Another Way
砂漠に浮かぶ眠らない都市、ラスベガス。日中の気温は40度を超え、外を歩くにも5分と経てば照りつける太陽に嫌気がさし、自分が吐く息にも熱気を帯び、無謀なことをしたと後悔を覚えてしまう。夜になるとその熱気がカジノとエンターテインメントへと舞台を移し、ピラミッドやエッフェル塔を模したホテルを観光客が嬌声を上げながら練り歩く。そんな灼熱と娯楽の街が、7月になるとNBAを目指す者たちの登竜門となるのである。
世界から選ばれた500人。現在NBAに所属する選手の合計であり、 うち海外からやってきた選手に限定すればその数は100人近く。37の国や地域から集まり、カナダ、フランス、オーストラリア、ブラジル、スペイン、イタリアと年々その数は増えている。NBA本体も海外のファンの獲得の意向は強く、プレシーズンやレギュラーシーズンの試合は中国やメキシコ、イギリスやドイツで行われたり、親善試合がアフリカで開催されるなど、積極的に選手に触れ合える機会も作り出している。インターネットの恩恵も追い風となり、今や20カ国でNBAのWebページが運営され、ライブで試合も見ることが可能だ。ハイライトはYoutubeやTwitter、Facebookなどの様々なプラットフォームに即日アップされ、世界中のNBAファンにリアルタイムで興奮が共有される。
NBAへの道のりは、6月末のドラフトから始まる。
全30チームが出席するイベントでそれぞれのチームが2回ずつ指名し、合計60名がプロへの切符を手にする。内訳はアメリカの大学経由が8割、そして世界のプロリーグ経由が2割といったところだ。このうち上位30名に関しては契約が予め定められているのでNBAのチームの所属が決定する。しかし、2巡目指名と呼ばれる下位の30名に関しては指名されても実力を証明されなければ、チームから契約を提示されない可能性もある。10月中旬にレギュラーシーズンが始まるまでの3ヶ月以上を掛けて、NBAの生き残りを賭けた長いセレクションが訪れるのだ。
トーマス&マックセンターはラスベガスのマッカラン空港から車で5分ほど、ストリップ通りの喧騒から離れた場所にあるアリーナだ。ここはネバダ大学ラスベガス校のキャンパス内にあり、れっきとした大学の施設である。とはいえ、NBAのオールスターも過去に開催された経歴もあり、収容人数は1万8000人を超え、NBAの平均的なアリーナと比べても遜色はない。
この場所に、7月の初旬から下旬にかけてNBAの全30チームが集結し、サマーリーグが行われる。
通常のNBAのチームとは異なり、1チーム15人のルールは変わらないが、所属しているのはドラフトで指名された選手、指名から漏れた有力選手、海外から挑戦している選手、チームの2,3年目の若手で即席のチームが構成されている。1チーム最低でも5試合が組まれており、全チームのスカウトやチームの編成担当が見ている中で、自分こそがNBAに相応しいプレイヤーだと主張しなければならない。ライバルは敵のチームでもあり、時にはチームメイトでもあるのだ。細かい数字は変わってくるが、およその選手の構成を平均化してみると、この15人のうち2,3年目のNBA選手が2人、2,3年目だが場合によってはNBA契約を切られてしまう選手が4人、先月のドラフトで契約を得た1巡目の選手1人、契約を勝ち取る必要がある2巡目の選手が1人、今年を含め過去3年でドラフトで指名されなかった選手が7人。それぞれの目的が異なった混成メンバーでチームが組まれている。ここでは自分が持つ能力がどうチームの勝利に貢献できるか、またどれだけのポテンシャルを秘めているかなどが首脳陣達によって査定されている。
ここで活躍が認められたのならば、NBAの本契約を手に入れることができるが、ケースとしては非常に稀である。ほとんどの場合、レギュラーシーズンが始まる前に行われる、9月のキャンプの招待契約か、チームの育成枠としての2-way契約を勝ち取るのだ。この2種類の契約はNBAへの足がかりとなるもので、シーズン中に活用される10日間契約を含めると、3つのルートがあることになる。
キャンプ契約(Exhibit 10)
NBAは1チームに選手を15人まで登録できる。ただそれはレギュラーシーズンが始まってからの話であり、オフシーズンの現在では一時的にロスターの数が20人までに拡大している。レギュラーシーズンは10月半ばから始まるのだが、チーム練習自体は9月下旬からスタートしている。秋のキャンプでは、レギュラーシーズンに向けてチームに戦術や連携の練度を上げ、練習試合を通して仕上げていく。
もう一つのテーマが育成枠の争いである。後述する2-way契約と呼ばれる育成選手を各チーム2人ずつ抱えることができる。厳密にいえば異なるのだが、ロスター15人+育成の2人の合計17人がNBAに所属していて、その最終選考も兼ねている。
7月のサマーリーグが終わった時点でこの17人を全部埋めてしまっているチームもあれば、2-way契約のみ空いているチーム、本契約であるロスター枠すらも空けているところもあり、秋のキャンプはいずれかの形でNBAへの切符を勝ち取る、いわば最終選考の場所である。
ただ、この秋のキャンプに呼ばれなければ開幕の時点でNBAに所属することはまず難しい。そう考えると、全ての新人選手はまず秋のキャンプに呼ばれることを目標としなければならなく、その前哨戦としてサマーリーグが位置づけられているのだ。
秋のキャンプに呼ばれる選手は特殊な契約が与えられている。Exhibit 10と呼ばれていて、2017年のCBAから登場した条項である。通常のNBA契約と異なりキャンプに呼ばれた後に、2つの選択肢に分かれていく条件付き契約であることが特徴的だ。
①キャンプ契約で認められた場合、後述の2-way契約にコンバートされる②レギュラーシーズン前にカットされた場合、傘下のG Leagueに所属することで、金銭的ボーナス($50,000)が支払われる
といった2つのルートのうち、どちらかが選ばれる。なお、1チームExhibit 10を与えられる選手数は6人までである。
サマーリーグに話を戻すと、ロスターに選ばれた15人のうち、NBAの本契約がもらえていない選手の数は12人前後である。サマーリーグでポテンシャルが認められ、秋のキャンプに呼ばれるのはたった3-5人ほどに絞られる。
渡邊雄太が所属するネッツのサマーリーグロスターを例に出すと、NBA契約があるジャレット・アレン、レバート、今年のドラフトで指名されたムサとクルークスの4人を除くと、昨年NBA経験があるクリストン、ドイル、ウェブの3人、ピンソン、渡邊を含むNBA経験のない残りの8人の合計11人のうちから、3-5人前後がキャンプに招待される。現在の招待状況(7/19)を確認すると、ピンソンとタイラー・デイビスがExhibit 10契約を結んでいるので、キャンプに呼ばれる見込みだ。とはいえ、サマーリーグと異なり、秋のキャンプでは1軍と合流して練習するので、求められるシュート力、フィジカル、スピード、戦術理解度はより高いものになる。他のNBAチームと練習試合をすることで、本当のNBA選手と自分の差がどれだけあるのかと、現状の自分の立ち位置を確認できる機会でもあるのだ。
秋のキャンプからレギュラーシーズンが始まるまでに、NBAで育成したいとフロントが判断した選手は2-way契約を手にする一方、ここで契約を勝ち取れない選手にもまだ大きなチャンスが残されている。
G League
NBAのチームはそれぞれ傘下にデべロップメントリーグのG Leagueをもつ(2018年7月現在、4チームが所持していない。ウィザーズは今年発足予定。ナゲッツ、ペリカンズ、ブレイザーズが未定)。2001年からある制度で、途中で名称を変えはしているが、その骨子は選手の育成にある。26チームで構成されていて、2つのカンファレンスと3つのディヴィジョンから成り立つ。いくつかの例外はあるが、チームを運営しているのは親会社となるNBAチームであり、1軍と同じ指導方針で選手を練習することで、選手のフィットを促したり、時にはインアクティブリストに入れた選手を傘下のG Leagueチームでリハビリがてらプレーさせたりと、柔軟に利用することができる。ロスターは15人だが、2-way契約用に2枠、インアクティブリストの選手を置いておくように1枠と、G Leagueと単独に契約しているのは12名となっているケースが多い。
秋のキャンプで選考から漏れたとしても、彼らは制度上(Exhibit 10)G Leagueでは優遇されている。レギュラーシーズン前に解雇され、傘下のG Leagueに所属することが決まり、そこで60日間過ごすことができればボーナスで$50,000が支給されるのだ(実際は$5,000-$50,000の範囲でチーム側が決定するのだが、上限の額が選ばれている)。
G Leagueの基本給は固定制で、$7,000*5ヶ月の$35,000。およそ400万円弱なのだが、先ほどの秋のキャンプに呼ばれた選手は基本給に上乗せする形で先ほどの$50,000を受け取るので、合計$85,000とおよそ900万円強を稼ぐことができる。もちろん、海外に活躍の場を見出せばそれ以上の年俸を手にする機会は多いが、NBAとG Leagueも基本給をテコ入れすることで、選手の流出を防いでいるのだ。
この12人のロスター入りを果たせば、2-way契約を得られなかったとしてもレギュラーシーズン中にNBA入りできるルートが増えることになる。それが、10日間契約だ。
10日間契約
1月5日はNBAを目指す選手にとって重要な日付である。この日以降、各チームは他のチームが保持している2-way契約選手を除く全てのG Leagueにいる選手から、10日間または3試合のどちらか長い期間、選手をコールアップすることができる。更に、この10日間契約は1度だけ延長でき、最大20日ほどNBAのチームと帯同できる。従来までは、G LeagueからNBAのルートといえば10日間契約が主であったこともあり、CJワトソン、ヨギ・フェレル、ヌワバ、オカロ・ホワイトなどがこの期間での活躍を見初められ、本契約へと繋がった。
2-way契約の選手はG League所属であるが、親会社のNBAチームが契約元なので、他のチームがこの2-way選手と10日間契約を結ぶことはできない。それ以外であれば、自分達の傘下ではないG Leagueのチームの選手と該当の契約を結ぶことができるので、秋のキャンプで2-way契約から漏れたとしても、目覚ましい活躍をすれば30チームから声が掛かる可能性があることになる。
10日間契約はG Leagueの基本給とは別に、NBAに所属した日数分の給与が支払われる。NBAに初年度所属選手の最低年俸は$838,464であるが、これを日数分で分割する。838,464÷177×10=$47,370と、およそ500万円の収入が得られる。2度目の10日間契約も同じように計算され、最大1000万円を稼ぐことが可能だ。
さて、2度目の10日間契約を終えたら、3度目の延長をすることができず、該当のコールアップ選手と残りシーズンはNBA本契約を結ぶ必要がある。既にあるチームと10日間契約を2回結んだ選手は、別のチームと新しく10日間契約を結ぶことができる。
この契約を発展させて、育成の機会を拡大した新制度が昨年スタートした。G Leagueは元々年俸が200万円以下の時期もあり、シーズン中のコールアップが1月以降しかなく、海外のクラブに人材が流出し歯止めをかけられなかった。G Leagueを如何に活用するかがオーナーと選手会の間で長らく議論され、そこで、同じ北米4大スポーツであるアイスホッケーのNHLの制度を参考することにした。それが、2-way契約である。
2-way契約
1チーム15人であったNBAのロスターの枠が、17人に拡大される。2017年のCBAから変更されたこのルールは、各チームの育成の考えに多大な影響を与えた。この2-way契約を結んだ選手は、チームに2名まで所属させることができ、チームの15人のロスター枠、更にはサラリーキャップから除外させることができるのだ。つまり、今までのロスター構築のプランから急変更することなく、追加で2名の選手を保持できる。チームサラリーに算入されないためラグジュアリータックスのチームも追加の徴税なしに若手を育成することが可能である。
この2-way契約の選手は定義上、傘下のG League所属となる。しかし、他のチームによって獲得されることはない。この点が、チームビルディングに重要な機会を与えるのだ。
2シーズン前までであれば、傘下のG Leagueにいる有望な選手は、他の29チームも同様に契約することができる。ネッツのG Leagueのロングアイランド・ネッツに所属していたヨギ・フェレルは、シーズン中にネッツからウェイブされてそのままG League(当時の名称はD League)で過ごしていた。しかし、10日間契約でダラス・マーベリックスからコールアップされると破竹の活躍をみせて、複数年契約を手に入れたのだった。もし、新しいCBA下であれば、ヨギはネッツと2-way契約を結ぶことができた。それだけでなく、マブスとは交渉することができなくなるため、彼の権利を保持したまま更に次のシーズンまでに所属させることが可能だった。
2-way契約の対象はNBA4年未満の選手に限られる。契約年数は1年ないしは2年のみで、通算して3年以上同じチームにいることはできない。もしあるチームの2-way契約として2年間所属したのならば、本契約を結ぶか、別のNBAチームと単年で2-way契約を結ぶことしかできない。
また、日数の制限も加わり、シーズン中はNBAに45日間のみ所属できる。この日数は、G Leagueのシーズンが始まってから、傘下のG Leagueチームのレギュラーシーズン最終試合の間でカウントされる。NBAチームと練習していたり、NBAのチームメイトとコミュニティーサービス、帯同中の休暇、NBAの試合の移動した場合も同様(G LeagueとNBA間の移動は除外)。
2-way契約の選手のサラリーは2ヶ所から支払われる。
G Leagueに所属している間は、今シーズンであれば2-way契約選手のベースサラリーである$77,250を5ヶ月で割り、日数分を掛けた金額になる。NBAに帯同している間は、10日間契約と同様、初年度NBA選手の最低年俸の$838,464をその帯同日数で分割する。その他、秋のキャンプに出た場合は$50,000のボーナスを別に加えることができる。45日間NBAで過ごしたケースで考えると、以下の通り。
838,464÷170×45=$248,648
77,250÷170×125=$56,801
$248,648+$56,801+$50,000=$324,449
G Leagueの年俸が$35,000と400万円弱なのに対し、2-way選手は$324,449と3500万円強の年俸となり、10倍の開きが生じる。
NBAへの道はこのように複数から成り立ち、年々様々なルートでたどり着く選手たちが増えている。この他に、海外のプロリーグで結果を残す選手や、大学に戻ってもう一年NCAAで研鑽を積む選手と、その手段は世界各地に点在している。そのほとんどの場合、ドラフト、そしてサマーリーグを経て、秋のキャンプ、レギュラーシーズンへと繋がっていく。
1巡目で指名されるルーキーは毎年30人程度しかいない。つまり、それ以外の選手は必ずどこかの道を通り、自分の実力を証明し、居場所を勝ち取っていくのである。ニュースにはその結果が伝えられるのが、実際はエージェントとチームの間での交渉がずっと行われていて、時には年単位に及ぶこともある。時には実力ではない要素で選ばれることも多く、選手の活躍の場はその度に狭められてしまう。
しかし、諦めずに挑み続ければ、必ずどこかの扉が開くのもまた事実である。信じてドアを叩き続ける若者が、毎年このラスベガスの地に降り立ち、生き残りをかけてコートに立ち続ける。私たちに熱気を運ぶのは、この街だけではない。
参考資料
2 Ways & 10 Days https://2ways10days.com
NBA Salary Cap FAQ http://www.cbafaq.com/salarycap.htm
NBA G League https://gleague.nba.com
NBA.com Global http://www.nba.com/global/map/
Wikipedia NBA G League https://en.wikipedia.org/wiki/NBA_G_League