長年の心の謎はシンプルなことでした

FUJIFILM X-T1 + XF35mmF1.4

やりたくないことを、(今)やっている。やりたくないことを、(これから)やらなくてはならない。こうなると人は現実逃避しがち。そうじゃありませんか?

例えば、ゲームなどの娯楽で心を満たそうとする。僕は昔からそう。なぜそうだったのか、ようやく謎が解けました。心の底からやりたくないことだったからです。

だからこそ、僕らはその日その時やりたいことをやった方がいい。特に目指す先があるなら、それにつながることをやるのがベスト。

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とはいえ、僕はゲームは好きなんです。言うなれば、やりたいこと(Want)のひとつなんですよ。

問題なのは、本来やりたいことをやったのに「あっちゃ〜」って思っちゃってること。罪悪感としてしまっていること。

でも、罪悪「感」とあるとおり、この感情は事実ではありません。罪ではなくて、罪と勘違いしちゃってるだけ。ただそう感じちゃってるだけ。

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だから本当に大切なのは、

  • 目指す先があったとして、そこにつながることをやった方がいい
  • でも、そこにつながらないこともやっていい

「前者をやった自分は偉い、後者をやった自分はダメ」ではないんです。

そうではなく、仮に(目指す先には近づいてないから)ダメだとしても、そのダメな自分すら「すげぇ」、「まぁいいか」、「大丈夫」ってことにする。そうすると罪悪感は薄れていき、次第になくなると僕は思う。

これが「自己受容」と呼ばれるモノなんだろうな。

事実、その時やりたかったことをやっているわけですから、潜在意識としては良いことなんですよ。心は喜んでいるわけ。なのに、顕在意識が勝手に「あっちゃ〜」って勘違いしているだけ。

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ここで謎がひとつ。

僕にはその日やりたかったことが、翌日やりたくないことになってしまったりすることがあって、これはなんでだろうって思う。「これは!!」とやりたくなったことなのに、翌日になると「別にいいか」になってしまうのはなぜだろう?

Want → Mustとなった原因が知りたい。

もっというと、Mustなことを心の底からのWantに遷移させる心構えが僕は知りたい。

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その第1歩はやっぱ自己受容なのかな。

ど〜んな自分でもOKとする。ど〜んな自分にもOKを出す。

そうすることで、やることなすことが全部自分のためになるから楽しくなる。やりたくなる。そして、やるから自分が満たされる。

というわけで、心のお稽古は続く・・・。

※写真は2年前、六本木のOutbackで恩師友人とお酒を飲んだときのひとコマ。このときは「昼間っからお酒なんて!」って思っていたときですが、今は昼間からでもお酒は飲んでいいし、飲みたいって思ってます。