W.A.プライス先生の「食生活と身体の退化一未開人の食事と近代食・その影響の比較研究ー」と、H.フレッチャーさんの「噛む健康法フレッチャイズム」との接点

Part 1

Matsuda
koushikai
9 min readOct 8, 2016

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市来 英雄:医療法人 市来歯科理事長

2009 恒志会会報 Vol.4 より

はじめに

今年の1月に、沖 淳 恒志会常務理事からの手紙が届きました。

「突然お便りする失礼をお許しください。…(中略)…私は歯科大学の一講座の教室を辞したのち、縁あって臨床医として片山恒夫先生に師事し、平成18年に96歳で亡くなられるまで直接ご教示戴きました。…その間、片山先生の指示でNPO法人“恒志会”を立ち上げ、先生の志を継承する目的で現在も活動中です。…片山先生は常々噛む大切さを患者さんに伝えなければ歯科医師の責任は果たしていない、口腔内を噛める状態に回復した後、患者さんの全身の健康回復、増進が本当の歯科医の使命だとも言われていました。先生は脊椎損傷で寝たきりになっておられましたが、最後までご自分でも玄米がゆで100回噛みを心がけておられました。…先生の大きな目標は歯科医から口腔医へ、“予防と全身の健康を見据えた歯科医療”です。そこには咀嚼、唾液の重要性、口腔粘膜免疫の特殊性を探求することが含まれています。今は、多くの先達の努力によって国民に口腔内の関心が高まってきていると感じています。

さて、このたび市来先生が出版された「食の摩訶不思議(東京臨床出版)」、後続の先生の著書「フレッチャーさんの噛む健康法(医師薬出版)」、さらにフレッチャーさんのことも詳しく知ることができ感激しお便りをした次第です。患者さんにも噛むことの大切さを伝えるために役立つ素晴らしい御本です。

この本の資料収集から出版までのご苦労は大変なものだったと推察いたしますが、一般市民のために本当に時宜にかなった役立つ名著だと思います。まずは歯科医師に読んでもらい、私たち口腔を預かる医療者としての目標を若い人たちに知ってもらいたいものです。先生の予防、健康に対する取り組みの熱意に敬服します。…」

以上のような、沖 淳先生の有難いお手紙を私は拝読し、と同時に同封されていた昨年(2008年6月20日)出版された、「虫歯から始まる全身の病気 - 隠されてきた『歯原病』の実態 -(ジョージ・E・マィニー著、片山恒夫監修・恒歯会訳)」の著書をまずは流し読みしたが、湧き上がる感動と共に、直ぐに沖先生への返信には、…送付いただいた著書は、隅々まで熟読した上で私の読後感も書きましょう…)などと書いてお送りしました。

さて、私は、実は片山恒夫先生とは、ずっと以前から先生の口腔衛生、歯周病学に対する熱情と、予防に対する患者さん一人ひとりへの愛情など、それらの実践と大きな実績には尊敬の念を払うと共に、先生に関しての著書は出版元から多数に買い求めて待合室に並べたり、大手新聞からの先生の連載記事は、私の診療所の待合室に張り出したりしました。私は今回も、以上のように縁あった監修・翻訳のために身を粉にしてまでも情熱を傾けられた片山先生の新刊の御著書に再会できました。

私もこれまでの40数年間を片山先生のように、歯科大学卒業後「口腔医」を目標に過ごしてきたつもりです。

以上、長々と前置き述べましたが、以後は、口腔衛生学に対しての考え方などの私の理念と、W. A. プライス先生の「食生活と身体の退化 - 未開人の食事と近代食・その影響の比較研究 - 」、同先生の「歯牙感染 - 口腔と全身 第1巻、歯牙感染と退行性疾患 第2巻」も含めて、私の感じることを述べさせいていただきます。

「食習慣」と健康

人々が一生涯にわたって心身の健康を保持増進していくためには、調和のとれた食事や適切な運動、十分な休養・睡眠などにおける“節制ある生活態度の確立”は不可欠なものです。その中でも、子どものころに得られる「食習慣」というものは、成長してからも大きな影響が及んでいきます。

また、成長期にある子どもの“節制ある食習慣”は、心身の健全な成長にも不可欠な要素で、ひいては社会全体の活力を増進するための礎となります。

戦後のわが国の困窮時代には乳幼児死亡率が激増したり、青年期の結核、そして伝染病、栄養失調症、寄生虫病、皮膚病などが蔓延したりして多くの国民が罹患し死亡者も増えました。それらが去り、時代の流れと共に物質社会、贅沢(ぜいたく)社会の到来と共に、今度は脳卒中、ガン、高血圧症、糖尿病、心臓病(心筋梗塞や狭心症)などの死亡が上位を占めるようになってきました。
さらに現代は、ほとんどが病気を抱えた超高齢化、核家族社会の中での孤立生活、ファーストフード、ジャンクフードなどによる乱れた食生活、欧米食生活化の進行、サプリメント(健康補助食品)依存、薬漬け、徒歩から車社会への移行、そしてさらに情報社会の中での精神生活のアンバランスなどという時代に突入しています。

さらにまた、現代の子どもの環境は欧米型食生活、過食、孤食、朝食抜き、運動不足、生活の夜型化、学歴偏重によるつめこみ学習、受験競争によるストレスの増加など精神生活のアンバランス、都市生活化での地域とのかかわりや自然との接触の希薄化などなど、生活習慣のひずみからくる全身疾患(生活習慣病)の増加というような大きな問題を抱えています。

また、10数年あたり前から、肥満や高血圧症、2型糖尿病など動脈硬化促進危険因子を持った児童生徒が増えていることが多くの調査・研究の結果からも明らかになっています。さらには、キレる子、躁鬱(そううつ)的な行動をとる子などの精神的な要素を包含するような疾患も増加しています。

生活習慣病の予防に

生活習慣病の予防は、病気を早期に発見して早期に治療するという従来の考え方から、その病因の中で生活習慣を重要視して、病気になる前の、つまりその誘引の芽を自分自身で摘んでしまおうということが主な狙いです。

言いかえれば、「健康体は自分自身で作り、そして守っていく」ことがなによりの基本となり、それには、健康についての学習がますます必要になってきます。

例えば、健康の価値の認識や自分自身の命を大切にする態度、ストレスヘの対処法などの知識、さらには健康を害することに自らを処し、そして断つことのできる実践的能力などを身に付ける必要もあります。

生活習慣で、最も重要視されるべきものには、まず「規則正しい食習慣」があります。周知のとおり、食習慣の良し悪しいかんでは病気の発生率も大いに違ってきます。その食習慣を、健康という軌道上に乗せることが何よりもまず大事なことです。

しかし、わが国は諸外国にくらべると、幼児から高齢者までむし歯や歯周病にかかっている割合が高く、よく噛める機能が大幅にそこなわれています。

しかも、比較的かたいものでも、よく噛んで食べて昧わってきた日本特有の食文化は、いまや冷凍・加工食品やファーストフードに象徴されるように飲食化の傾向にあり、そしてますます欧米化をたどり、粉食(精白輸入小麦粉で作られた食品)や半調理品(レトルト食品)を中心とした、噛まなくてもよいような飲食事体系になってきています。

また、本来の「食物」と呼ばれたものは、ほとんどが「製品化された食品(化学物質などを加えたり機械の手を借りたり、さまざまな工程などを経て商品になったものを指す)」になってしまいました。

ですから現在の私たちの周囲は、もう食物ではない食品と呼ばれてしまっているものが蔓延しているのです。

いま、子どもたちは、この中で生きなくてはなりません。

しかも、現代の子どもたちの生活はあまりにも忙しく、塾やおけいこごとなどのスケジュールに追われています。そのため食生活は、本来の食事ではなく“餌化(えさか)”しているきらいがあります。

「口」は健康維持の基本

ことわざにも「病(やまい)は口から入り、禍(わざわい)は口から出る」とあるように、「口」は健康維持の基本であり重要な臓器の一つです。

その口に関しては、今も、保健婦さん保育士さん、学校関係者の間から、噛めない子、噛まない子、なかなかじょうずに食べ物を飲みこめない子、食べ方のへたな子が増えているという訴えが出され続けています。それからもうすでに20年以上も経過してしまいました。

現代の子どもたちはどうでしょうか。確かに、一見欧米の子どもなみに背が伸びて脚もスラリと長くなってきました。

しかし、ヒョロヒョロした体つきの子ども、すぐに姿勢を崩してしまう子ども、朝礼ですぐに倒れてしまったり、ちょっとしたことで骨折を起こしてしまったり、根気のない疲れやすい子どもも目立つようになりました。

ようやく最近「食育」の大事さが言われはじめ、特にその中での「噛む」ことの大切さも認識されて、行政や保健・栄養の専門家、歯科医師、歯科衛生上による啓発活動やマスコミなどによる情報提供も盛り上がりをみせてきたようです。

しかし、多くの一般の方々が持つ知識はまだまだの感があり、歯科保健関係者はもっと「口から育まれる全身の健康」に関しての「食育」をテーマにした運動を展開すべきであると思っています。
そのために歯科医師は全身の健康科学も栄養関係の知識のどちらも保有していなければならない大きな責務があります。

これらの豊富な知識の元に歯科医師は、口腔に関連する疾患も予防したり治療したりしなければならないのです。このように歯科医師は、医科学の中の「口腔医(口腔医師)」としての専門性を発揮することで、人々の健康の増進や寿命を引き伸ばすこともできるのです。そして、歯科医師や歯科健康関係者は、『日本人はやはり、日本人本来の「米食・大豆、野菜・魚介類の食性」を考慮に入れた“地産地消”のこと、日本人独特の伝統食を含めた”本来の食性”そして”良い歯で良く噛めるための食環境”をもう一度考え直してみる必要がある』ということも私は強調したいのです。

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