口腔疾患と全身疾患の関連性
ヒポクラテスの時代から、むし歯菌や歯周病菌が唾液や血液を介して全身に伝播されるとも考えられていました。
現在、歯科の分野でも「口腔疾患と全身病との関連性」が非常に注目されるようになってきています。
むし歯や歯周病は、糖尿病、動脈硬化、心臓病などの全身疾患の危険因子となることが指摘されています。
例えば、歯周病の患者さんは心臓疾患、呼吸器疾患になる割合が、そうでない人の3倍くらいあるといわれています。糖尿病の患者さんの場合は抵抗力が弱いので、歯周病に感染しやすいことや、食道がんの患者さんの細胞には歯周病菌がそうでない人の2倍もあることが明らかになりました。
また、日常あごを動かすことで脳の活性化を促し老化を予防したり、健康の入り口である「口」を有効に働かすことによって全身への栄養の吸収や消化を助けたりして全身に恵みを与えてくれていることはもう周知のことです。
喫煙にしても、口から煙を吸引することから始まり、たばこの煙に含まれる200種以上の害毒物質は口腔内に停滞・付着することによって口腔内の疾患を発症させたり、死に至らせる「口腔癌」という重篤な病気は、喫煙しない人の約3.5倍も起こしたりします。ですから“健康の第一歩は口の健康から”であると明言できます。
まさしく「口」は健康の“門”であり、歯は全身を守るための“衛兵”だと言うこともできます。
年をとると、体力はもちろん消化器官や臓器の機能の減退もまぬがれることはできないということも、そして、さらに、歯を早い時期に失うと、そのハンディもますます増加するということも分かりました。また、高齢者の方々の何よりの楽しみは、他でもない「何でもおいしく食べられる」ことも分かりました。
これらは多くの自分の健全な歯が残されていて初めて可能になり、だいじな全身の健康も保たれ、晩年までも人生を楽しめるのです。
また、たくさん残った歯でよく噛むことは、体だけでなく精神の糧(かて)にもなり、知力の発達を促し、ボケ予防にも寄与しているということも一般の方々にも知られるようになってきています。
「食」に始まって、「健全な自分の歯で良く噛むことの健康法」の啓発の全権を握るのは、やはり私たち歯科医師の大きな務めであると確信しております。
そのためには「食の摩訶不思議 - 身体・精神・愛・魂・成績までも育む -(東京臨床出版)」、後続の著書「フレッチャーさんの噛む健康法(医師薬出版)」この2冊の本は、これから述べる「W. A. プライス先生の2冊の著書」との確実な接点となっているのではなかろうかと確信しています。
時計商のフレッチャーさんは1896年から、プライス先生はそのわずか4年後1900年から研究に打ち込まれています。
W. A. プライス先生の2冊の著書
順番は前後しますが、W. A. プライス先生が1938年に、第2弾目として出版された「食生活と身体の退化 - 未開人の食事と近代食・その影響の比較研究 -(参考:1978年には片山恒夫先生が日本語訳で自費出版)」の大著書の中のほんの一つだけを引用してみても以下のようなことを知ることができます。
プライス先生が訪ねたスイスの高原地帯の現地人の口腔内と顎、顔つきの調査では、外界から隔絶して古くからの伝統食を守っている集団と、近代化して自動車道も開通し、精白小麦粉で作られたパンなどの多くの文明食に接してきた集団とを比較して、文明の入らなかった集団のむし歯の罹患率はゼロか極端に少なく、文明食に依存していった集団の顎は細くなり歯もぼろぼろとなり身体的にも全身健康への欠陥が如実に現れていたなどと紹介されていました。他の項でも沢山の報告例や症例、数多くの貴重な実態写真も見ることができました。
これらはまさに”現代の、食文化・文明の進化し過ぎた日本人の姿”を予言してくれていました。極端のことを述べるなら、現代の日本の若年者の食生活の極端な乱れによって、細菌やウイルスに対する免疫力が減退するとともに容易にそれらに感染し大きな病気になることも予言ではなかったろうかと不思議な気持ちを感じざるを得ません。
それは、プライス先生が1923年に出版された第1弾目の「第1巻. 歯牙感染 - 口腔と全身」、「第2巻. 歯牙感染と退行性疾患」の中にも、「本書の目的は、むし歯と歯周病によって歯の内部に存在する感染が及ぼし得る重大なる問題を明らかにすることであるが、同時にもう一つの目的は、むし歯や歯周病の予防の必要性が、いかに差し迫ったものであるかを強調することにある。
菓子やジャンクフードがいかに美味しいものだとしても、それを無害とみなすことなど我々にはもうできない。
現在、異常に食べられている砂糖を多く含んだ菓子のような食べ物よりも、真に身体にいい栄養素が多く含まれている食べ物のほうが、はるかに奥の深い美味しさがあるものである。
むし歯は食生活を変えることで予防可能であり、また事実そうなりつつあり、その付随的効果による恩恵は実に大きい。
食生活を改善することにより、健康もあらゆる面で増進する。
最も劇的なことは、我々の社会を非常に悩ませている多くの退行性疾患が無くなることだ。
・・・そして、歯科医が象牙細管内からの全身への感染を根絶する方法をいつの日か見出すことは確かに望まれるが、本書のもっとも重要なメッセージは、読者がむし歯と歯周病の予防に固い決意で臨まなければならないということである。
そうすれば根管治療の必要性は激減する。
・・・歯科医と患者にとって、むし歯が単なる局所的な疾患ではなく、全身に関わる疾患であること・・・非常に多くの医学的な病気が、むし歯によって身体全体の諸組織に悪影響を及ぼしていることを理解すべき時はもう来ている。
要約と結論として、むし歯は以下の要因による。
a) 口腔内におけるpHの低下。
b) 酸を産生する細菌。
c) 歯をとりまく食べものの化学的成分の変化である。
上記(a)(b)(c)の要因は全て、正しい食生活により改善可能である。
・・・食生活を通しての身体の抵抗力・免疫力の強化も上げることができるので、病巣感染をさせないために食生活の仕方(習慣)も大事である」
ということも的確に述べておられます。
さて、1923年にプライス先生が出版された第1弾目の大著書は、25年間にわたり米国内の一流科学者や医師、歯科医師などの60名の協同研究、そして米国歯科医師会、米国内の医師らの援助や支援を受けて大事業といえる研究を行った末に、「第1巻 歯牙感染 - 口腔と全身 -」、「第2巻 歯牙感染と退行性疾患」の上下2巻の1178頁にも及ぶものでした。
この論文の最も重要な事を抜粋するならば、「・・・歯科医師が、いくら十分に根管治療によって根管内を消毒、上手に封鎖(根充)しても、細菌に感染した歯牙内の各所には治療器具や薬液は届かず処置はできない。それは特に85%を構成し全体で約4.8kmもある象牙細管内に一旦潜んでしまった細菌は変異・変性をして強力な毒素を持つようになり、はるかに強い毒素を放出させ外殻のセメント質や根管側枝から周囲の骨内や毛細血管に入り体内に遊離拡散させていく。…そのような不十分となる根管治療をしないですむようにするためには、『根管充填の必要のある疾例のすべては、小さなむし歯から始まる(外傷が関与する場合は除く)という事実』を忘れないようにすべきであるから、定期健診などで効果ある治療や予防の方法を啓発して実施すること(フッ化物の応用なども)、そして、歯科医と一般人などがむし歯と歯周病の予防に固い決意で臨まなければならないということも必須である。
そうすれば、根管治療の必要性は激減する。・・・不幸にも根管治療した歯などでも、全身の抵抗力・免疫力が弱るとさらにそこから深刻な病気につながる恐れがあるので、日常の食生活で抵抗力・免疫力を上げておくことも大事である。・・・」ということなども記載されています。
しかし、プライス博士を中心にして60名の研究者とウサギ5千羽などを使って証明された業績は、 残念ながら病巣感染を認めようとはしない少数派の独断的な医師らによって揉み消しが図られ、以来70年間にわたり包み隠されて(隠蔽)しまったといいます。
プライス博士の業績を発見
時は70年も経過した1993年、米国歯内療法専門医の E. マイニー博士が、W. A. プライス博士の業績を発見すると同時に、一般の人々にも理解できるようにと230頁の要約本を出版されました。
そのマイニー博士の要約本は、2008年6月20日に片山恒夫先生の監修、恒志会のメンバーらの日本語版で256真の「虫歯から始まる全身の病気」という著書名に仕上げられ出版されたのでした。
著書には、多くの症例や X-ray 写真、実験動物の病態写真、図解なども豊富に収録されとても読みやすく、今後きっと、日本の歯科医師の新知見として歯科界にも大きなセンセーションを巻き起こすだろうと信じています。
また、1994年の「Mastering Food Allergies」誌へ掲載インタビュー記事の中でマイニー博士は、「今日の細菌学者たちは、プライス博士の研究チームの細菌学者による発見を正式に認めている。どちらの学者たちも、根管から、同じ種類の連鎖球菌、ブドウ球菌、スピロヘータを検出している」と述べておられました。
最後に私は、この恒志会から出版されたマイニー博士の訳書の出版を契機として、早急にわが国でも専門の研究施設・研究委員、専門の医師・歯科医師(医科、歯科などの連携)、歯内療法専門医などを含めて、さらに現代の発達した免疫学ならびに細菌学からの科学的なアプローチにより検証するとともに、さらなる病巣感染の全容が解明され EBM に則った研究結果が公表されることを願っています。
以上の現在の科学的な検証の必要性は、同時に私が2008年9月1日に医歯薬出版から出版した「フレッチャーさんの噛む健康法」にもあてはまるのではなかろうかと思っています。
紹介した以上の4冊の著書が、人々の「生涯の健康の保全」と「健やかな食生活」の一助になることを願ってやみません。
市来英雄(いちきひでお)
略歴
1939年 鹿児島市生まれ
診療所 〒892 鹿児島内山之□町5–6 医療法人市来歯科
1966年 日本歯科大学卒業 同年 鹿児島大学医学部□腔外科入局
1967年 鹿児島大学医学部文部敦官肋手
1968年 鹿児島大学医学部退職鹿児島市に開業
現職
食と謳の応援団団員 鹿児島大学医学部非常動講師
日本口腔衛生学会認定医
日本禁煙推進医師連盟 運営委員
鹿児島県小児保健学会会員など
開業のかたわら予防歯科活動に取り組み、絵本「ミュータン旅へ行く」シリーズ①、②、③、「フレッチャーさんの大発見(日本図書館協会推薦図書)」「歯の妖精アポローニア」、歯性病巣感染から失明を救われた実話の絵本「ブレン神父の奇跡」、「ロバに入れ歯を贈った歯医者さん」などの絵本、「海底に咲く花」長編SF小説など多数の作品がある。
NPO 恒志会
学び合う医療 支えあう医療 ほんまもんの医療
http://koushikai-jp.org