腸内細菌叢から見たアルツハイマー病

その2(BIO Clinica 32(8),2017より)

Matsuda
koushikai
5 min readJan 21, 2018

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岡山大学大学院 環境生命科学研究科/藤井 祐介・森田 英利

動物試験において、 RAGE (Receptor for Advanced Glycation End products) がアミロイド β の輸送と血液脳関門の通過を容認しているようである。

ほかにも、腸内細菌と脳内でのアミロイド β の沈着についていくつかの仮説が提唱されている。腸管上皮および血液脳関門は小さな分子の方が透過性は高いことから、細菌由来のアミロイド生成を誘発するサイトカインや小さな炎症促進性分子を介してアミ ロイド β の沈着を促進しているという説がある。

また、生体側にはアミロイドβ40 および アミロイドβ42 ペプチドを感知し、食作用 により除去を行う受容体 TREM2(Triggering Receptor Expressed in Microglial/myeloid-2 cells) がある。腸内細菌由来のリポ多糖(LPS: Lipopolysaccharides) により、その TREM2 および中枢神経系グリア細胞によるアミロイドの貪食作用が阻害され、アミロイドβの沈着を促進することが報告されている。

常在細菌叢への働きかけとその効果

Lactobacillus 属や Bi dobacterium 属はその有機酸産生能と安全性から発酵乳(ヨーグルト) に利用されている細菌であるが、近年、これら菌株の脳への影響について検証した報告が増えており、L. rhamnosus JB-1 は、マウスにおいてストレスによって誘発されるコルチコステロンおよびうつ病に関連する行動を減少させた。

マウスにおいて Bi dobacterium longum 1714 の摂取は、物体認識試験、Barnes 迷路および恐怖条件付け試験により、学習および記憶を改善することが示された。

Lactobacillus helveticus NS8 の摂取は、ラットにおいて慢性拘束ストレス誘 発行動および認知機能障害を改善し、海馬の BDNF(Brain Derived Neurotrophic Factor: 脳由来神経栄養因子)含有量を回復させることが観察されている。

アルツハイマー病患者に対して、Lactobacillus acidophilus、Lactobacillus casei、Bi dobacterium bi dum、Lactobacillus fermentum の混合物の経口摂取は、アルツハイマー病患者のミニメンタルステート検査を用いた認知機能試験において有意な改善効果を示した。

以上のように、種々の生菌の摂取により、精神的 ストレスへの耐性、抗うつ効果、学習および記憶能力(認知機能)の改善などの効果が示されたことは、これら生菌の摂取が腸内細菌叢へ働きかけ,腸内環境から脳へと生理活性物質を介した繋がりを示唆する点で注目される。

また、認知行動の改善、側脳室の拡大抑制や、大脳脂質の厚みの有意な改善、アミロイド β42 蓄積量の有意な減少、腸内細菌叢の変化、糞便中の短鎖脂肪酸の増加、抗炎症効果を示したことから、これら生菌の経口摂取は、アルツハイマー病改善効果が示唆されている。摂取した生菌は腸内細菌叢に作用し短鎖脂肪酸産生の増加および炎症応答の減少などの腸内環境の変化を介したアミロイドβ 負荷の軽減により,認知機能の改善の作用機序が示 唆される。

腸内細菌とアミロイドの関係について、いくつかの報告がある。その一つとして、大腸菌(Escherichia coli)が生成する繊維質“curli”は アミロイドである。この大腸菌が産生するエンドトキシンは、in vitro においてアミロイド 原繊維の形成を増強する働きがあり、このことからも大腸菌はアルツハイマー病のリスク因子になり得る。また、消化管の慢性炎症において腸内細菌はアミロイドの増強因子を多量に放出することが報告されていることから、腸内環境を改善することでアミロイド生成を抑えアルツハイマー病のリスクを低減させる可能性がある。

おわりに

腸内細菌によってアミロイドが生成されること、また、腸内細菌がアミロイド β 沈着にも関与している可能性の報告は、アルツハイマー病と腸内細菌叢の関わりを強く示唆している。

アルツハイマー病発症において、睡眠不足がその要因の一つと考えられ ている一方で、安眠と関係のあるセロトニン制御に腸内細菌が関与していることが報告されており、安眠(睡眠)と腸内細菌叢に注目が集まっている。

肥満とうつ病の発症においては、腸内細菌叢(腸内環境)を介して関連している知見が蓄積しているが、アルツハイマー病に関しても腸内環境との関連性は否定できないのではないかと考えられる。

今後,さらにアルツハイマー病と腸内細菌叢に関しては有益な研究が蓄積していくと考えられる。

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