腸内細菌叢から見たアルツハイマー病

Matsuda
koushikai
Published in
8 min readJan 21, 2018

近年、アルツハイマー病モデルマウスを無菌化することで、その常在細菌叢をもつモデルマウスよりアミロイド β の脳への沈着量が顕著に低下する報告があり、アルツハイマー病と腸内細菌叢(腸内環境)異常との関係が明確になりつつある。

藤井 祐介・森田 英利/岡山大学大学院 環境生命科学研究科

近年までの流れ

2000 年にノーベル医学・生理学賞を受賞した Lederbergは、「宿主とその共生微生物はそれぞれの遺伝情報が入り組んだ集合体である“超有機体”として存在していると考えるべき」と Science 誌に発表し、ヒトゲノムの理解と同様に、腸内細菌叢、皮膚細菌叢、口内細菌叢などのマイクロバイオームの重要を説いている。

その時期が 2003 年のヒトゲノム解読完了以前であることは興味深い。

2006 年には Gordon らのグループによって次世代シークエンサーによる細菌ゲノムの 16S リボソーム RNA 遺伝子領域を用いた腸内細菌叢の網羅的な解析による“肥満型腸内細菌叢”の考え方が公表された。

この報告に端を発しての約 10 年間に、腸内細菌叢と各種疾病(生体影響)の関係が次々と明らかにされてきた。

腸には独自の神経ネットワークがあり、生物にとって重要な器官である脳と腸がお互いに密接に影響を及ぼしあうことを示す”脳腸相関”という言葉がある。

ストレスを感じると”お腹が痛くなる”のは,脳が自律神経を介して腸にストレスの刺激を伝えるからといわれる一方で,腸管感染症を発症すると,脳での不安感が増大するという。

過敏性腸症候群は,腸内細菌叢の異常は短鎖脂肪酸産生を引き起こし、腸から脳への信号伝達に支障をきたすことが原因とされる。

すなわち、脳と腸の間のシグナルは両方向に影響しあっており、昨今の研究結果から、腸管感染症の原因菌だけでなく腸内細菌も脳の機能に影響を及ぼすという研究が蓄積し、英語で は“bidirectional brain-gut-microbiota axis”と表記されてきている。

近年、アルツハイマー病、ひいてはアルツハイマー型認知症の発症機序と腸内細菌叢 (microbiota)の関連についても注目されている。

アルツハイマー病と他の疾病との関連

2017 年 6 月 現在、PubMed(https://www. ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/)にて「Alzheimer’s」+「microbiota」で検索すると、46 の論文が見られる。

それらの論文は、2013年は4報、2014年は6報、2015年は9報、2016 年は 16 報と漸次増加し、2017 年においては 6 月の時点で 11 件の報告があった。すなわち、アルツハイマー病と腸内細菌叢の関係が注目され始めたのが,2013年頃からである。

2013 年には“アルツハイマー病”に関する直接の研究というよりその関連性を考察するような記述から、2014 年になると、うつ病、肥満、糖尿病などの疾病と関連し、すなわち精神疾患からの視点以外に、メタボリックシンドロームを“引き金(トリガー)” として起こる疾病の可能性を論じている。

その後、アルツハイマー病と腸内細菌叢の関係、また腸内細菌叢を起点としたアルツハイマー病の発症事情について、と研究が発展している。

具体的には、中枢神経系疾患、慢性炎症性疾患、自閉症スペクトラム障害など脳腸相関に関与が示されている疾病とアルツハイマー病について報告されている。

最近では、神経変性、神経障害、神経炎症、認知機能(認知症)、アミロイド β 沈着などについてもみられ、腸と脳の関係を介したアルツハイマー病への関与に踏み込んだ内容になってきている。

腸内細菌叢の視点から見たアルツハイマー病に関する文献

脳からのアミロイド β 排出と睡眠の関係

アルツハイマー病の原因として知られるアミロイド β の脳への沈着は、そのアルツハイマー病発症の 25 年前から始まっているという報告がある。アミロイド β の蓄積は、アミロイド β の産生、中枢神経系におけるアミロイド β の蓄積および排出のバランスに不均衡が生じることによって引き起こされる。このアミロイド β の産生および排出のバランスは、アルツハイマー病の原因解明および治療に大きな役割を果たす重要な要因であると考えられている。

近年、脳からのアミ ロイド β の排出に大きく関与しているのが睡眠であることが明らかとなってきた。

26 名の 健康な成人男性を,通常の睡眠群と 24 時間覚醒による睡眠不足群の 2 群に分け、アミロイド β42 の濃度を測定したところ、通常の睡眠ではアミロイド β42 の濃度が 6% 減少したのに対し、睡眠不足群はその減少が阻害されていた。この現象は、1日の測定結果であるが、わずか 1 日でもこのように明らかな差が現れるということは、慢性的な睡眠不足または長期間の覚醒状態の場合は、さらにアミロイド β42 の生理学的な減少を妨げられ、脳のアミロイド β42 レベルを増加させることで、アルツハイマー病のリスクを上昇させることが推察される。

一方、安眠に対するセロトニンの効果は既知の知見であるが、2015 年に はセロトニンの制御に腸内細菌叢の構成菌種が関与している報告がある。

脳へのアミロイド β 沈着への腸内細菌叢の影響

アルツハイマー病では、脳内にアミロイド β の沈着が起こり、アミロイド斑(老人斑)とよばれる凝集体を形成する。その一連の流れはアミロイドカスケード仮説と呼ばれ、認知症発症の最も有力な仮説とされているが、このアミロイド β の沈着と腸内細菌叢との関連については以下の通り。

Hrach らは,ヒトアミロイド前駆体タンパク質(APP)の KM670 / 671NL スウェーデン変異およびヒトプレセニリン 1(PS1)の L166P 変異を同時発現したトランスジェニックマウス(APPPS1 マウス)を用いて以下の研究成果を報告している。

この APPPS1 マウスを無菌化し腸内細菌叢をいない状態にすると脳へのアミロイド β の沈着量が有意に減少したことから、アミロイド β の沈着に腸内細菌叢の関与が示唆された。さらに、無菌化した APPPS1 マウスに、別に飼育している 12 カ月齢の APPPS1 マウスと通常の老齢マウス の盲腸内容物(腸内細菌叢)をそれぞれ経口投与し、アミロイド β の沈着を確認した。

その結果、APPPS1 マウスの腸内細菌叢を移植したものは、通常の老齢マウスの腸内細菌叢を移植した群に比べて、アミロイド β42 の有意な増加を示し、無菌 APPPS1 マウスと比較しても有意に高い値を示したことから、腸内細菌叢はアミロイド β42 の沈着に関与していることが強く示唆された。

次に、それぞれの群の腸内細菌叢について解析されている。アミロイドβ の沈着が多くみられた図:A の 3 の群とそれよりアミロイドβ の沈着が少なかった群の腸内細菌叢を比較したところ、通常の老齢マウスの腸内細菌叢を移植した群では 20% 程度の構成比の Verrucomicrobia 門が APPPS1 マウスの腸内細菌叢を移植した群ではほとんどみられなくなっていた。

また、それら両群間の比較で、 Akkermansia 属やRikenellaceae 科が変化がみられた。これらことから,アミロイド β の沈着には腸内細菌の関与が示唆された。

なお、Akkermansia に属する Akkermansia muciniphila は抗炎症作用のある 菌種として認識されており、Rikenellaceae 科は Bacteroidetes 門に分類されており短鎖脂肪酸を産生する細菌が多く含まれている。

ほかにも、腸内細菌と脳内でのアミロイド βの沈着についていくつかの仮説が提唱されている。腸管上皮および血液脳関門は小さな分子の方が透過性は高いことから、細菌由来のアミロイド生成を誘発するサイトカインや小さな炎症促進性分子を介してアミロイドβ の沈着を促進しているという説がある。

また、生体側にはアミロイド β40 および アミロイド β42 ペプチドを感知し、食作用により除去を行う受容体 TREM2(Triggering Receptor Expressed in Microglial/myeloid-2 cells) がある。腸内細菌由来のリポ多糖(LPS: Lipopolysaccharides) により、 その TREM2 および中枢神経系グリア細胞によるアミロイドの貪食作用が阻害され、中枢神経系へのアミロイド負荷が増加し、アミロイド βの沈着を促進することが報告されている。

>>続く

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