていて、米軍基地とアメリカンな雰囲気をつなげていたとしたらすごいと思いました。

鈴木:ネタばらしからするとそこまで汲み取れていないです。たまたまその検索結果が出て、ユーザーの方が勝手に物語をつくってくれるというのは凄い面白いですね。

感覚知の定量化やマス化を志向する運営方針、ユーザーの捉え方など、鈴木氏の回答からは前回の塩浦氏との対照的な姿勢が垣間見えた。都市にまつわる事業を展開する点で両者は同じだが、その方向性には明確なコントラストが浮かび上がってきた。鈴木氏が度々口にしていた「マス化」については、「NEW INDEPENDENTS」の定義を議論していく上で、特に考えていかなくてはいけない課題なのかもしれない。

次回のゲストは、義手の研究開発に取り組む特定非営利活動法人Mission ARM Japan(MAJ)理事の近藤玄大氏。「NEW INDEPENDENTS」第4回「ポスト・ファブ時代の『自立共生』のための共同体づくり───Mission ARM Japanと『ものづくり』を考える」は、12月13日(金)19時からの開催を予定している。

(テキスト=秋吉成紀、編集=岡田弘太郎)

「NEW INDEPENDENTS」第4回「ポスト・ファブ時代の『自立共生』のための共同体づくり───Mission ARM Japanと『ものづくり』を考える」

ゲスト:近藤玄大(MAJ
日程:12月13日(金)
時間:18:30 開場 / 19:00~21:00 トークセッション / 21:00~ 懇親会
場所:KOCA A棟ラウンジ
住所:
東京都大田区大森西6–17–17
アクセス:京浜急行電鉄本線 梅屋敷駅から徒歩1分
入場料:一般参加 2000円 (ワンドリンク付) / KOCA入居者 無料 (ドリンク有料)
定員:30名
主催:株式会社@カマタ

KOCAは、あらゆるクリエイションの実験をサポートするコワーキングであり、工房であり、インキュベーションスペースです。京急線高架下に2019年4月に新しく誕生しました。都内で最も町工場の多い大田区で、新しい出会いやコラボレーションから魅力的なサービス、プロダクト、プロジェクトが創出されるプラットフォーム/コミュニティを目指しています。株式会社@カマタが運営。

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秋吉成紀
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「ファッション」嫌い/フリーランスライター/RTF/元『WWDジャパン』アルバイト/94年生まれ/ハバネロ胡椒/ドーゾ/