歯科から健康を考える

片山恒夫先生の論文・講演をベースにして

Matsuda
koushikai
7 min readNov 21, 2017

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恒志会会報 2016 Vol. 11 より 恒志会理事:松田 豊

第9回創健フォーラムでは、片山恒夫先生が掲げてきた「 歯科医療の目標は健康である 」とすることが、いったい現代社会の中でどのように具現化されているのか、またそのために必要なものは何かを改めて問いなおす内容になっています。

片山先生は、歯科医の立場で、WHOの健康の定義、すなわち「健康とは、完全な肉体的、精神的ならびに社会的に良好な状態であって、単に病や弱さの存在しないことではない」を論理分析し、本来あるべき歯科医療の目的は何であるかを模索し続けました。

たとえば、「患者と共に、医・患共同で努力すれば、再発のない回復の状況を保ち得ることができる、突き詰めれば、生活の中から病因・病根の悪習慣を完全に取り除いていくことが可能ならば、患者と医師の共同の努力の結果として真の医療が実現できる」と考え、それを実践しました。

また、歯科医が取り扱う、う蝕という疾患は進行してしまえば自然治癒することが望めず、歯周疾患にしても、細菌感染症とはいえ従来の医師主導型では対処できず、どちらの疾患も、その発症・進行は、患者の食生活をはじめとする長年の「暮らしのあり方」 によって大きく左右される生活由来性疾患(生活習慣病)であると喝破しました。

ところが、従来の歯科医療の目標は、歯冠修復、欠損補綴による咀嚼機能回復に重点が置かれており、これらの処置は、「一次的に患者の悩みを取り除くことこそすれ、病気の原因が温存されているために再燃、再発を繰り返し、次々に歯牙は抜歯され、そのたびに補綴物を作り変え、総義歯への坂道を転げ落ちていく。現実に歯科処置そのものが患者の抵抗力を弱めていることさえある 」 と憂いておりました。

また、「修復・補綴物装着は、永続的包帯であり、そして歯牙の機能を代行する保護的補綴物であり、損耗し老化する生体に適応して自らも損耗を続ける代用 ( 人工 ) 臓器であるがゆえ、それらの装着は治療の完成ではなく、全身の健康保全の準備の終わりでしかない」と言い切っています。

他方、「歯科医療は食生活のあり方が直接的に関わっており、食生活の改善こそが再発防止の根源的決め手であり、また初発防止対策の重要な柱であるにもかかわらず、従来の医療のあり方がこの点に無頓着であったという反省に基づき、食生活改善の指導が強く望まれる」としています。

病気を根本的に治そうとすれば、その病気の原因を取り除かなければなりません。すなわち、生活由来性疾患を治すには、患者の生活そのものを再検討し、改めるべき悪習慣は改善しなければならないのです。

あるべき歯科医療は、「間違った生活習慣を改善し、健全化し、永続的に病因を排除する医療でなければならない」と結論付けています。

しかし、気づき、意識改革、行動変容、そして生活改善に至るステップは患者自身が主体的に取り組んで初めて成り立つことで、歯科医が指示、指 導、強要してもただ反発を買うだけで改善には繋がらず、その意味で、歯科医師主導のみでは歯科疾患を治すことはできないが、罹ってしまった病気を治すのは非常に難しいということが解ってくれば、 医療の目標の重心は、自ずと病気の予 防へ 、健康の維持・増進へと移行して行きます。

そして「 歯科医療は口腔の健康を維持・増進することにより、全身的健康の維持・増進に大きく貢献できる。 それゆえに歯科医療の真の目標は全身的健康におくべきである」と片山先生は考えました。

世界の死因頻度は、虚血性心疾患、脳卒中、 COPDになっていますが、日本の場合は、悪性新生物、心疾患、脳血管疾患になっています。

そしてこれらの多くは、主に生活習慣が要因となって発生するものであり、食事のとりかたや水分のとりかた、 喫煙/非喫煙の習慣、運動をする/しないの習慣、 飲酒の習慣、ストレス等々であって、異なる国の人々でも、先進国同士で同じ文化圏であったりする等で生活習慣全般が類似している場合は、生じる生活習慣病の一覧やその割合・頻度が類似する傾向があると言われています。

しかし偏った生活習慣や食生活が直接病気を引き起こすというよりは、そのような習慣が成人病や生活由来性疾患を引き起こす条件を醸成していると考えるべきであると思われます。

歯や歯周組織の炎症が、全身に多くの影響を与えることは周知のことで、さらに昨今の研究で、全身疾患と口腔疾患は相互に影響しあっていることが明らかになってきています。

さらに、口腔機能の衰弱は、高齢者におけるフレイル、サルコペニアによるロコモティブシンドロームを引き起こす契機になるとさえ言われ始めています。

口腔およびその周辺組織は互いに連携しあって作用し、生きるためだけでなく社会的にも人を人として存続せしめる機能を果たしています。

以上のことから、歯科がう蝕や歯周病にのみ目を向けていたのでは、人の健康を維持・増進させることは不可能です。このことは、恒志会が「口腔医学」 の創設を提唱している根拠にもなっています。

そして、歯だけを診る歯医者ではなく、患者を丸ごと対象にした歯科医師になれとも言い続けてきました、それはつまり、歯科医学から口腔医学へのパラダイムシフトを意味し、あるべき歯科医学・歯科医療の未来を示唆していたと思われます。

今回のフォーラムにおいては、幼児から高齢者まで老若男女すべてに関わっている私たち歯科医は、人々とどのような関わり合いを持つべきなのか、人々の健康に貢献する歯科医学・歯科教育および歯科医療はどうあるべきなのかを、皆様とともに考えていきたいと思います。

各講演の紹介

「 かかりつけ医 」ではなく「 かかりつけ歯科医」の存在が健康長寿に大きく影響することを、世界で初めて明確にした、首都大学東京名誉教授、星 旦二先生には、高齢者コホート研究の内容と高齢者対策における口腔の健康の維持・管理の重要性をお話ししていただきます。星先生は、日常生活における様々な日常行動の関連性も同時に検証し、高齢者が健康であり続けることが社会的にも有益であるとしています。

恒志会理事長の土居元良先生には、日本で誰よりも早く口腔疾患の本質を見抜き、それを口腔のみならず全身の健康へと導いてきた片山恒夫先生の 来し方を通して学んできたものを 、自分の臨床にどう活かし、どう実践してきたのか、また「全身の健康が目標である」とするための歯科医としての逡巡、そしてその困難さや喜びをお話ししていただき、そしてこれからの歯科医学・歯科医療のあるべき姿にも触れていただきます。

今まで片山先生の講義を受けたことのない先生方には是非とも聞いていただきたいと思います。片山先生の話を聞けなくなって久しい私個人としても、片山セミナーに参加するつもりでじっくり講演を聞きたいと思っています。

福岡雅先生は、片山先生がセミナー等で幾度も唱えていたヒポクラテスの格言「Primum non nocere 害を与えないことが第一」を自らの臨床理念と しています。患者さんになるべく侵襲を与えず目的を達成する。正常な歯並びや顎の発達を阻害しているものや、呼吸システムを含めた口腔機能獲 得の不全が生活習慣に大きく関わっており、その習慣を排除することで改善が行われることを、実際の臨床を通してお話ししていただきます。

審美を目的とする矯正が主流の中で、口腔機能と全身との関わりを重視し、個人正常咬合の確立を目指している先生の講演は各地で好評とうかがっています。

NPO 恒志会

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