2008年と2018年

外部環境の変化と私自身の心の変化

勤務医を辞め、開業し、考える時間を確保したことで私は息を吹き返し、様々なことに手を出してきましたが、その一つが2008年に書いたネット小説でした。

勤務医当時より医療従事者を取り巻く環境が窮屈になって来ているのを感じていて(正確には医学部学生の頃から薄々と)、最終的にはその波に飲み込まれてフリーズした状態になっていました。

先にも進めない、後にも引けない、そんな感じ。

多分、今も、当時の私のような窮屈さを感じながら目の前の圧倒されそうな業務をこなしている医師が全国にいるんだろうなと想像しています。

どちらかと言うと絶望的な気分で、そして書かずにおられない心境で「2018年菊花病院・2018年地中海病院」を書きました。

少数の医師仲間が面白がってくれたので、途中でやめるわけにも行かず、「いつ更新するのか予め教えて欲しい」と言う要望に応えて毎週水曜日に1話書き加えると言う約束をしました。

(約束をしたのはいいけれど、後でしまったと思いました。小出しにしていく連続小説は、後に戻って作り変えることができません。でも約束したからには先に進めなくちゃいけない。一方で、締め切りを設けたことで完走できた気もします。)

10年後の医療を予想する、警鐘を鳴らすと言う思いで書いた小説ですが、このことが逆に私に「本当に書いて良かったのか?」と言う疑問を投げかけることになりました。趣味程度の、読者も限られた小説なのでそこまで自意識過剰になる必要性などないのかも知れませんが。でも、これは「他人がどう思うか?」という問題でもないんですよね。私自身がどう認識するかであって。

(簡単に小説の内容を記すと、最低限の医療しか受けられないサービスの悪い公立病院と、高度な医療を受けられるけれどめちゃくちゃ値段の高い私立病院の二極化した世界を描いた小説です。)

「悪い予想をすることが果たして医師として倫理的にどうなのか?」と言う疑問です。

もっと突き詰めて言うならば「そうならないためにオマエにできる事はないのか? 単なる逃げではないのか?」と言う自問でした。

私がこの小説を書いた年、2008年にスティーブ・ジョブズが iPhone を世に出しました。小説の中にはそれは反映されていません。

私がiPhone と、iPhone の凄さを認識するまで、さらにしばらく時間がかかりましたので(笑)、1〜2年小説を書くのが遅かったとしても話の内容に大した違いは生じなかっただろうと思います。

iPhone を始めとしたICT( Information and Communication Technology)の著しい発達は私の描いていた未来像を急カーブで回避しているように思えます。

いずれにせよ、この時期から今日まで、画期的な技術革新が起こったことで大きく私たちの生活が現在進行形で変わりつつある、というのが今の私の認識です。

医療も例外ではなく、いやむしろ例外であっていいわけがなく、「安価で利便性の高いインフラ」を利用することで医療従事者にとっても患者さんにとっても今より居心地の良い世界が構築できるのではないかと思っています。

ただし、そのためにはそれなりの努力が必要であるはずで、来年2018年を前に、まさに現在私たち医療従事者にその覚悟があるのかどうか問われているような気がしています。

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