“伝える”ということ

漫画の役目

Matsuda
koushikai
10 min readOct 26, 2016

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魚戸おさむ

2013 恒志会会報 Vol.8 より

皆さんは現在漫画を読むことはありますか? 雑誌で、単行本で、ネットで、ケイタイで、電子ブックで・・・今はいろんな媒体があり、読まれ方様々です。

「ここ何年も読んだことはないねえ」という方でも人生で一度も読んだことがない人は、ほぼいないのが日本人だと思います。それくらい漫画は日本に根付きました。

ではそんな「漫画に影響されて現在がある。」という方はいらっしゃるでしょうか?

「手塚治虫の『ブラックジャック』(図①)を読んで歯科医を目指した」という歯科医師の先生はいるのでしょうか?

実は、裏の歯科医師の顔がありブラックジャックを地でいっている方がいたりするのでしょうか? 歯科医院の地下にあり得ない診療室があり、あり得ない高額だが、あり得ない治療で人を助けているとか・・・

漫画家はすぐそのような空想をしてしまいがちですが、そんな漫画の影響を素直に受けて漫画家になってしまった一人がこの僕です。

小学3年生の時にテレビで始まった手塚先生の「鉄腕アトム」(図②)のアニメの洗礼を受け、漫画を読みだし漫画を描き出すというこの業界ではエリートコース? を歩んで現在に至ります。早いもので洗礼を受けてからもうすぐ50年になります。

おそらくそんな漫画家は日本中に数知れずいて活躍しているのだと思いますが、それでも自分の漫画だけで食べていけている日本の漫画家は3000人ほどだと聞いたことがあります。

なかなか狭き門です。歯科医師になるのとどちらの確立がいいのでしょうか?

運良くこうして漫画を描く仕事に付き暮らしていけていることに本当に感謝している毎日ですが、年齢と共にただ好きな漫画を描くだけじゃあもったいないと思うようになってきたのです。

「どれほどの漫画を描いてきてそう言ってるの?」と、突っ込みが入りそうですが、それでもこの道28年、いろんな漫画を描かせてもらってきて今やっと気が付いたのです。

「好きな漫画だけど、この“漫画”という手段を使えば、自分が知ったことを多くの人に伝えることができる」と。

そう思うようになったのには理由があります。それはグルメではない ”食” と出会ったからなのです。

皆さんご存知の国民グルメ漫画「美昧しんぼ」(図③)も現在は食の安全や食の大切さを語る漫画へと180度方向転換しましたが、おそらく作家さんも気付かれたのでしょう。

現代のこのあふれかえる目本の食は、見た目や味の裏側に恐ろしいことや大きな問題を抱えているという事実を。

そうして「グルメっていかがなものか?」「グルメの裏側って今どうなっているのか?」を知れば知るほど描かざるを得なくなったのかもしれません。

それというのも、長年に渡り究極のグルメ料理を描いてきたからこそではないかと思います。そして震災がありましたから・・・

僕はグルメの裏側の問題を知らない、知ろうとしない我々消費者にも問題があると思いますが、それを伝えない(伝えきれない)大手マスコミにももどかしさを感じてきました。

しがらみもあるんでしょうけれど。ところがそういうことにいち早く気が付き自ら行動し、実践し、活動し、発信し、そして確実に成果を出している方々が日本中にたくさんいらっしゃることを知ったのです。

それを一気に教えてくれたのが「食卓の向こう側」(西日本新聞社)というブックレットシリーズでした。(図④)

話は少し遡りますが、僕の両親が若くして癌で亡くなったこともあり、いつしか食に興味を抱くようになりました。

そうかと言って、「毎日の“食”が体に影響を及ぼすので、健康的な食生活を心がけなければいけないよね」と分かってはいても徹底できる根性もなく、思い出して食の本を読んでは一人で人体実験してみるような中途半端な食生活でした。

ただそのような中途半端でも意識の端くれがあったおかげで「食卓の向こう側」に出会ったのだと思っています。

これは西日本新聞記者の佐藤弘さん(本誌VOL.7に寄稿文がありました)が先頭を切って取材した現代の“食卓の向こう側”の実状を伝えてくれているものです。

知らないことばかりの内容に、読むたびに考えさせられドキドキしたことを覚えています。またこの本(現在13巻まで。一冊500円)は歯科医師の皆さん全員に読んでもらいたいと思うほどの内容で、歯、口のことにも鋭く触れています。きっとお役にたちます。

偉そうなことを言えば、患者さんが毎日どのような食生活をしているのか、何をどのように食べているのかご存知ですか? 一度今日の朝に何を食べたかを患者さんに聞いてみるのも参考にならないでしょうか? 面白いことが分かるかもしれませんよ。そんなことを思いつき、考えさせられるきっかけにもなると思います。

「食卓の向こう側」是非一読をお勧めします。

とにかく僕はその本と佐藤弘さんとの出会いから、描く内容が食へと変わっていきました。
まず最初に「伝える」ことを描いたのがなんとなんと「食卓の向こう側」コミック編でした。(図⑤)

こういうご縁もあるのかと感謝しました。文字の記事の中から厳選したものを、より多くの方に理解していただくための入門書のような内容です。

新聞記事を漫画にすることは挑戦でしたが、佐藤弘さんをはじめ、関係記者や編集者と皆で工夫し作り上げました。

その中に先ほどお伝えした歯と口の話があります。(図⑥参照)これは実在の歯科医師の先生に取材し直して描いたものです。これを描きながら僕自身も勉強になり、興味を持ち、より「伝える」ことに意欲が湧いたのは言うまでもありません。

ちなみにさらにこの数年後、「玄米せんせいの弁当箱」(図⑦)という別の連載漫画でもこの内容を取り上げたのですが、その際にはモデルの先生に10時間ほどレクチャーを受けましたし、別の歯科医師の先生にも協力いただき描きましたが、描き切れない口の中の世界の奥深さ、大切さに驚かされたことは、現在進行形で続いています。

怖いけれど面白い!歯科医師の先生方はなんて面白く奇特な仕事をされているんだと思いますが、やはりこちらにも「歯科医師界の向こう側」があるんでしょうか???

僕のこの興味は今も続き、現在「ビッグコミックオリジナル」という大人漫画雑誌に連載している「ひよっこ料理人」(図⑧)の中でも不定期に口の話、歯の話を盛り込んでいます。 (主人公のお父さんが歯科医師という設定です)(図⑨)「どらどら、漫画家がどんなことを知ったかぶりで描いているんだ?」と思われた方は、是非単行本でお確かめください。

これからも可能な限り「ひよっこ料理人」の中で取り上げ、歯科医師の皆さんの応援になればと思っています。
また「ぜひ協力したい!」「こんな面白い話があるから描いてほしい」という方がいらっしゃれば沖先生を通じお伝えください。

「伝える」ことの難しさは漫画と言えども難しく、いかに楽しく読みながら知って貰うかが技術を要する点です。

ストーリーと解説で啓蒙活動って、なかなか漫画家も手を出さないジャンルです。

何より取材が面倒ですし、ハウツーものになり兼ねません。

すると興味のある人しか読んでくれません。すると人気が出ません。すると結果本が売れません。すると連載が終わります。すると漫画家は無職になります。すると家族スタッフ共に路頭に迷います。すると・・・危ういものに挑戦中の漫画家です。

最後になりますが

「伝える」ことの難しさは、歯科医師の皆さんも日々抱えながら患者さんに向かわれているのだという話を取材でお聞きしたことがありました。

僕は漫画で大切なことを伝えるにはどれだけ読者目線に落とせるかがまず第一だと思っています。

どうしても伝える側に立つと、上から目線になりがちです。

「私があなたに教えてあげるので良く聞きなさい」というような目線になり兼ねません。

すると読者は拒絶反応を起こします。「漫画家のお前に教えてもらう必要はない!ましてや説教なんて聞きたくない!」

これは自分が読者でも同じことが言えます。

だから目線を落とし読者となんら変わらない主人公が「こんなことがあるんだってさ。知らなかったよねえ。じやあ、ちょっとやってみようか」のような工夫も時に必要になります。

以前このお話を取材した歯科医師の先生にお話ししたところ、その先生も伝えることに相当なご苦労をされていたようで、真顔で僕に言いました。

「目線を落として伝えることが大切・・・そんなことを考えたこともなかった。いつも患者さんの上から目線だった。勉強になりました。」と。

ご年配の先生でしたが、その先生の目がキラキラと輝き出していたのが忘れられません。

魚戸おさむ

うおと おさむ

5月9日北海道函館市出身。
1985年、わんぱくコミック(徳問書店)にて「忍者じゃじゃ丸くん」でデビュー。

星野之宣や村上もとかのアシスタントを務めつつ児童誌を中心に活勤していたが、1989年にビックコミックオリジナル(小学館)にて、原作に毛利甚八を迎え「家栽の人」を連載。人情味あふれる裁判官を描いて人気を博した。

同作は1993年にドラマ化されている。

以降は青年誌で執筆を続け、2002年同誌にて、原作者の東周斎雅楽と組み「イリヤッド ー入矢堂見聞録ー」を連載開始。

歴史のミステリーとサスペンスを巧みに融合して注目を浴びた。

2011年からは「ひよっこ料理人」を連載中。

NPO 恒志会

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http://koushikai-jp.org

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