噛む力をつけよう

―固いもの好きに育てるために―

Matsuda
koushikai
10 min readNov 22, 2017

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片山恒夫 :会報 2014 vol.9 より

栄養だけではない食生活の大切さ

悪くなった歯を治すとき、一番苦労が多く結果が悪いのは、歯列の悪い場合である。 デコボコ、ジグザグに生えている歯の裏陰に汚れが残るので、そこにムシ歯が多発するし、歯肉が爛れ、その歯肉炎に咬みあわせの力の過不足が手伝って、慢性辺緑性歯周炎(歯槽膿漏)に進み、歯肉は膿をもち、ロは臭いし、噛みづらいわけで歯槽膿漏の治療となるが、治療の取っかかりにはまずは歯ならびの悪さが原因であるから、これを何とかしなければということにもなり、ムシ歯の場合も同様だが治療は難渋する。

そのうちどれもが重症となり、はやばやと抜き去られ、若い身空で取りはずしの入れ歯となる。などなど考えると、歯ならびの悪さは口腔疾患の元凶ということができる。

歯ならびの悪さは矯正治療によっても治すことはできるが、保険は効かないし、数年も通いつめなければならないうえに、その間機械の装着などで口元の恰好の悪さも我慢しなければならない。

費用もウン拾万円と覚悟しなければならない場合が多いので、上の子も下の子もということになれば、とてもやりきれるものではなかろう。

このような場合のムシ歯や歯槽膿漏は、歯ブラシによる清掃だけではとても防げるものではないと考え、歯ならびの悪さこそ、育児によって予防しなければと、幼児期の食生活を見直してほしい。

歯ならびを悪くしない

歯ならびの悪さと一ロにいっても、上の歯ならびの八重歯といわれるような状態もあれば、下の前歯の乱杭歯もあるし、ほとんど気づかれていないが非常に多い奥歯の位置異常もある。

数字をあげるまでもなく身の廻りの人達で、現今の若者には目立って多いのを十分ごぞんじのことと思う。

なぜ歯ならびが悪くなるか

歯の大きさ、特に幅は先天的に決められほとんど変りなく発育するが、顎の大きさは諸種の原因によって発育の障害を受け、予定よりも小さく育ち、そのため顎の中に歯が並び切らなくてデコボコ、ジグザグとなってしまう。

上顎の発育障害は、妊娠初期からの母体の栄養(胎生期)、授乳期、離乳食の乳児期に影響を与える母親の食事、特にビタミンEの欠乏、精白小麦食品、精白米などの害によることが一般的である。

しかしこの場合、乳歯列は案外目立った乱杭歯にならないでおさまっている場合が多いので気づかないが永久歯が生え始めるといろいろな形で歯列の悪さが現われてくる。

つまり、生え変わって一生使う永久歯の歯ならびである。もちろん出生から後の離乳期の栄養素とその量のバランスに も強く影響されるが、また食べ物のありさま、つまり食べ物の固さ、大きさ、噛み方などが直接的にかかわる重要な点を忘れてはならない。

乳歯時期に固いものを噛ませることを忘れた場合、食物、食品の栄養条件、その他すべての条件を無効にしてしまうものとまで考えるべきと思う。

永久歯列の不整の原因

歯ならびを悪くする原因は、「伝統的な食生活が急激に近代食に変化したことにある」ともはや常識となっている。

妊娠中の母親の食事がこのように間違っていたために、乳幼児の顎の発育が不十分になる(しか しそのために乳歯列の歯ならびが悪くなるとは限らない)。

また、そのような母親の食事のあり方が授乳期間と離乳期の幼児の発育にかかわり、また離乳食のあり方の間違いが、引き続き一層幼児の顎の発育を悪くする。

そこで乳歯列(特に満1歳から5歳)の子どものこの発育不全を、今後十分取り戻すための食生活の見直しのなかで、よく噛む習慣を離乳期から少しずつしつけることを考えてほしいと思う。

赤ちゃんの前歯が萌えてきた時は、どの親も必ず記憶しているように、子どもの成長発育のなかで感動的な瞬間であり、それだけに重要な時期ととらえるべきであろう。

その時期の赤ちゃんの目立つ変化は、ものを握る力が目立つこと、噛むことを始めることである。これは摂食本能の行動への確立を示すもので、この欲求を満足に満たしてやることが、食べ 物を食べることだけについてではなく、生活力全般について成長発育、ひいては、生涯の健康確立に最初に必要なことである。

現代社会の大問題として、成人病、習慣病の蔓延は、昭和56年の厚生省の調査では、13.8人に1 人の割合で病院通い、70歳以上では約5人に1人の病院通いの状況にあり、健康の不調を感じている人は、その3倍にものぼるといわれ、そのような成人病が小学生にまで現われている。

また、それら年齢層の家庭内暴力など、非行を生む精神の不健全さの蔓延の原因として、食生活の間違いがいわれているが、それは、日に10回以上もの間食、商品として調味された食品だけの食事である。

このような状態にならないようにするための用意は、離乳食からの確固とした考えのもとに行われなければならない。

離乳食に、かじれるものを加えよう

1本、2本と歯が萌えてくる赤ちゃんに、その歯でかじって食べられるものを、それを軟かくて唾液にすぐ溶けるような加工食品ではなく、食品そのままの姿で与えること、例えば昔風の固く酸っぱいリンゴの大切り、セロリのやっと持てる 大きさの大切りの軸、干し大根など、歯が生えそろうに従っておしゃぶりとして、また離乳食の一部として与え、噛むことへの欲求を満たしてやることである。

おしゃぶりと離乳食

6か月頃から歯が萌え始め、乳児の消化器管は乳以外の離食を受入れ消化する能力ができるので、離乳食を適当に与えるが、その時期に適当なおしゃぶりが必要で、吸うことと、噛むことの移行を助け、欲求を満たしてやるようにおしゃぶりを必要とする。

おしゃぶりの与え方は、その後の幼児期の間食の与え方の始まりで、その必要の意味を満たすものでなければならず、噛むというより、前歯で削り吸いとるような食べ物、そのうえに自分の手で持ち、口に運ぶことのできるようなものでなければならない。

この時期に味の好みが定着することから、自然の味以外の味つけは避けなければならない。 古くからわが国でも処世訓として広く親しまれた菜根譚の意味するように、野菜やその根を噛みしめ、味わいながら、心とからだの栄養を満たす始まりは、この時期にあるとも考えるべきであろう。

満1歳のお誕生の時期には、乳臼歯半数が生えているので、固型食に切りかえられる時期であり、乳児から幼児へと成長したことになる。満1 歳のお誕生からはこの意味で、固型食のもつ意味を損うことなく、過剰な調理やつけ味を極度に控え、噛むことによって味わいを知るようにしなければならない。

胎児期、乳児期に母親の栄養の間違いから、顎の発育が不十分であったとしても乳歯の生え方、 歯ならびの乱れとしての現われはまれであることは先に述べたが、だからといって顎の発育は大丈夫と考えるのは甘すぎる。十分に発育していたとしても、これからの離乳期から始まる固型食への移行時期の、上下顎の発育は、その時の食生活(離乳食)のあり方によって決まり、その発育状態はまた、その後成人するまでの間の発育を正常に導きだすか、反対に阻害するかの基礎となるため最も重要な時期である。

上顎の発育は、頭蓋、顔面の諸骨の発育とも関係し、また頭蓋の発育はその内容の脳組織の発育とも関係する。だから脳組織を十分発育させることは、上顎を十分発育させることにもなる。

下顎の発育はこれらとは関係なく、ただ、噛むこと、使うことによって発育が左右される。 満1歳頃にでき上がった脳細胞の数は、生涯減ることはあっても増えることはない。

しかし細胞を取り巻き、その栄養を司るグリア細胞は、満1歳頃から成人になるまでの間に約4 ~5倍の重量にまで発育する。その期間に噛むことによって脳組織への血行を良くし、脳組織の発育を促すことは非常に重要である。

このことは同時に、その容器としての頭蓋、顔面諸骨の大きさ、丈夫さを促進して十分な発育が達成される。

上顎もその人の最もよく設計された大きさの歯が十分生えそろうだけの発育が達成されるのである。

いいかえると、歯ならびが悪いことは顎の発育が悪いこと、そのことは脳組織の入れ物の大きさの発育の悪いことにもつながるし、 その内容としての脳組織の発育にもかかわってくるということでもある。

知能の発育の遅れている子どもに、機械的に上顎を広げる装置を与えた場合に、急速に知能が発達したW・A・プライスの治験例がこの間の関係を説明するものとして注目された。

離乳期、 幼児期のよく噛む習慣、 固いもの好きは、 成人するまでの顎、 顔面の成長を助ける

乳歯が生えそろう2歳頃からは、食べ物の種類をできるだけ多く、できるだけ丸ごとそのままで、必ずよく噛むようにしつけることが絶対に必要で、つけ味の軟らかいものばかりを好きにしてしまえば、顎の発育が悪くなるだけでなく、必ず 乳歯のムシ歯が多発して、そのために一層噛めなくなり、悪循環が高じ、永久歯を受入れる顎の発 育が悪く、狭く小さくできてしまう。

永久歯に生え変わると乱杭歯となり、その結果は、上下の歯の咬み合う面積が小さくなることと、力を入れて噛めばお互いに横倒しすることになるので、本能的に力を入れなくなる。

そのためにまたまた噛む力は極端に弱くなる。ふつう歯ならびのいい人の噛む力は、最高自分の体重に匹敵するといわれているが、歯ならびが悪ければその程度によって半分以下に減少する。

したがって顎の病気に対する抵抗力も、歯肉の抵抗力の弱まりだけでなく、骨も弱ってくる。したがって歯槽膿漏になりやすく、罹れば治りにくい。

これらのもとはすべて離乳食のあり方と固型食に変わる時期のごく短期間の親の注意に左右され、決定づけられるものといえるので、この時期の食生活の見直し、特に噛む力をつける母親の育児のあり方が重要である。

よく噛めば・・・こんなことも

子どもの食生活を見直すとき、発育、成長に正しく良い食べ物が十分に与えられているかということと共に、与えても十分受けとられるかどうかということについても見直されなければならないと思う。

子どもが受け入れるかどうかは、その子の好みに強くかかわっていることを理解して、それが形作られる以前、できるだけ早くから好みのしつけをしなければならない。

子どもの食生活の始まる最初から固いもの好き、食物そのもののよく噛んだ味を好むように躾け、そのことによって顎の発育を正しくし、良い歯ならびと強い歯を育て、一生涯その好み、食生活が守れるように育児の時期にこの点について見直し、考え直すことが最も必要だと強調したい。

よく噛むことは顎の発育を正しく育成することだけでなく、現今の食品のもつ公害的な性質を取り除くことができる。つまり、30 ~ 50秒かけてよくかめば(1口30 ~ 50回)その間に食物のもつ危険性、発癌性までも無害化するという精咀嚼の効果が発見されている。

また唾液が多量に食物と共に摂取されるので(1日量1リットル~ 1.8 リットル、よく噛めば1食に約360ミリリットル、 スープ皿に2杯)、少量の食物で満腹し、多量のドカ食いがなくなる。

丸ごとそのままよく噛んだ味を好む人は、決してつけ味、特に濃厚な砂糖あるいは食塩の味つけを好まない。

離乳期からこのようにしつけられた子どもは幼児期(乳歯列の時期)に砂糖あるいは塩味の濃厚に味つけされたものは嫌いになる。

顎の発育がよく、歯は丈夫で歯ならびの美しい、そして濃厚な味つけを好まない、何でもよく噛んで食べる子どもは、離乳期からわずか2年そこそこの母親の努力で仕上げることができるということをよく知ってほしいと思う。

・・・・・・「愛育」昭和57年12月(恩賜財団母子愛育会)より転載

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